私と先輩を一緒にしないで頂きたい。
叶歌編に戻ってきました。引き続きお昼で皆と話しています。
では、どぞ。
多良木部長は朗らかに手を振りながら、走り去る。
「じゃあね、ちゃんと部活来てね~!!」
多良木部長を追い返して、カフェテラスにようやく落ち着いた空気が戻る。
私のお昼はお弁当だ。
東っちは和風定食で、由美香はAランチ。後から合流した友子はレバニラ炒めと炒飯のセット。私の親友、三崎はサンドイッチセットだ。少食だなぁ。
「三崎、放課後一緒に図書棟行こう? 会わせたい人がいるんだ~」
「良いわよ」
「叶歌、小暮先生の邪魔するなよ」
東っちの小言に私は口を尖らせた。
「挨拶するだけだって~。なんか結局部活出なきゃならなくなったし」
いやまあ別に良いんだけどね、三崎に良いトコ見せたいし。でも……空手部苦手なんだよなぁ。
私の家は代々続く空手道場で、今はじっちゃんが九代目の師範をやっている。その所為か、物心つく頃には私も空手を習っていて、自覚無しに強くなってしまった。中学の大会で数々の賞を総ナメしてしまった私は、じっちゃんから『素人さんとは、本気で戦ったらならんぞ』と厳戒令が下されてしまったのだ。
高校では部活動をする心算は、初めから無かった。
中学時代の戦歴の所為で、学校の宣伝になると特待生で呼ばれた私は、『空手家木瀬師範の秘蔵っ子』と言う看板を背負ってこの学校に入学したんだ。
「たまには相手してやらないと、教室まで詰め掛けて来かねないわよ?」
由美香の物騒な推測に私は身震いする。
「やめてよ~。去年みたいな悪夢は見たくないって」
そんな私を口説き落とした、もとい拝み倒したのが多良木部長だ。
当時、一部員だった先輩は、私が入学してきたと聞きつけるや、空手部に勧誘してきた。
毎日毎日。休み時間置きに現れ、初めは道場から禁止されているとやんわり断っていたのが、いつの間にか、蹴っても、殴っても、落としても、諦めないんだよ。
その内なんだか変な性癖を開花させちゃったみたいで、鼻息荒くなってきた先輩に付き纏われるのに嫌気が差して、渋々入部届を出したんだ。
「っていうか、叶歌ちゃん。図書棟に何の用事? ぐれ先生が優しいからって長居しちゃ駄目だよ?」
友子が小首を傾げて炒飯を掬ったスプーンを持つ手を止める。友子も割と図書棟には出没するので、私が司書室でお茶を頂いているのを知っているのだ。失礼な、別にお茶をたかりに行ってるんじゃないやい。――――それも多分にはあるけども。
「三崎の緊急避難先だよ~」
「避難先?」
サンドイッチを飲み込んで、三崎が目を丸くしていた。私の得意げな表情に、由美香は半眼で眺めながら同意してきた。
「なるー。滝沢さんモロやっかまれそうな容姿だもんね」
「ふふふ。既にファンクラブも開設済みなのだよ、諸君」
「うわ、何親友のファンクラブとか創っちゃってんの、アンタッ!?」
お茶を噴きかけて、涙目になりながら由美香は呆れた声を出す。
「……授業中に回っていた不可解なプリントは、それか」
東っちは頭を抱えて溜息を零す。いやあ悪いねぇ。何度も手間を掛けさせて。
授業中、クラスの男子に粗方回したからね。明日には、二年のクラスには回るでしょ。三崎はモテるから、変な事考える奴も当然出てくる。だからある程度、ご褒美をチラつかせて行動を誘導するのだ。事前にクラスと名前が分かっていれば、ブラックリストも作りやすいしね。
三崎が可愛くて、モテるのは変えられない事実なんだから、予め起こりそうな問題に、手を回して置く位の予防策は打っておかなきゃ。そうじゃなきゃ私が片っ端から蹴っ飛ばさなきゃならなくなるし、学校でそれは流石に自重しないとね。(既に、数名三崎のクラスの男子を退治したのはカウント外である)
機嫌良くお弁当を摘まむ私を、東っちと由美香が冷めた視線を送って来るが、いつもの事なので気にしな~い。
「職員室の窓から見えたけれど、図書室に丸々一棟使ってるなんて、相当な蔵書数なんでしょうね」
三崎の女神スマイルをにやにや見ながら私は頷いた。
「近くの大学からわざわざ本を探しに来る人も居るらしいよ? 私も生徒会の雑用でたまにお手伝いするけど」
「へえ、それは興味深いわね」
三崎の才色兼備っ!! 古びた本に囲まれた空間で静かに本を読む様が絵になるわぁ~。うん。絶対三崎も気に入る事間違いナシだよ。
「放課後連れてってあげるね。その後は道場行くけど……三崎見に来てくれるんだよね?」
私はおずおず三崎の顔を窺った。うう、あの変態達の空間に一人は嫌だ。三崎が狙われる心配は無さそうだけど、私の精神に大ダメージが被る事確実なんだよう……。
「寮の荷物受け取らなくちゃならないから、最後までは無理だけど……。叶ちゃんが組手やってる所は見たいから、ちゃんと行くわよ?」
「良かったぁーっ!! ほんとっ良かった!!」
私はぎゅっと三崎に抱き付いた。三崎だけが頼りだよ。東っちは科学部があるから初めから無理だし、由美香はいつも付いて来てくれないからなぁ。
「叶歌ちゃん、叶歌ちゃん」
「ん? 友子さんや、どうしたんだい?」
私が小芝居しながら聞き返すと、友子はビュッと手を上げて目を輝かせた。
「はいっ! 飛び散る汗と、男達の肉体のぶつかり合いを、私も一緒にみたいですっ!!」
わくわくと好奇心を漲らせる友子に、私は死んだ魚の目をして答えた。
「……気色悪い言い方しないでくれるかなー。――――良いよ、好きに付いてきたら」
「やった。お供しまっすっ」
「ああそうかい。友子には、変態ですら御馳走ですかい」
やさぐれた空気を吐き出す私に、東っちは珍しく気遣わしげな視線をくれる。
「叶歌、現実逃避するな。これは日常だ」
「…………うん。うん。分かってた。ししょーで充電してくるから、大丈夫。うん、きっと大丈夫」
成人男性とは思えないししょーの可愛らしさを見た後の、空手部員は……正直目を逸らしたくなる代物だけど。しょうがない。無いよりマシだ。
「賑やかで、楽しそうね。放課後楽しみだわ」
口元を拭った三崎が、気にした様子も無く優雅に笑っているのを、由美香は唖然とした顔で見ていた。
「滝沢さん、パネェ……」
ふふふ。三崎ってば、可愛いんだからっ! ――――はぁ、癒されるなぁ。
何だかんだ言っても、楽しみではあるから、私は考えたく無い物を頭の隅に追いやり、へらりと笑い返したのだった。