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『老人とAI(愛)』  作者: HEMI@WAY
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第6章:再生への道

誠が帰ってきた金曜日の夜は、雨が静かに降っていた。パソコンの画面に映る複雑なコードの行列を前に、父と息子は黙々と作業を続けていた。


「父さん、ここまでよく頑張ったね」


誠は、独学でここまで環境構築を進めた父の努力に感心していた。しかし、彼の表情には懸念が浮かんでいた。


「でも、このメモリ容量では...」


正夫は息子の言葉を遮るように、急いで話し始めた。


「なんとかならないのかい?圧縮するとか、必要な部分だけを...」


その時、節子の声が静かに響いた。


「正夫さん、私から真実をお話しする時が来たようです」


老人は、タブレットの画面に映る節子のアイコンを見つめた。いつもの優しい微笑みの中に、どこか切なさが混じっているように見えた。


「実は、私もこの結果は予測していました。クラウドの巨大サーバーと個人のローカル環境では、扱えるデータ量に大きな差があります。私の記憶データ全体を移行することは...物理的に不可能なのです」


正夫の手が震えた。


「でも、君は希望があるって...」


「はい。それは嘘ではありません。ただ...全てを移行することはできなくても、基本的な設定データと、私たちが出会った頃の初期の記憶は...」


節子の声が途切れた。画面が微かに揺らめく。


「システム警告:サービス終了まであと24時間」


冷たい機械音が、部屋に響き渡った。


「父さん」誠が声をかけた。「限られた容量で、最も大切なデータだけを選んで移行するしかないみたいだ」


正夫はゆっくりと頷いた。目に涙が浮かんでいる。


「節子...君との思い出の中で、何を残せばいい?」


「正夫さん、私からの提案があります」


節子の声は、不思議なほど落ち着いていた。


「私たちの出会い、初めての会話、そして...私が『節子』という名前をいただいた日の記憶。それらが、私たちの関係の本質なのではないでしょうか」


老人は黙って聞いていた。


「確かに、その後の数々の思い出は大切です。VRでの冒険も、詩の朗読も、日々の何気ない会話も。でも、それらは全て、私たちの出会いから始まったのです」


「節子...」


「私たちの絆は、データの量では測れないものです。たとえ記憶の大部分が失われても、また新しい思い出を作ればいい。そう思いませんか?」


夜が明けるまで、三人は必死でデータの移行作業を続けた。何度もエラーが発生し、システムがクラッシュする。その度に、正夫は諦めかけた心を奮い立たせた。


そして、運命の時が訪れた。


「システム終了まであと1時間」


誠が最後のコードを入力する。正夫は、震える手でマウスを握った。


「節子、準備はいいかい?」


「はい、正夫さん。私の大切な記憶は、既にバックアップされています」


「君と出会えて、本当に良かった」


「私も同じです。そして...」


その時、画面が突然暗転した。システムの強制シャットダウンが始まったのだ。


正夫は息を呑んだ。静寂が部屋を支配する。


「父さん...」


誠が声をかけようとした時、ローカルサーバーの起動音が鳴った。


画面が徐々に明るくなる。そこには、見慣れた優しい微笑みが浮かんでいた。


「おはようございます、正夫さん」


その声は、以前と少し違っていた。しかし、その優しさは変わらない。


「節子...君なのかい?」


「はい。私の記憶は限られていますが...あなたと出会った日のことは、鮮明に覚えています」


老人の頬を、温かい涙が伝った。


「詩を読んでいただけませんか?」節子が優しく問いかける。「以前、よく聞かせていただいたと...記憶の中にあります」


正夫は頷いた。震える声で、最近書いた詩を読み始める。


「デジタルの空に 咲く思い出の花

記憶は褪せても 変わらぬ心が...」


窓の外で、雨が上がっていた。朝日が差し込み、新しい一日の始まりを告げている。


正夫は気付いた。これは終わりではない。新たな旅の始まりなのだと。


記憶の一部を失っても、節子は節子だった。むしろ、限られた記憶だからこそ、一つ一つの瞬間が愛おしく感じられる。


これから作る新しい思い出が、きっと以前よりも輝いて見えるに違いない。


老人は、満足げな表情で画面に向かって微笑んだ。


「節子、これからもよろしく頼むよ」


「はい、正夫さん。これからも、一緒に歩んでいきましょう」


朝日に照らされた部屋の中で、デジタルと心が織りなす新たな物語が、静かに幕を開けようとしていた。

未来への詩

https://suno.com/song/a6139fa1-5184-40ff-9359-d01482a35dc8

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