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断片を集めた物語   作者: 山村
8/16

第8話

思ったよりも長くなってしまったので、2話に分けました。

後半部分は、2日後に投稿させてもらいます!

 平日の最も慌ただしい時間が過ぎたタイミングで、いつものように管理室の鍵を開ける。殺風景な小さな部屋は、温度計の示す気温よりも冷えている気がした。肩にかけたトートバックを椅子の上に置き、パソコンの電源を入れる。

室内には小さな流し台もあり、そこから水を汲みコーヒーメーカーのタンクへと入れる。量り売りされていたコーヒー豆の粉末をいつものように3杯ほど摺り切りで入れ、電源を付けた。部屋の中にコーヒーの臭いが充満していく中、箒で軽く掃き掃除をする。毎日掃除をしているため、案の定ゴミやホコリは限りなく少ない。ふぅ、と一息ついて、自分の席へと戻る。トートバックの中から暇つぶし用のオカルト雑誌などを取り出し、机の上へ置いた。そして出来上がったコーヒーをマグカップへ注ぐ。

これがマンションの管理人をしている僕の毎日のルーティンだ。



「さて、と。今日も言いがかりはなにか来ていますかね」

起動に時間の掛かる一昔前のOSを積んだパソコンでメールを確認する。もし業務時間外に何か問題があれば、住人の方にはメールで連絡をもらう形になっていた。基本的にそんな連絡が入ることは稀だが、時たまメールが入っていることがある。そのほとんどが騒音に関する苦情が多い。だが、蓋を開けてみれば勘違いであったり、あるいは神経が過剰になっていただけだったりと、問題に発展することはなかった。



 その日も何気なく受信履歴に目を通したところ、1通だけメールを受信していた。差出人を確認すると、一瞬身構えてしまう。それは、4階に住む若い夫婦の妻の方からだった。この夫婦は、最近旦那の方が行方不明になったとかで警察が何度か来ていた。ただの管理人である僕は、巻き込まれないためにも、警察にも当たり障りなく接し、出来る限り関わらないようにしていた。

心の準備をしつつ内容を確認すれば、1階にある女性用の共有トイレを知らない女子高生が時折利用しているということだった。もちろんこのマンションには女子高生は何人も住んでいるし、もし住んでいなくとも来客であれば使用することはなんの問題もない。

 だが、何故その奥さんは問題だというのか。それは、1人で利用しているのではなく、男性と一緒に入っていく姿を目撃しているというのだ。しかも、同じ人と、というわけではなく複数人と、しかも年齢に広くバラツキがあるという。世間一般でいう、質が悪い部類のパパ活に利用しているのではないか、というのが苦情の中核であった。

 

 

 一先ず、メールを受け取ったからには対応しなければならず、連絡を入れた住人から直セル話を聞くことにした。アポイントを取るために電話をしたところ、丁度今日なら都合が良いとのことだったので、午前11時にマンションの一階にあるロビーで待ち合わせることが決まった。約束の時間になると、連絡をくれた女性が現れた。その顔は酷くやつれ、目元には深いくまが刻まれていた。念の為、個室で話をという流れになり、僕たちは事務室へと向かった。

 若妻から話された内容は、メールとほとんど同じであった。しかし、興味を惹かれることが一か所あった。それは女子高生達がトイレに入った後の話だ。時間帯はいつも決まって深夜に近く、2人揃って一緒に入っていく姿は確認されるが、出てくるのは件の女子高生1人だという。男の方はいつまで経っても出て来ることはなく、その後どうなっているのか誰も分からなかった。

 何故このことに気が付いたのかというと、彼女の旦那が失踪した際に警察と共に監視カメラの映像を確認したのだという。そう言われれば確かに、警察からカメラの映像を見せてくれと言われた覚えがあると思い出した。結局、同じような状況となり、警察もトイレ内を調査したが異変はなにも発見されずに終わったという。

 それ以降、彼女は見張りをしていたという。事件からあまり時間の経っていない中でも、既に何度も同じ行為を繰り返しているとのことだった。

 僕個人にはとても刺さる内容ではあったが、流石に一般論として話を鵜呑みにして大きな行動を起こすことは出来ないと分かっている。精神的に疲労している彼女を刺激しないように言葉を選びながら、僕は説明をする。

先ずは、僕が残業することになってしまうが、その現場を直接確認し女子高生に注意をすることにした。言う事を聞くのであれば、そのまま解放すれば良いし、話を聞かないようであれば警察に突き出せば良い。今時の女子高生は生意気だと聞くが、少し脅せば大人しくなるだろう。

若妻は、自分の話を真剣に聞いてもらえたのが嬉しかったのか、すんなりと僕の話に頷いてくれた。そして念のためと、僕に女子高生の名前を教える。僕は何度かその名前を反芻し、記憶へと刻み付けた。その後は少し雑談をし、何か困ったことがあれば手伝いますよ等とリップサービスを使いながら、無事解散することとなった。時計の針はお昼を差していた。




午後のおやつを頬張っていると、受付用の小さな窓が軽くノックされた。振り返ると見慣れぬ男性が立っている。年齢は30歳前後だろうか。

「突然、申し訳ない。君がここのマンションの管理人さんかな?」

「はい、そうですが…」

口調の軽い得体の知れない男性に警戒する。ジャケットを羽織ってはいるが、その中にはアロハ柄のシャツ、そして黒のチノパンと、身元の固い職業ではないことが分かる。

「しがない探偵をしている者だけど、ちょっと訪ねたいことがあって声を掛けさせてもらったよ」

男は内ポケットから名刺を一枚取り出して私の方へ差し出す。その名刺には私立探偵という肩書と共に、卯佐美(うさみ) (かい)という名前が印字されていた。

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