想定外の初陣
長い、長い昼休みが終わりようやく午後からの授業となった。
校舎裏に集合した俺たちは父さんの前に立っていた。
「これからモルブデンの森に入る、各自絶対に気を緩めるな。じゃあ行くぞ」
校舎裏に設置されている仰々しい門を潜り森に入る俺たち。
そこは足を踏み入れただけで背筋が寒くなる嫌な気配が充満し胸騒ぎが止まらなかった。
風が森の木々を揺らし、枝葉の擦れ合うカサカサという音だけが耳元に届く。
本来森にあるべき鳥の声や虫の鳴き声なども一切聞こえてこない。あるのは圧倒的なまでの圧迫感、殺気と言ってもいいだろう。
こんな異様で異常な分に気を持つ森はもちろん初めてだ。
クラスの皆もそれを感じているのだろう、誰も口を聞かず俺たちはただひたすら黙ったまま森の奥へと進んでいった。
「何だかえらく不気味な森だな」
「まあね、ここはすでに魔族の勢力圏だから気をつけなさい」
俺の言葉に答えてくれたリサ、だがエミリを含め皆の表情は真剣そのものである。
俺たちはあたりを警戒しながら慎重に森の奥へと進んでいった。すると突然父さんが立ち止まりボソリと呟く。
「来たぞ」
次の瞬間、目の前に謎の黒い物体が現れた。全身が漆黒に覆われた不気味な生き物。
背中にはコウモリのような羽を生やし両腕の爪は獲物を引き裂く鋭利な刃物のように鋭い。
真っ赤な目はすでにこちらに狙いを定め、どうやって殺してやろうか?と愉悦に満ちた表情を浮かべている。
「あれはカースドデーモン⁉︎」
謎の黒い生物を見て思わずエミリが叫ぶ、どうやら紛れもなく魔族のようだ。
「強いのか⁉︎」
「魔族としては中の上クラスといったところかしら、硬い皮膚と素早い動きが厄介な魔族よ。
空に飛ばれたら面倒だから速攻でカタをつけたいのだけれど……」
リサの説明で相手の大体の特徴は掴めた。こういう時はどう対処すべきか午前の授業で教わってはいたが
いきなりの実戦で習ったことなどすでに頭からすっ飛んでいる。
「各自防御行動に移れ。正樹と純平君を前面に押し出しつつ密集隊形、リサ君まずは牽制の一撃を‼︎」
「はい‼︎」
父さんから的確な指示が飛ぶ。実戦慣れしているせいか流石に冷静だ。
俺たちが陣形を整える間をリサの魔法で稼ごうとしているのだろう、さっきの授業で習ったばかりだ。
「ファイヤーウェーヴ‼︎」
リサが放った炎の魔法がカースドデーモンの顔に直撃する。
しかし敵は嫌がる素振りは見せたものの首を振って再びこちらを見てニヤリと笑みを浮かべたのだ。
「おいリサ、何だよ、今の魔法は⁉︎手を抜いているんじゃねーよ」
俺は思わず叫んだ、なぜならば先日リサがファントムとかいう謎の怪物と戦った時に見た魔法とはあまりに規模が違うからだ。
「手なんか抜いていないわよ‼︎今の魔法がこの世界での私の精一杯よ‼︎」
「そうなのか⁉︎こんなに違うモノなのか?」
俺にとっては衝撃であった。それ程までに先日の魔法と今の魔法ではあまりにも違っていた
違いすぎていたのだ。例えるならばファントムと戦っていた時の魔法が大型爆弾なら今の魔法は一本のマッチの火だ。
「ボサッとしているな、来るぞ‼︎」
父さんの檄と同時にカースドデーモンが右手の腕を大きく振り上げると
勢いをつけて俺達の脳天目指して振り下ろした。俺は咄嗟に剣で攻撃を防ぐがそのあまりの威力に膝は揺れ押し潰されそうになる。
「何て重い一撃だ……」
あまりの威力に思わず心が折れそうになる。
「待っていなさい、正樹、今防護魔法と支援魔法であなたの力を……」
リサがそう言いかけた時、父さんは信じられない言葉を吐いた。
「必要ない」
「えっ、シンゴ先生、今何と?」
「必要無いと言ったのだ。正樹と純平君は自力のみで敵を倒せ」
父さんは無情にも初陣の俺と純平に対して無援護で敵を倒せと指示を下す。
まさかの命令にリサを始め皆信じられないといった表情を浮かべていた。
「どういうおつもりですか⁉︎支援魔法もなしでいきなり魔族を倒せるはずがないですよ‼︎」
リサが必死の形相で訴えかけるが父さんは全く聞く耳を持っていないようである。
「くそっ、どういうつもりか知らないが、やるしかねーのか⁉︎」
「ああ、覚悟を決めようぜ、正樹兄‼︎」
俺と純平は覚悟を決めると剣を強く握りしめる。
俺たちの闘志が伝わったのかカースドデーモンは素早く次の攻撃態勢に移ると今度は左腕を大きく振り上げた。
「威力はすごいが振りかぶる分だけ隙が大きいぜ」
凄まじい速度で振り下ろされる腕を紙一重で交わした俺はカースドデーモンの脳天に渾身の一撃を振り下ろした。
「これで終わりだ‼︎」
勝利を確信したその時、思いもよらないことが起きた。
キーンという甲高い金属音が鳴り響き両腕から痺れるような衝撃が伝わってきた。
「何だ、これ……びくともしないじゃないか⁉︎」
俺の渾身の一撃はカースドデーモンにかすり傷一つつけることができなかったのだ。
まる大きな金属の塊を叩いたような感触。その時俺の心に恐怖が走った。
父さんの口ぶりだと俺や純平ならば簡単に倒せる相手だと勝手に思っていたからだ。
全身に嫌な汗が噴き出してきて背中に冷たいものが走る。
愕然とし戦意を失いつつある俺を見てカースドデーモンはニヤリと笑った。
その瞬間、俺は初めて死というものを間近に感じ全身がガタガタと震え始めた。
「まだまだ来るぞ、気合を入れろ‼︎」
再び父さんの檄が飛ぶが俺はもうそれどころではなくなっていた。
怖い、死ぬかもしれない、こんな剣を弾き返すような化け物相手にどうやったら勝てるのだ⁉︎
「正樹兄‼︎」
再び襲いかかってくるカースドデーモンの攻撃を純平が受け止める。
俺の目の前でものすごい攻撃を何度も何度も受け止めている純平。
どうしてお前はそんなに戦えるんだ?怖くないのか?俺は嫌だ
こんな訳の変わらない化け物相手に戦って死にたくない……
恐怖に全身を支配された俺は木偶の坊のようにただ呆然と立ち尽くした。
「どうした正樹、戦え‼︎」
遠くで父さんの声が聞こえる。でも無理だよ……こんなのどうやって倒すのだよ。
俺の心は完全に折れていた、俺は今までこの世界の事もどこかゲームや漫画の様な感覚で見ていたのだ。
圧倒的恐怖の前に俺の全身は震えが止まらず立ちすくむ。
ただただ死にたくないという言葉だけが何度も頭の中でリフレインしていた。
「ハア……ここまでか」
父さんは大きく息を吐き、腰の剣に手をかると一瞬の内に目の前のカースドデーモンを一刀両断した。
脳天から垂直に叩き切られたカースドデーモンは悲痛な断末魔と共に肉体が左右に分かれると
凶悪な化け物からただの肉塊へと変貌した。
「今日の課外授業はここまでだ」
父さんは静かに刀を鞘に納め、ボソリとそう告げると
俺には何も声をかけることもなく背中を見せて学園に帰っていく。
クラスのみんなは誰も何も言わなかったが俺の戦いを見て明らかに失望しているのがわかった。
何とも惨めで居た堪れない気持ちになりここから消え去りたいという思いに駆られる。
そんな時俺の後ろからリサが声をかけてくれた。
「ドンマイよ、正樹、初めから上手くやれる人間なんていないわ。
ましてや予備知識もなしにいきなり魔族との実戦だもの、上手くいく方がどうかしているわ。
シンゴ先生が何を思ってこんなことをしたのかは知らないけれど、あまり気にしない方がいいわよ。
正樹が強いことは私もエミリちゃんもよく知っているのだから」
俺の背中を軽く叩いてフォローしてくれるリサ。だがそんな言葉が余計に俺を惨めにさせた。
今回の実戦でも俺はどこかでナメていたのだ、なんだかんだ言っても俺の秘めた力が覚醒して魔族を一撃で倒し
俺強ええええ……ってなるのだろうとタカを括っていたのである。
そんな甘い事を考えていた少し前の自分を殴ってやりたい。
こうして俺の初の実戦は何とも苦く惨めな結末で終わりを告げたのである。
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