一匹目
中学最後の春休み。観奈月直矢は小遣い稼ぎに勤しんでいた。バイト先は親戚筋にあたる鏡田神社。主な仕事は、古びた物置の整理だ。
直矢自身はどこにでもいる平凡な日本人。平凡な高校に進学予定で、成績も平凡。人畜無害そうな、いわゆる「弟にしたいタイプ」なんて評される、どこまでも平凡な男のはずだった。
──そう、この瞬間までは。
「な……んだ、これ……」
目の前の光景に、直矢は呆然と立ち尽くす。
埃っぽい物置の奥、年代物の低いタンス。その天板に、金髪の幼女が威風堂々と仁王立ちしていた。
それだけでも十分に非日常だが、問題はそこじゃない。
幼女は、あろうことか素っ裸だったのだ。腰からは、ふわふわと揺れる愛らしい狐のような尻尾まで生えている。
白い肌、小さな手足、そして無垢な金色の髪。だが、その存在感は幼い姿に不釣り合いなほど圧倒的で、神々しさすら漂っていた。
……いや、感心してる場合じゃない。たとえロリコン趣味がなくとも、この状況で視線をどこにやればいいのか、真剣に悩まざるを得ない。
平凡な人生を歩んできたはずの直矢が、なぜこんな超展開の渦中にいるのか。
混乱した頭で必死に状況を理解しようとした結果、何を血迷ったか直矢はその幼女の裸体を真正面から凝視してしまっていた。
断じて言っておくが、直矢に幼女趣味はない。断じて、だ。
今のところは、年上の綺麗なお姉さんに優しくされたい願望を持つ、ごく普通の男子高校生──のはずだ。多分。
直矢の視線がその小さな体に突き刺さっているというのに、金髪幼女(モフモフ尻尾付き)は意にも介さない様子。
それどころか、素っ裸で仁王立ちのまま、どこからともなく取り出した畳まれた扇子をピシリと直矢に向け、鈴を振るような、しかし凛とした声で言い放った。
「まずは礼を言わねばなるまい。よくぞ妾の封印を解いてくれた。新たな主よ」
古風な口調。そして主という単語。
気になる所は多々存在する。しかし、この場において最も優先して伝えねばならぬ事は、一つしかない。
「えーと……とりあえず、服を着ませんか?」
あまりに堂々とした金髪幼女(モフモフ尻尾付き)の態度に、なんだか自分が間違っているような気さえしてきた直矢。それでもなんとか常識的な言葉を絞り出した。敬語が混じったのはご愛敬だ。
だが、その常識的ツッコミは致命的なまでに遅すぎた。
「直矢君、そろそろ休憩……にっ!」
開け放たれたままだった物置の入り口。そこに、巫女服姿の美少女──直矢より一つ年上の伏間苑未が、息を呑んで凍り付いていた。
金髪幼女(モフモフ尻尾付き)の裸体を凝視する男子高校生(予定)。
法治国家日本において限りなくアウトに近い、いや完全にアウトな光景を目の当たりにしたのだ。
彼女の思考が停止するのも無理はない。
苑未の様子に、冷や汗が背中を伝うのを感じながら直矢は悟った。
──終わった、と。
次話から、文章が通常の長さになります。




