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保育士令嬢、追放されたのでダンジョンで働きます

作者: さこ丸
掲載日:2026/02/04

 私、ハル・バーンズ(24歳)は、王宮の回廊をカツカツとヒールを鳴らして歩いていた。

 鏡に映る自分は、亜麻色の髪をなびかせた、若くて見目麗しい男爵令嬢。

 ……ただし、実家は火の車だ。お父様は人の好さで連帯保証人になり、借金まみれ。


 だが、今の私には最強の武器がある。

 先日、借金取りに頭を下げすぎて貧血で倒れた拍子に思い出したのだ。

 私が前世で、「保育士歴30年のベテラン園長」だった記憶を!


 さらに、この世界の私には、貴族特有のささやかな魔力があった。

 【生活魔法:ウェイト・ダウン(重量軽減)】

 ほんの少し、触れたものを軽くする程度の地味な魔法だ。戦闘には使えない。

 けれど、保育士視点で見れば、これは「革命」だ。


(重たい幼児もヒョイと抱っこ! お散歩カートも軽々! 腰痛知らずの最強保育士の誕生よ!)


 そんな私が、コネを駆使して王宮で勝ち取った仕事は――

 『凶暴な伝説級魔獣の飼育』と『ワガママ王子の教育係』。

 普通なら尻込みする難題だけど、私には「攻略法」と「魔法」がある。

 魔獣も王子も、所詮は「子供」。30年のキャリアを持つ私にかかれば、赤子の手をひねるより容易い。


「ふふっ、イージーモードすぎて申し訳ないくらいね。さあ、私の『神対応』で借金完済よ!」


 私は自信満々で、その扉を開けた。


—-


 地下牢のような飼育場。そこには、鎖に繋がれ、殺気立ったフェンリルの子供がいた。

 飼育員たちは傷だらけで怯えている。


(……なるほど。恐怖政治ね。これじゃあ心を開くわけがない)


 私は心の中で「やれやれ」と首を振った。

 鎖を外し、ふかふかの藁を敷く。そして、私は魔法を発動させた。

 暴れる体を、【ウェイト・ダウン】で軽くして、強引に「高い高い」や「抱っこ」をしてあげる。


「怖くないよ〜。よしよし、甘えん坊さんだね〜」


 私の愛着形成スキルが炸裂する。

 物理的な軽さと、精神的な包容力。

 更に手ずから最高級の肉を与え、極上のブラッシングテクニックを披露。

 数週間後、フェンリルは劇的に変化した。私を見ると尻尾をブンブン振り、お腹を見せて「撫でて〜」と甘えるようになったのだ。無駄吠えも噛みつきもゼロ。


「見なさい! これが『信頼関係』よ!」


 私はドヤ顔で魔獣師団長を呼びつけた。

 さあ、褒めなさい。「奇跡だ!」と驚きなさい! ボーナスを弾みなさい!


 しかし、団長は膝から崩れ落ちた。


「……なんということだ。牙が、丸くなっている……」

「え?」

「フェンリルは『殺気』と『闘争心』こそが魔力の源泉なのだ! ストレスフリーで育てたせいで、ただのデカい駄犬(魔力ゼロ)になってしまったじゃないか!!」

「えええええ!?」


 即日、クビになった。




 気を取り直して、次は王子の教育だ。

 王子は気に入らないことがあると物を投げ、侍従を怒鳴りつける暴君だった。


(はいはい、典型的な愛情不足ね。抱きしめてあげましょう)


 私は王子を抱き上げ、視線を合わせて対話した。

『受容』と『傾聴』のテクニックだ。


 「悔しかったのね」「言葉で言おうね」


 その結果、王子は慈愛に満ちた、とってもいい子に育った。


 ある外交パーティーの日。ミスをして水をこぼしたメイドに対し、王子は自ら膝をつき、「大丈夫? 僕が避ければよかったね、ごめんね」と頭を下げて手拭いを渡した。


(素晴らしい! なんて紳士的! 私の教育、大成功!)

 私はハンカチ片手に涙ぐんだ。周囲も感動の涙を流すはず――。


しかし、会場は凍りついていた。

 国王が激怒して叫んだ。


「王族が下々の者に頭を下げるとは何事か! この国は『武』の国ぞ! 王に必要なのは『慈悲』ではなく『威厳』だ!」

「えっ、そこ!? いい話じゃないの!?」

「余の息子を、こんな弱腰な『軟弱者』にしおって! 貴様の教育方針は国家反逆レベルだ! 出て行け!」


 ……こうして私は、王宮を追い出された。


 路地裏で膝を抱える。

「うそでしょ……。私の『知識チート』、全否定?」


 現代日本なら「カリスマ保育士」だった。でも、ここは弱肉強食の異世界。

 私の30年のキャリアは、ここでは何の価値もない「ゴミ」だったのだ。

 手切れ金は雀の涙。実家への仕送りもできない。


—-


 生きるためには、なりふり構っていられない。

 私はドレスを売り払い、動きやすい服に着替えて、冒険者ギルドの門を叩いた。

 狙うは「荷物持ち(ポーター)」。私の【ウェイト・ダウン】があれば、なんとか務まるはずだ。


 しかし、現実は甘くなかった。

 私の魔法は「少し軽くする」程度。プロのポーターのような怪力はない。


 雇い主は、血の気だけは多いCランクパーティ『紅の牙』。

 強面の大男たちが、私を値踏みするように睨む。


「おいおい、こんな華奢なお嬢ちゃんで大丈夫かよ?」

「まあ、魔法で少しは持てるらしいが……足手まといになったら即置いていくからな」


 怖い。

 前世は平和な日本。今世も箱入り娘。

 荒くれ者の男たちの殺気と、漂う血の匂いに、足が震える。

 ダンジョンに入ると、恐怖は倍増した。

 湿った空気、腐敗臭、遠くで響く魔物の唸り声。


「おい『お姫様』! 遅れるなよ!」


 リーダーの剣士が怒鳴る。

 私は必死だった。魔法でリュックを軽くしているものの、魔力には限りがある。汗が吹き出し、息が上がる。


 (重い……苦しい……。魔法が切れたら終わりだわ)


 私は必死についていくのがやっとだった。

 彼らは私を守ってくれない。ただの「便利な道具」として見ている。

 使い捨て。その言葉が頭をよぎる。

 一行は、薄暗い回廊の曲がり角に差し掛かった。

 リーダーは地図も見ずに、勢いよく角を曲がろうとする。


「へへっ、奥に行けばレアアイテムがあるはずだぜ!」


 その瞬間。

 極限状態の恐怖の中で、私の脳内で「保育士アラート」がけたたましく鳴り響いた。


 ――視界の端、壁の色が不自然に新しい。

 ――曲がり角の向こう、空気がピリついている。


 それは、「園庭の死角から子供が飛び出してくる気配」や、「遊具のボルトが緩んでいる違和感」を察知する、30年で培った第六感。

 思考するより先に、私の口が勝手に動いていた。


「ストーーーップ!!!」


 園庭の端まで届く、腹式呼吸の怒号。

 反射的に、リーダーがビクッとして足を止める。

 ヒュンッ!!

 彼の鼻先1センチを、天井から降ってきた巨大なギロチンが通過し、地面に突き刺さった。


「……は?」

 リーダーが腰を抜かす。


 私も呆然としていた。心臓が早鐘を打っている。

 な、なに今の? どうして分かったの?


「おい、お前……今……」

 男たちが振り返る。


 私は震える指で、ギロチンを指差した。

「そ、そこ……危ないですよ。壁の色が違いますし……」


 私の言葉に、男たちの目が変わった。

 侮蔑から、驚愕へ。


 それからも、私の体は勝手に反応し続けた。

 通路の真ん中に転がる、キラキラした宝石(に見える何か)。

 冒険者の一人が手を伸ばそうとする。


「ラッキー! 宝石だ!」


 パシッ!

 私は反射的にその手を叩き落としていた。


「だめ! 落ちてるものを拾い食い……じゃなくて、拾っちゃだめです!」


 その宝石は、擬態した毒虫だった。触れていれば手が腐っていただろう。


 崩れかけた足場。

 「走らないで! ゆっくり渡って! 順番!」


 背後からの殺気。

 「後ろ! お友達……じゃなくて、ゴブリン!」


 最初は「うるさいな」と舌打ちしていた冒険者たちも、私の警告が百発百中で的中することに気づき始めた。

 恐怖で研ぎ澄まされた私の観察眼は、魔力探知よりも正確だったのだ。


 ダンジョンの最深部。ボス部屋の前。

 誰も死なず、怪我一つしていない。

 私はリュックを下ろしながら、ふと気づいた。


 (あれ……? この感覚、知ってる)


 視野の狭い冒険者たち(子供たち)。

 至る所にある危険(遊具や段差)。

 突発的なトラブル(魔物)。


 ここは戦場じゃない。

 私にとってここは、「安全管理が必要な巨大な園庭」なんだ。

 私の30年の経験は、「育成」ではなく、この「危機管理ヒヤリ・ハット」においてこそ、真価を発揮するものだったのだ。

 そう思った瞬間、恐怖がすっと引いていき、代わりにプロとしての「使命感」が戻ってきた。


「……ハル嬢ちゃん」


 リーダーが、少し気まずそうに声をかけてきた。

「その……すまなかったな。お前がいなきゃ、俺たち全滅してた」


 私は汗を拭い、ニカっと笑った。

「いいんですよ。でも次は、ちゃんとお靴の紐…ならぬ気持ちの紐を結んで下さいね。危ないですから」


 リーダーは顔を赤くして「は、はい!」と直立不動になった。




 帰還した私たちは、ギルドでちょっとした話題になった。

 そこへ、緊急の救難要請が入る。

 王立魔獣師団のエリート部隊が、高難易度ダンジョンで遭難したというのだ。かつて私を追放した、あの上司たちだ。


 ギルドマスターが私に頭を下げた。

「ハルさん。君の『予知能力(だと思われている)』で、彼らを助けてくれないか」


 私は迷わず頷いた。

 かつては子供だった子達が危険な目に遭っているのを、見過ごせるわけがない。


 ダンジョンの奥底。

 エリートたちは罠にかかり、ボロボロになっていた。個々の戦闘力は高くても、周りが見えていないのだ。


 そこへ、私が率いるCランク冒険者たちが到着した。

 私は懐から「白墨チョーク」を取り出し、罠のある床に『×』印をつけながら進んでいく。


「はい、前の組についてきて下さいー。バツ印は踏まないで下さいねー」


 魔獣師団長が、信じられないものを見る目で私を見た。

「き、君は……あの時の役立たずな小娘!?」


 私は団長が荒い息を吐き、重たい鎧に体力を削られているのを見て、無意識に手が動いた。

「団長さん、よく頑張りましたね。無事でよかった」


 私はそう声をかけながら、泥と傷だらけの彼の鎧にそっと手を触れ、【ウェイト・ダウン(重量軽減)】のスキルをかけた。

 ふわり、と団長の表情が和らぐ。鎧の重さが半減し、強張っていた肩の力が抜けたのだ。


「……軽い。これは?」

「ふふ、体力が持たない時は、無理せず頼ってくださいね」


 私は続けて、周囲の騎士たちも見渡しながら優しく諭すように言った。


「あのね、一人で頑張るのも偉いけど、みんなで声を掛け合って助け合うともっと凄いことができるんですよ? 『連携』っていうのはね、1足す1が、3にも4にもなる魔法なんです」


 それはまるで、園庭で遊ぶ子供たちに『お友達と仲良く協力することの大切さ』を教える時の口調そのものだった。


「だから、ちゃんとお友達なかまと仲良く連携して、みんなで無事に帰ってきましょうね。……はい、これ飲んで」


 私は仕上げに特製ポーションを団長に手渡した。

 プライドの高い騎士たちが、不思議と素直な顔つきで「はい……」と頷く。そこには、戦場の殺伐とした空気ではなく、温かな安心感が広がっていた。


 無事に地上へ戻った時、師団長は私に土下座した。

「すまなかった……! 君は無能などではなかった。我々に足りないものを持っていたんだ」




 その後。


 私は王宮からの復帰要請を断り、冒険者ギルドの専属職員となった。

 肩書きは「ダンジョン安全管理責任者」。

 給料はいいし、実家の借金も完済。両親も安心して元気になった。


 そうそう、風の噂で聞いた。

 あのフェンリルは、「闘争本能」こそ失ったが、私のスキンシップで知能が異常に発達し、「人語を解し、魔法を操る賢狼」に進化したらしい。

 今では王国の参謀として、戦わずして敵を退ける守護獣として崇められているとか。

 「あの撫で心地が忘れられない」と、よく遠くを見つめているそうだ。


 そして、第二王子。

 彼は「軟弱者」と罵られながらも、決して優しさを捨てなかった。

 戦果で散った国王に代わり、若干12歳で王位を継ぎ、その慈愛の精神は、他国の王族や民衆の心を掴んだ。今では「戦火を外交で鎮める平和の王」として、歴史に名を残そうとしているらしい。

 彼が制定した最初の法律は、『国民への福祉(優しさ)の充実』だったという。


 ギルドのカウンターで、私は新聞記事を読みながら目を細めた。

「なんだ。……私の教育、失敗じゃなかったじゃない」

 時間はかかったけれど、撒いた種は、私のいない場所で、ちゃんと彼ららしい花を咲かせていたのだ。


「ハル先生ー! 新人がスライムに頭突っ込みましたー!」

「もう! 何でも口に入れないって言ったでしょ!」

 私は新聞を置き、笛を咥えて走り出した。

 予想もしなかった第二の人生。

 でも、泥だらけで騒がしいこの職場が、今の私には一番似合っている気がする。

 私は大きく息を吸い込み、高らかに笛を吹いた。

 さあ、今日もお散歩(攻略)の時間よ!

(了)


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