第2話
本来であればまだ太陽が昇っている時間に、基地は暗闇に覆われていた。
「被検体はどこにいる!?」
「全ての通信が途絶しており報告が入りません!様々試していますが無線もインターネットも繋がりません!」
若い士官が冷や汗を流しながら司令官へ報告する。
「ええい!どうにか外部と連絡を取れるようにしろ!こんなものはただのまやかしだ!!」
気持ちを強く持たなければ“飲み込まれた者”たちと同じようになってしまうと、司令官は必要以上に声を荒げる。
1人の士官が外の様子を見ようと窓に近付く。ガラス一枚を隔てた先にある黒い靄によって、1メートル先も見えなかった。なにも変化がないことに溜息を吐いた瞬間、ふと窓の外を何かが横切った。
「司令、今何かが窓を横切りました!」
「なに!?本当か!?」
司令官が報告に目を見開いた瞬間、入り口がノックされた。室内は埃の落ちる音も聞こえてきそうなほど静寂に包まれる。誰かが唾を飲み込んだ音と同時に、もう一度ノック音が響く。
「おい、誰か開けて確認をしろ」
司令官は小さな声で指示を出す。
「しかし!もし被検体だった場合!」
「その場合はその腰についた物で対応すれば良いだろう。誰か早く見てくるんだ」
静かな空間で幾人もの視線が交差し、一番若い士官に視線が集まる。当の士官は怯えた表情になり、周囲に助けを求めるが誰もが視線を逸らした。
「いいから行け」
最後に司令官に見るが躊躇いも一切なく命じられる。
若い士官は震える身体をどうにか動かし、ノックされたドアの前まで進む。この間も定期的にノックは続いていた。機器にパスワードを入力し終えると、ドアが空気を吐き出しゆっくりと開く。本来であれば白い廊下が存在するはずだが、壁のように黒い靄がひしめき合っていた。
再び誰もが息を飲む。若い士官は恐る恐る靄へと近付いた。司令室と廊下の境界線を守るように暗闇は広がることなく留まっていた。気を抜いた次の瞬間、黒い壁から触手のような靄が伸び、彼を捕らえては暗闇の中へと引きずり込んだ。悲鳴は一瞬で消え去り、また静寂が訪れた。
司令室の面々が呆然としていると黒い壁が僅かに揺れ、靄の中から若い男が歩いて現れた。
「やはり貴様だったか…。こんなことをしてどうなるか分かっているのだろうな」
司令官は額に冷や汗を浮かべながら無理矢理笑みを浮かべた。
「あ?この状況を見て言ってんのか?」
若い男は眉間に皺を寄せる。
「貴様が言う事を聞かなければ妹の命は無いのだぞ?いつでも消せるように妹の周りに工作員がいることを忘れるな」
司令官の言葉に、若い男は苛立ちをさらに募らせた。
「お前がどうのこうのするのと、俺がお前を殺すのどっちが早いだろうな」
若い男が言い終えると同時に、再び黒い靄から触手が伸びる。司令官以外の士官は、その速度に対応することが出来ず、悲鳴と共に全員が暗闇へと飲み込まれていった。
その光景を見ていた司令官は動物が威嚇するかのように声を張り上げた。
「貴様の様な社会のクズを、私たちが国の為に有効活用してやろうというのだ!高尚な目標を掲げた我々への協力を拒むとは、つくづく救えない奴だ!!」
「確かに俺は学校でも喧嘩してばかりのクズだよ。でもな、人様の家族を人質に取るとか、人の身体を好き勝手イジって遊ぶとか、そんな人の道を外れたことはしねぇんだよ!」
「人の道!?猿のような奴が何をいっている!私たちは国の、人間の未来を作っていたのだ!それをこの様に無に帰すなど…!」
司令官は自分の言葉にますます興奮したのか顔を真っ赤にする。若い男はそれに反比例するように冷静になっていく。
「本当に救えない奴だな。俺が全部終わりにしてやるよ」
男が手を掲げると境界線を守っていた黒い靄が司令室へと雪崩れ込んでくる。靄は全てを飲み込んでいく。司令官も例外ではなく足元から闇と混ざり合っていく。
「貴様ぁぁぁ!絶対後悔することになるぞ!やめるなら今の内だぞ!」
司令官は腕や身体を振り回すが逃れることは出来ない。
「別にいいさ。あいつを守るためなら、俺は幾らでも苦しんでやるよ。ま、さんざん身体をイジられちまったが、お前とはこれで最後だ。こんな変な力をくれたことにだけは感謝してやるよ」
「貴様には必ず天罰が下るからなぁぁぁぁぁぁ!!」
若い男が笑みを浮かべると、司令官の姿は靄へと溶けていった。
その日、公表されていない特殊軍事施設の1つが、言葉通り塵一つ残すことなく消え去った。
今回のお題:闇の力に覚醒したヤンキーが、軍事基地にいる