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ゾンビ人間修正版

作者: 蔭翁
掲載日:2026/08/07

タイトル:ゾンビ人間 -観測者の記録-


 人には、魂がある。


 少なくとも、私には“見える”。


 ◆


 初めて気づいたのは、小学三年生のときだった。


 クラスメイトの背中に、淡く揺れる光を見た。炎のようで、水のようで、形は曖昧なのに「それがその人自身だ」と直感でわかった。


 人によって色も揺れ方も違う。


 明るく跳ねる人。

 静かに灯る人。

 濁って沈んでいる人。


 それが“魂”なのだと、私は理解した。


 誰にも言わなかった。

 言えば、きっと気味悪がられるから。


 ◆


 高校に入ってから、異変に気づいた。


 ――光がない人がいる。


 最初は見間違いだと思った。


 でも違う。


 何度見ても、その人の中には何もない。


 空っぽ。


 なのに、普通に笑い、怒り、会話をしている。


 まるで、感情だけが表面をなぞっているみたいに。


 私は彼らを、心の中でこう呼んだ。


 ――ゾンビ人間。


 ◆


 観察を始めた。


 彼らはごく普通に生活している。


 友達もいる。

 恋人もいる。

 仕事もこなす。


 違いは、どこにもない。


 いや――


 “魂が見える私にしかわからない違い”がある。


 たとえば。


 教室で笑いが起きたとき。


 普通の人間の魂は、わずかに弾む。

 揺れが変わる。


 でも、ゾンビ人間は違う。


 顔は笑っているのに、内側は一切変化しない。


 何も、ない。


 ◆


「何見てるの?」


 声をかけられて、私は顔を上げた。


 クラスメイトの男子――藤堂。


 彼の魂は、穏やかな青色で、ゆっくりと呼吸するように揺れている。


 正常だ。


「別に」


「俺の顔、なんかついてる?」


「ううん」


 私は視線を逸らした。


 この人は、大丈夫。


 でも――


 問題は、その隣にいた。


 宮坂由奈。


 彼女の中には、何もない。


 完全な空白。


 ◆


 宮坂は人気者だった。


 明るくて、気が利いて、誰にでも優しい。


 完璧だった。


 完璧すぎるほどに。


 私は、彼女を重点的に観察することにした。


 ◆


「ねえ」


 放課後、宮坂が話しかけてきた。


「あなた、変わってるよね」


「……そう?」


「うん。人を見る目が、ちょっと違う」


 ドキリとした。


「ねえ、質問していい?」


 彼女は、にこりと笑った。


「“人間らしさ”って、何だと思う?」


 ――来た。


 私は一瞬、言葉に詰まる。


「心、とか……?」


「心って、何?」


 その問いは、まっすぐだった。


 純粋すぎて、空っぽだった。


「……魂、みたいなもの」


 思わず、本音がこぼれる。


 宮坂の目が、わずかに細くなった。


「へえ」


 一歩、近づく。


「それって、見えるの?」


 息が止まる。


 なぜ、この人はそんなことを聞く?


「……見えないよ」


 嘘をついた。


 でも、彼女は微笑んだ。


「そっか」


 ◆


 その日から、宮坂は時々、奇妙なことを言うようになった。


「ねえ、もしさ」


「うん?」


「魂がない人がいたら、どう思う?」


 私は、彼女の中の空白を見つめながら答えた。


「……人間じゃない、かも」


「ふーん」


 彼女は、少し考えてから言った。


「でも、見分けつかないよね」


「……」


「だって、普通に笑えるし、泣けるし、好きにもなれる」


 その通りだった。


 彼女は、完璧に“人間”だった。


 外側だけは。


 ◆


 決定的な瞬間は、突然訪れた。


 帰り道。


 信号待ちの交差点で、宮坂が車にはねられた。


 身体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。


 周囲が悲鳴に包まれる。


 でも――


「痛いなあ」


 彼女は、立ち上がった。


 血を流しながら、笑っていた。


 私は、彼女の中を見た。


 やはり、何もない。


 揺らぎすらない。


 ◆


 その夜、私は確信した。


 ――ゾンビ人間は、確かに存在する。


 ◆


 翌日。


 宮坂は何事もなかったかのように登校してきた。


「昨日、大丈夫だったの?」


「うん。ちょっとびっくりしただけ」


 彼女は笑う。


 完璧な笑顔。


 その内側には、何もない。


 ◆


「ねえ」


 昼休み、彼女は私の隣に座った。


「あなた、知ってるよね」


 心臓が跳ねる。


「私のこと」


 沈黙。


 否定できない。


「見えてるんでしょ」


 逃げ場はなかった。


「……うん」


 私は、初めて認めた。


「あなたには、魂がない」


 彼女は、少しだけ驚いた顔をしてから――


 すぐに、笑った。


「そっか」


 ◆


「教えて」


 彼女は言う。


「違いって、何?」


「……違い?」


「普通の人と、私」


 私は答えられなかった。


 見えているのに、説明できない。


「ねえ」


 彼女は、静かに続ける。


「私、ちゃんと笑えてるよね?」


「……うん」


「悲しいって言えるよね?」


「うん」


「誰かを好きにもなれる」


「……うん」


「じゃあ」


 彼女は首を傾げた。


「何が違うの?」


 その問いは、深く刺さった。


 私は、初めて迷った。


 “魂があること”が人間だと、どうして言い切れる?


 ◆


「ねえ」


 彼女は最後にこう言った。


「もし、あなたが見えなかったら」


 静かな声。


「私は、人間だった?」


 答えは――出なかった。


 ◆


 それから数日後。


 宮坂由奈は、転校した。


 理由は誰も知らない。


 ◆


 今でも、私は魂を見る。


 揺れる光。


 確かにそこにある“何か”。


 でも、時々思う。


 あれは本当に“心”なのか。


 それとも――


 私がそう“信じているだけ”なのか。


 そして、もっと恐ろしいことを考える。


 もし、この世界に


 最初から違いなんてなかったとしたら。


 見えているつもりの私こそが、


 何かを見誤っているのだとしたら。


 ◆


 今日もまた、一人。


 光のない人間が、私の前を通り過ぎた。


 ――いや。


 本当に“ない”のは、どちらなのだろう。

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