第4話「メール」
警視庁の通信指令センターに監禁容疑事案のメールが着信してから、一時間あまりが経過していた。
メールの返信で詳細を調査することも考えられたが、着信音が被疑者を刺激するおそれがあるため、控えられていた。
続報はいまだ、ない。
所轄の警察署である墨田警察署の警察官が現場に急行した。だが、隅田川に面したマンションの窓にカーテンは引かれており、中の様子を窺うことはできなかった。
通信指令本部長の判断によって、刑事部捜査第一課特殊犯捜査係には緊急の連絡をしていた。Special Investigation Team――いわゆるSITである。
早見優悟は、墨田警察署の大会議室に設置された現地対策本部に入った。急ごしらえの部屋では、まだ机の配置を終えたばかりで、電話も準備している段階だった。
「早見」
小柄で色黒の男が携帯電話を口元から話して呼んだ。
「はい」
早見は上司にあたる麻生管理官のもとへ急いだ。今し方、現場で調査してきた内容をメモ書きして渡した。
麻生はメモを目で追い、携帯電話の相手に告げる。
「今判明した事項ですが、部屋の中には三人がいる模様です。男女の別は、男一、女一、あと一名はおそらくですが男です。生存しています。ええ、早見が確認しました」
麻生は、調査の継続と、人員を招集する旨を相手に伝え、携帯電話を閉じた。
「一課長だ」
早見は頷き、麻生の手招きに応じてパイプ椅子に腰を下ろした。
「休みのところ、すまなかったな」
「近場にいたので、急行できました」
早見は革ジャケットにジーンズという出で立ちの私服だった。外出先での呼び出しは日常茶飯事のことだ。もう、慣れた。
「管理官こそ、今日は久しぶりの休暇ではなかったですか」
先日、別の事件の捜査本部が解散したばかりだった。二ヶ月以上、休みはなかったはずだ。
「ああ」
麻生は皺の多い目尻を押さえ、音のない溜め息を吐いた。
疲れている。あと数年で退職する年齢だ。長い警察人生を送ってきた人間の重みのようなものが滲んでいた。
早見は同情しつつも、上司の存在が不可欠であることも知っていた。ベテラン捜査員は多くいても、特殊事案に対応できる警察官はそれほど多いわけではないのだ。指揮官となるとさらに少ない。
「制服ですが、マンションの直近からは下げられませんか」
制服を着た地域警察官は、このような現場ではあまり役に立たない。自分一人か、気心の知れた同僚でないと、万が一の時、足を引っ張るおそれがあった。
「そうしたいのだがな。ここの署長は同期でな」
墨田署長の強い希望もあって、署員を早見と同道させたのだ。
「しかし」
「皆を呼んだ。それまで、待て」
「わかりました」
SITの仲間がくれば、署員は嫌が応にも外周に回るだろう。それならば、問題ない。
「管理官」
麻生の秘書役の伊集院が小声で口を寄せた。会話に入り込むタイミングを計っていたようだ。早見に軽く頭を下げ、二人に聞こえるように告げた。
「いま、一陣が本部を出たそうです」
「わかった」
早見と同じように招集された隊員が、第一陣として出発した。そのほかの隊員にも連絡は行き渡っている。
長引きそうだ。麻生は悪い予感にとらわれていた。
通信指令センターに届いたメールの内容を反芻する。
助けて殺され、403
メールアドレスから携帯電話の契約者は判明していた。住所は墨田区で、マンションの部屋は403号室だった。
あわてて打ったのがわかる。本文はなく、タイトル部分に書かれていた文字だった。
麻生は伊集院が差し出してくれた缶コーヒーを飲みながら、現地本部に顔を出した同期に手を挙げて挨拶した。