もし貴方が「ごめん」と言ったなら
「お前との婚約を破棄する。エルヴィール」
私の婚約者、アルバン・ド・デュクドレーは王立魔法学園の真ん中でそう言いました。
彼の傍には座り込んだまま泣いている令嬢、メリザンド・ド・エルディー男爵令嬢がいます。
「最近のお前の悪評は嫌でも耳に入っていた。それでも俺が直接見た訳ではないからと目と瞑っていたが……このような現場を目の当たりにすれば、見過ごすわけにもいくまい」
現場、というのは私が彼女を突き飛ばした瞬間の事を言っているのでしょう。
それは事実でしたから。
「侯爵令嬢という地位に胡坐を掻き、自身よりも低い地位の者を蔑むだけでなく……嫌がらせや、暴行まで加えるような女、将来のデュクドレー侯爵夫人として相応しくない」
「ち、違うわ、アルバン。私はただ――」
「この期に及んで言い訳か」
アルバンは声を荒げませんでした。
ただ冷たい目で、淡々と言葉を吐くだけ。
「もっと利口な女だと思っていたが。……形だけの謝罪だけでもして見せればよかったものを」
「アルバン……ッ!」
「もういい。時間の無駄だ」
そう言って彼は、メリザンド様へ手を差し出しました。
「行こう」
「……ありがとうございます、アルバン様」
アルバンに手を取られ、去っていくメリザンド様。
その口が、三日月形に歪みました。
全ては計画通りだと言わんばかりの笑み。
それを目の当たりにした私は、ああ、自分は嵌められたのだと理解しました。
私は常に身に付けているネックレスを握ります。
学園へ入学するよりも前、アルバンがくれた物でした。
『それを見たら君を思い出したから』と僅かに頬を赤らめながら言った彼の顔は、幸せと共にずっと私の頭に焼き付いたまま。
……私は彼に恋をしていました。
けれど、二人で同じ学園に通うようになって半年が経った頃。
メリザンド様が編入してきてから、少しずつ、私達の歯車は合わなくなっていきました。
今思えば、メリザンド様はアルバンに一目惚れしていたのでしょう。
初めてお会いしてすぐに、彼女はアルバンへ積極的に話し掛けるようになっていましたから。
学園を案内して欲しい、校則が分からない、これまでの授業の内容……それらを度々アルバンに聞きに行きました。
編入生であれば当然の苦労ではありましたから、アルバンはそれを無下にはせず、付き合ってあげていました。
それから暫く経った頃です。
私がメリザンド様を虐めているという噂が流れ始めました。
どなたかが意図的に広めていたのではと思う程、それは瞬く間に広がり……気が付けば私は孤立するようになりました。
そして同じく噂の的であるはずのメリザンド様は何故かそれを否定せず……寧ろ私へ積極的に声を掛けては周囲から同情の視線を浴びておりました。
そんな折の事です。
メリザンド様は私に『もう辛く当たらないで欲しいと』懇願しました。
何の話か分からないと返せば、惚けないで欲しいと涙ながらに言い、私に縋りつき……そして彼女は何故か私のネックレスに手を伸ばしました。
日頃から私はこれを大切に扱っていましたから、彼女もそれを悟っていたのだと思います。
私はネックレスを引き千切らんと迫るその手を避けるように、メリザンド様の手を振り払ってしまいました。
そして彼女はその勢いから転倒し、その現場を……アルバンが見た、というのが事の真相でした。
こうして私は、アルバンからの信頼を完全に失ったのです。
その後、涙が止まらなかった私は初めて授業に参加しませんでした。
そのまま放課後まで裏庭で泣き続けた私は、涙が収まってからも暫くぼんやりとしていました。
泣き疲れて、上手く頭が働かなくとも思い浮かぶのはアルバンの顔なのですから、相当重症だったのでしょう。
日が暮れ始め、生徒の気配が消えていく学園の中、校舎をぼんやりとみていた私はふと、アルバンとの記憶を思い起こしました。
王都には周囲の建物よりも群を抜いて高い時計塔があります。
私達は一度、その頂上にある展望台まで赴いた事がありました。
強い風に煽られながら笑い合う、淡い記憶。
それを思い出して涙しそうになった時……ふと、校舎の屋根が目に入りました。
時計台の事を思い出したからでしょう。
何となく、高い場所に行きたくなった私は風魔法を使って屋上まで上昇する。
そしてふわりと降り立って、周囲の景色を見渡しました。
「……やっぱり、時計塔には及ばないわね」
そう長い息を吐き、ネックレスに触れて苦笑します。
冷えた風は塗れていた私の頬を静かに撫でていきます。
それが少しだけ心地良くて、私の気持ちは少しだけ落ち着きを取り戻していました。
「私がもっと上手く、立ち回れていたら……何か、変わっていたのかしら」
そう呟いてから私はゆっくり首を振ります。
今となっては過ぎた話。今更それを考えたって何かが変わる訳ではありませんでしたから。
それからもう一度、ぼんやりと周囲の景色を眺め、そろそろ降りようかと身を乗り出したその時でした。
「っ、早まるな!!」
「……っえ!?」
死角から飛び出した人影が私の手を掴み、引き寄せました。
しかしその時、私の腕を引いた相手が逆に足を踏み外します。
「きゃ……っ」
「う、わ、ぁあああ!?」
私達はそのまま地面へ向かって落下していきました。
地面へ激突する手前、私は咄嗟に魔法を使います。
巻き起こった突風によって私たちの落下は落ち着き……僅かな衝撃のまま私達は地面に落ちます。
「す、すまない」
「い、いいえ……お怪我は? ……クロヴィス様」
私は共に落ちてしまったお相手の男子生徒へ向きます。
クロヴィス・リュシェール様。公爵家の嫡男であられるお方。
起き上がって服の砂を払ってから、彼は私の言葉に対して首を横に振りました。
「いや、君のお陰でな。こちらこそすまなかった。怪我はないか?」
「私もありません。……ところで、何故あのような場所に」
「何故、だと?」
苦く笑っていた顔に真剣みが帯びます。
「高所から命を絶とうとする生徒を見れば誰だって止めようとするだろう」
「命を絶……え……!?」
「……え?」
クロヴィス様の言葉を反芻する最中に、私は彼が何やら大きな勘違いをしている事に気付きました。
驚きの余り声を上げれば、彼は首を傾げます。
暫し、何とも言えない静寂が私達を包みました。
クロヴィス様は瞬きを数度繰り返し、私の顔色をよく観察してから、徐々に動揺を顔に滲ませました。
「……違ったのか?」
「も、勿論です。確かに落ち込んではいましたけれど、そんな、命を絶とうなどと」
慌てて首を横に振ると、クロヴィス様は勢い良く頭を下げました。
「そ、それはすまなかった。俺はとんでもない早とちりをした挙句、君を巻き込んで死なせかけたという事か……。本当にすまない」
「い、いいえ、顔を上げてください……! 結果として魔法のお陰で無傷ですし、私を気にしてくださっての事だというのはわかりましたから」
私は長く頭を下げるクロヴィス様を見つめながら、彼はこんな人物だっただろうか、と疑問を抱きました。
学園ですれ違うだけ、夜会で挨拶を交わす程度にしか面識のないお方ですが……どちらの場面で見る彼も、非常に淡白なお方であるという印象を受けていました。
ですから、このように早とちりをしたり、動揺をわかりやすく見せるようなお姿を見るのは初めてだったのです。
なんだか不思議な気持ちでそれを見ていると、青い瞳が私へ向けられます。
「その……俺のとんだ勘違いだったことは大変申し訳ないが、屋根に立っていた君の顔は今にも消えてしまいそうな程に悲痛なものだった。……今日の騒ぎが関係しているのだろうとは思っているが」
クロヴィス様の仰る『今日の騒ぎ』――。
それを私は知らないけれど、間違いなく、婚約破棄に関するものでしょう。
「ああ、すまない。傷を抉りたかった訳ではないんだ。……ああ、こういう時にすぐ上手い言葉が出せないのは俺の悪いところだな」
私が顔を曇らせるとクロヴィス様は自分に悪態をつきながら髪を雑に掻き上げます。
「君の事は少々気掛かりで、元々どこかで話す機会をと思っていたんだ。そんな矢先の事だったからな。俺も気が動転していて慌ててしまって」
「話す、機会……ですか?」
私が聞き返せば、クロヴィス様は周囲に視線を巡らせてから声を潜めました。
「最近の学園内はどうにもきな臭い」
「きな臭い……ですか」
「君が一番よくわかっているだろう」
私が今、学園内で最も違和感を覚えている事。
それは、私の悪評に関する事でした。
これまで構築してきた関係が嘘のように崩れ去り、誰もがメリザンド様の肩を持つようになるまでの期間や過程……それらには違和感がありました。
私が考えている事を汲んでの事でしょう。
クロヴィス様は続けます。
「俺は常に学年トップを争うような君程、魔法の才に長けている訳ではない」
「わ、私はそんな……」
「謙遜しなくていい。落下に対応し、咄嗟に無詠唱魔法を使えるような生徒はそういないさ。まぁ、その点では君には敵わないが――」
クロヴィス様はそう笑いつつ、自分の目を指します。
「俺は目がいい」
「目……」
「魔力の流れや質、量なんかを感覚的に捉えることが出来る。……まぁこれは俺が特別というよりは、リュシェールの体質の問題だが。お陰で実践の成績は中の上だが、実験や研究など、知識や観察眼が絡む魔法学の成績は良い」
確かに、クロヴィス様は座学面での成績ならば右に出る者はいない程に抜きんでていました。
「ああ、少し話が逸れたな。俺が言いたいのは……メリザンド嬢は相当まずいという話だ」
「まずい、ですか」
「ああ。あれが纏っている魔力はあまりに禍々しい。禁忌の魔法に触れたか……もしくはそれを司る魔導具でも所持しているか……どちらにせよ、放っておくには危うすぎる存在だ」
「まさか……最近の周りの方々の様子が大きく変わったのも」
「ああ。彼女の影響だと俺は考えている」
確かに、私の悪評が流れ始めたのはメリザンド様が編入してきてからでしたし、何の根拠もない噂を信じ込む程には多くの方がメリザンド様を慕うようになっていました。
「俺はこの目のお陰で惑わされる事はなかったが……周りはそうではない。恐らく魅了の類だとは思うが、それ以外の危険がないとも限らないから早々に何とかしたいと思っていた訳だ。……罪なき御令嬢が涙を流すような事も、あってはならない事だからな」
そこでだ、とクロヴィス様は私へ手を差し出しました。
「メリザンド嬢の魔法をどうにかするにも、技術面が心許なくてな。俺の目があれば魔力の質の差異による相性なんかも……相手の魔法を相殺する魔法の可能性も探れる。だから魔法の才に恵まれている君には、技術面で手を貸して欲しいんだ」
「……私なんかで、お役に立てるのでしょうか」
「勿論」
「では……是非」
私は彼の手を取りました。
そしてよろしくと互いに挨拶を交わしたところで。
「ところで……どうして屋根になんかいたんだ」
と聞かれ、私は返答に困ってしまいました。
淑女であるべきの貴族令嬢が、気晴らしに屋根に登るなど、到底褒められた行いではありません。
しかし上手い言い訳が見つからなかった私は、仕方なく正直に答えました。
「……気晴らしに?」
「…………とんだ、お転婆なお嬢様がいたものだな」
クロヴィス様はしみじみと呟いてから、プッと吹き出します。
私はそれに羞恥を覚えるのでした。
こうして私達は、催眠に掛かっている方々の魔法を解くべく……そして私の罪を晴らし、真実を明らかにするべく、魔法の研究に打ち込むようになります。
二人きりの時は、出来るだけ精密に魔力の質を調整できるよう訓練し、メリザンド様が近くにいる時には彼女に纏う魔力と対抗する術を探りました。
初めは利害の一致から始まった研究ですが、クロヴィス様と過ごす時間は意外にも、純粋な楽しさを覚える事が多くありました。
学園で他人としてすれ違う時の彼は相も変わらず口数が少なくクールな振る舞いでしたが、二人でいる時は非常に気さくに接してくれていました。
その違いについて、研究の間に聞いた事があるのですが……
「公の場と振る舞いが違う?」
「え、ええ……少し気になって」
「大した事ではないが」
「話したくない事であれば無理にとは言いません」
「いや、話したくないというか……本当に大層な話ではないというか」
彼はそう言いながら私の顔色を窺います。
「……笑わないと約束するのであれば」
「笑いませんよ」
私の答えを聞いてから、クロヴィス様は頷きます。
そして目を逸らしながら
「……公爵家の者というだけで変に期待をされる事が多いからな。ボロが出ないように口数を減らしているだけだ」
「ボロ……」
「生憎、俺は結構抜けているし、魔法の才がある訳でもないからな。容姿のお陰で黙っていさえすれば割と様になるらしいから……」
真剣な顔で答えるクロヴィス様。
接していく内にわかっていた事ではありましたが、彼は随分と感情が言動に滲んでしまう性格のようでした。
だからこその苦肉の策だ、という事なのでしょうが……
「……おい、笑わないっていっただろう!」
「す、すみません……っ」
余り格好良くない理由で格好つけていたらしい、クロヴィス様の話を聞いた私は、堪らず笑ってしまうのでした。
研究は順調に進みました。
婚約破棄を経て数ヶ月が経ち……研究が終わりに近づくにつれて私の心も沈まなくなっていきます。
学園でメリザンド様と共にいるアルバンとすれ違ってもあまり胸も痛くならなくなりました。
そして、メリザンド様の魔法への対抗手段が確立した日――
「アルバン。メリザンド嬢の件だが」
クロヴィス様は放課後にアルバンを呼び止め、空き教室で二人きりで話をする事にしました。
私がかつてアルバンを思っていた事を知っている彼は、メリザンド嬢を直接叩く前に彼の誤解を解いて話す機会が作れないかと考えたようでした。
アルバンとクロヴィス様は少なからず交友関係がありましたし……メリザンド嬢の事が公になった時、彼女に強く肩入れしていた者程、痛い目を見るだろうという事も明白でしたから、これは私とクロヴィス様が考えた救済措置でもありました。
クロヴィス様がアルバンの気を引き、真相を話している間に、廊下で息を潜めている私がアルバンに影響を及ぼしているメリザンド様の魔法を消す。
そしてそれ自体は、非常に上手くいきました。
クロヴィス様が話し終わっても、アルバンは否定したり激昂したりしませんでしたから。
思い当たる節があるのか、彼は静かに黙りこくっていました。
「……俺の言っている事はわかるはずだ」
アルバンはクロヴィス様の言葉を認めるように、長い溜息を吐きました。
「今ならまだ機会はある。エルヴィール嬢に謝罪くらい、あってもいいのではないか?」
そのような話の流れは予定にはありませんでした。
クロヴィス様の計らいだったのでしょう。
突然名前を出された事に驚きつつ、鼓動が僅かに速まるのを感じます。
今更、謝られたとして何か変わる事はあるのだろうか。私はどうこたえるべきなのだろうか。
そんな考えが巡りましたが……きっと、僅かに期待していたのも事実です。
もし、前のような関係に戻れずとも、昔の幸福な思い出を語り合えるだけの友になれたのなら――そういう思いもあったと思います。
けれど……そうはならなかった。
「…………それが事実だとしても、だ。彼女とてもっと否定する必要があったでしょう」
アルバンの声は僅かに震えていました。
罪悪はある。けれど……引くに引けない。
彼はこれまであまり大きな過ちを犯さない人間でした。そしてそれに少なからず自負があった。
だからこそ……そのような状況になった時に、自分の過ちを認めるだけの余裕がありませんでした。
結果、彼は私の非を指摘し、痛み分けという主張に出たのです。
それを聞いた時、私は悟りました。
これまで彼と紡いできた幸せな時――。
それはもう二度と、訪れるものではないのだと。
それどころかきっと、笑顔で話す事すらないでしょう。
切なさが込み上げて、私は静かに涙を流しました。
けれど同時に安堵もしていました。
メリザンド様の魔法のせいだけで婚約破棄が成立していたのならば……彼は謝罪と共に関係の修復を求めてきたかもしれない。
けれど既に私の心は、当時に比べて随分と、アルバンから遠く離れた場所にありました。
だからきっと、もしそうなれば戸惑ってしまったでしょう。
(……よかった。これで――前を向ける)
「…………残念だ、アルバン」
クロヴィス様が深々と息を吐きます。
そこへ――
「クロヴィス様」
私は扉から顔を覗かせました。
「……な」
アルバンが顔を歪めます。
クロヴィス様は私を労わるように、顔を曇らせました。
私は彼が気に病まないよう、笑顔で話し掛けます。
「……行きましょう。今の時間ならばまだ……メリザンド様も校舎にいらっしゃるはずです」
「ああ」
それからアルバンを見て……
「アルバン様も、是非。貴方も当事者であるはずですから」
***
「う、嘘よ……ッ、そんな……っ!!」
メリザンド様が崩れ落ちます。
大勢の生徒の前で、私達はメリザンド様の悪事を公にしました。
私は魔法で周囲の方々の魔法を解き、クロヴィス様は彼女が隠し持っていた魔導具を取り上げました。
周囲の視線が、メリザンド様へ突き刺さります。
そして同時に――アルバンへも。
メリザンド様に最も肩入れしていたのは彼でした。
恐らくはメリザンド様の執着によるものでしょうが……傍から見れば、婚約者がいながら悪女に加担し続け、罪なき婚約者を罵った男ですから。
勿論この場で彼を責める権利を本当に持つ者はいないはずでしたが、それでも皆――責任から逃れる為に自分より大きな業を抱えている者へ責任を擦り付けようとしました。
アルバンは、その贄に選ばれてしまったのです。
私とクロヴィス様は事前に学園へ証拠を突き付けておりました。
結果、学園の講師たちによってメリザンド様は捕縛されます。このまま国へと突き出されるのでしょう。
彼女が用いたのは禁忌の古代魔導具。
他者の思考を操る類の術に触れる事は我が国では重罪です。それを数えきれない人数へ施したのですから……彼女は極刑を免れられないでしょう。
そうして大勢の中に取り残されたのは私達と、アルバンだけ。
「……行きましょう、クロヴィス様」
「ああ。……エルヴィール」
「ッ、え、エルヴィール……ッ」
アルバンが私を呼び止めます。
切羽詰まったその表情は、今、自分がすべき最適解を理解しているようでした。
けれど――それは必要ありません。
いいえ、受け付けません。
だって、彼の本心を私はもう知ってしまった。
今から受け取る形だけの謝罪には、何の意味もない。
彼の客観的な罪が和らぐ可能性しかないのですから。
「……さようなら。アルバン様」
もし彼があの時、一言でも謝ってくれたのならば。
そしたらきっと――許せた未来もあったのでしょう。
「残念です」
アルバンを残し、私はクロヴィス様と共にその場を去りました。
***
「……大丈夫か、エルヴィール」
「ええ。悲しくない、と言えば嘘になりますが」
クロヴィス様が私の涙を確かめるように頬を撫でます。
そして私の顔が濡れていない事で少しだけ安堵の表情を見せる。
「ただ、私の恋はもう……あの時に終わっていたんです。今の私に残っているのは情だけですから」
「……そうか」
クロヴィス様は静かに目を伏せます。
そして少しだけ悩むように目を泳がせてから。
「なぁ、もしよければ……君のその心の傷を癒す手伝いをさせてはくれないか」
彼が言わんとしている事。
それを先んじて悟ってしまった私は、徐々に顔が熱くなるのを感じました。
「君と過ごした時間が、とても楽しかった。君もそうであればいいと……そして、これからもそうなってくれればいいと思う。だから……俺と、婚約して欲しい」
「……そんなこと」
胸が弾んでいくのを感じる。
それが答えだった。
「勿論、私だって同じ気持ちです」
私はクロヴィス様の胸に顔を寄せる。
「これからも……よろしくお願いいたします、クロヴィス様」
それから私達は互いの気持ちを伝え合うように身を寄せ合い、笑い合い――ささやかな口づけを交わすのでした。
***
これは後から気付いた事なのですが。
研究の為、クロヴィス様と過ごしていく内。
いつの間にか、アルバンから貰ったネックレスは身に着けなくなっていました。
まだ僅かな胸の痛みは残っているけれど、きっとこれは、新たな幸福の前兆。
いつかは消えてなくなっていくのでしょう。
愛情に胸を満たされていく中――そんな予感がしたのでした。
最後までお読みいただきありがとうございました!
もし楽しんでいただけた場合には是非とも
リアクション、ブックマーク、評価、などなど頂けますと、大変励みになります!
また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




