第12話
今回は視点が何度か切り替わります。
分かりづらかったら、申し訳ございません…。
門番のように信楽焼のタヌキが鎮座する自動ドアを潜りぬける。ガラス戸が横に開くと、独特の臭いが鼻腔を刺激した。入り口から見ただけでも、店内は新旧、生産地問わず雑多に混ざり合った異質な空間を作り上げている。警察官である須藤は血が飛び散る凄惨な現場も多く見てきたが、この店のように雰囲気が統一されてない空間の方が苦手なところあった。
突如、他とはどこか違う大男が店内に入ってきたことで、付近に居た客は横目で様子を伺うようにしていた。それもそのはず、須藤の身長は180センチを越え、鍛えているせいで体格も良い。しかも、警察官の制服を着ておらず、スーツ姿であった。傍から見れば、その存在自体が独特な威圧感を放っていた。
須藤は困ったように短髪の頭をポリポリと掻いた。犯罪者と対峙する時は、自分の身体が大いに役立つが、普段過ごす上では不便である。それを日頃から気にしている通り、体格に反して意外にも須藤の性格は大人しい。
「えっと…店員さんは…」
入り口の横に退けて須藤は店員を探そうと店内を見渡した。キョロキョロと見渡す姿に、客達は小さく息を飲む。まるで獲物を探している動物のようで、獲物側である客達は出来る限り目立たないように身体を小さくしようとした。
「あ!」
緑色のエプロンを付けた女性が遠くに見つけ、須藤は嬉しそうな声を出す。そして、ズシンズシンと音が聞こえてきそうな図体を揺らしながら歩き出した。本人は気が付かないが、周囲は安堵したように息を漏らしていた。
「あの…」
「ん?どうかしましたか?」
快活な雰囲気を纏う店員の女性は須藤を笑顔で迎えた。女性の緑のエプロンには、妙にリアルな信楽焼のタヌキのイラストがプリントされている。このお店のトレードマークらしくはあるのだが、もう少し可愛げのあるモノの方が良いのではないだろうか、と口には出さないが須藤は思う。
「実はこういう者でして」
上着の内ポケットから警察手帳を取り出して女性の目の前へと差し出す。
「警察の方…ですか…」
彼女は身体を少し強張らせる。警察手帳を目の前に出された一般人は同じような反応をする。手帳は権力を誇示しているようであまり好ましく思っていない須藤は、すぐに内ポケットへ戻した。
「突然押しかけてしまい申し訳ございません。実はお聞きしたいことがありまして」
代わりにメモ帳とペンを取り出した須藤。
「…分かりました。ここだと目立つので裏でお願いしても良いですか?」
承諾の返事を返すと、女性は先導するようにバックヤードへと向かう。須藤も静かにその後ろをついていく。
2人は薄暗い小さな事務室で顔を向かい合わせて座っていた。手元にはインスタントコーヒーが注がれた紙コップが置かれている。女性は暖を取るかのように紙コップを両手の掌で包み込んでいた。
「改めまして、私は須藤と申します。お仕事中に突然申し訳ございませんでした」
「いえいえ、お気になさらず大丈夫です。私はここの店長をしています、冴木といいます」
「冴木さん、お時間を取っていただきありがとうございます」
一旦話を区切った須藤は自分のコーヒーを啜ると、緊張と一緒に飲み込んだように見えた。
「折り入ってお尋ねしたいことがあります」
警察官が訪れた理由を何となく察していた冴木は、緊張した面持ちで紙コップに口をつける。気丈な態度を振舞ってはいるが、あの日から彼女自身が抱える不安は大きくなっていた。
「こちらの男性をご存じでしょうか?」
「あ…」
須藤が自身の手帳に挟んでいた写真を冴木に見せる。誰がいるのか分かった瞬間、彼女はつい声を上げてしまう。その写真には、最近まで気持ちを寄せていた黒瀬が映っていた。
「…黒瀬さん、ですね」
「そうです、黒瀬です。実は最近とある事件が発生しまして、その事件の重要な関係者としてお会いしたいと考えています。ですが、彼の居場所が分からず会うことはおろか、連絡を取ることすら出来ない状況なのです」
「事件というのは、あのハンバーガーショップでの出来事ですよね?」
「よくご存じですね冴木さん。仰る通りついこの間の“あの”事件です」
「もちろん、分かっていますよ。私も現場に居ましたから」
「え!?本当ですか!?いやー、まさか、こんな偶然があるなんて意外だなー」
そう答える須藤さんの目は右へ左へと泳いでいた。そして彼の額では冷や汗の滝が今にも作られそうであった。そんな須藤の姿に冴木は、彼は警察官に向かないのではないのかと思った。
「分かっています。警察が私を彼と関係のある人間ではないかと疑う気持ちは」
「いや、私はそんなこと決して思っておりません!」
冴木の言葉に両手を横に振る須藤。冴木は須藤の言い振りから、警察の方でまだ私と彼を一本の線で繋いでいる訳ではないことを察する。
「実はあの日私は黒瀬さんに呼び出されて、あのお店に行ったんです」
「そうでしたか…。あのよく黒瀬がこのお店に足を運んでいたというのは本当ですか?」
「ええ、そうですよ。それはもう頻繁に来ていました。ですが、あの事件以降は一度も来ていません」
冴木は黒瀬が店によく来ていたことを、事件の日の事情聴取で既に話していた。もちろん須藤の耳にも入っているだろうが、彼は人を殺しそうな真剣な顔でメモ帳にペンを走らせている。
「彼は何か物を購入していくなどしていましたか?」
「その時々、という感じです。買っていく時もあれば、何も買わない時もありましたよ」
「ふむふむ…。彼は決まって同じような商品を買っていましたか?」
「うーん、覚えていないですね。そもそも私が居ない時も来ていましたし、全ては把握していないです」
「そうですよね、ありがとうございます」
「あ、でも」
冴木は右手で左手を打つ。
「あの事件の直前は、黒いハーネスの様な?ベルトの様な物を買っていました」
「なに!?それは本当ですか!?」
恐ろしい形相で須藤は身を乗り出して、反対側にいる冴木に迫った。その勢いに多少身を引きながらも冴木は口を開く。
「は、はい…。私がハッキリ覚えているのは、それくらいですかね…。他のものに関しては今のところ思い出せないです」
「いえいえ、情報ありがとうございます!これまた一歩進展です」
ニカッと屈託のない笑顔を浮かべる須藤。須藤の素直さに本当にどうして警察官をやれているのだろうと冴木は思う。だが逆を考えれば、ここまで純粋な人がいることで一般人からも協力を得やすいのかもしれない、と勝手に納得をする。冴木が須藤を見ていると、彼は朗らかな笑顔を浮かべて再び質問を始めた。その後も雑談を交えながら情報収集は滞りなく進んでいった。
「ご協力ありがとうございました。これでお聞きしたいことは全部聞くことができました」
最後の質問に答え終わると、須藤はその大きな体を丁寧に折りたたんだ。
「いえいえ、全然お力になれず申し訳ございませんでした」
深く頭を下げる須藤に、あたふたしながら冴木もお辞儀を返す。
「そんな!お付き合いいただけただけでも、私としてはありがたいお話です」
はにかんだような笑顔を浮かべながら須藤は頭を起こす。
「最後に、もし何か思い出したことがありましたら、こちらにご連絡をいただければと思います」
そう言って須藤は名刺を一枚差し出す。特に抵抗もなく冴木はそれを受け取る。
「わかりました。お力になれることは無いかもしれませんが、何かありましたらお電話しますね」
「はい、お待ちしております」
それでは、と言うと須藤は立ち上がり部屋を出ていく。彼なりに気を使ってくれたのか、帰りは裏口から出ていくというので、言葉に甘えさせてもらった。彼は終始変わらずサッパリとした気持ちの良い応対をして去って行った。冴木は彼の様な警察官が多ければ良いのにと思いながら、その背を見送った。
背中に視線を感じながら車に乗り込むと、すぐさま電話をかける。
「黒瀬さん、話聞いてきましたよ。正直、ほとんど何も知らないみたいでしたね」
はい、はいと須藤は電話に相槌を打つ。
「ただ、ベルトの事は覚えていたようなので不安材料として残ることを考えると、念には念をと僕は思っちゃいますけどね」
須藤はバックミラーや左右の窓に視線を送りつつ、またも数度相槌を打つ。
「一応、名刺は置いてきているのでタイミングを見計らって使っちゃっても良いですし。ま、そこは黒瀬さんの判断に任せますよ」
はい、はーい、お疲れ様でーすと言うと須藤は電話を切り、助手席へとスマホを投げ捨てた。
「まったく。黒瀬さんは妙に心臓に毛が生えているんだから。僕は心配で、心配で、気が気じゃないよ」
と言いながらも須藤の表情は笑っている。エンジンのかかった車は軽快に走り出し、駐車場を後にした。
今回のお題:気弱な警察官が、リサイクルショップにいる。でした!




