ゾンビ人間修正版
タイトル:ゾンビ人間 -観測者の記録-
人には、魂がある。
少なくとも、私には“見える”。
◆
初めて気づいたのは、小学三年生のときだった。
クラスメイトの背中に、淡く揺れる光を見た。炎のようで、水のようで、形は曖昧なのに「それがその人自身だ」と直感でわかった。
人によって色も揺れ方も違う。
明るく跳ねる人。
静かに灯る人。
濁って沈んでいる人。
それが“魂”なのだと、私は理解した。
誰にも言わなかった。
言えば、きっと気味悪がられるから。
◆
高校に入ってから、異変に気づいた。
――光がない人がいる。
最初は見間違いだと思った。
でも違う。
何度見ても、その人の中には何もない。
空っぽ。
なのに、普通に笑い、怒り、会話をしている。
まるで、感情だけが表面をなぞっているみたいに。
私は彼らを、心の中でこう呼んだ。
――ゾンビ人間。
◆
観察を始めた。
彼らはごく普通に生活している。
友達もいる。
恋人もいる。
仕事もこなす。
違いは、どこにもない。
いや――
“魂が見える私にしかわからない違い”がある。
たとえば。
教室で笑いが起きたとき。
普通の人間の魂は、わずかに弾む。
揺れが変わる。
でも、ゾンビ人間は違う。
顔は笑っているのに、内側は一切変化しない。
何も、ない。
◆
「何見てるの?」
声をかけられて、私は顔を上げた。
クラスメイトの男子――藤堂。
彼の魂は、穏やかな青色で、ゆっくりと呼吸するように揺れている。
正常だ。
「別に」
「俺の顔、なんかついてる?」
「ううん」
私は視線を逸らした。
この人は、大丈夫。
でも――
問題は、その隣にいた。
宮坂由奈。
彼女の中には、何もない。
完全な空白。
◆
宮坂は人気者だった。
明るくて、気が利いて、誰にでも優しい。
完璧だった。
完璧すぎるほどに。
私は、彼女を重点的に観察することにした。
◆
「ねえ」
放課後、宮坂が話しかけてきた。
「あなた、変わってるよね」
「……そう?」
「うん。人を見る目が、ちょっと違う」
ドキリとした。
「ねえ、質問していい?」
彼女は、にこりと笑った。
「“人間らしさ”って、何だと思う?」
――来た。
私は一瞬、言葉に詰まる。
「心、とか……?」
「心って、何?」
その問いは、まっすぐだった。
純粋すぎて、空っぽだった。
「……魂、みたいなもの」
思わず、本音がこぼれる。
宮坂の目が、わずかに細くなった。
「へえ」
一歩、近づく。
「それって、見えるの?」
息が止まる。
なぜ、この人はそんなことを聞く?
「……見えないよ」
嘘をついた。
でも、彼女は微笑んだ。
「そっか」
◆
その日から、宮坂は時々、奇妙なことを言うようになった。
「ねえ、もしさ」
「うん?」
「魂がない人がいたら、どう思う?」
私は、彼女の中の空白を見つめながら答えた。
「……人間じゃない、かも」
「ふーん」
彼女は、少し考えてから言った。
「でも、見分けつかないよね」
「……」
「だって、普通に笑えるし、泣けるし、好きにもなれる」
その通りだった。
彼女は、完璧に“人間”だった。
外側だけは。
◆
決定的な瞬間は、突然訪れた。
帰り道。
信号待ちの交差点で、宮坂が車にはねられた。
身体が宙に浮き、地面に叩きつけられる。
周囲が悲鳴に包まれる。
でも――
「痛いなあ」
彼女は、立ち上がった。
血を流しながら、笑っていた。
私は、彼女の中を見た。
やはり、何もない。
揺らぎすらない。
◆
その夜、私は確信した。
――ゾンビ人間は、確かに存在する。
◆
翌日。
宮坂は何事もなかったかのように登校してきた。
「昨日、大丈夫だったの?」
「うん。ちょっとびっくりしただけ」
彼女は笑う。
完璧な笑顔。
その内側には、何もない。
◆
「ねえ」
昼休み、彼女は私の隣に座った。
「あなた、知ってるよね」
心臓が跳ねる。
「私のこと」
沈黙。
否定できない。
「見えてるんでしょ」
逃げ場はなかった。
「……うん」
私は、初めて認めた。
「あなたには、魂がない」
彼女は、少しだけ驚いた顔をしてから――
すぐに、笑った。
「そっか」
◆
「教えて」
彼女は言う。
「違いって、何?」
「……違い?」
「普通の人と、私」
私は答えられなかった。
見えているのに、説明できない。
「ねえ」
彼女は、静かに続ける。
「私、ちゃんと笑えてるよね?」
「……うん」
「悲しいって言えるよね?」
「うん」
「誰かを好きにもなれる」
「……うん」
「じゃあ」
彼女は首を傾げた。
「何が違うの?」
その問いは、深く刺さった。
私は、初めて迷った。
“魂があること”が人間だと、どうして言い切れる?
◆
「ねえ」
彼女は最後にこう言った。
「もし、あなたが見えなかったら」
静かな声。
「私は、人間だった?」
答えは――出なかった。
◆
それから数日後。
宮坂由奈は、転校した。
理由は誰も知らない。
◆
今でも、私は魂を見る。
揺れる光。
確かにそこにある“何か”。
でも、時々思う。
あれは本当に“心”なのか。
それとも――
私がそう“信じているだけ”なのか。
そして、もっと恐ろしいことを考える。
もし、この世界に
最初から違いなんてなかったとしたら。
見えているつもりの私こそが、
何かを見誤っているのだとしたら。
◆
今日もまた、一人。
光のない人間が、私の前を通り過ぎた。
――いや。
本当に“ない”のは、どちらなのだろう。




