エミリの決意
剣道部の部活動が始まったが今日は一種異様な空気が漂っていた。
ウチの学校は女子の剣道部は無く部員も男性部員しかいない。
男くさくて汗臭い、それがわが校の剣道部である。
しかし今日に限ってはその定義は当てはまらなかった。もちろんリサとエミリが見学に来ているからだ。
むさくるしい男の集団を見つめる二人の美少女という構図には何とも違和感がある。
なにせ純平を除く剣道部員たちは女性に慣れている者など皆無という硬派軍団?である。
美少女二人に見られているというだけで集中できず、皆チラチラと二人に視線を向ける。
そんな空気を察した純平が小声で俺に話しかけてきた。
「正樹兄、どうしてあの二人を連れて来たのだよ⁉」
「いや、成り行きで……」
しかし部員たちが集中できていないのは誰の目にも明らかで改めて美人というのは凄いモノだと思い知らされた。
そんな部員たちの態度に耐えかねたのか、主将である青山先輩が素振りを止めふたりの所へと近付いていく。
この青山先輩は剣道部主将の三年生。団体戦では常に大将を務め個人戦でも県大会ベスト8まで勝ち上がった猛者である。
責任感が強く後輩の面倒見も良い、まさに主将といった男だ。
「あの……君達はどうしてウチの部の見学に来たのかな?あまり見かけない顔だけれど」
ヤバい、俺は結局何も良い手が思いつかなかったので二人を無許可で見学させるという荒業に出たからである。
「あの、私達、今日転入してきた二年生と一年生なのですけれど
身内の部活をしている姿を見たくてここに来ているのです」
リサが目一杯の作り笑顔で答えた。
「身内、うちの部員のですか?」
「あ、はい、私は田沼リサ、そしてこちらは東野エミリと申します」
「おお、東野と田沼の⁉……ただわが校では入部希望者以外の人間は
顧問の許可が無いと部活動の見学はできない校則になっているのだよ。
今日は顧問の先生が所用で不在だし、個人的には許可してやりたいのだがこれも規則でね
また別の日に許可を取って来てくれないかな?」
主将が申し訳なさそうに説明すると、リサはニコリと微笑んで立ち上がった。
「そうですか、それは仕方が無いですね。じゃあ私達は……」
リサがそそくさと帰ろうとしたその時、エミリが青山主将をジロリと見つめ小声で質問する。
「入部希望者ならばいいのですよね?」
エミリの発言に青山主将とリサが驚きの顔を見せた。
「えっ、まあ入部希望者ならばかまわないが……
でもウチの学校には女子剣道部は無いし、うちの部にも女生徒は一人もいないけれど」
「女はダメだという事ですか?」
「いや、そんなことは無いけれど……うちの部は一応全国を目指しているから
練習はきついし女性部員もいないから生半可な気持ちではとても無理だと思うけれどな」
「生半可な気持ちでなければいいのですね?」
やんわりと追い返そうとしている青山主将に対し一歩も引かない構えのエミリ。
何か険悪な空気が流れ始めた。このままでは……
「ちょっと待ってください主将。俺の妹は子供の頃ウチの道場で剣道をやっていましたから完全な素人ではありません。
長い間外国に行っていたのでブランクはありますが、生半可な気持ちで言っているのではないと思います」
兄として最低限の助け舟を出したつもりであった
エミリがどれ程剣に思い入れがあったかを知っているだけに黙ってはいられなかったのだ。
「そうか、東野のお父さんは全国優勝の東野慎吾先生だったな。
その娘さんならば剣道をやっていても不思議は無いか……いいだろう君の見学を許可しよう。
田沼のお姉さんも入部希望ですかな?」
「いえ、私は……」
リサがぎこちない笑顔で否定しようとした時、俺が慌てて口を挟んだ。
「リサは剣道部のマネージャー希望だそうです‼」
その瞬間、剣道部員から一斉に(おおーー‼)という歓声が上がった。
〈美人マネージャー〉部活をやっている男子生徒であれば誰でも憧れる響きである。
リサが無言のまま物凄い目で俺を睨んでいる。俺はそれに気づかないフリをして青山主将と話を続けた。
「ダメでしょうか、主将?」
「そういう事ならば見学してくれても一向にかまわない。おそらく反対する部員は誰もいないだろうからな」
青山主将は口元を緩めてそう言った。
「じゃあ、えっと東野エミリさんだったかな?今日の所は見学で
後日にでも体験入学として俺達の練習に混ざるという形でいいかな?」
さすがは青山主将、話が分かるし良い計らいをしてくれる。
だがエミリの返事は俺の想像を越えたモノであった。
「今日からではダメですか?」
「えっ?」
青山主将は驚きの表情でエミリを見た。
「今日からでも練習に参加したいと言っているのですが、ダメですか?」
「それはかまわないが……」
戸惑う首相の態度とは裏腹にエミリはグイグイと前に出た。
「じゃあそれでお願いします」
エミリは颯爽と立ち上がると、何とその場で着替えようとしたのだ。
「馬鹿、何をやっているんだ、エミリ‼」
俺は慌てて引き止めた。
「えっ、別にいいでしょ、下着付けているし……」
「全然良くない‼着替えるのならせめてトイレで着替えろ。女子トイレはわかるな?」
「あの赤い女のマークがついている方よね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ行ってくる」
エミリは早足で出て行き、すぐに学校指定の赤い体育着姿で帰って来た。
生活文化というか倫理観や羞恥心というモノが色々と違う事に驚く。
それとも世の中のお兄ちゃんは誰もがこんな気苦労をしているのだろうか?
とにもかくにもエミリを加えて練習が始まった。単なる素振りをするのでもエミリは真剣そのものである。
そんな一挙手一投足にエミリの剣にかける思いが伝わって来る。
こんな姿を見せられると兄としてはエミリに剣を続けさせてやりたいと思ってしまう。
剣道の稽古は〈切り返し〉から始まり、〈打ち込み稽古〉、〈掛かり稽古〉へと進んでいく。
何かを吸収するかのようにエミリは真剣に取り組んでいる。
そんなエミリの姿を見た青山主将は何か思う所があったのか、俺に近づいて来て話始めた。
「東野、お前の妹さんブランクがあると聞いていたが体もキレているしとにかく筋がいい。
何より剣道に取り組む姿勢が素晴らしい。さすがは東野慎吾先生の娘さんだ、他の部員にも見習ってほしいモノだ」
どこか嬉しそうに語る青山主将の言葉は俺にとっても嬉しかった。
妹が褒められた時の兄の気持ちというのはこういうモノなのだろうか。
それは今まで一人っ子として育ってきた俺にはとても新鮮で心地よい感覚であった。
「じゃあ次は〈地稽古〉だ‼」
青山主将の声が室内に響き渡る。
〈地稽古〉とはボクシングでいうスパーリング、つまり実戦を想定した稽古である。
いつもと違い部員内でにわかにざわめき始めた。
何といってもこんなかわいい一年生の女の子と真剣に稽古ができるというのはある意味でワクワクするのであろう。
兄としては心中複雑な気分だが、同じ男としてその気持ちはわからなくはない。
「俺、田沼エミリさんと組ませてもらえませんか?」
一人の勇者が名乗り出る。そいつは俺と同じ二年生の畠山という男だ。
実力的には部員内でも上位に入る男だが団体戦のメンバーに選ばれるほどには強くない。
「畠山か……まあ、いいだろう」
青山主将からのOKが出て嬉しそうにガッツポーズをする畠山。もちろん俺は内心面白くないし気が気でない。
「エミリ、剣道は実戦とは違う。武道であってもルールがあり、あくまでも競技の一つだ」
俺は剣道のルールとセオリーの様なモノを教え込んだ。
エミリは無言のまま俺の説明を吸収しようと何度もうなずいている。
「いけそうか?何なら主将に言って断ってもいいが」
俺の問いかけにエミリはゆっくりと首を振る。
「このお面みたいな防具が邪魔で少し前が見えにくいけれど大丈夫。いけるわ」
そんな俺達のやり取りをイラつきながら見ている男がいた、畠山である。
「おい東野、いくら兄貴だからって過保護すぎないか?待ちくたびれるぜ」
「うるせーよ、畠山。エミリはブランクがあるんだ、少し待っていろ‼」
畜生、畠山の奴。エミリに強い所を見せてカッコつけようとしているのが見え見えだ。
もしエミリがやられたら俺がお前をボコボコにしてやるからな、覚悟してやがれ。
俺は畠山に対しひそかに闘志を燃やしていた。
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