元魔王
<パレード実施の前日 その1>
(さてどうしたものか)
ギルバード・ラインベッカは焦っていた。
クレストルが騎士団長リオンの放った槍を樹上で受けて気を失ってから既に7日が経過している。
外傷はプレセアの回復魔法によって既に癒えている。自発呼吸もしていて、傍目にはただ眠っているだけのようにも見える。
(医術士や回復士に診せても、悪いところは無い。つまりは何も出来る事が無いと言う)
そのうち覚醒するだろうと楽観視していたギルバードだったが、そうも言っていられなくなってきた。
(俺になにが出来る……)無力な自分を責める。
結果、ギルバードは藁にも縋る気持ちでドラゴンに賭けてみる事にした。
<パレード実施の前日 その2>
ギルバードはクレストルが寝ている部屋にカークとカレンを呼び出した。部屋にはクレストルを含めて4人のみ。
カレン「なんか用?」
ギル「慌てるな、まずはそこに掛けて茶果汁でも飲んでくれ」
ギルバードが2人をテーブル傍の椅子に腰掛けるように促した。
※ 茶果汁:甘くて酸味のあるたっぷりの果汁に苦みのある少量のお茶を加えて清涼感を引き出した飲み物
カークとカレンは勧められるまま茶果汁を口にする。せっかちなカレンは一気に飲み干したが、カークは小刻みに飲んだ。
カレン「で?明日のパレードと即位戴冠式の準備で忙しいんだけど……」
ギル「分かっている。2人とも休みなく頑張っているよな。大したもんだ」
カレン「急にどうしたのよ?気持ち悪いわね」
ギル「気持ち悪いって、なんだよ」
カレン「普段のギルはそんな事を言わないでしょ。カークもそう思うでしょ?」
カーク「んー、どうかな」
中身の無い会話をしている内にそう時間を置かずに茶果汁に仕込まれた薬が2人を眠りへ誘う。
疲れていたのかカレン、カークの順に眠りに落ちた。
ギル(街の薬屋で売ってる睡眠導入剤なんだけど、よく効くもんだな)
「さて……」
大きめの音を立てても3人が目を覚まさない事を確認してからギルバードは、
「ドラゴニック!」と叫んだ。
……少し待つが反応は無い。気にせずそのまま3回繰り返す。
「最初に断っておくけど……」
4回目の声掛けというタイミングで、ギルバードの他にはクレストル、カレン、カークの3人しかいないはずの部屋で返事が返って来た。
「今の僕はそんな簡単に呼び出せるものでも、お手軽にお願いをされるものでもないんだよ」
眠っているカレンとカークの傍らにドラゴニックが現れた。
「7日ぶりだな、ドラゴニック」
「困るんだよね、ギルバード君」
「困っているのはこっちなんだ、それで呼び出した。早速だが……」
無理やり起こされてクレームを入れるドラゴニックを余所にギルバードがマイペースで話を続ける。
ギル「そこで眠っているクレストル・マークチェイス、いや俺の弟のクライドが肩にダメージを受けて、気を失ったままそれきりなんだ。医術士や回復士に診せてもどこも悪いところは無いと言う。そのうち目を覚ますだろうと思っていたが、既に7日が経った」
ドラゴ「無理やり引っ張り出しておいて、碌に挨拶も済まないうちに本題かい。……まあいい、それで?」
ギル「なんとかならないだろうか?」
ドラゴ「はあ?君は僕の事を何でも願いを聞いてくれる未来のお助けロボットかなんかと勘違いしてないか?魔法だって得意なのは呪い系であって回復系は使えないのに……」
ギル「とにかく1度診てくれ」
ぶつくさ言いながらもドラゴニックはクレストルに近付いて容体を確認してみる。
ギル「元魔王のお前なら、なんとか出来るんじゃないか」
ドラゴ「元魔王の僕より、現魔王のロープロスの方がこういう事は得意なんだがなぁ……」
ギル「あいつか」
禁呪での取引にも立ち会ったカース・ロープロス(当時は侯爵)の顔がギルバードの頭をかすめた。
ギル「ならば、ロープロスを呼んでくれないか?」
ドラゴ「……ロープロス、ねえ。ともかく落ち着き給えよ、ギルバード君」
そう言ってクレストルの容体確認を終えたドラゴニックがギルバードの方へ顔を向けた。
ドラゴ「ロープロスは呼ばない、必要がない。クレストル君に対する僕の見立てなんだが、おそらくそのうち目覚めるね。ちょっと刺激を与えておいたから明日くらいじゃないかな」
ギル「え、目覚めるのか?問題はないのか?」
ドラゴ「時間までは分からんがね。目覚めてからでないとはっきりした事は言えないものの、多分問題もない。きっとギルバード君にとっても悪い事にはならないさ」
ギル「……本当に?」
ドラゴ「ああ、元魔王の名に懸けてもいい」
ギル「そうか、大丈夫なんだな。なんと言ったらいいか。藁にも縋る想いでドラゴニックを呼び出したんだ……」
ドラゴ「僕は藁なのか……」
ギルバードの物言いに引っ掛かったドラゴニックが何とも言えない表情を浮かべた。
しかし、当のギルバードはクレストルが大丈夫と聞いて、高揚していて気付いていない。
ドラゴ(扱いが軽いのは気になるが、悪気がある訳じゃないしな)
元々は討伐する側とされる側で、パーティーの仲間が返り討ちに遭うという、相容れないはずの2人が、いつの間にか旧来の悪友みたいな関係になりつつあった。
ギル「本当にありがとう!感謝している」
ドラゴ「礼は要らない。刺激を与えたとは言ったけど僕が何もしなくても、そのうち目覚めたと思う。せいぜい1日か2日程早まったに過ぎない。それと……クレストル君はクライド君の生まれ変わりなのだろう?目を覚まさないのは禁呪と関連があるかも知れないしね」
ギル「禁呪を用いたのと関係しているのか?横槍も入ったし……」
ドラゴ「わからん。あくまで可能性の話で、もしそうなら僕も無関係じゃないというだけだ」
宮廷から案内役として派遣されていたダグニエル・クラウンが、ドラゴニックが禁呪の真っ最中に火炎弾群を投げ込んだせいで術が不安定になった経緯がある。
ドラゴ「さて僕はお役御免なんで消える。ギルバード君、今回のようなケースはもう無いと思ってくれ。前回の覚醒から日が経ってなかったからなのか聞こえたけど、本当なら声も届かないはずなんだ」
ギル「わかった。すまなかった」
ドラゴニックが真顔で怒っているのを見てギルバードは素直に詫びた。
ドラゴ「ならいい。それでは今後もカークとカレンとの冒険を頑張ってくれ給え」
そう言い残してカース・ドラゴニックはその場から消えた。




