皇宮の乱
クラフトマスターと呼ばれる少年、クレストルにパーティー入りを断られたギルバードたちだったが、しばらくそのままカタノの街に滞在していた。
クレストルの心変わりを期待した訳ではなく、旅に出て約1か月。そろそろ疲れが出る頃という事で、休養をとっていた。
2週間後、事変の報はギルバードたちが宿泊している宿屋にプレセア・シャロンによって届けられる。
「ご無沙汰しています、ギルバードさん。私はプレセアです、覚えておいででしょうか?」
(MB:皇宮でギルと手合わせした相手です)
(ああ、覚えているとも。しかし埃まみれでまるでダンジョン戻りのような姿だが、何かあったのだろうか?)
「久しぶりです。プレセアさん」
「ギルバードさん、貴男の方が年上なのですから敬語は不要ですよ。いえ、敬語はやめてください」
「分かった、プレセア。これでいいかな」
「オーケーです」
プレセアが微笑みながら言った。
挨拶も手短に本題を切り出す。
「カレン様とソアラは今どちらでしょうか?急ぎの用がございまして」
「あの2人なら今は浴場じゃないかな。そろそろ戻ってくる頃だと思うが……」
僅かな時間も待っていられないとばかりに、プレセアが浴場に向かおうとした時、カレンとソアラが戻って来た。
「プレセア姉さん!」
先に口を開いたのはソアラだった。
「ソアラ、それにカレン様。無事で良かった」
「こっちは何も問題ないわよ。それよりプレセア、その姿はどうしたのよ。埃とその黒いのは、もしかして煤?」
プレセアは感極まった様子だったが、少しすると感情を落ち着かせて皇宮で事件を話し始めた。
最初、思い詰めたプレセアの表情を察したギルバードが気を遣って席を外そうとしたが、「ギルバードも一緒に聞いて」というカレンの言葉を尊重して3人でプレセアの話を聞いた。
尚、カークとカローランはクレストルの所に出かけて不在だ。
プレセアは順を追って話した。長い説明になったが整理すると次の通り。
・皇国王が崩御した事(毒殺という噂あり)
・アコーダ皇子が捕らえられ幽閉されている事
・反旗を翻した主犯は国防次官フロンテ・ネガスである事
・宮廷省長官のバラキューダスとフロンテが結託している可能性がある事
・軍権を掌握したフロンテが皇族に忠節を尽くそうとした者を悉く処刑した事
・辛うじて難を逃れたプレセアは、カレンとソアラも使った隠し通路を使って1人で城から脱出してきた事
そのうえで、カレンの身が非常に危険である事を訴えた。
「アコーダ様を幽閉したフロンテがカレン様をそのままにしておくはずがありません!」
自分が皇宮を出て僅か1か月半であまりの展開に一瞬言葉を失ったカレンだが、直ぐに現実をみる。
「……父様の事は悲しいけれど、今は弟が……アコーダが生きているのであれば助けなきゃ」
(ああ、やっぱりカレン様はそちらを選ぶのね)
プレセアはカレンと面会したら選択肢を提示するつもりだった。
1つは宮廷に戻ってアコーダ皇子の救出を試みる。もう1つはそのまま遠くへ逃れる道だ。
プレセアとしてもアコーダを救出したいのは山々だが、多勢に無勢で抗う術が見当たらない。
(はっきり言って今戦ったとしても私には光明を見出せない。でもカレン様が行くというならどこまでもお供します)
「問題は時間ね。重要な事だから率直に聞くけど、フロンテの奴がアコーダを殺さずに幽閉している理由は?」
カレンの問いにプレセアが答える。
「おそらくですが、1番の理由は皇国王様亡き後の諸侯を纏める為でしょう。後は……カレン様をおびき寄せる為かと」
「……そんなところかもね。それだったら多少の猶予はあるかしら」
「不安要素もあります。フロンテの本質は短気な小心者です。猜疑心も強く、いつ心変わりするか分かりません。それとアコーダ皇子も捕らわれの身で甘んじている性分ではありません。時間が経つと自分でなんとかしようとして無茶をなさるかもしれません」
「確かにアコーダならじっとしていないかも。やっぱりすぐにでも向かうべきね」
「ちょっと待てカレン。勝算はあるのか? 余計なお世話かもしれないが、隠し通路の存在はもうバレてると考えた方がいい」
ギルバードが口を挟んだ。
「勝算ならあるわ。プレセアはさっき忠節ある皇族派は処刑されたと言ったけれど、フロンテの前に2の足を踏んでり、耐えて思い止まった諸侯もいるはずよ。私とアコーダの2人が決起すれば彼らも立ち上がるはず」
「それはアコーダ皇子を救出出来た後の話だろう。現状では救出はおろか、辿り着く事すら困難だと言っているんだ」
ギルバードとカレンの議論が熱を帯びる。
「なんとかなるわよ。いえ、なんとかしてみせる!」
「その心意気は結構だし、買うけどな。精神論だけでは解決しないんだよ」
「……もういい。私とプレセアとソアラの3人で行くから」
「駄目だ。勝手をするのは許さない!」
「それじゃ、私とソアラはパーティーを抜ける。短い期間だけど楽しかったわ。ありがとう」
「それでも駄目だ。パーティーじゃなくなってもカレンは俺の弟子だ。断ったのにわざわざ城を抜け出してまでやって来たんだろ。師として弟子がむざむざ死ぬのを黙っていられない」
「なによ!師匠だったら協力してくれてもいいじゃない!」
「協力するさ。だが、勝算無くして動くべきじゃないと言っている」
まるで真剣勝負のように2人は互いの目を睨みつけるように見合って視線を一切外さない。
「……不肖の弟子でごめんなさい。破門で結構です。私は行かなきゃならない。行きましょう、プレセア、ソアラ」
その場を立ち去ろうとするカレンを制止して、それまで黙っていたソアラが口を開く。
「2人とも落ち着いてください。カレン様、城に向かうにしても最低限の準備は必要ですし、見たところプレセア姉さんには休養も必要です」
「いえ、ソアラ。私は大丈夫よ」
「大丈夫じゃありません。城から逃げてきてまともに寝てないんでしょ?そんなんじゃまともに戦えない」
歳が離れている事もあってか、普段のソアラは従順な妹といえる。だが、今回は珍しく言い負かされた形でプレセアが黙る。
その後もしばらく議論したが、話はずっと平行線で決着を見ず。
カレンにしても当日中に旅立つ事は難しいと判断して旅立つ準備を進めつつ、双方一旦頭を冷やして翌日に改めて話し合うという事でその日はお開きとなった。
しばらくして戻って来たカローランとギルバードが話をしていた。
「珍しくやらかしたのう」
「ああ、14、15の子供に対して大人が真っ向から口争いしてしまったよ。カレンが我が儘ではなくて、責任と覚悟から言ってるのは分かっていたつもりだったが……」
「まあ事は生死にかかわる事じゃからな。仕方ない部分はあるじゃろうて。で、どうするつもりじゃ?」
「あれは止めても無駄だな、気持ちは分かるんだが。ダメ元でソアラに釘を刺しておいたからそれ頼みだ」
翌日、改めての話し合いの場が持たれる事はなく、カレン、プレセア、ソアラの3人はカタノの街から消えていた。