僕の親友は、ツンデレというやつのようです。
多良木先輩視点のお話です。
では、どぞ。
「るんたった、るんたった~。今日の部活は楽園!! 至福の時間が待っているぅ~」
歌いながら三年三組の教室に戻る、僕の気分はお昼を境に上昇傾向である。――――何故なら、部活に木瀬ちゃんが来るからだっ。
「煩いわね、静かにしなさいっ。この愚図が」
昼休憩の喧噪冷めやらぬ教室に入るや否や、僕は罵倒される。足を組んで悠然と一番後ろの席を陣取る美貌の女生徒のキツイ眼差しに、僕は苦笑を零した。
「ごめんよぉ、金ちゃん」
「ちょっと、人の事変なあだ名で呼ばないで頂戴っ! あと、にやけた顔を戻しなさい。最高学年の威厳が微塵も感じられないわよ?」
右で分け目を作った柔らかいショートヘアの同級生の名前は金子玲奈。我が宝英高校の代表たる生徒会長で、大胆不敵、傲岸不遜の女王様だ。ちなみに美人でプロポーションも完璧。性格だけは気が強すぎて残念だと専らの噂で、それはまあ僕も概ね同意見。
「だってさ、木瀬ちゃんが部活来てくれるって言うからさぁ」
緩んだ口元を隠しもせず、僕は隣の席に座って金ちゃんに興奮気味に報告した。
「叶が? ふうん……何よ、今日は生徒会室に来ないって事?」
金ちゃんは不機嫌そうに口元を窄めた。あやや、そう言えば木瀬ちゃんは金ちゃんのお気に入りだったっけ。
「ごめんね。でも今年に入ってまだ三回しか顔出してくれてないし、四月からは一度もだよ? 流石に中学空手界の天才を、放し飼いには出来なくてねぇ~」
木瀬ちゃんは僕等空手部の人間から見たら、英雄みたいな存在だ。三年の僕はともかく、後輩達は彼女に憧れてこの高校に入って来ている子が殆どだ。なんてったって、ウチの高校の広告塔だからね。
「ま、別に叶に任せる仕事は翔に回せば良いからいいのよ」
いやいや、翔ちゃんに仕事させ過ぎでしょ。木瀬ちゃんはそもそも雑用で正式な生徒会役員ではない。あんまり構うと、顔見せに来てくれなくなるよ? ……僕みたいに。
やばい、自分で言ってて悲しくなってきたよぉ。
「佑助の癖に生意気ねぇ、この私の予定を狂わせるなんてっ。せっかく一緒にお茶しようと、新しい紅茶用意したのに。」
「あたっ! 叩くのは嬉しいけど角は痛いよ」
金ちゃんが、英和辞典を振りかぶり僕の額に押し付けてくる。気が立つと手近なものに当たる癖は、相変わらずだ。気持ち良いから良いんだけど。……あ、今の角度凄い的確。
「痛くしてるの。あんたは、何でも悦ぶんだから。まったく、怒る甲斐が無いわね」
気が済んだのか、溜息を零す金ちゃん。
僕等のいつもの日常風景だ。周りからは、『女王様と下僕』とか何とか言われているけど、彼女は意外と義理堅い。友達になろうと彼女に声を掛けた僕の事を、周囲の視線なんて物ともせずに、『約束』通り三年間ずっと最初の頃と変わらない態度で接してくれている。
需要と供給が合っているとは、この事だねっ。
「……じゃあどうするか。叶が来ないんじゃ、玲二の機嫌もイマイチね。体育祭の準備もあるし、備品の補充でも確認するか」
考え込みながら一人で呟く金ちゃん。双子の弟である玲ちゃんと同じ凛々しい顔が、きゅっと歪む。
あまりにも美人で完璧過ぎると、人は遠巻きに憧れるだけだ。
金ちゃんも玲ちゃんも、友達が少ない。だから、何だかんだ悪態を吐いても、僕の事は友人と認めてくれている。気に入らない者は視界にも入れない姉弟だからね。
「金ちゃ~ん。金ちゃんから木瀬ちゃんに部活もう少し来てくれる様に言ってくれない?」
覗き込むようにして懇願した僕に、金ちゃんは眉を歪めて声を荒げた。
「はあ?! 馬鹿じゃないの。叶に嫌われるじゃない。私は可愛いのを愛でるのが好きなの。――――っもう本当は、生徒会に入れたい位なのに。豊永の馬鹿野郎先輩が勝手に小間使いにしてるし、玲二が意地悪する所為で、翔との仲は険悪だしっ」
キーッ!! と金切り声を上げた金ちゃんは頭を掻き毟り、爛々とした目を彷徨わせていた。
「無理だと思うよ」
僕が熟考せずに答えた事で、金ちゃんの血圧は更に上昇した。真っ赤な顔で怒りを表し、机に拳を叩き付けた。
「煩いわねっ、そんな事分かってるわよ」
大きな音が教室に響き、クラスメイトは大袈裟にびくりと肩を震わしていた。僕はふにゃりと顔を緩めてイライラした顔を隠し立てもしない金ちゃんの頭を撫でた。
「良いじゃない、木瀬ちゃんは今年も監理の雑用するんでしょ? 僕の所と違って最低週一は顔出してくれるんだから」
自分で言ってて悲しい現実を告げて宥めると金ちゃんは大きな息を吐き出した。
「そうだけど……」
僕の手が柔らかい髪を撫でるのを、されるがままにした金ちゃんは恨めしそうに唇を噛んだ。よっぽどのお気に入りだとは知っているけど、今でも十分仲良いと思うけどなあ。
「でも、同い年だったら絶対友達にはなれなかったと思うなぁ」
「ちょっとっ。どういう意味よ?!」
憤慨する金ちゃんを余所に僕はカフェテラスで出会った転校生の滝沢ちゃんを思い出し、目の前の顔をじっと眺めた。
(なんか、同じような性格の子っぽいんだよね。金ちゃんと馬合わなさそう……)
金ちゃんが木瀬ちゃんの何を気に入っているのかは良く分からないけれど(ついでに言えば、僕は木瀬ちゃんの攻撃力に惚れてるね)、もし同い年なら木瀬ちゃんの周りが凄い事になりそうだ。先輩だからこそ、今の関係が続いてると僕は思うんだよね。
僕が一人そう納得しているのを、怪訝そうに眺めている金ちゃんは頭の上の手をぺいっと払い落とした。
「ほら、先生が来たわよ。早く自分の席に戻りなさい。寝たら只じゃ置かないから」
犬猫を追い払う仕草で促されれば、僕は渋々席を立った。教卓の前には英語教師が所在無げにこちらを窺がっていた。
「ええ~。それは興味がそそられるなあ」
ふふふ。小さく笑ったのが聞こえたのか、自分の席に戻ったタイミングで、頭に固い物が飛んで来る。
「あたっ」
足元に転がった消しゴムを拾い上げて、僕は再び口元を緩めた。振り返れば、一番後ろの席で踏ん反り返っている女王様と視線が合う。
『馬鹿佑助』
その意味を察して笑みを返すと、顔を逸らされる。たちまち真っ赤に染まった金ちゃんの耳朶がこちらを向いていて、僕は含み笑いを零しながら英語の教科書を開いた。
ネイティブになり切れない読み方の英語を子守唄にしてしまおうか。僕は罵倒されるのを期待して、ふとそう考えてしまった。