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母として

カレンとブロアームの戦いは佳境(かきょう)を迎えていた。

そうはいっても一方的にブロアームがカレンに攻撃を加えているだけなので、およそ戦いといえるものではなかった。


「質問すら出来なくなってきたか。そろそろ終わりにしようぞ」

ブロアームがトドメの一撃とばかりに力を溜めて繰り出す。

落雷の如く頭上から降ってくる攻撃をその後の軌道予測も含めて認識していても、もはやカレンには素早く動いてそれを回避する力は残っていない。


諦めた訳ではない。まともに動けなくなっても、身体を盾にしてでも、アコーダを守りたいという気持ちだけは絶対に折れない。

ブロアームの攻撃に対して、(まばた)き1つせずに見届けんとするカレンの耳に届いたのは、ドゴッっという鈍い音がした。

攻撃が当たると思われた刹那、眼前に防御シールドが張られ、ギリギリのところで受け止めた音だった。


魔法でシールドを張ったのは皇后クラリティア。アコーダの実母であり、カレンにとって2人目の母親だ。

皇后になる前は、前皇后セーラの側近で上級回復術士なのだが、多少ながら防御魔法の心得もある。

「何事です!?」

戦場と化しているアコーダの部屋近くを歩いていたところに、騒がしい様子を耳にした皇后クラリティアが従者ソシアと共にアコーダの部屋に入って来た。

そして魔物と対峙して、ぼろぼろになっているカレンと後方でポドマーニに抱えられているアコーダを見て、喫緊(きっきん)の事態である事を察する。


「ソシアは直ぐに部屋を出て護衛を呼びなさい。ポドマーニは状況を説明なさい」

「アコーダ様は左手に裂傷(れっしょう)。応急で止血処理はしましたが、本格的な治療が必要です」

ポドマーニが答えた。ソシアは人を呼ぶため、部屋を後にして走り出す。

「カレン様はそれより深刻です。ずっと私たちを庇って攻撃を受け続けてもはや限界です」

 

報告を受けながらクラリティアは動けなくなっているカレンの元まで歩を進める。

途中、ブロアームが攻撃を加えてきたが、全てシールドで受け止めた。

「ほう、皇后というのは守られるだけの存在ではないのだな」

クラリティアは答えず、まるで魔物など近くにいないかのような振る舞いで、ブロアームに背を向けたままカレンに対して回復術を施術し始めた。


(思ったより大きなダメージを受けている。これでよく立っていられたものだわ)

「力を抜いて横になりなさい」

クラリティアはカレンをその場に寝かせた。

「……私の事はいいから、アコーダに回復術を……」

「黙って安静にしていなさい」

限界に来ていたところに気が抜けたのか、カレンが気を失う。

クラリティアはそのままカレンに回復術を掛け続けるが、思うようには状態が上向かない。


「我に背を向け、無視し続けるとは良い度胸をしている。意地でもこちらを向かせてくれようぞ」

丁寧な物言いと裏腹に、癇に障ったのかブロアームはあからさまに不機嫌になって、クラリティア目掛けて攻撃を仕掛ける。

それが防がれると今度は標的をポドマーニに変えて攻撃するが、そちらにもクラリティアが遠隔でシールドを張って難なく防いでしまう。

結果、ブロアームが益々不機嫌になる。

「やるのうー。少々本気になってみようぞ」

ブロアームが基準を上げて高威力の攻撃を連打してくる。それでもドガンドガンという攻撃を受け止める音が大きくなるだけだ。


これまでのところブロアームの攻撃を完璧なまでに凌いでいるクラリティアだが、内心は焦りが生じていた。

カレンの状態がいつまで経っても上向いてこないのだ。

(術をかけても現状維持がやっとという感じですわ。ダメージの蓄積が大きすぎるのかしら?)

クラリティアの回復術が未熟なのではなく、今はシールドにかなりの魔力リソースが使われている。当然その分、回復力が減少してしまう。

回復術に割り当て分を増やすため、クラリティアが対策を講じる。

 

「ポドマーニ、アコーダを連れてこちらに御出(おい)でなさい」

「はい」

ポドマーニは返事をすると直ぐにやってきて、4人が一塊になる。これで2か所に張っていたシールドを1つに集約する。その分の魔力を回復術に割り当てる。

そんな事はお構いなしにブロアームの攻撃は激しさを増す。

シールドで防ぐ度に衝突音がライブハウスに響く重低音のように4人に伝播する。


「カレン、カレン。返事をなさい」

出血とダメージで意識が朦朧(もうろう)としているカレンはクラリティアの呼びかけに反応しない。

(まだ……、まだ足りてないというのですか)

思うように回復が進まず、状態が上向いて来ないカレンの状況を踏まえてクラリティアはギリギリの決断を下す。

シールド範囲から自分を除外したのだ。


その分、シールド範囲を狭めて回復術に魔力を割く事が出来るうえ、中級回復術士は自身に危機が迫ると防御力と回復力が底上げされる特性を持つ。

元上級回復術士であるクラリティアであれば更なる能力向上が期待できる。

(優先すべきはカレンの回復です)

このままではカレンが危ないと判断して、敢えてブロアームの前に我が身を晒す選択をした。


それまで攻撃の全てをシールドで防いでいたクラリティアだったが、以後は自身に向けられた攻撃のダメージを受けてしまう。

ブロアームにしてみれば、攻撃の手応えを感じる事が出来るようになり、ここぞとばかりに攻め立てる。

防御力もアップしているため、簡単に致命傷を受ける事は無いが、確実にダメージは蓄積していく。

代わりにと言うべきか、或いは狙い通りと言うべきか、能力の底上げされた回復効果は目を見張るものがある。


状態がようやく上向きになり、カレンの意識が戻る。

ひたすらクラリティアを痛めつけるブロアームだったが、精神的にも揺さ振りをかけてくる。

「皇后、お前は知らぬのだろうが我の封印を解いたのも、城の結界を通り抜けたのも、その小娘に起因するものなのだぞ。何故そこまでするのだ」


意識が戻ったばかりのカレンだが、自分を嫌っているはずのクラリティアの振る舞いに疑問を感じて、奇しくもブロアームに同調する。

「……そう、悪いのは(わたし)。だから、自業自得なのよ。どうして、……どうして私を助けるのよ。放っといてよ!」

改めて湧き上がる愛おしい弟を傷付けた事に対する自責と悔恨の念。相容れないはずの継母が自らを傷付けてまで自分を救おうとする不可解な状況。

意識を取り戻したばかりの8歳の少女が身体的ダメージだけでなく、精神的にも追い込まれていた。


(わたくし)は細かな経緯を存じ上げません。ですが、本当にミスをしたのだとしても……身を挺してアコーダたちを守ろうとしていた事で充分償いをしています。皇女としても何ら恥ずべき点は、ゴホッ……ございません」

会話をしながらもブロアームは攻撃を()めない。クラリティアの傷は増えて、呼吸が荒くなり、肩で息をするようになる。


「もう1つ。そこにいる皇子を持っていた剣で斬りつけたのも小娘だ。お前にとって皇子は実子だが、小娘とは形だけの親子なのだろう。なんだったら小娘を差し出せばお前を含めた3人は見逃してやっても良いぞ?」

いつも冷静で淑女の見本のようなクラリティアが珍しく激昂(げきこう)する。

「お黙り……なさい!カレンもアコーダも……ゴホッ、2人とも(わたくし)にとって……何物にも代えられない……宝物なのです」


息を切らしながら激しい口調で話したかと思えば、今度は対照的に優しい口調でクラリティアは話す。

「子供の……足りていない点を親が補うのは……当然でしょう。魔物よ、其方には……到底理解できないのでしょうね。今(わたくし)はね……、母としての務めを果たせる事に……幸福感すら感じているのですよ」

ポドマーニがアルカイックスマイルという言葉を知っているか定かではないが、その目に映るクラリティアの微笑はまさにそれだった。


あまりに意外過ぎるクラリティアの言葉にカレンが戸惑う。

表では貴婦人を装いつつ、心の中ではカレンの事を馬鹿な子供と(ののし)嘲笑(あざわら)う。それがカレンの中に存在しているクラリティア像。なのに今目の前にいる人物とイメージが一致しない。

(私が宝物?そんな風に言われた事ない。だけど……今、命を賭してまで私を救おうとしてくれてる)


「うぬ、お前の言ってる事は全く理解出来ぬ。まあ良いわ、では親の務めで小娘の代わりに死ね。もっともお前を始末した後に残った3人も仲良く後を追わせてやるから安心するがいいぞ」

ブロアームの鋭い爪がクラリティアを切り裂く。既に豪奢な衣装は真っ赤な血で染まっている。

 

「……思えば、其方も気の毒なものです。封印されていたので……気付けなかったのでしょう。もう初代の皇国王様の時代では、……ないのですよ。(わたくし)の時代でもない。これからは……明日はもうカレンやアコーダの時代です」

どれだけ身体が(つら)くともクラリティアは胸を張り、その眼の光は衰えない。

クラリティアが弱れば弱る程、術の能力が高まってカレンが回復していく。目論見通りとはいえ皮肉過ぎる構図ではある。

その行為はまるで自分の生命をそのままカレンに与えているようだった。


「……あと1分……といったところでしょう」

「なんだ、自分の寿命でも数えておるのか。ならば望み通りあと1分で死をくれてやろう」

「其方には……ゴホッ、感じられないのですね」

「……?」

ブロアームは自身の発言を真実にするため、つまり1分で決着を着けるべく攻撃を仕掛ける。

身体はツラそうだが眼の光が衰える事のないクラリティアに鋭い爪を前面に押し出して向かってくる。


クラリティアは決して目を逸らさない、瞬きもしない。

血糊で鉄の臭いのする爪が鼻先に届こうかとした時、(かろ)うじて剣を振れるだけの力が戻ったカレンが爪を受け止め、返す(かたな)でブロアームの左手を斬りつける。狙った訳ではないが、それはアコーダとカレンの負傷箇所と同じところだった。


ブロアームが一旦距離を取る。出血はしていない。(そもそもブロアームに血が流れているのかも不明)

「……1分です」

クラリティアが発言の直後、リオン・クラウンを先頭に配下の3人の騎士たちが部屋に駆け込んで来た。最後尾にはソシア。

リオンは女性ながらにして騎士団長を務める程の腕利き。城内の騎士詰所にいたところをソシアが連れてきた。

ソシアの戻ってくる時間をクラリティアは計っていた。


リオンを除いた3人の騎士たちがクラリティアたちを守るように陣形を組む。ソシアはクラリティアの元に駆け寄る。

「遅くなり、申し訳ございません」

「問題……ありません。ソシア、よく……戻りました」

満身創痍であってもクラリティアはソシアを手を握って(ねぎら)った。その力はとても弱弱しかった。


「ソシア、ポドマーニ。今から言う事を……必ず陛下に……お伝えなさい」

「クラリティア様、そんな……、まるで遺言のような事を仰らないでください」

ソシアが泣きそうな顔でクラリティアを顔を見つめる。

全てを間近で見ていたポドマーニは察した様子で下唇を噛んで極力感情が漏れ出ないよう努めた。


「そう……ですね。これは遺言です」


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