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十三匹目(終)

 瀬戸内海に浮かぶその島へ、直矢たちが乗ったフェリーがゆっくりと接岸した。


 タラップが降ろされ、これから彼らは新たな生活への第一歩を踏み出す。


 直矢の少し後ろからは、真新しいブレザーに身を包んだ伏間 苑未と六花の姉妹が、続いて降りてきた。


(はぁ、通うはずだった高校が急に変わるなんてな……)


 直矢は小さくため息をつき、船着き場から広がる島の景色を見回した。


 視線の先には、離島という言葉から想像される(ひな)びた雰囲気とは程遠く、活気のある港町が広がっている。視線を少し上げれば、緑豊かな山の斜面に、白亜の巨大な建造物群が見える。あれが、これから自分たちが通うことになる亜理栖駕高校(ありすがこうこう)だ。そう直感した。


「それじゃあ、まずは学校の寮に向かいましょうか。私が案内するね」


 苑未が柔らかな笑顔でそう言った。彼女は、元々この高校の生徒であり、直矢の一つ年上の先輩となる。


「直矢は別に来なくていいわよ。どうせ何度か迷子にならないと、寮の場所なんて覚えられないんだから」


 しかし、すかさず六花がいつもの調子で毒づく。どうやら新しい環境になっても、彼女の直矢に対する態度は変わらないらしい。


「もう少し俺に優しくしたって、バチは当たらないと思うぞっ!?」


 直矢が思わず声を張り上げると、周囲の乗降客たちの好奇の視線が一斉に集まった。六花にジロリと睨まれ、直矢はバツが悪そうに肩をすくめると、大人しく伏間姉妹の後ろをついていくしかなかった。


(……それにしても、一体どうしてこんなことになったんだか)


 賑やかな港の喧騒の中を歩きながら、直矢の意識は数日前の出来事へと遡っていた。


 あの異形の魔物との死闘を終えた後、めちゃくちゃに破壊された公園の後始末は、意外なほどあっさりと進んだ。全ての元凶は「突如として出現し、暴れ回った謎の魔獣(既に討伐済み)」ということになり、直矢たちの関与は公にはならなかったのだ。


 まさしく、死人に口なし、といったところだろう。


 しかし、直矢にとって本当に大変なのは、あの戦いの後から、そこに辿り着くまでだった。


 激闘の末、意識を失って倒れた彼は、そのまま病院へと緊急搬送され、丸一日以上も昏睡状態が続いたのだ。


 その間、甲斐甲斐しく彼の傍について看病してくれたのは、伏間姉妹と、そして小さな妖狐――玉総だった。


 苑未は、直矢を実の弟のように心配し、付きっきりで世話を焼いてくれたという。


 一方で六花は、自分が魔物と知らずに不用意に声をかけたことが、直矢を死の淵へと追いやった一因だと感じていたのか、普段の刺々しさからは想像もつかないほど、深い罪悪感を抱いていたようだった。


 もっとも、途中からは直矢のベッドに潜り込もうとする玉総を全力で阻止することが、姉妹の主な任務になっていたらしいが。


 玉総曰く「むぅ、成熟した女子の添い寝というものは、弱った男子を内側から元気にする秘術なのじゃ!」とのこと。直矢は、その珍妙な理屈を全力で阻止してくれた伏間姉妹に、心の底から感謝しなければならないだろう。


 幼女(実年齢不明)と一つ寝床で一夜を過ごすなどという行為は、この法治国家日本において、極めて深刻な社会的制裁を招きかねない禁忌中の禁忌なのだから。あやうく、目覚める前に重罪人として人生が詰むところだった。


 苑未だけが付き添ってくれていた時間帯もあったと後で聞いたが、その時に都合よく目を覚まし、二人きりの甘酸っぱいシチュエーションを体験する、などというラノベ的展開は残念ながら起こらなかった。


 もっとも、仮にそんな幸運が訪れていたとしても、今の自分では気の利いた言葉の一つも出てこず、むしろ気まずい空気にしてしまった可能性の方が高い。そう考えると、結果的には淡い恋心が砕け散ることもなく、むしろ良かったのかもしれないが……やはり少しだけ、残念な気持ちは否めなかった。


 直矢がぼんやりと目を覚ました時、最初に気づいたのは六花だった。彼女は驚いたように目を見開いた後、すぐに安堵の表情を浮かべ、少し離れた場所で仮眠を取っていた苑未を慌てて呼びに行った。


 続いて玉総も、「おお、主よ、ようやくお目覚めか!」と、いつもの調子で彼の顔を覗き込んできた。三者三様の心配と安堵が入り混じった表情に囲まれ、直矢は自分が本当に生きて戻ってこられたのだと実感したのだった。


 しばらくして、直矢の父親が見舞いに訪れた。そして、ほぼ同じタイミングで、伏間姉妹の父である亮彦も病室に顔を出した。偶然鉢合わせた二人の父親は、何やら旧知の仲であるらしく、亮彦の開口一番の言葉は、直矢の父への謝罪から始まった。


「久しぶりだな。いやー、うちの娘たちが世話になったみたいで、悪かったな。それと、直矢の方も、大変だったらしいじゃないか」

「いやいや、こちらこそ、うちの直矢がとんでもない迷惑をかけたみたいで、本当に申し訳ない」


 直矢の父が深々と頭を下げる。


「ははっ、いいってことよ。俺らもお互い昔、散々無茶な迷惑を掛け合ったからなぁ。ま、お互いさまっていうヤツだ」


 悪戯っぽくニヤリと笑う亮彦。その親しげな様子を見て、父と亮彦さんの間に過去、一体どんなドラマがあったのか、直矢は少しばかり気にはなる。だが、とてもではないが、今のこの場でそれを聞けるような雰囲気ではなかったので、その疑問が解き明かされることはなかった。


 旧友と話に区切りをつけると、父は直矢の元にまで来た。


「医者の話だと、直矢の怪我自体は、もうほとんど問題ないそうだ。今日は念のため精密検査をするが、特に異常が見つからなければ、そのまま退院できるそうだぞ。それと、この病院はな、霊的な症例にも詳しい専門医がいるんだが、例の魔物から受けた呪いのようなものも、もう綺麗さっぱり消えているとのことだ」


 直矢の父は、息子の頭に大きな手を置き、安心させるようにそう告げた。


「そっか……」


 父の手の温もりが、強張っていた直矢の心をゆっくりと解きほぐしていく。ようやく、悪夢のような非日常から、いつもの日常に戻ってこられたのだという実感が湧いてきた。


「今日、一日はベッドの上で過ごすことになるそうだが、何事も無ければ明日には帰れるとも言っていた。だが、今回の件でお前の進路を少し変えなければならなくなった」

「へっ?」


 直矢が間抜けな声を発した。進路というと、高校の話しだろうか?受験を頑張って乗り越えて入れたのに、なにかヤバい事をして取り消しに──などと、直矢の頭の中では、最悪の事態がシミュレートされていた。


「私と六花は、外で待っていますね」


 苑未が気を利かせて、玉総と共に病室から出ようとする。


「いや、苑未君たちも、できれば一緒に聞いてほしい。これは、君たちにも全く無関係というわけではない話なんだ。それと、玉総様も、よろしければこのままお聞き届け願えますか?」

「うむ、主の父君の頼みとあらば、否やはないぞ」


 玉総はともかくとして、なぜ伏間姉妹までがこの話に関係するというのだろうか。直矢は疑問に思ったが、特に自分に都合が悪いこともなさそうなので、何も言わずに父親の次の言葉を待った。


「まずは、我々、観奈月の一族……神薙(かんなぎ)について話そう。観奈月家は、古くは妖怪や魔物を討伐し、封印することを生業としていた一族だ。裏の世界ではそれなりの影響力を持つ家だったんだ」


 父の口から語られたのは、直矢にとって全く寝耳に水の事実だった。平凡だった日常は、薄氷の上に成り立っていた物であったことに気付いた。


「だが、俺の祖父、つまり直矢から見て曾祖父にあたる人が、、一族を裏の世界から完全に切り離すことを決めた。そして、曾祖父と祖父の二代にわたって、家が持っていた特殊な影響力を少しずつ削ぎ落としていったのさ」


 それは、血塗られた過去との決別であり、平凡な日常への渇望だったのかもしれない。


「その結果、今の観奈月家は、そういった方面とは一部を除けばほとんど縁のない、ごく普通の家となっている。だから、直矢がこれまで妖怪や魔物といった存在について何も知らなかったのも、ある意味では当然のことなんだ」


 父は、そこで一旦言葉を区切り、真剣な眼差しで直矢を見据える。


「そして、ここからが本当に大切な話になるんだが……直矢、お前の神薙の力は封印してあったんだ。普通に生きるか、それとも神薙として生きるのかという選択肢を与えるためにな」


 だが、それは無駄になってしまった。と僅かに寂しさが直矢の胸に生じる。だが、あの場で封印が解けなければ、あの場で死んでいたのだ。あの魔物に出会った時点で、用意してくれた選択肢は失われていたのだと、直矢は結論付けて続きを聞くことにした。


「だが、お前はその封印を自力で食い破ってしまった。神薙の修行方法に似た修行方法があってな、それを行うと、力が異常なまでに高まってしまう。そのせいで、体が悲鳴を上げてしうほどに、お前の力が強くなってしまったんだ」


 直矢は、あの時の全身を内側から焼き尽くすような激痛と、尋常ならざる力の奔流を思い出し、こくりと頷いた。


「さらに悪い事に、お前は力の扱い方を学ぶ機会が無かった。かといって再び封印するということは、お前の力が強くなり過ぎたせいで難しいのが現状だ。このままだと些細なキッカケで制御不能な形で表に出てしまうようになる。最悪の場合、お前自身の体がその力に耐えきれずに内側から壊れてしまうことすらある」


 その言葉は、直矢に新たな恐怖を植え付けるには十分すぎるほどの重みを持っていた。


「だから、直矢。お前は、その力に潰されてしまわないために、進路を、亜理栖駕高校(ありすが)へと変更してもらうことになった」


それは、有無を言わせぬ決定事項だった。驚きに目を見開く直矢。


「ちょ、ちょっと待って! 亜理栖駕高校って、全国でもトップクラスの超有名進学校だろ! あのさ……俺の学力じゃ、どう考えても……」


 直矢の声が、語尾に行くにつれてどんどん小さくなっていく。隣にいる伏間姉妹、特に憧れの苑未に自分の学力の低さを聞かれるのが、何よりも恥ずかしかったのだ。なお、その羞恥心の割合は、およそ87%ほどが苑未に向けられていた。


「安心しろ。亜理栖駕高校には、世間には公表されていない特別枠というものが存在するからな。そこに、お前を何とか捻じ込んでもらえるよう、既に話はついている。これは神薙に残っている影響力の一つだ」


 直矢は嫌な予感がした。”有名校の特別枠に自分を捻じ込める程の影響力というのは、本当に小さな物なのだろうか”、と。


「あの学校は、ただの進学校ではない。古くから続く、霊的な能力を持つ者たちを育成する訓練機関でもあるんだ。直矢には、そこで自分の内に眠る力に壊されてしまわないよう、しっかりと学んできてもらいたい」


 父の言葉は、もはや揺るがぬ決定事項であることを雄弁に物語っていた。自分の学力で、果たして超進学校の授業についていけるのだろうか、という現実的な疑問がなくもないが、もはやそんなことを言っている場合ではないだろう。文字通り、自分の命が掛かっているのだから、死に物狂いで頑張るしかない。


 そして、そのような経緯を経て、直矢の進路は急遽変更となり、この度、超有名進学校である亜理栖駕高校に通うため、伏間姉妹や玉総と共にこの島へとやってきた、というわけだ。


 なお、伏間姉妹の姉は元々この高校に通っており、妹の方もこの学校に通う予定であった。直矢とは頭の出来が違うのだ。


 そして話は、直也達が港に到着してきたタイミングに戻る。


 船から降り、伏間姉妹に半ば置いて行かれそうになりながら、直矢が港の出入り口へとたどり着くと、そこには既に到着していたらしい金髪の小さな姿があった。


「おお、来たか、主よ! 妾の転入手続きも、つつがなく完了したぞ!」


 玉総が、いつもと変わらぬ満面の笑顔で、ぴょこぴょこと手を振って直矢たちを迎える。


「玉総、アンタもこの学校に来るの!?」


 六花が驚きの声を上げる。


「うむ! 主の行くところ、この玉総もどこへなりと付いていくのが道理というものじゃろう? それに、この島はなかなか霊脈も安定しておるようじゃし、妾の力の回復にも丁度よいわ」


 楽しそうに話す玉総。彼女の後ろでは、いつの間にか現れた九本のモフモフとした黄金色の尻尾が、嬉しそうにゆらゆらと揺れている。その幻想的な光景も、この島の住人にとっては日常茶飯事なのか、あるいは彼らもまた特殊な事情を抱えているのか、周囲の人間は特に気にする様子もない。


 少し遅れてやってきた直矢に気づくと、玉総は嬉しそうに駆け寄り、その小さな体で彼の足に抱きついた。


「主よ、これからまた、よろしく頼むぞ!」

「ああ、俺の方こそ、よろしくな。玉総」


 直矢は、足元にじゃれついてくる小さな妖狐の頭を優しく撫でながら、苦笑いを浮かべた。


 予想だにしなかった形での、波乱万丈な高校生活の幕開け。


 この先、一体どんな出来事が待ち受けているのか、今の直矢には知る由もない。


 ただ、玉総の後ろで揺れるモフモフとした尻尾の穏やかな様子が、これからの日々に、ほんの少しの明るい予感を添えてくれているような気がした。

いったん、ここで区切りとなります。

ここまでお読み頂きありがとうございました。

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