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四匹目

 和室の座卓を挟んで、向かい合う四人の間で話が進む。


 伏間姉妹は、自分たちが金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の霊力によって眠らされていたのだと説明された。


 だが、神社の娘である彼女たちは、そういった霊的な事象に対してある程度の知識と耐性があったようで、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の能力に驚きはしたものの、霊力そのものの存在を疑うような素振りは見せなかった。


 むしろ、すっかり金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の特異な能力に興味津々といった様子で、特に六花が目を輝かせながら積極的に話しかけている。


「ねえ、アンタ、他にどんなことができるの?」

「そうじゃのう~。では、こんなのはどうじゃ?」


 得意気な顔でそう言うと、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)は白魚のような人差し指をすっと立てる。


 直矢、苑未、六花の三人の視線が、その小さな指先に吸い寄せられた──次の瞬間、指の先にぽっと青白い小さな火の玉が生じ、ゆらゆらと揺らめいた。まるで小さな人魂が踊っているかのようだ。三人は思わず息を呑む。


「へえ、結構いろいろできるのね」


 苑未が感心したように呟いた。


「ふふん、こんなこともできるぞ」


 三人の反応に気を良くしたのか、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)はさらに得意げに胸を反らすと、火の玉を一つ、また一つと増やしていく。やがて六つに増えた火の玉は、彼女の人差し指を中心に、美しい円を描いてくるくると回り始めた。


「わぁ……凄い……」


 素直な感嘆の声を上げる苑未。


「フッフッフ、凄かろう、凄かろう。ホレ、こんな芸当もできるんじゃぞ!」


 完全に調子に乗った金髪幼女(モフモフな尻尾付き)は、さらに火の玉の数を増やしていく。数十にまで膨れ上がった火の玉が、彼女の指先を離れてふわりと宙を漂い始めた──までは良かったのだが。


「あっ」


 金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の得意げな表情が、ぴしりと凍りついた。


 それは、直矢たち三人の表情も同様だった。


 何に凍りついたのかを一言で説明するならば──増えすぎた火の玉の一つが、コントロールを失ってふらふらと和室の障子へと接近し、見事に燃え移ったからである。


「ちょっ、早く消せ!」


 直矢が叫ぶ。


「わ、我がやると部屋ごと水浸しになるやもしれんぞ!」


 金髪幼女(モフモフな尻尾付き)が半泣きでパニックを起こしている。


「お姉ちゃん、早く水を持ってきて!」


 六花が冷静に指示を飛ばす。


「え、ええっと……そ、そうだわ!」


 咄嗟の判断で、苑未は来客用に出してあったお茶を、燃え盛る障子へとぶちまけた。幸いにも火はすぐに消し止められた。


 だが──。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 突然の出来事に、この場にいた誰もが激しく息を切らしていた。


 全員の顔には疲労の色が濃く滲み出ており、この場の空気が正常に戻るまでには、ゆうに一時間近くを要することとなったのである。


 *


 全員がようやく落ち着きを取り戻し、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)が先ほどのアクシデントをしおらしく謝罪した。


 その謝罪を一同が受け入れ、ようやく本題とも言える会話が再び始まる。


「……改めて言うが、妾は勾玉に封じられておった妖狐じゃ」

「ようこちゃん?」


 苑未が可愛らしい名前にぱっと顔を輝かせるが、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)はふるふると首を横に振る。


「いや、妖狐というのは、呼び名ではなくてじゃな。妖の狐、という意味じゃよ」

「へえー、じゃあ、アンタの名前は何ていうの?」


 六花が当然のように尋ねた。その言葉に、金髪幼女(モフモフ尻尾付き)は「あっ」と小さな口を開けて固まる。


「…………」


 ここでようやく、この場にいる全員が、この金髪幼女(モフモフ尻尾付き)の名前を誰一人として聞いていなかったという事実に気がついた。


「そう言えば……妾、まだ名前をもらっておらんかったのう」


 金髪幼女(モフモフな尻尾付き)がぽつりと言う。


「はっ? もらってないって……どういうことだ?」


 直矢が間の抜けた声を出すと、すかさず苑未が助け舟を出した。


「ああ、霊獣とかそういった存在と契約する時には、主が名前を与えるものなのよ。名前は魂を繋ぐ大事なものだから」

「な、なんで苑未さんがそんなマニアックなこと知ってるんですか!?」


 直矢が驚愕の声を上げる。


「ふふ。伊達に神社の娘をやってないからね」


 苑未はそう言って、自信ありげに胸を張った。その言葉には、神社の娘であることと霊獣の契約知識にどれほどの因果関係があるのか、など様々なツッコミどころが満載だったと言えよう。


 しかし、彼女が胸を張るという一連の動作は、その豊満な双つの膨らみをいやおうなしに強調する行為でもあった。


 健全な青少年である直矢の視線は、幼き日の思い出よりも遥かに成長したソレへと自然に吸い寄せられていく。その結果、ツッコミを入れるべき絶好のタイミングを見事に逸してしまった。


 これは断じて直矢が悪いわけではない。男であるならば誰一人として彼を咎めることなどできまい。


 まさしく、男であるが故の悲しき原罪であり、不可抗力なのである──しかし!


「…………」

「な、なんだよ、六花……」

「べーつにー? ただ、どっかの誰かさんの視線が、分かりやすくて面白いなーって思っただけよーだ」


 六花が、冷ややかな侮蔑と面白がる気持ちが半分ずつ混ざったような複雑な視線で直矢をねめつけていた。男の悲しき性を的確に見抜き、何か言いたげなのは明らかだ。


 直矢の額からは、嫌な汗がじわりと滲み出る。六花が一向に具体的な言葉を発してこないからこそ、その無言の圧力がいっそう彼を精神的に追い詰めていく。


 そんな中、恐る恐る苑未の方に視線を向けると、幸い(?)なことに、こちらは男のどうしようもない習性に全く気づいていないようだった。天然とは、時としてかくも罪深い。


 これ以上、六花と言葉を交わせば、間違いなく墓穴を掘る。


 そう的確に判断した直矢は、強制的に話題を幼女へと戻すことにした。


「なあ、えっと、名前について聞きたいんだが、その前に一つだけいいか?」

「うむ、なんじゃ、主よ?」


 直矢の言葉に対し、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)は素直に反応を示す。


(六花もこれくらい素直なら、もっと世の中平和なのに……)


 と思わず直矢は考えてしまったが、そんなことを口に出せば新たな戦端が開かれるだけなので、ぐっと飲み込み、幼女との会話を続けた。


「俺は、いつ君と契約したことになってるんだ?」

「それは、妾の封印されし勾玉が納められておった、あの木箱を主が開けた瞬間にじゃ」


 やはりあの時か、と直矢は思った。


 だが、目の前の幼女は霊力という未知のエネルギーを操り、おまけにふわふわの尻尾まで生えている超常の存在だ。


 そんな相手と、よく分からないうちに契約してしまったとなれば、今後、とてつもなく面倒な事態に巻き込まれる可能性が非常に高い気がしてならない。


 だからこそ、彼は尋ねずにはいられなかった。


「その……契約の解除って、できないものなのかな?」

「なっ……! あ、主よっ……!」


 契約解除、という単語を聞いた瞬間、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の大きな瞳がみるみるうちに潤み始め、わっと泣き出しそうな顔で直矢にしがみついてきた。その小さな体全体で拒絶を示している。


「わ、妾では……妾では不満かえ? やはり……また、あの暗くて冷たい勾玉の中に封印されろと、そう申すのかえ……?」


 震える声で訴えかける金髪幼女(モフモフな尻尾付き)。その姿はあまりにも痛々しく、庇護欲をかき立てる。


「い、いや! そういうわけじゃない! ただ、ちょっと聞いてみただけだ! 不満なんてあるはずがないだろ、な!」


 決して、金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の涙に負けたわけではない。断じて。


 ただ、背後で静かに、しかし確実に怒りのオーラを立ち昇らせている六花と、笑顔のまま表情だけが凍りついている苑未のプレッシャーが、物理的に怖かっただけだ。本当だ。


「そうか……。また、あの場所に封印されるのかと……思うた……」

「つまり、契約を破棄したりすると、また封印されるってことなのか?」

「左様じゃ。本体はあの箱に未だに封印された状態じゃ。この体は仮初の物であり、主との契約によってかろうじて保てておるだけなのじゃよ」


 涙を懸命に拭いながらも、無理やり笑顔を作って強がろうとする金髪幼女(モフモフな尻尾付き)の姿は、見る者の胸を締め付ける。


 だが、そんな痛々しい姿を前にしてもなお、直矢は余計な一言を再び口にしてしまうのだった。平凡な主人公とは、時にかくも残酷なものである。


「じゃあさ、別に俺じゃなくても、他の誰かと契約し直せば、問題ないんじゃないか?」

「あ、あるじよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~っっ!!」


 ついに、本気で金髪幼女(モフモフな尻尾付き)を号泣させてしまった。幼女の悲痛な泣き声が和室に響き渡る。

そして、その瞬間を待っていたかのように、背後の伏間姉妹がすっくと立ち上がり──。


「直矢君」(やけに迫力のある笑み)

「直矢」(怒気)


 こうして、筆舌に尽くしがたい殺気をその身に受けた直矢もまた、泣き出しそうになるほどの窮地に立たされたという。


 この後、直矢は半ば強制的に、金髪幼女(モフモフな尻尾付きとの契約について詳しく聞かされることとなる。


 契約には術者と霊獣との間に強固な相性が必要不可欠であること。


 そして、目の前にいる金髪幼女(モフモフな尻尾付き)は、極めて強大な霊力を持つ妖狐であり、彼女と契約を結べるのは、特別に大きな霊力を持つか、あるいは極めて特殊な魂の持ち主でなければ不可能であること。


 さらに言えば、彼女は封印が解かれたわけではない。ここにあるのは仮の体に過ぎない。このため契約者からの霊力供給なしでは、仮の体を維持できず、再び封印されてしまうという話であった。また彼女が現代の言葉を理解できるのは、契約者である直矢の知識の一部を得たからとも。


 故に、もし直矢がこのまま金髪幼女(モフモフな尻尾付き)との契約を破棄した場合、彼女はほぼ間違いなく、再びあの冷たい勾玉の中へと封印される運命を辿ることになるらしい、と──。

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