第2話「初めての食卓と荒野の出会い」
カレンが作り出したばかりの小さな木の家は、周囲の荒涼とした風景とは対照的に、驚くほどの温もりを内包していた。
真新しい木材が放つ清々しい香りが部屋いっぱいに満ちており、足を踏み入れるたびに無垢材の床がわずかに軋む心地よい音が響く。
壁際には座り心地の良さそうな二人掛けの椅子と、頑丈な造りの木製テーブルが備え付けられていた。
窓からは先ほど私が生み出したばかりの緑の葉と赤い果実が風に揺れる様子が見え、まるで絵画を切り取ったかのような美しい光景だった。
私たちはテーブルに向かい合わせに座り、収穫したばかりの果実を手のひらに乗せて見つめ合った。
「いただきます」
私たちが同時に声を重ね、果実に静かに歯を立てる。
表面の薄い皮が弾けた瞬間、想像を絶するほど濃厚で甘い果汁が口の中いっぱいに溢れ出した。
前世で食べたどんな高級な果物よりもみずみずしく、乾ききっていた喉の奥を冷たく潤していく。
果肉の程よい歯ごたえと、鼻へ抜ける華やかな香りが、空腹だった胃袋だけでなく心まで満たしてくれた。
「こんなに美味しいもの、食べたことがないわ……ミユリの力は本当に素晴らしいわね」
カレンは口元を手の甲で上品に拭いながら、愛おしそうに私を見つめて微笑んだ。
「カレンがこの素敵な家を作ってくれたおかげよ、ここなら雨も風も防げるし、何よりカレンと一緒に安心して眠れるもの」
私は照れくささを隠すようにうつむきながら、手の中の果実の残りをゆっくりと味わった。
お腹が満たされると、急にそれまでの緊張と疲労が波のように押し寄せてきた。
私たちは自然と身を寄せ合い、壁際に用意されていた柔らかな布が敷かれた寝台へと横になった。
窓の外では太陽がゆっくりと地平線の彼方へ沈んでいき、空が鮮やかな茜色から深い群青色へと染まっていく。
夜の静寂が世界を包み込み、遠くで風が荒野を吹き抜ける微かな音だけが聞こえていた。
私はカレンの胸元に顔を埋め、彼女の規則正しい心音を子守唄のように聞きながら、深い眠りの底へと落ちていった。
***
翌朝、小鳥のさえずりのような澄んだ鳴き声で私は目を覚ました。
窓の隙間から差し込む朝陽が、部屋の中を黄金色に優しく照らし出している。
隣で規則正しい寝息を立てているカレンの寝顔をしばらく見つめ、その滑らかな頬にそっと指先で触れた。
彼女はくすぐったそうに身じろぎし、ゆっくりと目を開けて私に朝の挨拶のキスをくれた。
簡単な朝食を済ませた私たちは、家の周囲の状況を把握するために少しだけ荒野の探索に出ることにした。
外に出ると、朝の冷たい空気が肺の奥まで入り込み、頭をすっきりとさせてくれる。
地面は相変わらず乾燥してひび割れていたが、私たちの家の周囲だけは、昨日生み出した植物の根が張ったおかげで、しっとりとした黒土に変わっていた。
私たちは手をつなぎ、お互いの指の感触と温かさを確かめ合いながら、ゆっくりとした歩調で赤茶けた大地を歩き始めた。
足の裏に伝わる砂利の硬さや、時折吹き付ける乾いた風が髪を揺らす感覚が、この世界が現実であることを教えてくれる。
家から少し離れた岩場に差し掛かった時、風に乗って微かなうめき声のような音が耳に届いた。
『動物の声だろうか』
私は立ち止まり、カレンと顔を見合わせて声のする方向へと視線を向けた。
警戒しながら岩の陰を覗き込むと、そこには信じられないほど巨大で、真っ白な毛玉のような生き物がうずくまっていた。
大きさは人間の大人ほどもあり、全体的に丸みを帯びたフォルムは巨大な大福を思わせる。
短い手足と丸い耳、そして鼻先の絶妙なピンク色が、前世の図鑑で見たハムスターによく似ていた。
しかし、その生き物の右後ろ足には、鋭い金属の刃が交差する残酷な罠が深く食い込んでいた。
白い美しい毛並みの一部が赤く汚れ、生き物は苦痛に耐えるように小さな声で鳴きながら、時折激しく体を震わせている。
「可哀想に、誰かが仕掛けた罠にかかってしまったのね」
私が思わず駆け寄ろうとすると、カレンが私の肩を抱いて制止した。
「気をつけて、ミユリ。あんなに大きな体をしているんだ、怪我をしてパニックになって暴れるかもしれない」
カレンの言葉はもっともだったが、苦しんでいる命を目の前にして見捨てることなど絶対に出来なかった。
私はカレンに大丈夫だと視線で伝え、両手を胸の前に広げながら、ゆっくりと、地面を擦るように慎重な足取りで白い生き物へと近づいていった。
「大丈夫、怖いことはしないわ……痛かったわね、今助けてあげるからね」
出来るだけ優しく、穏やかな声のトーンを維持しながら語りかける。
生き物は私の気配に気づき、黒曜石のように澄んだ真ん丸の瞳を向けてきた。
その瞳には怯えと警戒が入り混じっていたが、私が敵意を持っていないことを悟ったのか、やがて小さく鼻を鳴らして頭を地面にこすりつけた。
私はついに生き物のそばまでたどり着き、震えるその白い背中にそっと手のひらを置いた。
触れた瞬間、想像を絶するほどの柔らかさと、深い毛並みの奥から伝わる力強い生命の温かさに息を呑んだ。
まるで極上の絹と羽毛を掛け合わせたような、言葉では言い表せないほど心地よい触感だった。
私はその圧倒的な温もりに包まれながら、この無垢な命を何としても救い出すと強く心に誓ったのだった。




