土砂降りの中の怒り
その日の俺は家でゆっくりと過ごしていた。
こちらの世界では宿題も無いしスマホもゲームも無いので本当にノンビリと羽を伸ばしていた。
「ねえ、兄貴。そろそろリサ姉が帰ってくる頃だよ」
昼過ぎに外出から帰って来たエミリが俺に話しかけてくる。
「おう、もうそんな時間か。気は進まないが行くとするか……」
時間はもうすぐ六時になり外も薄暗くなり始めていた。
デート前でもあれだけテンションが高かったリサが憧れのロイド先輩と実際にデートをしてきたとなると
どれ程興奮しているか、想像に難くない。いや考えたくも無い。
しかし今日のところは黙って聞いてやろう、とにかくウンウンと頷いてやっていればいいのだから。
人の恋バナなど聞いてもちっとも面白くない、ましてやロイドの事など全く知りたくもないし興味も無い
話の内容は退屈極まりない話になるだろう。
人の恋バナを聞きたがる女子の気持ちは全く理解できないがそれでも俺は口でいう程嫌だと思っていない自分に気が付いたのだ。
最初は自分でもどうしてなのかはよくわからなかったが、少し考えてきたらすぐにわかった。
リサはロイドの話をする時は本当に楽しそうで嬉しそうに話すのだ。
見ているこちらが恥ずかしくなるくらいの幸せオーラ全開で話す姿は何処か微笑ましくこちらまでに思わずやけてしまう程だ。
こういった素直で真っ直ぐな性格が人に好かれるのだろうと改めて納得する。
話の内容はともかく嬉しそうなリサを見ているだけで何かこちらまで幸せな気分になるのだ。
そういう人間は貴重だし居てくれるだけで楽しい、姫乃樹さんとの事が無くとも素直に応援してやりたいと思ったのだ。
俺は出かける為に上着を着て玄関の扉を開けると外は雨が降っていた。
この世界では電灯や灯りが無い為に外は暗く雨の影響もあって一層もの寂しく感じさせる。
「うわ~結構振っているな、行くのを止めようかな……」
「何言っているの、リサ姉は喋りたくて、喋りたくてウズウズシテいるはずよ。
早く行ってお務めを果たしてきなさい、兄貴。はい傘」
渋る俺の背中を押すように送り出すエミリ。渡された赤い傘をさしてリサの家へと向かう。
暗い夜空からシトシトと降り続く雫が傘を弾き、その規則正しい雨音が耳に入って来る。
向こうの世界だとこんな女性用の花柄の赤い傘をさしていると恥ずかしくて人目が気になって仕方がないところだが
雨が降っているせいか周りを見渡しても誰もいない。
誰も見ていないのならばこの傘でもいいやと思いリサの家へと急いだ
こっちの世界でも傘は傘なのだなと変なところで納得しながら歩いて行くと、目的地の家が視界に入って来た。
「デカい⁉」
こちらの世界のわが家も大きかったが、リサと純平が住んでいる家は更にデカかった。
さすがはライトハルト伯爵家といったところか。
家の周りには大きな花壇があり、見た事も無い色とりどりの花が植えられていて見る者の心を和ませる。
多分専属の庭師でもいるのだろう、よく手入れされていて花に興味の無い俺でもこの花壇が凄い事はわかる。
リサの趣味だろうか?それとも亡くなったリサと純平のお母さんの趣味なのか
ただ田沼のオジさんの趣味であっては欲しくないと思った。
やたら大きな玄関の扉をノックすると中からメイドさんが出て来た。
「はい、どちら様でしょうか?」
「あっと、その、俺は東野……じゃなくてシュタットハウゼン・フォン・マサキと申します」
俺がそう言いかけるとメイドさんの表情はパッと明るくなり家の中へと案内してくれた。
「まあ、マサキ様でございますか⁉お噂はかねがね、ライトハルト伯爵様とジュンペイ様はご不在ですし
生憎リサ様もお出かけしております。もう時期に返って来ると思いますので中でお待ちください」
丁寧に対応してくれるメイドさん。年の頃は俺よりニ、三歳上だろうか?
本物のメイドさんを見たのはこれが初めてである。偽物なら秋葉原で一度見かけたことがあるが……
「マチュリティシーでございます、ごゆっくり」
中の応接間に案内され、メイドさんが愛想よく運んできてくれたのは聞いた事も無い飲み物だった。
カップの横には砂糖も添えられており、見た目からしてどうやら紅茶の様だ。
俺はふうふうと息を吹きかけ覚ましながら出された飲み物を口に運んだ瞬間、衝撃を受けた。
「な、何だ、コレ⁉コーヒーの味がするぞ⁉」
見た目は紅茶、味と香りはコーヒーという何とも不思議な飲み物だった。
「驚かれましたか?これは旦那様が他国からワザワザ取り寄せたモノでして
初めて来られるお客様には必ずこれを出すようにと仰せつかっております」
クスクスと笑いながらそのメイドさんは話してくれた。何のドッキリだよ、これは……
ウチの両親も大概だが田沼のオジさんも相当だな。
少し驚きつつも呆れながらマチュリティシーなる摩訶不思議な飲み物を飲んでいると
バタンという扉が開く音が聞こえ〈おかえりなさいませ、リサ様〉というメイドたちの声が聞こえてきた。
ようやくお姫様のご帰還の様だ、俺はカップに残ったマチュリティシーを一気に飲み干すとリサを迎える様に玄関へと向かった。
「やっと帰って来たか、リサ。デートの方は……」
俺はそう言いかけたがリサの姿を見て愕然とした。
「リサ、お前びしょ濡れじゃないか⁉傘を持って行かなかったのか⁉」
返ってきたリサは全身ずぶ濡れであり、髪や服からぽたぽたと雫がこぼれ落ちていた。
数人のメイドが大きなタオルを持ってきてリサを包み込む様に拭き始めた。
「来ていたの、正樹……」
虚ろな目でボソリと口走るリサの様子がおかしい。雨に濡れただけではない、一体何が……
「何かあったのか、リサ?」
「別に……何もなかったわよ」
何もなかったというリサの態度には生気というモノが感じられない、どこか心ここにあらずといった感じだ。
明らかに何かあったのだろう。
「嘘つけ、ロイドの野郎に何かされたのか⁉」
「本当に何もなかったわ……ゴメン、今日は疲れているから……」
リサは力なくそう告げると、トボトボと奥の部屋へと引っ込んでしまった。
俺はそんなリサの背中を呆然と見送った、本当に何もなかったのならばあのリサがこんな風になる訳がない
今日はリサのノロケ話を聞きにやって来たのだが、あまりにも予想外の展開にどうしていのかわからずその場に立ち尽くした。
唖然としていると、再び玄関の扉が開き、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。
「くそっ、服がビショビショじゃねーか、傘持っていけばよかったぜ」
「仕方がない、もう少し早く帰るつもりだったのだからな」
声の方向に振り向くと純平と田沼のオジさんが帰ってきていた。
「あれっ、正樹兄来ていたんだ?」
俺に気づいた純平が声を掛けてきた、俺はどう答えていいのかわからず何となく返事を返す。
「ああ、まあな……」
「そっか、正樹兄、さては姉貴に呼ばれたのか?」
「は?どういうことだ」
俺は順平の言葉の意味が分からず問いかけた。
「今日俺と親父は聖騎士団創立90周年パーティーとやらに呼ばれて顔を出したのだけれど
そこにロイドの奴が来ていたんだ。なんでも親父さんの聖騎士団長がみんなに紹介したいからという事で急遽呼ばれたらしい」
「それは本当か⁉」
俺は思わず問い返す。
「ああ、本当だよ。だから例のデートをドタキャンされた姉貴が
不満のはけ口に正樹兄を呼んだのかなって思ったのだけれど……違うのか?」
何だ、それは。デートがドタキャンだと⁉
しかしリサの様子を見るとあれはドタキャンというよりすっぽかされたとしか……
もしかしてリサの言う何もなかったというのはロイドの奴が来なかったから何もなかったという事か⁉
俺は無意識のうちに純平の胸ぐらを掴んでいた。
「ロイドの奴はその正式団創立90周年パーティーとやらにずっと居たのだな⁉」
「ああ、居たよ……それがどうかしたのかよ、正樹兄?」
困惑している純平を尻目に俺はライトハルト伯爵邸を飛び出していた。
何かはわからないが物凄く熱いモノが込み上げて来る。
なぜこんな気持ちになるのかわからなかったがどうしてもロイドの奴が許せなかったのである。
ふざけやがって、あの野郎‼
雨が降りしきる夜の道を傘もささずに走った。息を切らせながらも家にたどり着いた俺を見てエミリが目を丸くして見つめている。
「どうしたのよ、ずぶ濡れじゃない。私の貸した傘はどうしたの?」
「ハアハア、そんな事より……ロイドの自宅を教えてくれ」
「ロイド先輩の?どうしてそんな事を……」
「いいから教えろ‼」
思わず声を荒げてしまった俺に思わずたじろぐエミリ。
「ロネスコ通り三番地にある白くて大きな建物だけれど……どうしたのよ、兄貴?」
「すまない。ロネスコ通り三番地だな?そこへはどうやって行くんだ?」
俺はエミリから道を聞きそのまま家を飛び出した。
後ろでエミリが何か叫んでいたが耳には入って来なかった、それほどまでに俺は頭にきていたのである。
雨はさらに勢いを増し強く降り出してきたがそんな事はどうでも良かった。
ロイドの奴に会ってどうしても言いたいことがあったからだ。
日はすっかり落ち漆黒に染まった空と雨が降りしきる中、俺は一心不乱にロネスコ通りに向かって走った。
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