母と姉と
気まずい空気がと沈黙が室内に漂う、そして父さんと母さんは顔を見合わせ、口を開いた。
「もう話してもいいわよね、あなた?」
「ああ……」
何だ、何だ?二人に似合わない深刻な雰囲気、もしかして俺、地雷を踏んだ⁉
母さんは持っていたバックからおもむろに一枚の写真を取り出し、俺に見せてきた。
「これって、俺が子供の頃の……」
その写真にはまだ生まれたばかりの俺とそれを抱っこしている若き日の母さんが映っていた。
「この写真がどうかしたの?」
「実はそこに写っているのは私じゃないのよ……」
「は?何を言って……」
言っている意味が分からない。俺を抱きながら優しく微笑むその姿はどう見ても若き日の母さんにしか見えなかったからだ。
「それは私じゃなく、私の双子の姉さんなの……」
「それってどういう事?」
母さんは少し悲しそうな顔を浮かべ、口をつぐんだが再び話始めた。
「実は貴方は私の本当の子じゃない、姉さんの子なの。
姉さんは貴方がまだ生まれたばかりの時にあるシャドウとの戦いで命を落として……
その後継者として私が選ばれた、という訳よ」
衝撃的な告白、まさかの事実に頭がパニックを起こし呆然としてしまった。
そんな俺を見てか母さんは突然俺をきつく抱きしめ、声を震わせながら耳元で囁いた。
「でもね、正樹ちゃん、貴方は私の子よ。例え姉さんが生き返ったとしても絶対に渡さない、貴方は私の大切な……」
母さんは声を詰まらせながら俺を抱きしめた。その思いが言葉と腕からひしひしと伝わってきて思わず涙が出て来る
気が付くといつの間にか父さんはいなくなっていた、珍しく気を利かせてくれたのだろう。
「お姉さん……いや、もう一人の母さんはどんな人だったの?」
母さんには悪いと思ったが、聞かずにはいられずつい質問した。
「そうね……私達は双子で見た目はそっくりだったけれど、性格は正反対だったわ……」
母さんは何処か遠い目をしながら、何かを思い出すように語り始めた。
「姉さんは、勝ち気で負けず嫌いで短気で自分が一番じゃ無ければ気が済まない性格だったわ」
「本当に母さんとは正反対だね」
「うん、子供の頃から私いつも姉さんの後を付いて行ってばかりだった。
姉さんはその性格に比例して炎の魔法が得意でね【爆炎の魔女】と呼ばれていたわ。
でもある戦いで貴方を庇って命を落としたの……」
「俺を⁉」
俺は思いもよらない告白に問いかけずにはいられなかった。
「うん、あの頃はまだシャドウの発生条件や探査など今ほど進んでいなくてね。
シャドウたちはウチを……自宅を狙ってきたのよ」
「ウチにシャドウが⁉」
「うん、その時は姉さん一人だったから
姉さんはまだ赤子の貴方を庇って必死に戦いそして致命傷を負って命を落としたの。
だから今の日本のわが家はシャドウが来てもしばらく持つように結界が張ってあるのよ」
「そんな事があったのか……」
あまりにも衝撃的な事実だった。俺に婚約者がいたとか両親が総理大臣と知り合いだとか
母さんが異世界の人間だったとかよりも余程ショックだった。
「その時のあの人の落ち込みようは酷かった、見ている方が辛いぐらいに……」
その後、父さんは母さんと再婚したという訳か……
今ではこれ以上ない似合いの夫婦に見える父さんと母さんだが過去にはそんな事が……
しかしいくら双子だとはいえ、姉が亡くなって妹と結婚するとか少し父さんの良識を疑うな。
「その……父さんと母さんたちはどうやって知り合ったの?」
「アナザーゲートが開いて日本とバレント王国の国交が始まった頃、両国に異変が起きたの。
日本にはシャドウが発生し始め、こちらの世界には魔王が現れモンスターが跋扈し始めた。
原因は未だ不明だけれど、何らかの因果関係があるのは事実ね
そして日本とバレント王国は【対敵性安全保障条約】を結んだ。
地球では魔法使いの力が跳ね上がるのは見たでしょう?
それと同じ現象がこちらでも起こるの、つまり地球の剣士はこの世界ではとてつもない力を発揮するのよ
だからお互い協力し合ってこちらからはシャドウを倒す魔法使いを
地球側からは魔族を倒す剣士をそれぞれ派遣するという条約なの」
「そういう事か、だから父さんが地球代表の剣士として派遣され、剣聖と呼ばれているのか」
「その通りよ。若い頃のあの人はそりゃあカッコよかったわ、魔王を倒した最強の剣士。
女性は誰もがあの人に憧れて……私も姉さんもその一人だった」
あの父さんが女性にモテモテだと?ちょっと想像つかないが……
「それから日本に派遣される魔法使いの最終選考で私と姉さんのどちらかというという事になって
そして姉さんが選ばれた。結局あの人の心も姉さんが射止めた。
私は全て負けた形になったわ、同じ遺伝子で見た目の同じなのにどうして姉さんばかり……って
少し恨んだ事もあったけれど、姉さんが亡くなったと聞いた時は全身から力が抜けた。
まるで自分の半身を失った様な気分だったわ。そして瀕死の姉さんが残した遺言が
〈あの人と正樹をお願いね、マヤ〉という言葉だったと聞いて涙が溢れてきた
人間こんなに涙が出るのか?という程泣いたわ……」
語りながら涙を浮かべる母さん。のんびり屋で天然
いつもほんわかしている母さんにそんな壮絶な過去があったとは想像もしなかった。
「じゃあどうしてそんな大事な役目を俺やリサに譲る気になったの?」
「それは、私達の力には限界があるからよ。ここ二年ばかりで私もあの人も徐々に力が衰えている事に気が付き始めたの。
だから先々週のシャドウ退治では一旦逃げられてしまって
あわや大惨事になる所だったわ。あの人も魔族相手に少しずつ苦戦し始めているし
コレは早急に後継者が必要という話になって、それで選ばれたのが正樹ちゃんとリサちゃんという訳よ」
「どうして俺達何だ?俺達はまだ高校生だぜ⁉」
「誰でも力が発揮できる訳じゃないのよ。人それぞれに適正みたいなモノがあってね
リサちゃんは魔法の成績が優秀という事もあるけれど、正樹ちゃんとリサちゃんは適正アリと判断された、それだけよ……」
どことなく申し訳なさそうに語る母さん。その時はそういうモノなのだろうと納得したのだが
その時の母さんの憂いの表情の本当の意味を知る事になるは少し後の話である。
「でもさ、いくら適性があるとはいえ俺達には心がある。
〈婚約者です、はいどうぞ〉って言われて〈そうですか、では〉とくっつく程気軽なモノじゃ無い。
俺達は人間なのだから気持ちが一番大事だろ?」
「そうね、それはその通りだと思うわ。でもリサちゃんはいい子だと思うけれど?
美人さんだし、頭もいいし、魔法の腕は私の弟子の中でも一番よ、気に入らないの?」
「いや、気に入る、気に入らないじゃなくて、何というか、その……アイツ好きな人がいるみたいだし……」
「えっ、そうなの⁉」
どうやらその事実は知らなかった様で母さんは凄く驚いた様子であった。
本当なら〈俺にも好きな人いるし〉と言わなければいけないと承知しているのだが
高校生男子が母親の前で〈俺には好きな人がいる〉とか言えるわけがない。
ましてや母さんはこの性格だ、それを聞いたら〈ねえ、正樹ちゃんの好きな人ってどんな人?ねえ教えて‼〉と来るに決まっている。
その状況を想像しただけで嫌すぎる。軽い拷問というか、トラウマレベルのダメージを負う事になるだろう。
だからついリサの話だけバラしてしまったのだ、本当にすまないリサ……
すると間がいいのか悪いのか、リサが外から帰って来た。
「父上は急な公務は終わってこっちに来るって……何かあったのですか、先生?」
ただならぬ雰囲気を感じたのか、リサが思わず問いかける。
しかし母さんはその質問には答えずニヤリと笑みを浮かべながらリサに近づいて行った。
「な、何ですか?」
ニヤ付きながらにじり寄って来る母さんに何かを感じたのだろう。リサは後ずさりしながら問いかけた。
「リサちゃ~ん、今正樹ちゃんから聞いたのだけれど、貴方すきな……」
「わーーーー、止めろ、母さん‼」
この人には空気を読むとか、気を利かせるとか、デリカシーを持つとかできないのか⁉
さっきまでしんみりといい話を語っていたのはどこのどいつだ⁉
そんな騒ぎを聞きつけて来たのか、父さんが奥から姿を現した。
だがこの人はこの人でデリカシーのカケラも持ち合わせてはいない。
余計ややこしくなる前にこの話はさっさと畳んでしまわないと……
「叫び声が聞こえてきたが、何かあったのか?」
「何でも無いよ、父さん。ちょっと発声練習をしていただけで……」
だが子供の心、親知らずとでもいうべきか、母さんが再び口を開く。
「ねえ聞いてあなた、実はリサちゃんにすきな……」
「止めろと言っているだろうが‼いい加減黙れよ、母さん‼」
俺が親に向かってこんな暴言を吐いたのは初めてである。
でも事の経緯を知っている方々ならばわかってくれるとは思いますが
この案件で一方的に悪いのはあくまで母さんであって俺ではない。
したがってこの暴言は必要な忠告と受け取って欲しいのである。
「ちょっと、アンタ私の先生に向かって何て口きくのよ。
大体親に向かってその口の利き方は無いんじゃないの⁉」
何故か今度はリサの方から矢が飛んできた。俺はお前を庇って言っているのだぞ⁉
まあ俺がリサの事だけバラしたのは事実だし、それを隠蔽しようとしてこんな事態を招いたのだから自業自得といえなくもないが……
しかし何と言われようともここだけは死守しなければならない。
〈親不孝者〉のそしりは甘んじて受けても〈裏切り者〉の烙印はキツイ。
さっき協力者として握手したばかりだというのにいきなり同盟決裂では今後が思いやられる。
ましてやリサの協力が無いと地球の平和が危ないのだ。
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