第4話
何故こうなってしまったのかと、僕はその場で身動き出来ずにいた。ここ最近の行動を思い返してみると幾つもの理由“もどき”が思い浮かびながらも、どれが正解なのかは分からない。少し前までの自分の軽率な行動に嫌気がさした。
良くも悪くも時間の融通が利くフリーターの私は原付バイクを走らせていた。駆け抜けていく風で首元が寒い。街灯も姿を隠す暗い山道を通り抜けて辿り着いた場所は、全てを飲み込もうと大きく口を開けたトンネルだった。平日の夜中ということもあってすれ違う車も人も居なかった。その人気の無さが草木の揺れにも不気味さを纏わせる。
このような不気味な場所へわざわざ足を運んだ理由は、近頃流れている噂と関係していた。元々、このトンネルは幽霊スポットとして有名だった。有名とは言ってもハッキリ何かが起こったワケではなく、写真を撮ればオーブが映るだの、動画には女性の声が入っているだの、真実か嘘かも分からない話ばかりだった。それがここ最近では、具体的な輪郭をもって噂され始めた。
いつもの如く若者達がトンネルへ行ったところ、その内の一人が急に幻覚が見えだし、幻聴も聞こえるようになってしまった。同行していた友人たちは、自分たちを驚かせようと演技をしているものだと最初は笑っていた。だが、徐々にふざけていないことに気が付き、急いでその場を離れたが、どれだけ距離を取ろうがその若者が元に戻ることはなかった。医学に基づいた検査をしても問題は見受けられず、ならばとオカルトに精通した霊媒師に除霊を頼んでも効果は無かった。その話がSNSに投稿されるやいなや一気に話題となった。様残な憶測が飛び交う中、驚いたことに全国でも同じようなことが起こっていたことが分かった。場所は、心霊スポットに限らず大規模なショッピングモールや一般の民家でも発生していたようだった。
そんな噂話に世間が浮ついた中で、僕は日雇いの肉体労働に勤しんでいた。定職にも就けないフリーター生活の僕は明日の生活もままならず、ましてや恋人などという存在は長らく居ない。そもそも定職に就けないような僕を相手してくれる人など居るはずもないと考えてしまう。
いつものように仕事を終えて疲れた体を引きずりながら眠りについた日のことだった。気が付くと月明かりに照らされながら、寂れたトンネルの前に立っていた。見覚えのあるトンネルだなと眺めていると、話題になっている“あの”トンネルだと気が付く。後ろを振り返ってみるも街灯の明りは見当たらない。確かこのトンネルは旧道にあり、基本的に車が通ることもない。辿り着くのは肝試しでトンネル自体を目的地とした輩ばかりである。
僕は何かに誘われるかのように足を動かし始める。月明かりも届かない真っ暗な空間を暫く進んでいると、突如暗闇の中に“誰か”が現れた。暗いので顔は見えないが雰囲気から女性だと分かった。その人影は腕を伸ばしながら僕に近付いてくる。細い腕が僕の顔の横を通過し、頭を包むように抱きこまれる。僕はどこからかくる心地良さに飲み込まれ、抵抗する気力など湧かず、ただただ受け入れていた。目の前の彼女がなにか話をし始めるが、水の中にいるかのように言葉が曖昧で、僕の耳に届くことはなかった。意識の朦朧とした中で聞き返そうとした瞬間、けたたましいアラームによって僕は目が覚めた。
目が覚めて僕が最初に思ったのは、あの場所にいかなければならない、ということだった。そして、ソワソワとしながら1日を過ごし、夜を迎えて直ぐにあのトンネルへと向かったのだった。
そして昨夜見たものと全く変わらない風景を眺めながら、内部へと侵入した。以外にも僕意外の訪問者はいなかった。月明かりの届かないトンネル内は冷え込んでいた。僕の足音だけが響いている。暫く進むと夢の中と同じように、ぼんやりとした靄が集まり始める。彼女の輪郭がしっかり形作られると、予想通り腕を伸ばして僕の方へと歩み出し始める。
「さあ、おいで…」
僕は彼女を迎え入れるように腕を広げた。彼女はなんの躊躇いもなく胸の中へ飛び込んできた。その無防備な対応に、あれは夢ではなかった、運命の出会いの暗示だったんだ!と底知れぬ喜びが湧き上がってきた。彼女は僕の頭を抱えるように腕を回す。そして、溶けてしまいそうなほど甘ったるい声を出した。
「救いようのない人間って本当に良いわぁ。簡単に騙されるし、淀んだ感情が熟成されてて癖になるのよねぇ」
「え…?」
その表情は見えないが、馬鹿にしたような表情であることは想像が出来た。
「それじゃ、いただきまぁす」
甘い声が残響した。
今日の題材:強迫観念の強いフリーターが、寂れたトンネルのなかにいる。