第1話「目覚めと温もりと新たな命の芽吹き」
登場人物紹介
◆ミユリ
無限に作物を実らせる魔法のような農業スキルを与えられた心優しい女性
前世からカレンと深く愛し合っており、彼女の隣にいる時が一番の幸せを感じている
土や植物と心を通わせるように豊かな自然を生み出し、その温かな性格で周囲に安らぎを与える
◆カレン
思い描いた建物を一瞬で現実の形にする万能の建築スキルを与えられた頼れる女性
ミユリをこの世界で何よりも大切に想い、彼女を守り抜くためならどんな労力も惜しまない
冷静で判断力に優れており、防壁や住居を次々と生み出して街の基盤を強固に築き上げていく
◆ポム
シロモチグマと呼ばれる精霊獣の群れを束ねる賢くて愛らしいリーダー格
大福のように丸くて巨大な白い体を持ち、極上の毛布のような手触りの毛並みをしている
ミユリとカレンに命を救われて以来、二人を深く慕い、その温厚な性格と絶大な安心感で街の守り神となる
深い暗闇の底から、少しずつ輪郭のある感覚が戻ってきた。
重くのしかかる水圧のような膜を抜け出すと、まぶたの裏側にじわりとした明るさが広がっていく。
全身を縛り付けていた冷たい恐怖はすでに消え去り、代わりに乾いた微風が頬を静かに撫でていった。
鼻腔をくすぐるのは、ひどく乾燥した土の匂いと、どこか遠くから運ばれてくる名も知らぬ野草の青臭い香りだった。
ゆっくりと目を開くと、視界いっぱいに見たこともないほど澄み切った空が広がっていた。
雲一つないその蒼穹は、まるで巨大な宝石をくり抜いて被せたかのように鮮やかで、吸い込まれそうなほどの深みを持っていた。
私はひび割れた大地の上に仰向けに倒れていた。
背中に伝わる土の硬さと、微かに熱を帯びた地熱が、自分が確かに生きているという事実を静かに告げていた。
体をゆっくりと起こし、自分の両手を見つめる。
見慣れた自分の指先があり、どこにも痛みや出血はなかった。
直前まで記憶にあったのは、けたたましいクラクションの音と、眼の前に迫る巨大な金属の塊、そして全身を貫くようなすさまじい衝撃だった。
私たちは確実に命を落としたはずだった。
その事実を理解した瞬間、強烈な焦燥感が胸の奥からせり上がってきた。
『カレンは、カレンはどこにいるの』
私は震える唇を噛み締めながら、慌てて立ち上がった。
周囲を見渡すと、見渡す限りの荒涼とした赤茶けた荒野が地平線の彼方まで続いていた。
植物の姿はまばらで、ひび割れた大地が乾いた風に削られて細かい砂埃を舞い上げている。
そんな絶望的な風景の中で、少し離れた場所に倒れている見慣れた人影を見つけた。
心臓が肋骨を突き破るほどの勢いで跳ね上がり、私は無我夢中で乾いた地面を蹴って走り出した。
足元で小石が弾け飛び、息が切れるのも構わず、ただ愛する人の名前を叫びながら距離を詰めていく。
「カレン!」
私の声に応えるように、倒れていた人影の肩が微かに動いた。
砂まみれになった衣服の背中が規則正しく上下しているのを見て、安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになった。
私は地面に這いつくばるようにして彼女のそばに寄り添い、震える両手でその華奢な肩を抱き起こした。
ゆっくりと開かれた瞳が、戸惑いを浮かべながら私の顔を映し出す。
「ミユリ……私たち、生きているの」
かすれた声が耳に届いた瞬間、張り詰めていた感情の糸が完全に千切れた。
私は返事をする代わりに、カレンの体をきつく抱きしめた。
互いの胸が密着し、重なり合った心臓の鼓動が直接肌から伝わってくる。
彼女の柔らかな髪から漂う微かな甘い香りが鼻腔を満たし、その確かな体温が私の冷え切っていた心を内側から溶かしていった。
カレンの腕も私の背中に回され、布越しに伝わる力強い指の感触が、二人が決して離れ離れになっていないことを証明していた。
私の瞳から止めどなく涙が溢れ出し、彼女の肩口を温かく濡らしていく。
「よかった、本当によかった……カレンがいない世界なんて、私には生きていく意味がないもの」
私は泣きじゃくりながら、彼女の首筋に顔を埋めた。
「私も同じ気持ちよ、ミユリが隣にいてくれるだけで、ここがどこであっても構わない」
カレンは優しい手つきで私の背中を一定のリズムでさすりながら、愛情に満ちた声で囁いてくれた。
どれほどの時間が過ぎたのか分からないほど長く抱き合い、ようやく落ち着きを取り戻した私たちは、身を寄せ合ったまま周囲の景色を改めて観察した。
前世の記憶を完全に保ったまま、私たちはまったく別の世界へと降り立ってしまったようだった。
その時、澄み切った空の彼方から、性別も年齢も分からない不思議な声が頭の中に直接響き渡った。
それは新しい命を与えた神からの伝言であり、私たちがこの過酷な環境で生き抜くための力を授けたという内容だった。
私には指先から土と植物を操り無限の作物を生み出す力、カレンには想像した構造物を一瞬で具現化する力が与えられたというのだ。
『そんなおとぎ話のようなことが、本当に起きるのだろうか』
私は戸惑いながら自分の両手を見つめた。
「試してみましょう、ミユリがいれば私たちはどこでだって生きていける」
カレンは力強く頷き、地面の開けた場所に向かって手をかざした。
彼女が目を閉じて深く息を吸い込むと、何もない赤茶けた大気が突如として陽炎のように歪み始めた。
地中の土砂が目に見えない力に引き寄せられるように渦を巻き、どこからともなく現れた真新しい木材が空中で複雑に組み合わさっていく。
木と木が噛み合う小気味よい摩擦音が響き、あっという間に私たちの目の前に、温かみのある小さなログハウスが完成してしまった。
窓ガラスには風景が反射し、煙突まで備え付けられた完璧な作りの家だった。
「すごい、カレン……本当に魔法みたい」
私は感嘆の声を漏らし、彼女の手を強く握りしめた。
「次はミユリの番よ、私たちの食事を作ってくれるかな」
カレンに優しい眼差しで見つめられ、私は小さく深呼吸をしてから乾いた土の上に両手をついた。
目を閉じて、みずみずしい緑の葉と、太陽の恵みをいっぱいに受けた甘い果実を頭の中に思い描く。
手のひらから微かな温かさが地面へと流れ込んでいくのを感じた。
次の瞬間、指先の隙間から鮮やかな緑色の芽が勢いよく吹き出した。
ひび割れていた土は瞬く間に湿り気を帯びた豊かな黒土へと変貌し、芽はみるみるうちに太い茎へと成長していく。
大きな葉が風に揺れ、黄色い花が咲いたかと思うと、あっという間に大きな赤い果実が鈴なりに実をつけた。
周囲の空気が、果実の放つ甘酸っぱい濃厚な匂いで満たされていく。
私は驚きとともにその果実を一つ手に取り、表面の滑らかな感触を指の腹で確かめた。
「これなら、二人で絶対に幸せになれるわね」
カレンが私の頬にそっとキスを落とし、私たちは豊かに実った命の結晶を見つめながら、新しい世界での確かな一歩を踏み出したのだった。




