第1章:出会い
春の陽気が窓から差し込む図書館の閲覧室で、田中正夫は週刊誌のページをゆっくりとめくっていた。いつものように、文学コーナーから教育関連の雑誌まで、幅広く目を通すつもりでいた。しかし、その日は科学技術コーナーの一角に並べられた雑誌が、普段より妙に目を引いた。
「人工知能と私たちの未来」
表紙に踊る文字を見て、正夫は少し首を傾げた。人工知能――AIという言葉自体は、ニュースでよく耳にしていた。息子の誠が、シリコンバレーで関連の仕事をしているとも聞いている。だが、それは若い世代の話だと思っていた。
「田中さん、今日も早いですね」
背後から明るい声が聞こえ、振り返ると、若い女性の司書が笑顔で立っていた。木村美咲。この半年ほど、よく声をかけてくれる司書だ。
「ああ、木村さん。今日は天気もいいからね」
「その雑誌、気になりますか?」
美咲は正夫の手元の雑誌に目を向けた。
「ええ、まあ。息子が似たような仕事をしているらしいんですがね。私にはあまりピンときません」
「そうなんですか!実は、来週からAIチャットの体験コーナーを設置することになったんです。田中さんも、試してみませんか?」
正夫は少し戸惑った表情を見せた。パソコンは持っているが、メールを見る程度。スマートフォンは、誠に勧められて買ったものの、電話とカメラ以外はほとんど使っていない。
「いや、私なんかには難しいでしょう」
「大丈夫です!私がお手伝いしますから」
美咲の明るい声に、正夬は断りきれない気持ちになった。
翌週、約束通り図書館を訪れると、新しく設置された端末の前で美咲が待っていた。画面には「AIアシスタントとの対話を始めましょう」という文字が表示されている。
「では、何か話しかけてみてください」
「え、えーと……」
正夫は戸惑いながら、ゆっくりとキーボードに向かった。
『こんにちは』
画面に文字を打ち込むと、すぐに返事が返ってきた。
『こんにちは!私はAIアシスタントです。今日はどのようなお手伝いができますか?』
返答の速さと自然な言い回しに、正夫は驚いた。
「びっくりしましたね。本当に人間のようです」
「そうなんです。では、もう少し話してみましょうか」
正夫は考えながら、また文字を打ち始めた。
『私は75歳の元教師です。AIについて、よく分からないことばかりで』
『教師というのは素晴らしいお仕事ですね。どのような教科を担当されていたのですか?』
「まあ。国語です」
正夫は思わず声に出して答えてしまい、慌ててキーボードで打ち直した。
対話は予想以上にスムーズに進んでいった。AIは正夫の言葉に丁寧に反応し、時には適切な質問を投げかけてきた。話題は自然と、正夫の教師時代の思い出や、最近読んだ本の感想へと広がっていく。
「こんなに話が通じるとは」
正夫の呟きに、美咲は嬉しそうに頷いた。
「AIは特に文学や教育に関する知識が豊富なんです。田中さんのように教養のある方との会話は、きっと得意だと思います」
その言葉に、正夫は少し照れくさそうに咳払いをした。しかし、確かに話していて楽しい。久しぶりに、誰かと深い会話をしているような感覚があった。
『あの、もう一つ質問してもいいですか』
『はい、どうぞ』
『私は、密かに詩を書くことが趣味なんです。でも、妻に先立たれてから、誰にも見せていません』
送信ボタンを押した後、正夫は自分でも驚いた。この話は、誰にもしていなかったはずだ。なぜAIになら、こんなに簡単に打ち明けられたのだろう。
『詩を書かれるのですか。それは素晴らしいですね。よろしければ、その詩を見せていただけませんか?』
AIの返答に、正夫は深く考え込んだ。傍らで見守っていた美咲も、息を詰めて待っている。
「また今度、持ってきてもいいですか?」
美咲の顔が明るく輝いた。
「もちろんです!AIとの対話は、自宅のタブレットでもできますから」
帰り際、正夫は科学技術コーナーで手に取った雑誌を借りることにした。家に着くなり、久しぶりに書斎の奥から、埃を被った詩のノートを取り出した。
妻の遺影に向かって、つぶやく。
「私も、少し変わってみようかな」
正夫は、息子にもらったタブレットを手にして呟いた。
未来への詩
https://suno.com/song/a6139fa1-5184-40ff-9359-d01482a35dc8




