第47隻
「一体何を言っている!?」
ドルフィン侯爵が驚きに声をあげた。
当然だ。言いがかりも甚だしい。
しかしボラード伯爵の表情を見るに、ただその場限りの嘘を言っているようには見えない。
何か罠を仕掛けているだろうことは明らかだ。
「とぼけないでくれ侯爵。全て分かっているのだ。陛下、この一年、私は苦汁を飲んで耐えておりました。そもそも、私が不正をしたとして大臣を更迭されたことそのものが、間違いだったのです。全てはそこの法務大臣閣下が、軍事局を私物化するために行なったことに違いありません」
ナタリーは思わず爪を噛みそうになり、すんでの所で理性で押さえつけた。
それでも、厳しい目でボラード伯爵を睨んでしまう。
ここに来て、大臣更迭まで仕組まれていたことだと宣うその神経を疑う。
「そもそも私が行ったという不正の証拠は、全てドルフィン公爵閣下の指揮で発見されたもの。
侯爵閣下自ら証拠を捏造しては、私などひとたまりもない! 今更私が不正などしていないと示すのは、無理なことだと分かっています。ですが、何故私が軍事大臣の座を引き摺り下ろされたのか、その理由は示すことは出来ます!」
長台詞で観客に訴えかける役者のように、傍聴席に向かって大きく腕を広げる。
明らかに、皇帝ではなく記者たちに訴えかけている。
記者たちはそのパフォーマンスに応えるように、必死にペンを走らせている。
「新しく軍事大臣となったあの男。彼は法務局出身の元官僚です。私が大臣の職を担っていた時代の官僚たちは、組織的な横領に加担としたとされみな排除されてしまった。今の軍事局は、法務大臣閣下が作ったものと言っていい。つまりですよ、法務大臣閣下にとって都合のいい軍事局が出来上がった訳です。法務局と違って軍事局は予算が豊富ですからね。不正をするには持ってこいだ」
誰もがボラード伯爵に注目している。
完全に彼の独壇場だ。
「ダリル・ボラード。あなたは自分が何を言っているのか分かっているのか」
「もちろん。分かっているとも」
ドルフィン侯爵とボラード伯爵の間で火花が散る。
ここまで大胆な反撃に出てくるくらいだ。
伯爵も、かなりの覚悟をしているに違いない。
「実は皇宮から私あてに告発があってな。私の無実を知っている者も、実際いるのだよ」
「何を……! この後に及んで無実だなどと!」
「落ち着け法務大臣。まずは話を聞こうではないか」
皇帝がドルフィン侯爵の言葉を遮る。
その様子に、ナタリーは違和感を覚えた。
ただボラード伯爵の甘言に乗っただけではない。
もしや、皇帝もドルフィン侯爵を陥れようとしているのではないか。
そんな恐ろしい予感がした。
皇帝にとって侯爵は目の上のたんこぶ。
もっと自由に利益を得るためには、居ない方がいい。
まさか、そう思っているのではないだろうか。
「失礼いたしました陛下。恐れながら申し上げます。ドルフィン侯爵は新しい軍事大臣を通じてアンカー辺境伯と結託し、献上金を不当に安く算定して陛下を欺こうとしております! それだけではありません。公金の横領までも行なっているのですよ!」
ボラード伯爵の主張を要約するとこうだ。
最北の要塞の改修工事は、ケヴィンが設計を発注し、その設計に基づき軍事局が工事を発注している。
だが、ケヴィンが提出した設計よりも、実際に工事した範囲の方が広い。
設計段階では城壁のみを工事範囲としているのに対し、実際は騎士たちの宿舎となる中央の城と城壁の所々にある防衛棟の一部も工事が行われているのだ。
しかし財務局に提出された支払報告書を見ると、ケヴィンの設計通りの金額で支払いが行われたことになっている。
この乖離が何を意味するか。
最北の要塞の工事費は、運河が完成した後の通航料に添加する安全保障費の算出根拠である。
つまり、実際にかかった費用よりも安く報告することで、運河が完成した後の国への献上金を安くしようということだ。
国への献上金は、運河が存続する限り永遠に続く。
安全保障費も改修工事費の補填が終わったとしても要塞の維持費として続く予定だ。
つまり、アンカー辺境伯家にとって、安全保障費を低額に抑えることは悲願なのである。
ドルフィン侯爵はこのケヴィンの不正を黙認する代わりに、別の不正をケヴィンに容認させた。
新たに最北の要塞に設置した武器費用の横領である。
財務局に提出された大砲や銃などの発注報告書を見れば、全て最新式のものとなっている。
だが実際に設置されているのは半分が旧式のもの。
当然、旧式の方が費用が安い。
最新式の武器を設置したと嘘の発注書を書き、実際は旧式の武器を発注することで、その差額を横領している。
以上が伯爵の主張だ。
厄介なのは、それが半分事実だということである。
もちろん、ケヴィンやドルフィン侯爵は何も不正を行なっていない。
だが、要塞の改修工事の設計と実際の工事の範囲に齟齬があるのは、事実である。
しかしこれはケヴィンが意図したものではなく、工事を請け負った業者が、無償で行ったものだ。
元々工事の発注は城壁のみだった。
そのつもりで作業員たちは工事を行なっていたのだが、工事範囲にない騎士たちの宿舎の傷みにも気付いていた。
騎士たちに深い畏敬の念を持っていた現場監督を含む作業員たちが、「せめて傷みの酷いところだけでも」と自ら工事を買って出たのだ。
それ故、国に宿舎分の発注書類は存在しないし、そもそも資金を支払った事実もないはずである。
武器の件もそうだ。
当初の発注と納品の型式が異なるのは、事実である。
しかしそれは、大量の発注に最新型の武器の在庫が確保できず、急遽旧式の武器に切り替えたというのが実際のところ。
軍事局にも財務局にも、契約変更の書類は当然残っているはずである。
普通に考えれば、ボラード伯爵はかなり無理筋の主張をしていることになる。
反証の証拠が簡単に見つかるからだ。
しかしこの大事な局面でそれを主張するということは、当然、その対策をしているということだ。
「陛下。どうか軍事局と財務局の文書を調査してください。必ず彼らの不正の証拠が見つかるはずです! 私は何もしていない! 全て私を陥れるために仕組まれたことなのです! ドルフィン侯爵とアンカー辺境伯は、大臣を更迭するだけでは飽き足らず、魔獣事件の罪を押し付け完全に私を潰すつもりなのだ! 私に知られてはまずい事実を隠すために!」
「何を馬鹿なことを! 私は一切やましいことはしていない!」
徐々に声を大きくするボラード伯爵に対抗するように、ドルフィン侯爵が吠える。
もはや裁判はめちゃくちゃだ。
傍聴席の新聞記者たちはとんでもないことになったと大騒ぎしている。
本来騒ぎを鎮めるべき皇帝も、満足そうな顔を隠せていない。
その場の空気は、完全にボラード伯爵側に傾いていた。
「失礼します!」
騒々しさの中、先ほど皇帝に財務局に行くよう指示されていた騎士が戻ってきた。
手には何らかの紙の束を持っている。
その束を皇帝に差し出すと、皇帝はわざとらしく「おお!」と声を上げた。
その声に、騒々しかった判決の間は、しんと静まり返る。
「これは約5か月前にボラード伯から財務局に提出された領地の経営報告書だ。確かに、先ほどの指示書とはインクが違う。これまでボラード伯は全ての書類をこの指示書のインクで書いていたにも関わらず、だ。インクを失くしたという伯爵に言い分にも、説得力が出てくるな」
皇帝は傍聴席に語りかけるように言った。
傍聴席は更に盛り上がる。
もう、完全に収拾がつかなくなっている。
「このまま裁判を続けるのは不可能だな。ボラード伯の主張の真偽を確かめなければならない。財務局と軍事局に確認が必要だ。証拠を確認する間、しばし休廷とする。良いな、法務大臣」
皇帝が威圧感のある声と法務大臣を見る。
「……かしこまりました」
ドルフィン侯爵は、左手にきつく拳を作りながら応えた。
「2時間後、また再開する。休廷!」
皇帝の声と共に、傍聴席から新聞記者たちが飛び出して行った。スクープの内容を本社に伝えに行くのだろう。
ボラード伯爵が魔獣を放つ事件を起こしたというのも話題性があるが、ドルフィン侯爵とアンカー辺境伯が共謀しボラード伯爵を陥れ不正の限りを尽くしているという方が、余程センセーショナルだ。
明日の記事の一面をこの裁判の内容で埋める気だろう。
ナタリーは《《ある程度予想していた》》こととは言え、どっと疲労感を感じた。
ふと傍聴席に目をやれば、いつの間にかミゲルの姿も見えなくなっていた。
「果たして上手くいっただろうか」
ケヴィンがぽつりと言った。
「ええ、きっと」
ナタリーは力強く頷く。
きっと、きっと大丈夫だ。
出来ることはやった。
後はもう、願うしかない。
「信じましょう」
「そうだな」
ナタリーとケヴィンは、二人寄り添い合うように判決の間を後にした。
あとで少し直すかもしれません…




