湯けむり鉄道殺人事件 (前編)
「さあ皆のもの! ここを改革してダメーダヤ独立王国を建国してくれようぞ! そして俺様は覇王になる! 王宮のラファエル達も、泣いて謝るなら傘下に加えてやらんこともない!!」
しんしんと雪が降り積もる山奥の小さな村で、ダメーダヤ元王子が頬を紅潮させ胸を張り言い切った。
「ダメーダヤ様! さすがです!」
「ダメーダヤ様! 世界一!!」
寒さにガクガクと震えながら、メリーとヨイショトリオが盛り上げている。
村の子ども達が数人、物珍しそうに話を聞いていた。
「俺様は魔王を倒した勇者なのだ! わーっはっはっは」
……全くの作り話である。
だが、ダメーダヤは話しているうちに本当のことのように感じられてきた。
彼の都合の悪い記憶は消極されて、改ざんされた。
「ご飯ができましたよー」
「わーい!」
木で作られた小さな家の中から、優しげなおばあさんが声をかけてきた。
ダメーダヤと子ども達は、急いで家の中に入る。
皆で、囲炉裏の周りに座りこんで暖まる。
おばあさんが鍋からよそってくれる一杯を、ダメーダヤ達は待った。
ダメーダヤは大怪獣に飛ばされた後、山奥の降り積もった柔らかい新雪に逆さまに突き刺さった。
そこを、この家のおじいさんに発見されて救助された。
それ以来、この家の世話になっていたのだ。
村のはずれに、ダメーダヤ達の演説を聞いたこの村の駐在員がいた。
彼は、ダメーダヤ達が元王子とは信じていなかった。
ただ、念のために上司に報告しておいた。
そして、上司は軽く調査をして王宮へ報告したのだった。
★★★★★
私は、今お空を飛んでいます。
私はリーン。冒険者見習いをしています。
ふわふわしてあったかくて気持ちいいです。
アイラおばさんとケット•シーのゼンザイと、近所の温泉に来たんです。
初めての温泉はとても気持ちがいいです。
いつまでもいつまでも浸かっていられます。
あれ? 転生する時に出会った女神様が見える。
笑顔で手を振ってくれている。
今そっちへ行きまーす。
「リーン! まだそっちに行っちゃ駄目! 戻ってきなさい!」
「リーンちゃーん!」
アイラおばさんとゼンザイの声が聞こえる。
どうしたんだろう。
私は目を開けました。
心配そうなアイラおばさんと号泣しているゼンザイがいました。
「よかった! 女神様が、とか呟いてるから焦った……!」
「リーンちゃん! のぼせて顔が真っ赤だったんですよ!」
「心配かけてごめんなさい……」
アイラおばさん達は、冷たい水を飲ませてくれました。
私が落ち着くと、皆で冷たい牛乳を買って、腰に手を当てて一気に飲みました。
こうやって飲むのが流儀らしいです。
冷えた牛乳は美味しいかったです!
私達は、温泉の食堂へ来て鍋料理を注文しました。
お肉のつみれと根菜類とギョウジャニンニクというお野菜が入っています。
とっても美味しいです。
「ニンニクの香りがするけど違うんだね。不思議だね」
「パニエ島で食べさせられたニンニク料理は、半分以上が生のニンニクで大変だったニャ」
「誰もダメーダヤにちゃんとした調理を教えなかったんだろうね」
思い出話に花が咲きます。
温泉は、体の芯から暖まって気持ちいいです。
皆で鍋をつつくのって、ほんわかした気持ちになって楽しいですね。
あれ? アイラおばさんが怪訝そうな顔をして窓の外を見ています。
「……王宮の紋章がついた馬車が、この温泉の前に来てる……」
「アイラおばさん、この温泉も王室御用達になったのかな。凄いね!」
「近所の人しか来ない食堂兼風呂屋だから、それはないよ。トラブルの予感がする。巻きこまれないうちに、ここを出よう」
私達は、荷物をとって玄関に向かいます。
猫舌でお料理が冷めるまで待っていたゼンザイは、食べ遅れたようです。
口一杯に頬張って歩いています。
ざわざわと騒ぐ人混みに紛れて、外に出ようとした時です。
近衛兵に何かを聞かれていた受付のお兄さんが、私達を指さしました。
近衛兵は、ぱあっといい笑顔になって私達の所へ来たのです。
アイラおばさんは、渋い顔をしました。
「お会いできて光栄です。アイラ•カーネーション殿。私と共に王宮へ来ていただきたいのです。王妃様からのお呼び出しでございます」
「……私は行きますが、この子達は家に帰してください」
「お連れさまもご一緒にとのことです。アンジェリカ様もラファエル殿下もお待ちです」
アイラおばさんは、顔をしかめて少し考えていた。
「アンジェリカ様がいらっしゃるなら、無茶なことはなさらないと信じます。行きましょう」
「承諾してくださりありがとうございます」
私達は、そのまま馬車に乗り込みました。
近衛兵さんが、真向かいに座りました。
陽気なお兄さんで、私達に話しかけてきます。
「僕には異世界の記憶があるんです。記憶が出た時に、家族は僕の事を異物のように扱いました。困り果てていた時に前公爵様に助けられて、近衛兵までになることが出来ました。だから、彼の1人娘のアンジェリカ様を助けてくれたアイラ殿に、いつかお会いしたいと思っていたんです。お会いできて嬉しいです」
「そうでしたか……」
アイラおばさんは、用心深そうに返事をしています。
異世界転生の記憶をもつ人は多いです。でも、それを受け入れてくれる家族と、そうでない家族がいると、アイラおばさんから教わりました。このお兄さんは受け入れてもらえなくて苦労されたのでしょう。
「王妃様は、私達にどんな御用があるのでしょう?」
「それは存じ上げません。ご内密のお話らしいです」
アイラおばさんは、ますます気難しい顔をしたのです。
小さく呟きました。
「ダメーダヤ元王子がまた何か……」
「……」
アイラおばさんの呟きに、近衛兵のお兄さんは沈黙で答えたのです。
王宮に到着すると、応接間に案内されました。
豪華な部屋です。これで1番小さい応接間だそうでびっくりしました。
中に入ると、アンジェリカ様とラファエル殿下、そして王族の肖像画で見たことがある美しい女性がいました。
やつれて青ざめています。
彼女は、侍女にお茶の用意をさせて、騎士や侍女の皆さんに出ていくように言いました。
そして部屋に私達だけになると、彼女は私達に土下座をしてお願いされたのです。
「お願いです! どうか北の果ての村へ行って再調査をしてください! そして、ダメーダヤ達を止めてください! アホな息子だとは分かっています! でも……私はあの子が愛しいのです……」
「王妃様! お顔を上げてください!」
泣き崩れる王妃様を、困り果てたアイラおばさんが慰めています。
私もゼンザイも困って、お互いに顔を見合わせました。
アンジェリカ様を見ると、胸元が濡れていました。
私達が来る前にも王妃様は、アンジェリカ様に泣きついていたようです。
「……どうして私達なのでしょうか? 王族に仕える影や近衛兵がいらっしゃるでしょう。ご実家や冒険者ギルドにも、もっと優秀な方達が……」
「全員に断られたのです! 王は大変お怒りで今度こそ死刑にしようと考えておられます。まだアンジェリカ様への借金も残っているのです。平民になったあの子の為に誰も……」
わあああと王妃様はそのまま泣き崩れて、お話が出来なくなりました。
ラファエル殿下が、王妃様の代わりに説明してくれました。
「兄上が、北の果ての村で反乱を企んでいると調査書がきたのです。それで、王がとてもお怒りなのです。王妃様は、そんなはずはないと再調査を願い出ましたが、皆に断られてしまったそうです。そして私の所へご相談に来られたのです……」
「お願いいたします! 私の個人資産で払えるものなら何でも差し出します! それに息子達に最後に会ったのは貴女達なんでしょう!? あの子の無邪気さは、ご存じのはずです。どうかどうか、お願いいたします……!!」
王妃様は、必死です。
「グリード様が最後にくれたお手紙で仰っていました。魔法使いが修行を行う魔塔出身の優秀な冒険者がいると。困ったら、彼女とその連れに頼むのがいいと! 貴女達のことです! 私にはもう他に頼れる伝手がありません! どうかどうかお願いします」
「グリード公爵が……」
今は亡き前公爵のグリード様が、王妃様に私達のことをお話されたそうです。
アイラおばさんはともかく、私はふつうの子だと思うのですが。
アイラおばさん、イヤそうです。眉間の皺がそう言っています。
ブツブツ呟いています。
「またグリード公爵ですか……。彼は本当に亡くなっているのか? まるで幽霊になって、私達を操ってるみたい……はあ」
「アイラおばさん。元気出して」
「寒い所は苦手だニャ……」
私達が困っているのを見かねたのか、アンジェリカ様が近づいてこられ私の手をとって言いました。
「実は、ダメーダヤ様達がいらっしゃるのは我が領地なのです。その村の近くまで実験的に鉄道を作っておりますの。話が大きくなる前に、急いで再調査していただきたいのです。ですから、最新の防寒具一式と列車のチケットをこちらで手配します。すぐ出発していただけるでしょうか」
「……わかりました」
アイラおばさんは、困ったように承諾しました。
このまま家に帰らずに、出発することになりそうです。
風と冷気を通さない服と心地よい暖かさの魔石、それに剣と弓をいただきました。
アンジェリカ様が仰るには、元王族が反乱を起こして処刑されたとなると、民が王家へ不信感を抱くことになるそうです。もしかしたら、今の王政に問題があるのではないかと。王妃様にお願いされただけではなく、婚約者のラファエル殿下の負担を減らすためにも、今回の事件を最小限にして解決したいそうです。
アンジェリカ様は、駅まで私達を馬車で送ってくれました。
この列車というものは、異世界転生者達が集まって、実験的に公爵領内に作ったものだと聞きました。
他領にまで広げて作るかどうかは、まだ検討中だそうです。
急激に発展した技術のものを与えられても、手入れをし続ける技術がなくて廃棄になって処分に困ったり、地元の人が、与えられることに慣れて自ら考えて動かなくなってしまうそうです。
地元の人が継続して続けられる知識と技術を与えることが大切だそうです。
人間ってそういうものなんだと思いました。
駅には、列車に乗る人達と青い制服を着た車掌さんがいました。
流線が美しい青い車両です。
私とゼンザイは、初めて乗る車両にはしゃぎました。
「うわー初めて乗る! 楽しみだね」
「人がいっぱいいるニャ。これが動くのかニャ」
「ここから北の温泉宿まで行くんだよ。確かに輸送に便利だけど、いろいろな問題が検討中だと噂だね。列車があることで起こる問題も異世界転生者達が知ってるらしい」
「問題があるニャ?」
「マンインデンシャとかレッシャゴウトウとか魔物が出たらとか、たくさんあるらしいよ」
「便利なものがあるだけじゃ駄目なんだね」
「使いこなせないと廃棄になって処分に困るって、アンジェリカ様が言ってたニャン」
列車内には、国籍も階級も人種も違う人々が乗っていました。
最新式の列車というものに乗ってみたい人達だそうです。
列車の中は、食堂車というものもありました。
白いテーブルクロスには、綺麗な白い刺繍がついています。
内部の木は、磨かれて輝いて見えます。
金色のランプの灯りが、優しく車内を照らしています。
ケーキが、とても上品な味で美味しくて絶品でした。
「失礼。少しいいかな」
ニヤニヤと笑って威圧的に話すおじさんが話しかけてきました。
じろじろと私達を見ます。
値踏みされてるみたいで気持ち悪いです。
「俺はイルワだ。君達冒険者だろう? 珍しいね。この列車に君達みたいな子がいるなんてさ。でも着ているものは最新式の値のはるものだ。スポンサーがついてるのかな。優秀なんだろう。どうだい? ここでちょっと稼いでみないか」
「お断りします」
アイラおばさんは、キッパリと言い切りました。
よかったです。
このおじさん、気持ち悪いですから。
「まあ聞けよ。相場の3倍は出すよ。俺の護衛をしてほしい。俺は魔法使いなんだがね、姿変えの魔法ができるんだ。商売をしてるんだが、妬んだ奴が脅迫状を送りつけてくるんだ」
「申し訳ありませんが、私達は他の依頼を受けているのです。緊急のものです。他の依頼は受けられません」
「ちっ! つけ上がりやがって!」
イルワというおじさんは、怒りながら去っていきました。
アイラおばさんは、考えこんでいます。
「胡散臭いな。こんな温泉しかない場所で、商売ってなんだろう? 住んでる人も少ないのに」
「雪でも売るのかニャ。魔法使いなら、特別な知識で運べるのかもニャ」
「かき氷屋さんなのかな」
「いやいや。知識があっても個人で運べる氷の量では稼げないよ。それよりケーキをもう一個頼もうか。素晴らしく美味しいね」
私達は、口の中で溶けて消える白いケーキを味わって過ごしたのです。
列車の窓から見える雪が、激しくなってきました。
列車のスピードが遅くなったのが、分かりました。
私達は、寝台車の一室に戻り夜を過ごしました。
翌朝、朝食をいただくために食堂車へ向かうと、車掌さんが朝食をトレイに乗せて寝台車の一室のドアを叩いていました。
「イルワ様? 朝食をお持ちしました。返事がないな。失礼いたします」
昨日会ったおじさんの名前が出たので、思わず足を止めて見てしまいました。
車掌さんは、鍵を開けて中に入りました。
少し時間が経ってから、車掌さんが出てきました。
青い顔をしています。
彼は他の車掌さんを呼び出して、こう言いました。
「イルワ様が亡くなっています」