豪雨の中の決戦
ロイドは俺が剣を持っていないことを知ると一旦家に戻り、剣を二本持って帰って来るとその内の一本をこちらに投げてきた。
「殺傷能力の低い練習用の剣だが当たり所が悪ければ死んでしまうこともある。
しかし僕はそんなヘマはしない、殺さない程度には手加減はしてあげるよ」
戦う前から完全に格下扱いで不敵な笑みを浮かべるロイド。そんな不遜な態度がさらに俺を苛立たせた。
「随分と舐めてくれじゃねーか」
「フッ、話は聞いている。先日の実習でカースドデーモン相手にまるで歯が立たなかったらしいじゃないか?
あの程度の魔族相手に遅れをとる様では僕の相手は務まらないよ」
くそっ、そういう事か……悔しいがロイドの言っている事はおそらく正しい。
そもそも事実上この国の最強剣士であるロイドに勝てる道理などないのだ。
しかしこのまま黙って負けてやる程俺は人間ができていない
この自信過剰のファザコン男に必ず一泡吹かせてやる。
「俺が勝ったらリサに謝れよ、誠心誠意な‼︎」
そんな俺の言葉を聞き思わず失笑するロイド。
「君はまだ勝てるつもりでいるのかい?わかったよ、それは約束しよう。
だが僕が勝った場合、君は二代目剣聖の襲名を辞退しろ。いいね」
少し意外な要求であったが俺にとっては特に気にするようなものではなかった。
「別に構わないぜ。そもそも剣聖とかいう大層なモノになりたいと思ったこともなければ、その名を欲しいと思ったこともない」
「わかった。じゃあ始めよう」
ロイドが低い声で勝負の開始を告げる。
真っ暗な空の下、大粒の雨の雫が天からこぼれ落ち俺たちを容赦なく濡らし二人の体と地面を激しく叩く。
「どうして二人が?」
慌てて駆け付けたリサが俺達を見て思わず岩の物陰に身を隠し、そう呟いた。
しかし俺達は既に戦闘モードに入っており声を掛けられる雰囲気では無かったのである。
後ろでリサが隠れて見ている事を知らない俺はロイドの一挙手一投足を見逃すまいと集中していた。
ロイドは自信に満ち溢れており、剣を中段に構えて冷静な目でこちらを見ている。
俺はいつも通り上段に構え一撃で相手を仕留めるつもりで意識を集中した。
「構えだけはシンゴ先生と同じか。だがいくら構えだけ似せても中身が伴わないのでは単なる猿真似だ。
格の違いというものを教えてやる‼︎」
珍しく感情的な口調で敵意むき出しのロイド。俺が父さんから剣聖という称号をもらうのがよほど嫌なのだろう。
その時ふと父さんの言った事が頭に浮かぶ。
〈絶対に剣を人に向けるな〉という言いつけをまさか数時間後に破るハメになるとは思わなかった、すまない父さん。
対峙する二人の間にピリピリとした空気が漂い、降り続く雨音だけが嫌でも耳に届いてくる。
こっそりとこちらを見ているリサを除いて誰もいないその場所で俺は不思議と冷静であった
感情的にはまだ熱いものを抱えているのだが心は妙に平穏で相手の姿がはっきり見える。
これほどの強敵を相手にして余裕などないはずなのに……
その時である、あれほど激しく聞こえてきていた雨音がピタリと止んだ。
しかし雨が止んだ訳ではない、耳に入って来なくなったのだ。なんだ、コレは?
何も聞こえない、何も感じない、見えているのは目の前のロイドだけ。
まるで自分が水面に立っているかのような今まで味わったことが無い不思議な感覚。
するとロイドから発せられる何かを感じた。
それは水面に一滴の滴を垂らした時の様に波紋状に広がりこちらに伝わってくる。
ロイドの息遣い、心臓の鼓動に脈拍、筋肉の収縮から心の動きに至るまで、全てわかる……いや、感じるのである。
そんな不思議な感覚に若干戸惑っていると、ロイドが仕掛けてきた。
雨を切り裂き唸りを上げてこちらに向かってくる剣、この国最強の剣士が放つ凄まじい一撃……のはずである。
なぜそんな曖昧な表現をしたかといえば、俺にはその一撃がスローモーションの様に見えたからだ。これはどういう事だ?
どれほど威力があって修練した剣であったとしても当たらなければ意味がない。
スローモーションで向かってくる剣を交わすことなど子供にだってできるだろう。
俺はロイドの一撃を難なく交わしロイドの頭の数ミリ手前でピタリと剣を止めた。
勝負は一瞬で決着がついた。頭上に剣を突きつけられたロイドは驚愕の表情を浮かべ
何が起こったのか理解できない様子である、正直俺にも何が起こったのか説明できない。
しかし何はともあれ勝負には勝った。勝負が終わった瞬間、濡れた体の感覚と激しく降り注ぐ雨の感触と音が戻ってきた。
「俺の勝ちだな」
俺はあくまで冷静を装い勝負の終結を告げる。思いもよらない結末に唖然としながら膝から崩れ落ちるロイド。
「ああ、僕の負けだ……」
俯きうなだれながら小さな声で敗北を認めた。
「じゃあ約束通り、リサに謝ってもらうぜ」
「ああ、わかっている……リサ君には悪い事したと思っているから、君に言われなくとも最初から謝るつもりだった」
意外な返答に思わず俺は聞き返す。
「何だよ、それは、じゃあ何でこんな勝負をしたのだよ?」
「それは君と戦いたかったからだ……」
「俺と?どうして」
ロイドの意外な言葉に俺は質問せずにはいられなかった。
「何の実績もなくただシンゴ先生の息子というだけで剣聖という称号を譲り受ける君が許せなかった。
それは僕が忌み嫌っている貴族のバカ息子共と同じに思えたからだ」
「意味がわからない、どういうことだよ?」
「この国の貴族のバカ息子達は親が貴族だというだけで何の苦労もなく贅沢と横暴のかぎりを尽くしている。
本来貴族とは領民の生活と安全を守るために権力や財力を与えられた身分のはずなのだ。
にもかかわらず奴らはそんな事は知らないとばかりに領民を虐げ自分たちの権力のだけに執着している。
そしてそのバカ息子たちはそれが自分に与えられた特権だと言わんばかりに領民を見下し
横暴の限りを尽くしているのだ、自分自身では何も成し遂げていないのに。
そんな中でシンゴ先生までもが息子可愛さに血の繋がりだけで剣聖の名を譲ろうとしていると思ったのだ。
剣聖という称号は世襲ではなく実力で勝ち取るものであり譲られるものでは断じてないのだ‼︎
だから君に腹を立て勝負を挑んだという訳さ……」
ロイドの意外な告白に少し驚き思わず聞いてみた。
「アンタは剣聖になりたかったのか?」
俺の質問に対しロイドはゆっくりと首を振った。
「いや、そういう訳じゃない。僕が目指しているのはあくまで父さんと同じ道だ。
だが僕は昨年、剣の大会で二連覇した後、非公式でシンゴ先生に勝負を挑んだことがあった。
自分がどれ程強くなりその力が剣聖にも通用するのか?という興味もあってね……
しかし結果は今と同じだったよ。何だかわからない内に一瞬で負けた
実力の差というより格の違いを見せつけられたと言った方が良いだろう。
剣聖の名は伊達じゃない、神聖不可侵のモノだ。だから世襲によって剣聖の名を受け継ごうとした君がどうしても許せなかったのだ……」
激しい雨のせいか俺の頭も段々と冷えてきて物事を冷静に判断できるようになってくると
このロイドという男がそれ程悪い奴では無いという事がわかって来た。
「で、アンタの目から見て俺は合格できたのかい?」
「ああ、もちろんだ。君は僕より強い、先ほど言った言葉は撤回する、すまなかった」
素直に負けを認め謝罪するロイド。この潔い態度を見て逆に自分が恥ずかしくなってくる。
「いや、俺も言いすぎた。頭に血が昇ってしまって……それでアンタ……いや、ロイド先輩に頼みがあります」
「君が僕に頼み?」
ロイド先輩は不思議そうに俺を見て来た。
「ええ、でもコレはあくまで頼みなので無理にとは言いません」
「どんな事だい?」
「もしリサの事が嫌いじゃないのなら謝罪した後、改めてアイツをデートに誘ってやってはくれませんか?」
そんな俺のお願いにロイド先輩は少し驚いた顔を見せる。
「それは全然かまわないが……というよりお詫びを兼ねてもう一度誘うつもりではあった。でも君はいいのかい?」
「いいのか……とは?」
俺は質問の意味が分からず問い返した。
「君はリサ君の事が好きなのではないのかい?」
「ああ、そういう事か……そりゃあ好きですよ」
まさかリサ本人が後ろで聞いているとは知らずに何の抵抗も無く答えた。
「でも異性としてではなく人間として……ですけどね。だってリサの事を嫌いな奴なんていないでしょう。
美人のお嬢様の癖に素直で単純で笑ったり怒ったり、その癖人一倍心配性で、世話焼きで、誰よりも優しい。
本当に気持ちのいいぐらい真っ直ぐな奴なのですよ、リサは。
だからアイツにはずっと笑っていて欲しい、幸せになって欲しいのです。
リサがロイド先輩の事を話す時、本当に幸せそうな顔をするのですよ。見ているこちらがうんざりするぐらい……
ですから、お願いします」
今度は俺の方から頭を下げた。
「わかった、君がいいというのならそうしよう。元々そのつもりだったのだから頼まれるまでも無かったけれどね……」
ロイド先輩は自嘲気味に笑うとゆっくり立ち上がりクルリと背中を向け歩き始めた。
だが二、三歩歩いたところで足を止め、こちらに振り向くことなく口を開いた。
「一人の女の子の笑顔も守れない奴は聖騎士など務まらない、か……君の言う通りだ、これから肝に銘じておくよ」
ロイド先輩は独り言の様にそう呟くと、そのまま帰って行った。俺は自然とその背中に頭を下げていた。
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