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剣聖の秘密

 昨日土砂降りの中、俺がずぶ濡れで家に戻ると母さんが目を丸くして驚いていた。


「まあ、正樹ちゃん、どうしたの、そんなびしょ濡れで⁉」


「いや、ちょっと……何でもないよ」


「早く着替えないと風邪ひいちゃうわよ。まあ風邪ぐらいなら私の魔法で何とかなるけれど」


「それより母さん、こっちの世界の家には風呂とかあるのか?」


「もちろんあるわ、大きいのが。私のデザインしたオシャレなお風呂よ、ウフフ」


 どことなく嬉しそうな母さん、こういう所は少しリサと似ているな。師弟関係とはそういうモノなのだろうか?


「じゃあ早速お風呂を沸かしてくるわ、十分ぐらい待っていて」


「ああ、すまない……ところで母さん、父さんは居る?」


「奥の部屋にいるわよ」


 母さんはそう言ってスキップする様に奥へと消えていった。


 俺は父さんの部屋に向かうと父さんは真剣な表情で新聞の様な紙を見ていた。


「父さん、ちょっといいかな?」


「おう、どうした正樹?」


「実は父さんとの約束をいきなり破ってしまって……ちょっと色々あってロイド先輩と真剣勝負する事になってしまって。


お互い怪我とかは無かったからそれはいいのだけれど。

その件でちょっと聞きたいことがあって……」


 俺の言葉を聞いて父さんは何かを察した様である。


「その口ぶりだとどうやらお前が勝ったようだな、正樹」


「えっ、うん、まあ……その時の事なのだけれど……」


 俺が説明するよりも先に父さんが話を始めた。


「お前が聞きたい事というのは相手の動きがゆっくりと見えた事か?それとも相手の心の動きまで読めた事か?」


 どう説明したモノかと思っていたところに、いきなりドストレートな解答。


本来であれば手っ取り早くて助かるのだがどうしてわかったのか、逆にこちらが困惑してしまったのだ。


「どうしてそれを⁉」


「わかって当然だ。その力こそが俺がこの世界で剣聖と呼ばれる所以だからな」


「何だよ、それ?どういうことか説明してくれよ」


 すると父さんはおもむろに立ち上がると手にしていた紙を丸めて斜に構えた。


「実戦のつもりで構えてみろ」


 どういう意図かはわからないが、どうやら丸めた紙を剣に見立てているらしい。


「何だよ、コレ?」


「いいから構えろ」


 真剣な父さんの表情に俺は言われるがまま構えを取った。


「正樹、俺を斬り殺すつもりで気を入れてみろ」


 斬り殺すつもりといわれてもどうしていいのかわからないし


そもそも今は構えだけとっているだけで剣そのものを持っている訳ではない。


だが父さんの有無を言わせぬ迫力に押され気合と殺気を込める。


俺も父さんもあくまで真剣を持っている実戦という想定で対峙した。


 こちらが闘志と気合を込め相手に向けているのに対し、目の前の父さんはまるで気合を感じさせない。


父さんとは練習で何度も立ち会ったことはあるがこんなのは初めてである。


 しかしこのまま何もしないのではらちがあかない


俺は意を決し渾身の一撃を父さんの脳天に叩き込むイメージで剣を振り下ろした。


すると父さんはその剣筋をするりとかわし右手に持っている紙を俺の頭にコツンとぶつけた。


「これが実戦ならばお前は死んでいたぞ、正樹」


 父さんはニヤリと口元を緩めながら俺を見下ろしていた。


 間違いない。今父さんがやった事は俺がロイド先輩にやった事と全く同じモノだ。


「これは一体⁉」


 まるで狐につままれた様な表情を浮かべている俺に対し、父さんは静かに話し始めた。


「これが剣聖の秘密、無合いというモノだ」


「無合い?何だよ、それ?」


「心を静め相手に集中する事によって相手の気の流れや筋肉の動き、心臓の鼓動、血液の流れすらも感じ取る技術だ。


突き詰めれば相手の考えすら感じ取ることが出来る。感覚的には合気道に近いかもしれないな」


 もしもロイド先輩と立ち会っていなければこんな話はとても信じられなかっただろう。


だが今さっき明らかにそれに近い体験をしたのだ。胡散臭いとか信憑性がどうの言っていられない


百聞は一見に如かずとはよくいったモノで、理論的に理解できるかは別としてもその話は信じざるを得なかった。


「どうしてこの世界だとこんな技が仕えるのかは俺にもわからん。


魔法使いと違ってこの世界にマナや精霊が少ない事が五感をより研ぎ澄ませてくれるのかもしれん。


あくまで推測の域を出ないけれどな。だが理屈はどうあれ相手の動きが読めるのだ、そんなの負けるはずがないだろ


魔族だろうが魔王だろうが楽勝だ。今風に言うのならチートというヤツか?」


 淡々ともの凄い事を語る父さんはその話している内容とは裏腹に何故か少し寂しそうだった。


「もしかしてエミリが剣聖にはなれないっていうのは……」


「ああ、エミリの剣は気持ちでぶつかる剣だ。


溢れんばかりの闘志とどうしても勝ちたいという勝利への飽くなき執念。それがあの子の剣を支えている。



それ自体は悪い事では無いのだがこの無合いを究めようとすればかえってその気持ちは邪魔になる。


正樹、お前も気づいているだろうが技量的なモノならばお前や純平君とエミリでそれ程の違いがある訳ではない。


このまま修練を積んでいけば一角の剣士にはなるだろう、だがエミリでは剣聖にはなれないのだ……」


「でもエミリ本人が剣士になりたいというのならその道に進ませてやればいいじゃないか。


本来職業選択は個人の自由だろ?」


 俺としては至極真っ当な事を言ったつもりだったのだが、父さんは悲しそうに首を振った。


「それがそういう単純な問題ではないのだ」


「どういう事だよ?」


 どうにも納得ができない俺は食い気味に問いかけると父さんは淡々と語り始めた。


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