母の想い
俺は物心ついた時から今の母さんしか知らない。
本当の生みの親がいると知ったのもつい最近の話なのだ。
ましてやこんな形で再会といわれてもどう対応していいのか判らない。
しかし俺の頭の中に次々と言葉が飛び込んでくる、マサキ、マサキと俺の名を呼び続けているのだ
訴えかけるような悲痛なまでのその声に俺の心は締め付けられるようだった。
「マサキ、マサキって、俺の名前を呼び続けているよ……」
誰に告げるわけでなく俺は言葉を発した。
「姉さん、私よ、マヤよ‼︎」
「アキ、俺だ、わかるか⁉︎」
必死で語りかける母さんと父さんだったが、ファントムと化した母にはその声は届いていないようであった。
双子の妹である母さんの言葉にも夫であった父さんの言葉にも全く反応はない。
まるで他の人間のことなど見えていないかのようにファントムと化した母は俺のことだけをジッと見つめていたのである。
「ダメだ、元々ファントムは怨念が具現化したいわば思念体のようなモノだからな。
今のアキには俺達の言葉は届いていない」
父さんが顔をしかめながら言い放つ。
「姉さん、正樹ちゃんの事が心配で……」
俺にはどうしていいのか判らない、ただ思念体になってまで俺の名前を呼び続ける声に母の愛を感じずにはいられなかった。
「大丈夫よ、姉さん。正樹ちゃんは私達が守るから……」
思念体になってまで我が子を心配する姉に母さんが諭すような優しい言葉で語りかけた。
だが次の瞬間、ファントムはその巨大な両腕を振り回し再び暴れ始めたのである。
「どうしたの、姉さん⁉︎」
突然の出来事で訴えかけるように問いかけた母さんだったが、当然それに答える事はなく暴れ始めた。
「どうして……」
変わり果て荒れ狂う姉の姿を見て崖然とする母さん。
「ダメだ、ファントムに思考とか知性とかはない、あるのは執念ともいえる思いだけなのだ。
おそらく本能で我が子を取られると思ったのだろう」
「そんな、そんなつもりじゃあ……」
落ち着かせようと思ってかけた母さんの言葉が逆に呼び水となってファントムとかした母を暴れさせる結果になってしまったのだ。
「もう、倒すしかない……」
唇を噛み締め、絞り出すように言葉を発する父さん。
「でも、姉さんなのよ⁉︎」
「あれはもうアキじゃない、ファントムという化け物なのだ。このまま放っておけばどれだけの被害が出るか……」
唇を噛み締め言葉を発する父さん、変わり果てた姿の元妻を断腸の思いで葬らなければならないという気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
母さんは小刻みに震えながらも両眼を閉じ何かを決意するように頷いた後、独り言のような小声で呟いた。
「わかったわ、せめて私たちの手で姉さんを安らかに眠らせてあげましょう……」
両眼をカッと見開き再び睨みつけるようにファントムを見つめる母さん、その目にもう迷いや躊躇はなかった。
「リサちゃん、ここで倒すわよ。このファントムが街に出て甚大な被害が出ないうちに何としても食い止めるの‼︎」
力強く言い放った母さんとは裏腹にことの成り行きが理解できていないリサは明らかに困惑していた。
「倒すって言っても二人がかりのギガンテックボルトすら効かない相手にどうやって……」
「いい?これから新しい魔法を教えるわ、まずはグレーターボルケーノを放って‼︎」
「ギガンテックボルトでも効かない相手に私の爆炎魔法が通用するとは……」
目の前に立ちはだかる強大な敵の前に恐怖と絶望感に苛まれるリサ
怯えているのか母さんの言葉を聞いてもすぐには動けずにいた。
彼女が得意とするのは雷撃系と爆炎系の魔法。感受性が豊かなリサはこういった激しい攻撃魔法を得意としているらしい。
グレーターボルケーノとはその中でも最上級の爆炎魔法である。
俺も一度だけこの魔法を見たことがあるが対象の足元から巨大な火柱を噴き上げて
相手を焼き尽くすというモノでありその威力は凄まじいモノであった。
「いいから早く、新しい魔法は私がフォローするから‼︎」
「でもいきなりぶっつけ本番の実戦でなんて……無理ですよ」
母さんの言葉にもリサは半信半疑の様子で及び腰になっていた、しかしそれも無理からぬことであろう
初めての魔法を練習もなしでいきなり使えというのだ。
しかしそれほどのことをしなければ倒せない相手ということなのだろう
事の成り行きをただ見守っているだけの自分が重ね重ねもどかしい。
小刻みに震えながら徐々に後退りするリサ、その目には恐怖がアリアリと浮かんでいた。
「四の五の言わずにやりなさい、あなたは人々を守れる魔法使いになりたいのでしょう‼︎」
あの温厚な母さんが声を荒げて叫んだ。これ程激しい口調で話す母さんは息子である俺でさえ初めて見た。
そんな母さんの叱咤が届いたのか、リサの目に力強さが戻ると大きく頷いた。
「わかりました先生、いくわよ、化け物‼︎」
気を取り直したリサが再び魔法の準備に入った。目と心に炎を燃やしその熱い思いが見ているこちらにも伝わって来る。
リサを中心にどんどん魔力が高まり火の精霊たちがリサの周りを無数に舞う。
もちろん俺にそれを見ることは出来ない、だがそれをハッキリと感じるのだ。
「グレーターボルケーノ‼」
リサが叫んだのと同時にファントムの足元から巨大な火柱が立ち上る。
暗く静かな埠頭の夜に真っ赤な炎が煌々と辺りを照らしていき
その余波により周りで見ている俺達の顔も赤く熱を帯びてくる。
紅蓮の炎に包まれながらもその場で叫び続ける巨大ファントム
夜空に向かって咆哮するファントムの姿は恐怖というよりどこか悲しく哀愁すら感じさせた。
そして巨大な執念ともいえる残留思念が言葉となって俺を呼び続けていた。
「くそっ、やはりダメか……」
父さんが悔しそうに顔をしかめる、だがそんな父さんの言葉を打ち消すように母さんはすでに魔法の準備に移っていた。
「リサちゃん、そのまま続けて。ゲイルサイクロン‼︎」
母さんはそう言って風魔法を発動させた。母さんは【氷結の魔女】という異名通り冷却魔法や風魔法を得意としている。
そんな母さんが放った風魔法はあっという間に巨大な竜巻を生み出すと
ゴウゴウと音を立てながらそのままファントムに向かってゆっくりと移動を始めた。
「何をする気だよ、母さん……」
俺は思わず呟いた。何故なら母さんの発生させた竜巻がこのまま移動を続ければリサの爆炎魔法と衝突してしまうからだ。
そんな俺の心配をよそにまるで意志を持ったかのような竜巻は猛烈な勢いで暴れ回りながら
辺りを巻き込んでいき周辺にあったコンテナや車までも飲み込むとあっという間に上空へと舞い上げる。
傍若無人に暴れまわる魔法の竜巻、周りで見ている俺たちでさえ風で飛ばされないように身を屈めて踏ん張らねばいけないほどだ。
「もの凄い風だ、リサに新しい魔法を教えるとか言っていたけれど
このままじゃあ風と炎がぶつかって相殺されてしまうじゃないか、母さん一体どうするつもりだ⁉︎よ」
目の開けていられないほどの強風の中、巨大な竜巻のゴウゴウという風の音はまるで獣の唸り声のように聞こえてくる。
「じゃあいくわよ、リサちゃん‼︎」
母さんはそう言い放つとさらに膨れ上がった巨大な竜巻をリサの放った炎へと移動させる。
「何をするのですか先生⁉︎そんな強烈な風をぶつけたら私の炎が消えちゃうじゃないですか‼︎」
信じられないと言った表情で母さんを見つめるリサ
しかし母さんはそんなリサとは対照的に少し微笑見ながら落ち着き払った態度で口を開いた。
「大丈夫よ、しっかり見ていなさい」
特に説明もなくそう一言だけ返した母さんは巨大な竜巻を炎にぶつけたのである。
「あっ⁉︎」
その瞬間、俺を含めた周りの人間たちは思わず叫んだ。
凄まじい炎の壁と巨大な竜巻がぶつかった瞬間、それは俺たちの想像を超えた姿へ変貌したからである。
ファントムを覆っていた炎は渦状の竜巻へと変化した、真っ赤な炎の竜巻がファントムを襲う。
「ゴモオオオオーーー‼︎」
先程までとは明らかに違い、悲鳴のような唸り声をあげてもがき苦しむ巨大ファントム。
「これって一体……」
炎の魔法を継続させながらも状況を把握できないリサは目の前で起きている光景を呆然と見つめていた。
「これが爆炎魔法と風魔法の融合させた超級魔法よ。
巨大な竜巻は炎を消すどころか大量の酸素を強制的に送り込むことによって炎を活性化させるの
強力な回転を得た炎の渦は刃となって対象に襲い掛かる。
威力の増した炎と風は相乗効果を伴って敵を焼き尽くすのよ……
この魔法の名はボルカニックストーム、姉さんが最も得意だった魔法よ」
どこか寂しそうにこの魔法の説明をする母さん。父さんも何か思うところがあるのだろう
目の前で起きている現象に唇を噛み締めながら見つめていた。
「ギャオワアアアアーーー‼︎」
赤々と燃える炎の渦が巨大な敵を容赦無く燃やし尽くす。
漆黒の夜空に悠然と立ち上る巨大な炎の竜巻。周りに火の粉を撒き散らしながらまるで
〈天まで届け〉とばかりに荒れ狂う炎。その光景はどこか現実離れしていて神話の世界を描いた絵画の様でもあった。
そんな中で地獄の炎に断罪されたかのような巨大なファントムの咆哮は夜の埠頭に響き渡った。
時間にして数十秒だったのだろうが俺には何時間にも感じられた。
俺が俺が物心つく前に死んでしまった本当の母親
俺の事が心配でファントムという化け物になってまで出てきたという事実を考えると
目の前で起きていることを素直に喜ぶ気にはなれなかった。
そんなファントムと化した母がいよいよ最後の時を迎える
天まで届くかのような断末魔の叫びは何かを訴えかけるように俺の胸に突き刺さった。
凶悪で無慈悲な炎に燃やし尽くされ消えていくファントム、そしてその最後の瞬間、俺の頭に声が飛び込んできた。
〈大きくなったね、正樹……〉
それはどこまでも優しく温かで深い愛情を感じさせた。
ファントムの消滅と共に収束していく炎の渦。先程までの死闘が嘘のように夜の埠頭に静寂が戻ってきた。
強敵との戦いを終え気が抜けたのか、脱力しながら安堵の表情を見せるリサ。
「ふう、何とか終わったわね、一時はどうなることかと……って正樹、何泣いているのよ⁉︎」
「えっ?」
リサに言われて初めて気がついたが俺は知らないうちに泣いていたようだ
指摘され頬を伝う涙に気づいた俺は逆に驚いてしまう。
「あ、あれ?おかしいな……」
自分の意思とは裏腹に止まらない涙に戸惑ってしまう、リサは何が何だかわからないといった表情でこちらを見ている。
ちくしょうリサの前で泣くとか、男として凄くかっこ悪い、止まれよ、涙‼︎
そんな俺の様子を心配したのだろう母さんも近づいて来た。
「どうしたの、正樹ちゃん?」
「いや、母さん、何でもないよ……」
俺は咄嗟に誤魔化した、この涙はファントムと化した本当の母からの声のせいで泣いてしまったという事実を言えなかった。
それはここまで俺を育ててくれた母さんに申し訳ないという気持ちが働いたのかもしれない
しかしそんな俺の様子を見て母さんは優しく微笑んだ。
「優しいね、正樹ちゃんは……いいのよ、本当のことを教えて」
どうやら俺の浅い考えなどお見通しのようだ、伊達にずっと俺の母親をやってきてはいないなと感心させられた。
もう誤魔化すのは無理だと判断した俺は本当の事を話した。
「そう、姉さんがそんな事を……」
寂しそうな笑顔を浮かべる母さん、俺は何とも言えない気持ちになるがそれ以上は何も聞けなかった。
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