話題沸騰の転校生
「今日は随分と来るのが遅かったな、正樹。寝坊でもしたのか?」
全力で走ったおかげで始業時間には何とか間に合った。
息を切らせながら席に着いた俺に話しかけて来たのは級友の学である。
「おう学、ギリギリでもセーフならいいだろう。
それにしても学と話すのも久しぶりな気がするな、お前の声を聞いていると何か安心するぜ」
「何じゃそりゃあ?夏休み明けとかならともかく昨日話したばかりだろうが、ボケたのか?」
こんな学との何気ない会話が普段の生活に引き戻してくれた。
予鈴も鳴り終わり先生が来るまでのわずかの間、クラスメイト達はいつもの様にざわざわと日常会話を繰り広げていた。
「正樹、そういえば例の姫乃樹との話だが梨花からの話だとどうやら上手くいきそうみたいだ」
そういえばそんな事もあったな。本来であれば飛び上がって喜ぶところなのだが
昨日一日、あまりに色々な事がありすぎてもうすっかり頭から抜けてしまっていたのだ。
「ありがとう学、悪いな」
「何だよ、その薄い反応は?もっと喜べや」
「いやすまない、昨日色々あって……でも本当に学には感謝しているよ」
「ならいいけどよ、それで今度の……」
学が何か言いかけた時、担任の先生が扉を開けて入って来た。
ざわざわと騒然としていた教室内が一瞬で静かになった。
担任はいつものしかめ面で不機嫌そうな表情を浮かべているが
いつも本当に不機嫌という訳ではなく、これがスタンダードなのである。
「みんな聞いてくれ、今日から我がクラスに転入生が入る事になった。皆仲良くしてやってくれ、じゃあ入りなさい」
担任に促され扉から入って来たのは勿論リサである。設定では外国からの帰国子女という事になっているらしい。
リサの姿を見た途端、教室内は先程までとは打って変わり再びざわつきに変わった。
「さあ、自己紹介をしなさい」
「はい、今日転校してまいりました、田沼リサと申します、よろしくお願いします」
挨拶と共に丁寧に頭を下げるリサ。その瞬間、男子生徒を中心に爆発的な騒ぎが起きた。
「ちょ、滅茶苦茶可愛いじゃん‼」
「芸能人か何か、なの?」
「ウチのクラスに来てくれてラッキー、やっぱ神様っているのだな‼」
まるで蜂の巣をつついたような騒ぎになった。まあ無理も無い、リサは黙っていれば絶世の美少女である
かくいうこの俺も初めてリサを見た時は言葉を失ったからな。
「おいおい、正樹。とんでもない美人が転校してきたな⁉」
後ろの席の学が話しかけて来た、随分とはしゃいでいる様子だ。
「彼女がいるお前が喜んでどうするんだ、梨花さんに怒られるぞ?」
すると学は右手の人差し指を左右に振り〈チッチッチ〉と言いながら首を振った。
「わかって無いな、正樹。彼女は彼女、クラスメイトはクラスメイトだろ
あれだけの美人だと眺めているだけでも高校生活がバラ色になったりするからな。
万が一あの子が俺と付き合ってくれると言うのなら、梨花とは速攻で別れるぜ」
相変わらず調子のいい事をいう学。
教室内が騒然とする中で、担任が〈静かにしろ〉という意味合いを込め教卓をバンと叩いた。
「静かにせんか、全くお前らは高校生にもなって……
田沼は外国から久しぶりに日本に帰って来たとの事だ。
海外とは生活習慣の違いもあるだろうから、みんな色々と教えてやってくれ。
席は廊下側の前から三列目だ、教科書がまだ届いていないので隣の姫乃樹に見せてもらうように
じゃあ授業に入るぞ、教科書の十七ページを開いて……」
リサは奇しくも姫乃樹さんの隣に座る事になった。
何やら波乱を予感させるが取り越し苦労である事を祈るのみである。
一時限目の授業が終わり、先生がいなくなるとリサの席の周りには男子生徒を中心に人だかりが出来た。
「ねえ田沼さんは、何処の国から来たの?」
「どうして日本に帰って来たの?」
「カラオケとか好き?歓迎会も兼ねてどうかな」
矢継ぎ早に繰り出される質問に苦笑いを浮かべながらやや戸惑っているリサ。
「改めて見てもスゲー人気だな。しかしみんなガツガツしちゃって嫌だねぇ~」
そんなクラスの連中を遠目で見ながら両手を広げて大袈裟に首を振る学。
「そういうお前は行かないのか?」
「あの中に入っても田沼さんにとっては有象無象の一人にしかならないだろう。
女の子と仲良くなる為には本人の人となりを知る事、それにはまず情報収集が必要だ」
「情報収集?何をどうやって調べるつもりだよ」
「そこは、ホレ、色々な方法があるだろう。まあ見ていな……お~い、姫乃樹‼」
学は何故か姫乃樹さんを呼びよせたのだ。
「お前、姫乃樹さんに何をするつもりだ⁉」
「いいから黙って見ていろ、正樹の為でもあるのだから……」
学に呼ばれた姫乃樹さんは不思議そうな顔を浮かべ近づいて来た。
「なあに、広瀬君?」
「いや、何ってことは無いのだけれど。姫乃樹さ、転校生の田沼さんと結構喋っていたよね?」
「教科書を見せた時に少し話しただけだよ」
「それで田沼さんってどんな感じかな?と思ってさ。
外国からこの時期に転校してきたとなるとみんなとのコミュニケーションが難しいかもしれないだろ?
だからクラスのみんなで歓迎会をしてやったらどうかと思ったのだけれど
どういう所がいいかなって……それで少しでもヒントになればと思って姫乃樹に聞いてみたという訳さ」
「そうなんだ、広瀬君って優しいね」
「そうなのだよ、世間は俺の優しさにまだ気づかないだけなのだ。
時代がまだ追いついていないっていうのかな?やっぱり姫乃樹はわかっているな」
「何それ、広瀬君面白いね」
口に拳を当ててクスクスと笑う姫乃樹さん。やっぱり可愛いなあ……
「で、どうなのだ、姫乃樹。何かヒントになる事はあるか?」
「う~ん、話したと言っても差し障りのないあいさつ程度の事だし。
特にヒントになる様な事は話していないと思うわ。ただ田沼さん凄く上品というか
仕草とか喋り方に気品を感じたわ、もしかしたらお嬢様なのかも」
確かにリサはあっちの世界では伯爵令嬢だからな
そういったところは随所に出てしまうのかもしれない。
それにしてもあの短時間の会話でそれを見抜くとか、姫乃樹さん凄いな。
「お嬢様か⁉何かイメージピッタリだな。おそらく清楚で慎ましくておしとやかで
大和撫子って感じの女性なのだろう。ああ、いいねえ~」
勝手に妄想を繰り広げ本当の人物像からドンドンかけ離れていく学。
この調子だとリサの本性を知ったらショックを受けるかもしれないな、ここは一つ釘を刺しておいてやるか……
「そんな事ないと思うぜ。ああいうタイプは意外と気が強かったり口が悪かったりするモノだ」
すると学は顔をしかめながら静かに言葉を返してきた。
「正樹、お前……そういう事を言うのは良くないと思うぜ?」
「へ?」
思わぬ反応に俺が驚いていると姫乃樹さんもそれに続いた。
「東野君、私も印象だけでそういう事を言うのは良くないと思うわ……」
しまった、学はともかく姫乃樹さんにまで俺の悪い印象を与えてしまったぞ。これは何とかしないと……
「いや、違うのだよ、その……何というか一般的な意見というか
ほら、お嬢様ってワガママで気が強くて裏では口が悪いという印象があるじゃないか。だからその……」
姫乃樹さんと学の俺を見る目が完全に軽蔑の目に変わっていた。
言えば言う程深みにはまっていく。まるで人生の底なし沼にハマってしまった様だ。ヤバい、何とかしないと……
そんな時である、俺の後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「何、人の悪口を広めているのよ」
慌ててその声の方向に振り向くと、そこには腕組みしたリサが仁王立ちで俺を見下ろしていたのである。
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