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湯けむり鉄道殺人事件(中編)





 車掌達は、大騒ぎになった。


「他のお客様の無事を確認してください! なんてことだ!」


 アイラがパッと中を見ると、窓ガラスが割れて破片が部屋の中に少し飛び散っていた。

 大きなトランクがたくさんあり、乱雑に開けられて中身が空っぽなのが分かった。

 外から雪が吹き込んで、車内のその部屋は冷え切っているようだ。

 雪で部屋が白くなっている。

 窓ガラスが割れて、時間が経っているのだろう。

 遺体の服に乱れはなく、青い顔をして横たわっている。

 遺体を発見した車掌は、冷静に言った。


「おそらく事故でしょう。窓が割れている。この寒さにやられてしまったのでしょう」


 そのまま列車は、猛吹雪の中を徐行運転をしながら駅へ到着した。

 そこは寂れた田舎で、駅のすぐ側に宿がある。

 車掌は、手慣れた様子で乗客達を宿へ案内した。


「ここは、レイテスト公爵家ゆかりのお宿です。皆様はどうかこの宿でお過ごしください。この吹雪ですから他へ行くこともできません。宿には温泉がございます。暖まってお楽しみください。事件の事情聴取などでお時間をいただくこともあるでしょう。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」


 車掌にそう伝えられて、乗客達はそれぞれ宿に入る。

 手続きを済ませると、部屋へ移動していった。

 宿の従業員達は、今では希少な獣人達だ。

 森のすぐ側の宿だから、森に親しい彼らがいても不思議ではない。

 リーンは、事故があったことで気持ちが落ち込んでしまった。


「不幸な事故だね。窓が割れて亡くなる人がいたなんて……」

「こんな辺鄙な場所なら、医者もいないだろうニャ」

「事故か……。ガラスの破片が外に飛び散っていた。よほど強い力を加えないと、ああはならないよ。そんな事故って何だろう?」

「ううーん」

「分からないニャ」

 

 アイラは、何かが頭の奥でひっかかっている。

 亡くなったのは、おそらく違法な商売をして稼いでいた魔法使い。

 使える魔法は、姿を変えるものだけだ。

 護衛を依頼してきた事から、身の危険を感じていたのだろう。

 そんな彼が、こんな温泉療養するしかない場所へ来た目的は何?

 とてものんびり温泉を楽しむタイプには見えなかった。

 それになんらかの事故で窓ガラスが割れたなら、助けを求めるために車内に出てくるはずだ。

 出てこられない事情があった?

 ちゃんと服まで着替えていたのに?

 疑問は深まるばかりである。



「吹雪がおさまったら、ダメーダヤさん達がいる村まで行って話を聞かなきゃね」

「寒いのはイヤニャ。温泉で温まりたいニャ」

「ゼンザイはお風呂を嫌がらないんだね。皆で暖まろうか」

「そうだね。吹雪がおさまるまで、のんびりしようか」


 リーン達が温泉に入りたそうに瞳を潤ませて、アイラを見上げてきた。

 アイラは考えるのを止めて温泉に入る支度をして、お風呂場に向かう。

 受付の隣には売店があり、リーン達は地元名産のお土産に夢中になった。

 入り口に入ってすぐのロビーの隅で、車掌が申し訳なさそうに簡単な事情聴取をしてメモをとっていた。

 こんな所では、医者も事件を担当できる者もいないのだろう。

 アイラ達が露天温泉に入ると、他には誰もいなかった。

 

「ふー生き返るね〜」

「芯まであったまるニャ〜」

「本当にいいお湯……」


 窓の外の雪を見ながら、ゆったりとした時間が流れていく。


「お湯の中に、籠に入った卵があるよ」

「温泉卵ニャ。後で食事で食べられると案内書に書いてあったニャ」

「楽しみだね。ゆっくり時間をかけて温泉のお湯で茹でるんだね」

「あ……。そうか。そうだったんだ。あれは事故じゃない」

「おばさん?」


 アイラは気づいた。

 時間をかけて部屋の中に降り積もった雪。

 それなのに、あの遺体の服は雪が積もっていなかった。

 着替えたばかりのようだった。

 誰かが着替えさせたのだ。

 誰が?

 アイラ達の前にあの部屋に入れたのは、鍵を持っていたあの車掌だけだ。

 どうしてそんなことを?

 着替えさせないといけない理由が、あの遺体にあるとすれば?

 遺体を調べれば、何かわかるかもしれない。

 

 うーん。しかしなあ……。

 こっちも緊急の依頼の最中だ。

 厄介事が増えるのも困る。

 この事件について依頼を受けたわけでもない。

 ダメーダヤ元王子達の再調査が遅くなって、反乱分子として彼らが討伐されたら、王妃様に恨まれてしまう。

 この国の王妃様に恨まれたら、他国への移住も考えないといけない。

 どうしたものか……


 アイラはしばらく考えて、宿の主人に気づいた事を伝えて、任せることにした。

 そして部屋に戻ると、用意されていた昼食を3人で楽しんだのだった。





 食後に、アイラ達は事情聴取に呼ばれる。

 リーンはまだ未成年なので。事情聴取は免れた。

 そこでリーンは、宿の庭を探索することにした。雪が珍しいのだ。

 庭の奥へ行くと、外へ続く扉が開いている。


 リーンが宿の外に行くと、罠を足に挟まれ、その罠を止めるためにくくりつけたであろう木ごと歩いてくる巨大な「犬」がいた。

 リーンは可哀想になり、「犬」に近づいて罠をはずし傷を癒やしてあげたのだ。

 「犬」はおとなしくしていた。

 リーンが「犬」を撫でてあげると、嬉しそうに尻尾を振った。


「もう大丈夫だよ。痛かったね」

「ありがとう!」

「喋れるんだね。大きいから狼かな。アイラおばさん、犬だったら連れて行ってもいいって言ってくれるかもしれない。でも狼だったら厳しいかな。近所の人が嫌がりそう」

「……犬です。僕は犬です」

「そっか。じゃあ大丈夫だね。アイラおばさんに聞いてみるね。おいで!」

 

 「犬」はとても喜んで、リーンにくっついてきた。

 ゼンザイは、大好きなリーンが帰ってきたことに気づいた。

 玄関まで迎えに出る。

 すると、リーンが巨大な獣を従えて歩いてくるではないか。

 ゼンザイは、その獣が何か一目で分かった。

 全身の毛を逆立ててフシャー! と叫び声をあげる。


「フェンリルニャー!」

「僕は犬です」

「アイラおばさん。この犬をうちで飼ってもいい?」


 騒ぎを聞きつけてアイラが出てくる。

 見事な毛並みの巨大なフェンリルが、リーンについてきていた。

 フェンリルは、この地方に住むと言われる巨大な狼の魔獣だ。

 性格は非常に狂暴で、力が強く、人語を話せるほど賢いといわれている。

 リーンと付きあうには、これくらいで驚いてはいけないとアイラは考える。

 冷静に対応しなければいけない。


「駄目です。フェンリルは北国の魔獣です。暖かい地方は生きずらいと思います。戻してきなさい」

「でもこの子、賢いんだよ。人の言葉が話せるんだよ」

「その時点で犬じゃないって気づいて! リーンちゃん!」

「僕は賢い犬です」


 自分を犬と言いはるフェンリルは、リーンにくっついて尻尾をちぎれんばかりに振っている。離れそうにない。

 アイラは、呆れてため息がでた。


「はあ。この地にいる間は一緒にいてもいいけど、帰る時までだからね!」

「よかったね! ワンちゃん!」

「ワン!」

「フェンリルの誇りは、どこに行ったニャアー!」


ゼンザイの叫びが、雪山に響きわたるのだった。






その頃のダメーダヤ達は、村の子ども達と雪合戦をしたり雪だるまを作って遊んでいた。

 ダメーダヤは隠れた所から雪玉を投げようとして、村の子ども達から雪玉の集中砲火を浴びせられてしまっった。


「よくぞ見破った!」

「当たり前だよ! 丸見えだよ。隠れられてなかったよ」


 ダメーダヤは、凍った雪に足を滑らせて転んでしまった。

 ヨーク達に笑いながら、助けおこされる。メリーも笑っている。

 ダメーダヤは、それを見て不思議な感覚にとらわれた。


 こんな風に遊んだことはなかったな。

 子どもの頃は、いつも転ぶ前に侍従が支えてくれたものだ。

 手足がかじかむほどの冷たさも初めてだ。

 ちょっと寒気がすると、侍女に毛布で包まれて暖かい部屋へ連れていかれたものだ。

 それが当たり前だった。

 それなのに、今こんなにも楽しい。


 ダメーダヤは、ほんのちょっぴりだけアンジェリカを思い出した。


 いつも俺様に注意ばかりしたアンジェリカなら、こんな時どんな注意をするのだろうか。


 ……分からなかった。

 彼は、初めてアンジェリカの事を何も分かっていないのかもしれないと思った。

 そして、すぐに忘れてしまった。



 家の中では、おばあさんが昼食を作っていた。

 ゆっくりと動くおばあさんを見て、ダメーダヤは施しを行うことにした。

 おばあさんが鍋に入れようとした干したギョウジャニンニクを、全て鍋に放り込んだのだ。

 ダメーダヤの好きなニンニクの香りが、家中に広がって美味い鍋になると思った。

 おばあさんは、慌てずに素早く鍋の中のギョウジャニンニクを拾い上げた。

 それを軽く拭いて、元の場所に戻した。


「こうやるんだよ」

「む?」


 おばあさんは、鍋から汁を少し小皿にうつして、ダメーダヤに舐めさせる。


「味見をしながら、入れる量を決めていくんだよ。全部一度に入れたら、味が整えられないよ」

「味見というのか。これは教わったことがなかった」

「ダメーダヤさんは、何を教わったんだい? 学がありそうだ」

「うむ。帝王学に歴史、地理、戦術に剣術、乗馬にマナーに他国の言語、ダンスにマナー……」

「たくさん学んだんだね。それじゃあ、それを活かして何をやりたいんだい?」

「むむ?」


 おばあさんは、ギョウジャニンニクを一掴み鍋に入れて煮込み、またダメーダヤに味見をさせた。


「学んだことでやりたいこと? 俺様は、存在するだけで偉大で尊いから、そんなもの考えたこともなかった」

「それじゃあ、ダメーダヤさんは偉い人なんだねぇ。尊んでくれる人達に求められたことをしてたんだ」

「は? 」

 

 鍋の中から、食べ物を少しずつ小皿に取り分けて、ダメーダヤにさらに味見をさせる。


「美味いが、まだ火が通っていないな。求められたこと? あいつらは俺様が求めることをする存在だ。そう思っていた」

「もう少し煮た方がいいね」


 ダメーダヤは、今まで作ってきた料理は生のままだったのでないかと疑問に思った。

 味見というものを、生まれて初めて体験したのだった。

 

「そんなにたくさん学んで、たくさんの人に求められて、ダメーダヤさんは忙しいね。自分が好きなことは、ちゃんと出来たのかい?」

「……俺の好きなこと?」

「学んだことを活かして人に求められることやれば、子ども達は村で生きていける。好きなことを続ければ、得意なことがことが増える。そうしたら楽しいし、他の村でも生きやすくなる。村の子はそうやって大人になる」


 おばあさんは、もう一度ダメーダヤに味見をさせた。


「美味い」

「ほらね。味見をすれば、ギョウジャニンニクをそんなに入れなくても、美味い鍋ができただろう」

「本当だ」

「皆を呼んできておくれ」

「分かった」


 ダメーダヤは、おばあさんに問われた事を考えた。


(俺様が学んだことを活かしてやりたいこと? それは何だ? 俺様が好きなこと? 俺様が人に求められていること? 俺様がする事は何でもありがたいことではないのか……?)


 彼は、何かを望む前に全てを与えられてきた。

 好きなものが分からなかったのだ。

 イヤな事は誰かに任せた。イヤな奴はクビにしてきた。


(高貴な俺様が、村の子どもに出来る事を出来ないわけがない。すぐに出来るようになるさ)


 彼は、おばあさんに言われた事を、時折考えるようになった。



 この村では、大人になると冬の間は出稼ぎでいなくなる。労働力が減るのだ。

 ダメーダヤ達が、村の仕事を手伝うと喜ばれた。

 通り道の雪を脇にどかす。

 怪我や病気をした村人達を、メリーが癒す。

 川魚を罠を掘ってとったり、冬の森にいる動物を捕らえようとして頭を噛まれたりした。

 自分が足元のヒモの罠に引っかかって、尻に矢が刺さったりした。

 その度にメリーに癒してもらう。


 ダメーダヤは、食事はいつも食べきれないほど運ばれてくるだけだと思っていた。

 「猟」という言葉は知っていても、実際にやってみるとかなり大変だった。

 王宮で狩りをした時は、馬に乗っていれば優秀な家臣に獲物を献上されて、自分の功績になったものだ。

 メリーによると、この村での生活は『ゲーム』とやらの第三部で、手柄を立てれば自分は偉大な英雄になるらしい。

 それならば、いつか戦う日がくるのだろう。

 その日に備えて、村人からもらった小刀を握りしめて、ほくそ笑むのだった。






 アイラは、困惑していた。

 事情聴取の後、車掌と宿の主人と従業員達がやってきたのだ。

 そして、アイラに事件について話し始めた。

 

「私は、列車から山の方へ逃げていく男を見たんです。背の高い人間の男でした」

「車内には、脱ぎ捨てられた車掌の制服が見つかりました。他の車掌達に聞いても、誰も心当たりがありませんでした」

「恐ろしいことに、遺体を安置していた所へ魔物がやってきたんです。遺体を荒らされてしまったのです」

「レイテスト公爵様には、そうお伝えください」


 アイラ達は、レイテスト公爵家が宿を手配してくれた。

 彼女が事件について気づいた事を話したのは、宿の主人だけだ。

 つまり、アイラ達の情報を、彼らに漏らしたのは宿の主人である。

 遺体が魔物に荒らされたというなら、もう手がかりは残っていない。

 おそらく彼は昨夜のうちに殺された。

 事故に見せかけるために窓を割ったのだろう。

 車掌は、おそらく証拠を誤魔化すために遺体の服を着替えさせた。

 そして事故だと言い張ったのだろう。

 証拠はもうない。

 列車内も車掌が片付けてしまっているだろう。

 それは、この車掌とこの宿の者が全員仲間だということだ。

 これ以上、この宿にいるのは危ない。

 今後、アイラ達は監視されるだろう。

 リーン達に危害が及ぶかもしれない。


 幸い、吹雪は収まってきた。

 アイラは、公爵家にはそう伝えると彼らに言うと、荷物をまとめてリーン達と宿の外に出た。

 フェンリルは、宿の外で待っていた。

 




 ダメーダヤ達のいる村へ向かう途中のことだった。

 冷気をまとう美しいエルフの女性が、リーン達の前に現れた。

 雪の結晶の模様のきらめく王冠をかぶった美しいエルフだ。

 この地に住む雪のエルフの女王、といった様子である。

 深い森のある場所だから、エルフが現れても不思議ではない。

 しかし、こちらに殺気を向けているとなると話は別だ。



 アイラは、臨戦態勢をとった。

 リーン達に先にダメーダヤ達のいる村まで行き、様子を見てきてほしいとお願いする。


「リーン。ゼンザイ達と先に行ってダメーダヤ元王子達がいる村へ向かってくれる? 私はこのエルフと話だあるから」

「でも……。分かった。お話が終わったら、すぐに来てね!」


 リーンはアイラを心配して渋ったが、アイラの言葉に従う。

 フェンリルの背中に乗せてもら、ダメーダヤ達の元へ向かった。


 アイラは、エルフの女性と対峙した。

 エルフの女性は、リーン達を見送り話しかけてきた。


「優しいんですね」

「魔法に詳しくない子と寒さに弱いケット•シーを巻き込みたくないんでね」



 エルフは魔法が得意だ。

 冷気を放っていることから、氷系の魔法が強いと分かる。

 このタイミングで現れたなら、この女性もあの事件に関係あるのだろう。

 獣人やエルフが関わっているのなら、あの男も関わっているかもしれない。


「これ以上、ややこしくならないでほしいな……」



 アイラはため息をついたのだった。












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