アナザーゲート
「はい、東野です……はい……ええ終わりました。今からですか?
ええ大丈夫です。ではすぐに伺います、ではまた後で……」
電話を切った父さんは皆に向かって話し始めた。
「盛り上がっているところ悪いけれど、呼び出しを受けたのですぐに向かいたいと思います。
あまり時間もありませんしね」
父さんの説明に皆頷き、退魔士たちの見送る中で俺達は現場を後にした。
車に乗り込み別の場所へと移動するが、またどこに行くのかの説明はない。
「父さん、何か呼び出しを受けたみたいだけれどこれから何処に行くの?」
「それは後のお楽しみだ」
父さんはドヤ顔で口元を緩めた。もはやツッコむ気さえ起きない。
さっき〈世界の行く末がかかっている〉とか言っていたくせにどういうつもりなのだろうか?
我が親ながらこの人達には呆れるばかりである。
それ以降、車内では特に会話も無く夜の東京の町を走る東野家のマイカー。
リサは相変わらず珍しそうに窓の外を眺めている。
父さんが目的地のナビもセットしていない所を見ると、どうやら行き慣れた場所の様だ。
「さあ、到着したぞ」
目的地へと到着し父さんが車のエンジンを止める、
俺は車から降りると目の前には何処か見覚えのある建物が視界に入って来たのだ。
「えっ、もしかしてここって……」
俺達がたどり着いたのは、東京都千代田区永田町にある【内閣総理大臣公邸】
いわゆる【首相官邸】と呼ばれる建物である。という事は……
「やあ、久しぶり……でもないかな、東野さん」
建物内に入り我々を待っていたのは、そう、現内閣総理大臣の安田幸一であった。
公務外の時間という事で安田総理はポロシャツとジョガーパンツというラフな格好で我々を出迎えた。
「先々週お会いしました。相変わらずお忙しそうですね安田さん」
妙に馴れ馴れしい態度で握手を交わす安田総理と父さん。
政府関係の仕事とは聞いていたが、総理大臣とこれ程近い関係だとは思わなかった。
「先日の事後処理は助かりました。相変わらず迅速かつ見事な手並みで
マスコミへの対応もさすがですね、安田さん」
「うんそれが僕の仕事だからね。野党やマスコミは相変わらず叩いて来るけれど
まあ叩かれるのも総理大臣の仕事みたいなところもあるからね、ハハハハ」
少し自虐的に笑いながらも終始笑顔を絶やさない安田総理。
自分の父親と一国の総理大臣が普通に会話している光景は何か不思議な感覚であった。
「ねえ母さん、先日の事後処理って何の事?」
先程の会話で出て来た言葉が気になり問いかけてみると、母さんは苦笑いを浮かべながら説明を始めた。
「先々週に江東区でガス爆発があったでしょう?」
「ああ、そんな事あったね、何でも古いガス管が破裂して爆発騒ぎになったとかいう……」
「実はアレ、私のせいなの」
「はあ?どういうことだよ、母さん⁉」
俺は思わず問いかけると母さんはバツが悪そうに語り始めた。
「あの爆発は私がファントムと戦った時に起きてしまった事故なの。
仕留めそこなったファントムが暴れて地中に逃げようとしてね
その拍子でガス管が破裂してね、それで……てへっ」
母さんは舌をペロリと出しながら〈失敗しちゃった〉というリアクションを取った。
なるほどファントムがらみの案件なのでマスコミや一般市民へ情報が漏れない様に総理が情報を統制しているという訳か……
確かに、今回の埠頭に現れたファントムの件も事もそうだが
政府の後押しでも無ければ情報の隠ぺいなどできる訳も無い。
父さんが日本政府とズブズブなのも納得がいく
しかし母さんがやってしまった失敗は〈てへっ〉で済まされる問題では無いとは思うが?
そもそもそのリアクション何だ⁉いくら〈若く見える〉とはいえ
高校生の息子がいる四十過ぎのオバさんがやっていいリアクションでは無いぞ。
俺が心の中でそんなことを考えていると、安田総理の視線がふとこちらに向けられた。
「あの二人が?」
「ええ、そうです。私の息子、東野正樹とそのパートナー、ライトハルト・フォン・リサです」
不意に父さんが俺とリサを安田総理に紹介した。突然の事だったので俺は慌てて頭を下げたが
リサはキョトンとした顔で安田総理を見つめている。
「あの人、そんなに偉い人なの?」
そうか、リサは異世界の人だから安田総理を知らないのか。
「馬鹿、あの人はこの国で一番偉い人だ‼いいから頭を下げろ」
「国王様みたいなモノかしら、王族の末裔という事なの?そうはみえないけど……」
確かに安田総理は〈庶民派〉を売りにしていて、親しみやすい見た目と温和な語り口で支持率も高い。
今も随分とラフな格好をしているし異世界から来たリサにしてみればとても偉い人には見えないのだろう。
さてどう説明していいのやら、安田総理は王族でも無いからなあ……
王族の末裔という意味では天皇陛下になるだろうし、そもそも総理大臣と天皇陛下ってどっちが偉いのだろうか?
俺の考えがまとまる前にリサはとりあえずという感じで頭を下げた。
「マヤ先生の弟子で魔法使い、ライトハルト・フォン・リサを申します」
さすがは伯爵令嬢のリサ、いざとなったらこういう挨拶は俺よりもはるかに板についている。
そんなリサをジッと見つめていた安田総理がボソリと呟いた。
「そうですか、この子が摩耶さんの後継者……」
安田総理の独り言の様な言葉に大きく頷いた母さん。
「はい、今後はこのリサちゃんが私の役目を引き継ぎます。
私の弟子の中でもとびきり優秀な子ですから立派に役目を果たしてくれると思います」
その言葉に感慨深く何度もうなずく安田総理。
「そうですか、長い間お役目ご苦労様でした摩耶さん。貴方とお姉さんのおかげで日本は……
いや世界は救われました。本当にご苦労様でした、そしてありがとう」
安田総理は深々と頭を下げる。日本の総理大臣が俺の母親に頭を下げる姿は何処か現実味の無い光景に見えた。
「いえ、安田さんにそう言っていただけると姉も喜んでいると思います……」
安田総理の言葉に応える様に深々と頭を下げる母さん。でも母さんにお姉さんがいたのか⁉
初耳である。今までそんな事実聞いた事がなかったが、どういう事だろう?
色々な謎が解けているのと同時に様々な疑問が湧き上がってくるが
その場で聞く事も出来ず複雑な思いを抱えながら首相官邸を後にした俺は、ある場所へと連れて行かれた。
そこは首相官邸の近くであり銃を持った自衛官数人が厳重な警備をしている建物であった。
何やら物々しい空気の中で我々がそこに近づいていくと
警備をしている自衛官が父さんと母さんの姿を見て反射的に敬礼をしたのである。
「ご苦労様です‼」
ピリピリと緊張感が伝わってくる自衛官とは対照的に終始リラックスムードのウチの両親。
「ご苦労様です」
そんな重苦しい空気の中で父さんと母さんは軽く挨拶をして建物内に入ると
その先には不思議な門があった。それは人が通れるぐらいの小さな門であったが
その中は真っ暗であり、奇々怪々な雰囲気がこちらにも伝わって来る。
「この門は一体……もしかしてこれが例の?」
「ああ、アナザーゲートだ」
この不気味な門がこの世界と異世界をつなぐアナザーゲート……
今夜これだけの現実を見せつけられてきても、まだ異世界という存在をどこか信じきれない自分が居たのだが
目の前の不気味でただならぬ気配を容赦なく撒き散らすこの門を見せられ納得せざるを得なかった。
「じゃあ、リサもここから?」
「うん、ここから来たわ」
この門を通ると異世界……俺は思わず息を飲む。
「じゃあ、行くか。もう一つの世界、向こう側のわが家へ」
まるでピクニックにでも行くかの様な調子で門に向かって歩みを進める父さん。
当然のように母さんも続く。そうか、父さんと母さんは向こう側にも家があるのか……
俺は不思議に思いながらも足を一歩踏み出した。
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