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遺言

皆を、いや皇女カレンを救うために自らの身を投げ出した皇后クラリティアの命の()が尽きかけていた。

「万一の場合は、~」という発言をソシアは普段からよく耳にしていた。

ただそれはクラリティアが慎重な性格ゆえの「念のため」とか「備えあれば憂いなし」の類いの発言だ。


(しかし、遺言と言ったクラリティア様の眼は真剣そのものだし、万が一という前置きもない)

ソシアは人を呼びに行っていた為、クラリティアがブロアームの攻撃を受けている様子(ようす)を見ていない。

だが衣服が血で赤く染まり、息切れして話す言葉が途切れ途切れなのを()の当たりにすると、念のためでも、冗談でもない事が分かる。

(クラリティア様はもう生きられない、そう自覚なされている。ならば私に出来る事は一言一句をきちんと受け取って届ける事だけ……)


「これから言う事を陛下に……伝えてください。……添い遂げると……約束をしておきながら守れぬ事を……お詫びします」

大きな呼吸をしてクラリティアが話を続ける。

「それでも私は……セーラ様との約束を果たさねば……なりません。なにより母として……カレンとアコーダを守りたかった」

そこまで言ってクラリティアがソシア、ポドマーニの方を見る。


「以上を陛下に。そうすれば御赦(おゆる)し頂ける……はずです」

「承知しました」

ソシアとポドマーニが同時に返事をした。2人の瞳はいつの間にか涙がこぼれそうになっている。


「カレン、アコーダ」

カレンとアコーダがクラリティアに近付く。

「もっと(そば)まで……」

クラリティアが2人の顔を見詰めて頭を(やさ)しく、とてもとてもやさしく撫でる。

いつものカレンであれば、悪態をついて頭の上の手を払い()けるところだが、今回はそうせずにそのまま撫でられたままでいる。


「約束って何?」

クラリティアは少しの間、黙っていたのだが「最後ですものね」と前置いて話し出した。

「皇女として恥ずかしくないよう……厳しく育てるように。それが……セーラ様が当時側近であった私へ……最期に残されたお言葉でした。……その時はカレン様が……カレンが自分の娘になってくれるとは……思いもしなかったのだけれど」

クラリティアがもう1度カレンを見詰(みつ)める。


「厳しすぎる母で……良い親でなくてごめんなさい。……カレンが私を好ましく思っていない事は……知っています。アコーダが産まれると……尚更に実の娘として遠慮などせずに、……セーラ様との約束を果たさねばと……考えるようになりました。今思えば……意地になっていたのでしょう」

「…………」

カレンは戸惑い、直ぐには答えられずにいた。

クラリティアが話を続ける。


「アコーダ、こちらにおいでなさい」

クラリティアが最期の力を振り絞って回復術を施す。

止血処置はされていたが少なくない出血量で予後が良いとは言えなかったアコーダの状態が、能力が底上げされた回復術の効果で一気に上向く。悪かった顔色が血色づく。

「良かった。カレン、貴女(あなた)のおかげです。……魔物から弟を守り、先程は私も救ってくれました。……騎士たちの到着で私の役割は果たせたのだと……思っていましたが、こうして……貴方たちの頭を撫でる時間をくれました」


カレンの中にあるわだかまりの全てが解消されたわけではない。それでも今差し出された手を握り返さなければ、この先後悔する。やり直す機会なんて、きっと無い。

母様(かあさま)……、死なないで!」

物心がついてからカレンは泣いた事も、人を母と呼んだ事も無かった。その彼女が初めて母と叫び、(ほお)には涙が伝う。

「かあたん、死んじゃうの?やだっ」

つられてアコーダも泣いている。


「こんな良い子たちに母と呼ばれて……セーラ様に嫉妬されるかも知れないですが……大目に見て貰いましょう」

クラリティアが2人を抱き締める。

「人というのは欲が出てくるものですね。充分に満足したと思っていたのですが、セーラ様に倣って私も最期のお願いをさせてください。


「カレン、これからもアコーダの良いお姉ちゃんでいてね

アコーダ、(たま)には喧嘩しても良いから、お姉ちゃんと仲良くしてね」


リオンを含む騎士4人とブロアームの睨み合いが続いていた。

そもそもリオンは主眼を防衛に置いており、リスクを冒してまで積極的に攻めるつもりはない。

(城内が戦場になっている以上、時間を稼げば友軍が増える。クラリティア様の状態は心配だけど、ここには回復術が使えるのはクラリティア様だけ。結局、人が来るのを待たないといけない)


均衡を破ったのはブロアーム。といっても攻撃を仕掛けてきた訳ではない。

狡猾なブロアームはリオンの考えも察していて、長引けば敵が増えて面倒になる事を理解している。

「ふむ、皇国王一族への恨みも少しは晴れたし、ここは一旦退(しりぞ)くとするか」

ブロアームが不敵に笑みを浮かべる。


「みすみす逃がすと思っているの?それに城には結界が張ってあるのよ、逃がさない!」

「我を騙そうとするとは小賢しい奴め。城に張られた結界は外からの侵入に備えるもので、中から出ていくのは容易(たやす)い。それくらい結界を見れば判

断がつくわい」

「………どうだろ。試してみたら?」

(間の抜けた事を言ってしまったわね。逃さないと言った直後に、試してみろ(逃げてみろ)だなんて……)

リオンがペテンを見透かされて咄嗟に出た自らの言葉に呆れる。


「そうだな。それでは試してみるとしようか」

ブロアームがそういった直後、辺りが暗転する。日中にも(かかわ)らず1メートル先に何があるのか判別が難しい程の闇が部屋の中を覆う。

「陣形を崩すな!」

リオンが部下の騎士たちに指示を出す。


命のやり取りをしている場の急な暗転で過度なストレスが掛かってパニックになってもおかしくない。

時間の流れが実際の10倍にも長く感じられる程の緊張感の中、鍛えられた騎士たちはなんとか平静を保っている。

暑くもないのに、変な汗が首筋に流れる。


30秒程で暗転は解けたが、既に部屋にブロアームの姿は無かった。

「3人はそのまま警戒態勢(けいかいたいせい)保持(ほじ)してて」

そう言いながらリオンが急いで部屋から出て辺りの通路を見渡したが、そこにもブロアームはいない。

(攻撃してくるなら近付いてきたときの気配や殺気、微細な空気の流れを感じて何とかなったかも知れないけど、闇中で遠ざかって逃げられたら流石にお手上げね)


その後、皇国王直々の命により討伐隊が編制されて封印の池をはじめ、多方面に渡って捜索が行われたが、ブロアームを発見する事は出来ず。

目撃をはじめとする関連情報に対して懸賞金もかけられたが、新たな情報が得られる事は無かった。そして1年が経った頃には討伐隊は解散となり、ブロアームの事は人々の記憶から徐々に薄れていった。

厳しくも心優しいクラリティア皇后が不幸な事件に遭い、亡くなったという事実だけが残された。


<3年後>


カレンは11歳になった。

3年間のあの日以来、修練を欠かした事はない。なくしたモノを取り戻せる訳がないのは分かっている。己の力不足にただ腹が立った。

その気持ちがカレンを修練に向かわせ、「もっともっと」と強さを求めさせた。

侍従となったソアラ・シャロンから魔法も学び始めている。

何故か呪い系の魔法ばかり上達して他はまだまださっぱりだが、とにかく魔法を覚えた事で戦闘バリエーションが増えて、強くなった実感もある。


しばらくして街人や旅人が行方不明になる事件が連続で発生する。いずれも封印の池からそう遠くない場所。

未だ世間では、それほど大きな騒ぎとはなっていないが、カレンには誰の仕業か直感で分かっていた。

この時を待っていたとばかりに意を決したカレンが1人で封印の池に赴こうとしたところ、ソアラに見つかって同行する事になる。


ブロアームが拠点を封印の池にしたのは、封印されていたとはいえ長期間居た場所に情でも湧いたのか、或いはカレンに対する挑発なのか、ともかく3年振りに2人は相見(あいまみ)えて、そして再戦を果たす。

侍従として一緒に戦う気満々だったソアラだが、カレンの強い希望により一切の手出しはせず、立ち合いのみに徹する。

カレンは修練で培った体術、剣、魔法を存分に駆使して苦労しながらも初代皇国王でさえ成し得なかったブロアーム打倒を見事果たす。


カレンにとって念願といって良い勝利だったが、思っていた程の達成感を得る事はなかった。

ずっと引っ掛かった小骨が取れたような、やり忘れていた冬休みの宿題を終えたような、やっと区切りをつけて前に足を踏み出せる、そんな気分だった。


そして、この日を境にカレンは勇者候補と呼ばれるようになった。


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