第4話「呼び合う命と白い波の到来」
微睡みの底から、静かに感覚が研ぎ澄まされていく。
外の荒野を吹き抜ける夜風はひどく冷たいはずなのに、私の体は芯からじんわりと温まり、何かにすっぽりと包み込まれるような極上の安堵感の中にあった。
重い掛け布団のような心地よい圧迫感を感じながらゆっくりとまぶたを開くと、視界のすべてを純白の壁が覆い尽くしていた。
それは壁などではなく、昨日私たちが命を救い、新しく家族として迎え入れた精霊獣ポムの巨大な体だった。
極上の絹糸を幾重にも編み込んだような、あるいは新雪をそのまま両手ですくい取ったかのような、圧倒的な柔らかさと滑らかさを持つ毛並みが、私たちの冷えやすい体を外気から完全に守ってくれていた。
ポムの穏やかで力強い心臓の鼓動が、背中越しに一定のリズムで伝わってくる。
その生命力にあふれた振動を感じながら、私は首をわずかに巡らせて隣を見た。
私のすぐそばでは、カレンが規則正しい寝息を立てていた。
彼女の長くしなやかな睫毛が、窓の隙間から差し込み始めた薄明かりを受けて、その透き通るような白い頬に淡い影を落としている。
少しだけ開かれた形の良い唇や、枕に散らばった柔らかな髪の毛のうねりまで、前世からずっと見つめ続けてきた、世界で一番愛おしい姿だった。
私は彼女を起こさないように細心の注意を払いながら身をよじり、カレンの華奢な肩にそっと自分の腕を回した。
布越しに伝わる彼女の確かな体温と、首筋から漂う甘く清潔な香りが、私の胸の奥に巣食っていた僅かな不安の残滓を完全に溶かして消し去っていく。
カレンの温もりとポムの巨大な背中に挟まれたこの狭い空間は、私にとってこの世界で最も安全で幸福な場所だった。
私の動きに反応したのか、カレンが小さく鼻を鳴らして身じろぎし、ゆっくりと重たいまぶたを持ち上げた。
寝起きの潤んだ瞳が焦点を結び、すぐ目の前にある私の顔を認識すると、花が綻ぶような無防備で優しい笑顔が浮かんだ。
「おはよう、ミユリ……すごく温かい朝ね」
カレンの少しかすれた朝の声音が、私の耳の奥を心地よくくすぐる。
「おはよう、カレン。ポムが私たちを一晩中温めてくれていたみたい」
私がそう答えると、カレンは布団代わりに私たちを覆っていたポムの白い毛並みに手を伸ばし、その弾力のある表面を愛おしそうに撫でた。
カレンの指先が動くたびに、ポムの巨大な体がくすぐったそうに小さく震え、やがて低い唸り声のような心地よい振動が部屋の中に響き始めた。
ポムもまた目を覚ましたようで、丸くて短い耳を器用に動かしながら、巨大な頭をゆっくりとこちらへ向けた。
黒曜石のように澄み切った真ん丸の瞳が、私たちを親愛の情を込めて見つめている。
私は上半身を起こし、ポムの顔を両手で包み込んで、その桜色の鼻先に自分の額をこすりつけた。
干し草と太陽の光を濃縮したような、清潔で温かな匂いが肺の奥まで満ちていく。
「足の怪我はもう痛くないかしら」
私が心配して視線を下に向けると、ポムは自ら右後ろ足を差し出すように持ち上げて見せた。
昨日まで深く肉を裂いていた残酷な金属の罠の傷跡は、私が農業スキルで生み出した薬草の力によって完全に塞がり、周囲の毛並みも雪のような純白の輝きを取り戻していた。
もはや傷口があったことすら分からないほど完璧に治癒しており、私は安堵のあまり深く息を吐き出した。
ポムは元気になったことを証明するように、立ち上がって狭い室内でその大きな体をブルブルと震わせた。
細かい抜け毛が朝日に照らされて金色の粉のように宙を舞う光景は、どこか幻想的ですらあった。
私たちはベッドから降りて簡単な身支度を整え、ポムと一緒に真新しい木の扉を開けて外へと出た。
冷たく澄んだ朝の空気が頬を刺し、肺の底に溜まっていた淀んだ空気を一気に入れ替えてくれる。
東の地平線からは巨大な太陽が顔を出し始め、赤茶けた荒野全体を鮮やかな黄金色に染め上げていた。
私たちが昨日生み出した小さな畑の作物たちも、葉の表面に結んだ朝露を輝かせながら、生命の喜びに満ちた姿で風に揺れている。
その時、ポムが私たちから数歩だけ前に進み出た。
ポムは大きく胸を張り、首を真っすぐに天へと向けると、これまで聞いたこともないような特殊な音を空に向かって放った。
それは獣の咆哮というよりも、巨大な管楽器を共鳴させたような、深く澄み渡る和音だった。
空気を震わせ、大地の底まで染み渡るようなその神秘的な音色は、何層もの波となって地平線の彼方へと広がっていく。
私とカレンは驚いて顔を見合わせ、ポムの堂々たる後ろ姿を見守った。
音の余韻が風に溶けて消え去った後、周囲には再び荒野の静寂が戻ってきたように思えた。
しかし、数分が経過した頃、私の足の裏に微かな振動が伝わってきた。
それは次第に規則的なリズムを刻み始め、地鳴りのような重低音となって空気全体を震わせ始める。
「ミユリ、あそこを見て」
カレンが少し緊張した面持ちで、地平線の彼方を指差した。
彼女の指の先、朝焼けに染まる荒野の境界線が、突如として白い波に覆われ始めたのだ。
最初は遠くの雲が地面に降りてきたのかと錯覚するほどの光景だったが、振動が大きくなるにつれて、その正体が明らかになっていった。
見渡す限りの荒野を埋め尽くすようにしてこちらに向かってきているのは、ポムと同じ姿をした無数のシロモチグマたちの群れだった。
小さな子供ほどのサイズから、ポムよりもさらに巨大な岩山のような個体まで、大小様々な白い毛玉が、短い手足を懸命に動かして大群となって押し寄せてくる。
その数は数百どころか、千を超えているかもしれない。
これほどの巨大な生物の群れが向かってくれば、通常なら恐怖で足がすくむはずだが、彼らから発せられる気配には敵意や殺気といったものは微塵も含まれていなかった。
むしろ、長い間離れ離れになっていた家族との再会を喜ぶような、純粋で温かな感情の波が押し寄せてくるのを感じた。
群れの先頭にいた数頭がポムの直前で立ち止まると、後続のシロモチグマたちも次々とブレーキをかけ、私たちの周囲を幾重にも取り囲むようにして巨大な円陣を形成した。
ポムは群れに向かって再び短く高く澄んだ音を鳴らし、自分の右後ろ足を軽く持ち上げて見せた。
そして、振り返って私とカレンの背中を、大きな鼻先で優しく前へと押し出した。
ポムの意図を理解した群れ全体から、歓喜のうねりのような低い鳴き声が湧き上がる。
彼らは、傷ついて死にかけていた彼らのリーダーを救ったのが私たちであることを瞬時に悟り、深い感謝と親愛の情を示してくれていたのだ。
一番近くにいた巨大な個体がゆっくりと私に近づき、その巨大な頭を私の足元にすり寄せてきた。
私が恐る恐る手を伸ばしてその額に触れると、群れの他のシロモチグマたちも次々と私とカレンの元へ殺到してきた。
あっという間に、私たちは視界のすべてを純白の毛並みで埋め尽くされ、四方八方から温かい体温と柔らかな感触に押し潰されそうになった。
右から鼻先で頬を擦られ、左から短い腕で背中を抱き込まれ、背後からは豊かな被毛が雪崩のように覆いかぶさってくる。
息をするのもやっとの状態だったが、そこにあるのはただひたすらな愛情と極上の手触りだけであり、不快感はまったく存在しなかった。
「ミユリ、私たち、すっかり彼らに気に入られてしまったみたいね」
白い毛の海の中で、カレンが楽しそうに笑い声を上げながら私の手を探り当て、しっかりと指を絡ませてきた。
「ええ、こんなにたくさんの家族が増えるなんて思ってもみなかったわ」
私もカレンの指を力強く握り返し、周囲を囲む無数の澄んだ瞳に向けて最高の笑顔を返した。
荒涼とした乾いた大地は、今や見渡す限りの純白の海へと変貌し、私たちの新しい生活は、想像を絶するほどの豊かさと温もりに包まれて幕を開けたのだった。




