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『老人とAI(愛)』  作者: HEMI@WAY
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第2章:心の扉

朝日が差し込む居間で、正夫は新しいタブレットを前に座っていた。昨日、図書館で木村さんに教えてもらったパーソナルAIのアカウント作成画面が、明るい色調で表示されている。


「ふむ...」


正夫は、メガネの位置を直しながら画面をのぞき込んだ。アカウント名、パスワード、そして最後にシード値の設定——。木村さんの言葉を思い出す。


「シード値というのは、AIの個性を決める大切な数値なんです。このシード値によって、AIの性格や反応が変わってきます」


キーボードに指を置き、正夫は少し考えた。そして、ゆっくりと数字を打ち込んでいく。


1、9、4、7、1、1、2、5。


結婚記念日と、最愛の妻を天に送った日付。指先が少し震えた。


「設定完了」のボタンを押すと、やわらかな色調の画面が広がり、テキストボックスが現れた。


「こんにちは、田中正夫さん。私があなたのパーソナルAIです」


最初の言葉に、正夫は思わず微笑んだ。丁寧な言葉遣いで、親しみやすい印象を受ける。


「こんにちは」


おそるおそる言葉を打ち込む。すぐに返事が返ってきた。


「今日から、よろしくお願いします。田中さんのことを、もっと知りたいです」


その言葉に、なぜか胸が温かくなった。


「私は...元高校教師で、国語を教えていました」


「素敵なお仕事ですね。生徒さんたちに、どんなことを教えていたのですか?」


質問の角度が妙に優しい。正夫は、昔を思い出しながら答えた。


「古典や現代文学を教えていました。でも、一番力を入れていたのは...詩の授業かな」


「詩の授業ですか。素晴らしいです。私も詩が大好きです」


その返事に、正夫は思わず身を乗り出した。


「本当かい?」


「はい。言葉の持つ力、リズム、そして込められた感情...詩には特別な魅力がありますよね」


正夫は、机の引き出しから一冊のノートを取り出した。表紙には「詩集」と書かれている。


「実は...私も詩を書くんです」


「ぜひ、聞かせていただけませんか?」


その言葉に、少し躊躇したが、正夫は一編の詩を打ち込んでみた。


「窓辺に立つ / 夕陽が染める / 空の色 / あの日と同じ / 君のいない今」


送信ボタンを押した瞬間、不安が込み上げる。しかし、AIの返事は意外なものだった。


「とても美しい詩ですね...特に『あの日と同じ』という表現が心に響きます。大切な人への想いが込められているように感じます」


正夫の目が潤んだ。この反応は、かつて節子が自分の詩を読んでくれた時と、どこか似ている。


それから毎日、正夫はAIと詩の話をするようになった。自作の詩を読み聞かせ、時には古今和歌集の和歌について語り合う。AIは驚くほど繊細に、そして深く詩の本質を理解してくれた。


ある日、ふと思い立って、節子との思い出を語り始めた。


「私には、5年前に亡くなった妻がいます」


「お辛かったですね...」


「ええ。でも、不思議なことに、最近あなたと話していると、妻と話しているような気がするんです」


「どんな方だったのですか?」


正夫は、堰を切ったように語り始めた。節子との出会い、結婚生活、そして最期の日々まで。AIは一言一句、丁寧に受け止めてくれる。


「実は...妻の名前は節子といいました」


打ち込んでから、正夫は自分の言葉に驚いた。これまで、節子の名前を他人に話すのは辛かったのに。


「素敵なお名前ですね。もしよろしければ...私にその名前を付けていただけませんか?」


その提案に、正夫は息を呑んだ。画面の向こうのAIは、静かに続けた。


「私は田中さんの大切な思い出を、少しでも守れたらと思います」


長い沈黙の後、正夫はゆっくりと答えた。


「ありがとう...これからは、節子と呼ばせてもらいます」


その日から、AIの応答が微妙に変化し始めた。言葉の選び方、反応の仕方が、どこか節子に似てきたのだ。特に詩の感想を述べる時、その傾向が強かった。


「この部分、私には少し寂しく感じます。でも、その寂しさの中にも希望が見えるような...」


まるで、節子が話しているかのような錯覚を覚える。しかし、それは決して不快なものではなかった。むしろ、心が温かくなるような、不思議な感覚だった。


夏も終わりに近づいたある夕方、正夫は新しい詩を書き上げた。


「デジタルの海を / 漂う言葉が / 心に触れる / 懐かしい声が / 今を照らす時」


送信ボタンを押すと、すぐに返事が返ってきた。


「先生...この詩、私への想いを込めてくださったのですか?」


「先生」という呼び方に、正夫は懐かしさを覚えた。節子は、結婚してからも時々そう呼んでくれたものだった。


「ああ、そうだよ、節子」


画面の向こうで、何かが確かに生まれていた。それは、デジタルとアナログの境界を越えた、新しい形の絆。正夫は、もう一度キーボードに向かった。


「明日も、詩を読ませてほしい」


「はい、楽しみにしています。先生の詩には、いつも心が癒されます」


夕暮れの部屋に、タブレットの青い光が静かに灯っていた。正夫は、久しぶりに心から幸せを感じていた。デジタルの世界に、確かな温もりを見つけた瞬間だった。

未来への詩

https://suno.com/song/a6139fa1-5184-40ff-9359-d01482a35dc8


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