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断片を集めた物語   作者: 山村
9/16

第9話

第8話と前後編となっております。

「私立探偵…ですか…」

「そうそう。とある女の子について知りたくてね。もし、その娘の性格や変な行動を知っていたら教えて貰いたくて」

「個人情報に関わるので私の方ではお答えできないと思いますが」

「まあまあ。ちなみにその女の子の名前は…」

僕は自称・私立探偵が口にした名前に息が止まり、硬直してしまった。

「その反応だと何か知っているみたいだね」

「……お答えできません」

「君のその責任感の強さは見習わないとね。ただ、一つ覚えていてもらいたいのは、“あいつ”への対応が後手になればなるほど、被害者が増えていくということだ」

「………」

「ま、気が向いたら俺に連絡を下さいな」

名刺に携帯の番号が載っているから、と卯佐美は名刺を取り出し一部分へ指を差す。

「それじゃ」

彼はそう言うと、僕に背を向けて歩き出した。だが何度か逡巡するかのように立ち止まり、こちらを振り返った。

「それと君はオカルトが好きだそうだが、特異な世界にはあまり関わらない方が身のためだよ。生半可な知識でちょっかいをかけると痛い目を見る。俗にいう、また深淵もこちらを覗いている、だ」

卯佐美の目は先程までと打って変わり、怪しげな光を放っている。

「わ、分かりました。なにかあったら連絡させてもらいます」

気圧されたように出た僕の返事に満足したのか、卯佐美は人好きのする顔に戻っていた。

「それじゃ、お仕事頑張ってね」

改めて背を向け、手を振りながら卯佐美は去っていく。その背中が見えなくなると、安堵のため息が自然と漏れ出た。

この時の僕は、長くかかるだろうとを高を括っていたが、まさか変な話を聞き、変な自称探偵と邂逅した、その晩のうちに問題の女子高生と遭遇してしまうとは思ってもいなかった。



「お?」

日付が変わりそうな頃、ボーッとオカルト雑誌を読んでいると監視カメラに何かが映ったことに気が付いた。リュックサックを背負った若い子がマンションのエントランスを抜けたようだった。もしや、と思い僕は管理人室から飛び出る。急いで走っていくと、丁度高校の制服を着た女の子と20歳前後の男性が女性用トイレへ入ろうとするタイミングだった。

「待て!」

足止めしようと大きな声を出すと、女の子は驚いたようにこちらを向く。隣に立っている男は身動きひとつしない。女の子の驚いた表情は私を認識した瞬間、妖艶な笑みに変わった。そして何事も無かったかのように正面に向き直し、男性の腕を取りトイレへと消えていった。緊急事態ということもあり後先を考えることなく、彼女たちを追って僕もトイレへと駆け込む。

 中へ入ると、女子高生がこちらに背を向けて、男性の首に腕を回していた。

「こんなところで何をしているんだ!」

僕はズカズカと二人へ近寄っていき、女子高生の肩を掴む。離れさせようと腕に力を入れるが微動だにしない。

「はぁ、もう面倒臭いなぁ。そんなに焦らなくても後から相手してあげるのに」

何度か揺さぶっているとしぶしぶ、という風に彼女が振り返る。余裕に溢れた表情に気圧されてしまうが、僕はある異変に気が付く。

 女子高生の後ろに居るべきはずの男性の姿が、どこにもなかった。彼女に圧倒されている、あの一瞬の間に逃げていったとは考えられない。

「き、君は高校生だろう。こんな時間に何をしているんだ。しかも、今回が初めてじゃないだろう?」

動揺していることを悟られないように彼女へ質問を投げかけた。

「んー。警察の取り調べからも上手く逃げ切れたと思ったのに、こうやって未だに疑ってくる人はいるんですね。国家権力が無罪と認めたんですから、放っておいて欲しいですよね」

彼女は額に手を当てて頭を振りながら、悪態を吐いた。

「じゃあ、やっぱり君が…」

「そんなことどうでもよくないですか?」

僕の言葉を彼女は途中で遮る。僕のじっと目を見つめる、その瞳から視線を逸らすことが出来ない。

「だって、ほら、私って凄く運が良いと思いません?邪魔をしてきた人が男性だったんですよ?いつも気を使って、少しずつ少しずつ補充していたのに、今日はおかわりが自分から来てくれたんですから」

ふふふ、と先程と同じように妖艶な笑みを浮かべる女子高生。

「ほら、こっちに来てください。2人で幸せになりましょう?」

彼女が発する言葉や伸ばした腕に誘われるように、僕の足は独りで動き出す。フワフワとした夢見心地な感覚が思考を埋め、何も考えられない。彼女の腕に抱かれた時、その口元に鋭い牙が2本見えた気がした。

「本当に男って馬鹿よね。それじゃあ、おかわりいただきまーす」

蕩けてしまいそうな声が耳元で聞こえ、吐息が首筋にかかる。意識が溶けて消えそうになった瞬間、強烈な痛みが走り、僕と彼女を突き飛ばした。

「おっと、これは間一髪だったかな」

まどろみが残る中、聞き覚えのある声が耳を打った。顔を上げれば、そこには昼間に顔を合わせたばかりの自称私立探偵の卯佐美 界が立っていた。



「卯佐美さん…?どうして!?」

次第に焦点があっていくと、改めてその存在に目を見開いた。

「いやー、警告が逆に君の好奇心に火を点けちゃったかなと思って、一応気にして見に来たんだよ。まさか、その日の内に遭遇するなんて思いもしなかったけどね」

と卯佐美さんは朗らかに笑う。明らかにこの場にそぐわない気楽さだ。だが、その態度に彼ならば解決してくれる、という思いが湧いてくる。

「でも蓋を開けてみればヴァンパイアでした、というありふれた話で何だか興味も失せてしまいそうだけど」

「ヴァンパイア…?」

僕は卯佐美さんの言葉に、今日何度目になるか分からない衝撃を受ける。彼が顎をしゃくってみせ、それを視線で追うと女子高生は既に立ち上がっており、荒い息を吐きながらこちらを、いや卯佐美さんを警戒していた。彼女は右腕の二の腕部分から白い煙が昇っており、左手で押さえていた。

「おとぎ話の中だけの存在でいてくれれば楽だけどね。やっぱり実在するからこそおとぎ話になる訳で。大人しくしていれば良いものを、困ったことに人を襲っちゃうんだよね」

あまりにも“非現実的な”現実に僕は軽い眩暈を覚える。人間は自分の信じてきた世界を壊されてしまうと、案外脆くなるのだなと思う。

先程僕たちを攻撃したであろう鞭のような物を手に持ち、卯佐美は前へと進み出る。

「ま、そんなヤツらと戦うために、俺みたいな存在が居るわけだよね」

悠々と歩きながら、鞭を持ち直し距離を縮めていく。

「ただ彼女は、大分貯め込んでいたみたいだ」

「貯め込む?」

僕の疑問に律儀に答えようとしたのか、卯佐美さんは立ち止まり振り返る。

「そう。ヴァンパイアはエネルギーを人間から直接吸収することも出来る。それが一番、無駄なく栄養補給出来るし、能力も上がる。だけど、そんなことをしてしまえば、僕たちのような存在に狩られてしまうよね。あ、もちろん大人しい個体も居て、そういう奴らは上手く僕たちと共存しているよ」

「あ!」

卯佐美さんが微笑んだ瞬間、女子高生が動き出す。身を屈めて足に力を込めると、雄叫びを上げながらギリギリ目で追えるような速度で彼へと飛びかかった。

「おっと」

やはり何処か気の抜けた声を出すが、卯佐美さんは揺れるように身体を動かしヒラリとヴァンパイアの攻撃を避ける。

「アアアアアアアアアアアアア!」

避けられたヴァンパイアもすぐさま身を翻し、再び卯佐美さんへと襲い掛かる。

「やっぱり君は実戦経験が無いに等しいね。いつも楽をして狩っていた分、動きが大雑把だ。少し調子に乗り過ぎてしまったのが今回の反省点かな」

というと同時に、卯佐美さんは右手に持つ鞭の様なものを振るう。意思を持った蛇のように鞭はしなり、ヴァンパイアが突き出していた腕を払う。体制が崩れたところへ、再び鞭が上方から襲い掛かり細い首へと巻き付いた。

「ギャアアアアアアアアア!」

またも鞭が巻き付いた箇所から白い煙が出ている。卯佐美さんは手足のように鞭を操り、ヴァンパイアを転ばせた。そして右腕にグルグルと鞭を巻き付け、彼女との距離を詰めていく。

「ふぅ。取り敢えず終わったな」

暴れるヴァンパイアを右足で踏みつけながら、卯佐美さんは左手で額を拭った。ちなみに汗は全くかいていなかった。



「あの…卯佐美さん…」

「ん?どうした?」

「折角の忠告を無視して動いてしまって、すみませんでした」

僕は卯佐美さんに素直に頭を下げた。今回、もし卯佐美さんが助けてくれなければ、僕も彼女に食べられていたかもしれないのだ。しかも、卯佐美さんの言う事を聞かず、勝手に動いていたのだ。

「ああ、気にしなくて良いよ!一般人にあんな事を言ったって、妄言だと思われるのが普通だからね」

ハハハといつものように卯佐美さんは朗らかに笑う。

「本当にすみませんでした」

「はいはい!何回も謝るのはなし!俺は少しでも分かってくれれば御の字だからさ。まぁ、君が“コレ”を認識してしまったという事は、共有しないといけないから、ちょっと今までとは違う生活を送ることになるかもしれないけれど」

「え?どういうことですか、それ?」

「一先ず、今日無事だったから良いじゃん!ね?」

焦ったように首を縦に振る卯佐美さんを、僕はジトッとした目で見る。



「ところで、その人?はどうするんですか?」

いつの間にか静かになっている足元の彼女を見ながら、卯佐美さんに尋ねる。

「さっきも少し言ったけど、彼女は大分エネルギーを貯め込んでいるみたいだからね。今、1回殺したけれど、少し経てばまた復活するよ」

サラッと爆弾発言をした彼に、僕はつい聞いてしまう。

「え…!?殺したんですか…?」

「え、そうだよ?あ、もしかして耐性無かった?」

「いやいやいや!ヴァンパイア殺しとか、一般人に耐性なんかありませんよ!?」

「そっか、そっか。怖い目にあったから大丈夫かと思っちゃった」

卯佐美さんは片目を閉じ、舌を出して可愛い感じで言うが、なんのフォローにもなっていない。

「でも、結局また復活するからさ。あまり気にしなくていいよ」

「えー…」

生き物?を殺しているのに対応がポップ過ぎる。

「取り敢えず、今日はもう家に帰りな。それと、ショックもあるだろうし、もし可能であれば明日は仕事を休みな」

「そうですね…そうさせてもらいますかね」

もう今日一日で多くの事が起こり過ぎて、頭の中はパンクしている。卯佐美さんの言う通り、今日はもう休みたいと思う自分がいるのも事実だった。

「卯佐美さんはこの後どうするんですか?」

「一先ず、“コレ”の処分かな。ちゃんとした処理をしないと、また復活して人を襲うからね」

卯佐美さんが右足をユラユラ動かすと、足元も小さく揺れた。

「もし何か必要があれば、ご協力はさせてもらいますので何でも言ってください」

「お、そういってもらえるとありがたいね。後日改めてコーヒーでも飲みにこさせてもらうよ」

「分かりました。暇な時間は多いので、いつでも来てください」

「そういえば君のフルネームはなんだっけ?昼来たときは名字だけだったからさ」

「僕は津川(つかわ) 大吾(だいご)です」

「よし、大吾。またよろしくな」

僕と卯佐美さんは視線を合わせて顔を緩ませる。そして卯佐美さんはマンションを後にした。



 後日、女子高生の行方不明事件がマスコミやSNSを通して世間を騒がせた。

「本当にあんな風に見つかっても良かったんですか?」

「まぁ、大丈夫、大丈夫。アイツらは警告だって分かっているはずだから。それに狙われるなら俺か君だろうから」

「大問題じゃないですか!」

「気にしなーい、気にしなーい」

小さく殺風景な部屋の中で僕と卯佐美さんが騒ぐ中、パソコンの画面では事件の報道が流れ続けていた。


今回のお題:オカルト好きなマンション管理人が、女性用トイレにいる。でした!


第7話の前日譚となります!

卯佐美ィ…。

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