復讐の女神は微笑む(前編)
夢からヒントをもらった物語です。
よろしくお願いします。
「アンジェリカ・レイテスト公爵令嬢! 婚約を破棄させてもらおう! 弟であるラファエル殺害疑惑がある! 貴様のような女を国母にするわけにはいかない!」
ダメーダヤ・リコ・ロワイアル第一王子が一息に言い切った。
王宮のパーティーの真っ最中のことである。
彼の後ろには、聖女メリーが目を潤ませて立っていた。
王子は聖女をひしっと抱きしめて、誇らしげに言い放つ。
「そして、私は聖女メリーを新たな婚約者とする! 私達は、真実の愛で結ばれているのだ!」
国王陛下も王妃様も、外交で今この国にはいない。
しかし公式の場での言葉だ。取り消すことはできない。
「お言葉ですが、私はラファエル様を殺害などしておりません! 名誉毀損です。そして……婚約破棄を喜んで承諾させていただきます」
公爵令嬢アンジェリーナ・レイテストは、毅然とした態度で優雅にカーテシーをする。その美しさに周囲の人々は心ときめかせた。彼女は誇り高く王宮のパーティー会場から去っていった。
残された貴族達は、筆頭公爵家と王族とのスキャンダルに騒然となった。
★★★★★
私は仕事をクビになった。
私の名は、リーン・カーネーション。金髪碧眼の少女です。
ここは平和な田舎の村。私を育ててくれた叔母が住んでいます。
そして私は今、仕事をクビになって追い出された事を叔母に何て言おうか必死に悩んでいます。
「ふうん。レイテスト公爵様がお亡くなりになられたのね」
叔母は、ダイニングで新聞を広げて読んでいます。
彼女はアイラ•カーネーション。元冒険者です。怪我が原因で引退して、この田舎の村で暮らしています。ちなみに銀髪碧眼でとても美しい人だ。
「アイラおばさん。よかったら、しばらくここに私を置いてくれないかな」
「リーン。仕事がまた駄目になったの? 昨日の今日じゃないか」
「だって、上司がパワハラセクハラモラハラ野郎で、一緒に入った女の子を苛めるから思わず殴ってしまったの。そしたら荷物まとめて追い出されちゃった……」
「おまえもいろいろあって大変だったんだね。この村は、何もなくて退屈だと思うけど、うちに居ていいよ」
「ありがとう! アイラおばさん!」
アイラおばさんは、トーストとジャムとミルクティーを私に出してくれました。やったね。お腹減ってたんだ。
私は、焼いたトーストにジャムをたっぷりつけて、思い切りかじりついた。美味しい! 口の中が幸せ!
アイラおばさんは、紅茶を飲みながら、今朝届いた手紙をチェックしています。
その中に意外なものがあったらしい。彼女の眉間に皺がよるのが分かりました。
「……亡くなったレイテスト公爵様から、手紙がきてる……」
「アイラおばさん。凄いね! 公爵様と知り合いだったんだ」
「冒険者をやっていた頃に、一度護衛でお会いしたくらいだよ。何だろうね……。薄気味悪いね。死者からの手紙なんて……」
おばさんは、素早く手紙を開封して確認しました。
そして私にも内容を教えてくれたのです。
『久しぶりだね。アイラ嬢。怪我をして冒険者を引退したそうだが、そろそろ傷も癒えた頃だろう。私からの遺言だ。君に依頼したいことがある。事件の真相を解き明かしてほしい。私は君を高く評価しているんだよ。 グリード•レイテスト公爵より』
「アイラおばさん。どうするの?」
「行って話を聞いてみるよ。彼のお墓に、花の一つでも手向けてやるさ」
なんとアイラおばさんは、王都にある公爵邸に私を連れてきてくれました。
公爵邸はなんというか……長方形の高い建物で、壁に青い空と白い空が映り込んでいます。信じられない。凄すぎる。入り口の壁が透明で、建物の中が見えます。公爵邸は、周りの石造りの建物の中で浮きまくっていました。
「えええー!?」
「レイテスト公爵は異世界転生者達の保護をしていてね。彼らの知識で大儲けしているんだよ。そのお金と異世界の知識で建てた邸だから、変わっているでしょう」
「扉が横に動いて開いた……!?」
「この部屋は『喫茶店』というんだ。ここでお茶でも飲みながら、おとなしく待っていてね」
「うん。分かった! 待ってるね!」
私ことアイラ・カーネーションは、リーンのために紅茶とスコーンを注文する。
リーンは、窓から光が差しこんでくる赤い椅子と木のテーブルの座席にニコニコして座っている。流れ落ちる黄金の髪と大きな青い瞳が印象的な美少女だ。周りがチラチラと彼女を見ている。彼女自身はスコーンセットに夢中で気づいていない。まあそこが、リーンの良い所でもあると私は思っている。
私は、指定された時間にレイテスト公爵家専用の階に向かう。
レイテスト公爵は有能な商売人でもあった。さまざまな知識をもつ異世界転生者達をよい待遇で雇い莫大な富を築いてきたのだ。
妻に先立たれ、1人娘のアンジェリカ様は外国で療養中のはずだ。
喪中ということで、この階にいる人達は皆が黒い服を着ている。
私が手紙を見せると、応接間にすぐ通された。
弁護士が書類を見ながら、遺言書の中身を教えてくれる。
「亡き公爵様から貴女にご依頼があります。第2王子殺人事件の調査です。報酬は、金貨500枚になります」
「大金ですね」
「まあそうですね。お引き受け下さるなら、貴女には王都歴史グルメツアーへ参加してもらいたいのです。同行者もいるなら、お連れしてください。費用はこちらで承ります。あなたから要望があれば、私達ができる限りのお手伝いをいたします」
「あらまあ、大人気で予約が取れないツアーじゃないか。ツアーで何をすればいいんだ? 同行者もいいんだね。姪を1人連れていきたい」
「はい。結構ですよ。ツアーに参加すれば調査内容は分かるとのことです。では、こちらにサインを」
書類を隅々まで読み込んで、サインをする。
王都歴史グルメツアーは、ちゃんとした旅行会社が行なっている。怪しい所は、何もない。公爵は太っ腹な方だったが、私に慰安旅行を遺したとは思えない。
……何かある。
まあ、リーンにはいい気分転換になるだろう。リーンの元へ戻ろう。
しかし、あの事件の再調査かあ……。王家も公爵家も暗部を使って調査しただろうに。今さら何か出てくるかな。
それから、私は弁護士達に質問をした。
「公爵様のお墓がどこにあるか、教えていただけますか? お花を手向けたいのですが……」
「実は、まだ彼のお墓は作られていません。葬儀は密葬ですませました。公爵様のお別れ会も未定です」
「ええ!?」
「調査が終わるまで様子をみろとのご遺言なのです。アンジェリカ様を、この国に呼び戻すことは今は禁じられております。彼女にとって、この国は安全ではありませんので……」
「あ、ああ。そうなんですね。教えてくれてありがとうございます」
私は、苦虫を噛み潰したような弁護士の表情に、何も言えなくなった。
この調査は、思ったよりも責任が重いかもしれない。
アンジェリカ様は、公爵様が年老いてからやっとできた御子だ。
他に、子どもはいない。とても可愛がられていたと聞く。
第一王子とアンジェリカ様との婚約は、王妃様にねじ込まれたと聞いた。
婚約破棄後も、第一王子達はアンジェリカ様に酷い事をしていると噂がある。
おそらく本当のことだろう。
アイラが喫茶店に戻ってくると、リーンは空っぽになったお皿を名残り惜しそうに撫でていた。
「リーン! 仕事! 王都歴史グルメツアーに参加するよ。おまえと私でね」
「王都歴史グルメツアー!!」
「そう。そこで調査の仕事だ」
「やったー!!」
リーンは、それを聞いて嬉しくてたまらなくなった。
アイラおばさんは、なんと私も王都歴史グルメツアーに連れていくことにしてくれました! 一生に一度は参加したいという大人気ツアーです! 歴史のある建物を見られて昔ながらのグルメを堪能できるのです! なんて幸せなことでしょう!
私達は、急いで帰って旅の荷物を用意しました。
1番いいワンピースとコートを着ていくことにしました。ツアー参加者は、裕福な人が多いらしいです。
集合場所には、古風で格式の高そうな馬車が数台並んでいました。護衛達の姿も見えます。
ツアーガイドの女性は、茶髪黒目で真面目そうな人でした。私達を見つけると、にこやかに声をかけてきてくれました。
「アイラ様とリーン様ですね。よくお世話をするようにと公爵家から言われております。よろしくお願いいたします。この旅を楽しんでいただけると嬉しいですわ」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「リーンも、よろしくお願いいたします! とっても楽しみです!」
私達は馬車に乗り込みました。ツアーは最初の観光場所へと出発したのです。
「広ーい! 見て! アイラおばさん。あれは牧場だよ! いろんな動物がいるんだよね」
「建国時に、初めて作られた王族の牧場だね。解放されて観光できるようになったんだよ」
「動物に触れるかなあ。ワクワクしてきた!」
牧場に到着する。
ガイドの女性に、ここでは集合時間まで自由にお過ごし下さいと言われた。
リーンは、大喜びで動物を見に行った。
この牧場では、柵の外から乳牛を眺めたり乗馬体験をすることができるようです。私は、馬に人参をあげたりそっと触れてみました。馬は目がキラキラしていて可愛いいです。動物達はよく懐いてくれて、嬉しそうに尻尾をふってくれました。まばゆい新緑や花々が美しくて、なんて素敵な場所でしょう!
アイラは、素早く周りを観察する。
看板を見つけた。
この牧場は昔、森に住んでいたエルフ達と交渉して、森を開墾した場所に作られたものだ。そう書かれている。
この世界には、人間とエルフと獣人がいる。昔は仲良く暮らしていたのだ。
しかし、現在ではもうエルフや獣人を見かけることは減ってしまった。
彼らが暮らせる森や環境が減ってしまったのが原因だ。
ここでは、特に事件に関わりがありそうなものは見つけられそうにない。
アイラはそう考えた。
リーンは元気よく走り回っている。
アイラはリーンを、食事に誘おうと声をかけた。
「風の中にいろんな動物の匂いがする! あっちには羊と牧羊犬とガチョウがいるよ。可愛いね」
「気に入ったみたいでよかった。そろそろ、ここのレストランに行こうか。楽しみだね」
「伝統のガチョウのバーベキューが美味しいんだって! 楽しみ!」
「よかったよかった」
リーンとアイラは、おき火で3〜4時間じっくりと焼いたガチョウのお肉をいただいた。味付けは岩塩だけとは思えない美味しさだった。それから搾りたての牛乳を使ったソフトクリームやスイーツをいただく。味わいが深くて香りがよかった。
楽しく食事をした後、彼女達のツアーは牧場を後にした。
次の観光場所は、厳かな雰囲気の古い神殿だ。
神殿は海沿いにあって、潮の香りがする。
石造りの神殿の中には、 世界を創造された神々の像が並んでいた。
創世神の男性像が奥にあり、両脇にずらっと様々な神様の像が並んでいる。
それぞれが司る分野を象徴する道具を持ち、神獣を従えていた。
ここの看板の説明には、かつてこの地に住んでいた獣人達が協力して建築されたとあった。
ツアー客達は、神像達を感慨深げに見ていた。
定規と剣を持ちグリフォンを従えた女神像を、熱心に見つめて祈りを捧げる女性客もいる。
リーンも熱心に神像を見つめている。
アイラは、リーンに説明をしてあげた。
「ここは、古代の神様達の神殿かあ」
「この世界は、古代の神々が創られたそうよ。創造された後、眠りについたといわれてる。今の王族は、創世神様の血をひいているそうだよ。金髪金眼だと特に神血が濃いとされているわ」
「そうなんだね。教会とは違うんだね」
リーンは大きな目をキラキラさせて聞いている。
「そうね。新しい神様が誕生して、異世界転生者達をこの世界に召喚しているそうよ。初めて現れた異世界転生者が、教会を作ったの。異世界転生者は、第一王子妃の聖女様が有名ね。癒しの奇跡が使えるそうだよ」
「聖女様かあ。肩が凝りそうだよね」
アイラは、優しく笑ってリーンの頭をワシャワシャと撫でまわした。
リーンは、くすぐったそうに嬉しそうに笑った。
「そうね。リーンは堅苦しいの苦手だよね」
アイラ達は神殿の中を観光で見てまわった。
そして祈祷部屋の利用者の名簿を見つけた。
アイラは素早くその名簿をめくっていく。事件当時の利用者を調べる。
利用者に、公爵令嬢アンジェリカ•レイテストの名があった。
当時は、聖女様と第一王子との浮気で悩みも多かったのだろう。よくここで祈られていたようだ。
当時の予約名に、アンジェリカ様とラファエル殿下の名前があった。
彼が殺されたと言われる日だ。おそらくこれが、アンジェリカ様に殿下殺害疑惑がかけられた原因なのだろう。
ラファエル殿下は、アンジェリカ様とお会いしようとされた。
でも、彼は来なかった。後日、彼は亡くなっているのを海で発見される。
アンジェリカ様が疑われたが、証拠不十分で釈放されたはず。
それ以上は、気になる点は見つけられなかった。
リーンのお腹からぐうぅ〜きゅるると音がする。
2人は食堂に行くことにした。
アイラ達が神殿の食堂に来ると、そこは天井がとても高くて射しこむ太陽の光が幻想的な部屋だった。
長い木のテーブルに丸い椅子がたくさん並んでいる。
時間をずらして、ここで神官様達も食事をするらしい。
ここは、海の幸が美味しいと有名だ。
リーンは食べたいものを注文した。
彼女は料理を受け取ると、アイラの横に並んで座った。
アイラは食欲がないのか、食事の量は少量だった。小さく白米を丸めた上に小さな魚介類が乗っているものだ。お菓子のように可愛らしい。鞠寿司というらしい。
リーンは、アイラが心配になってきた。
アイラおばさんは、ここまで事件の手がかりが見つからなかったのかもしれない。それで、ふさぎ込んでいるのかもしれない。
次の観光地は、亡くなられた第2王子のお母様が育ったお城らしいです。アイラおばさんが依頼された調査に関係あるに違いない! 私も、アイラおばさんの役に立ちたい。頑張るぞ!
私は、腕を上げてガッツポーズをしました。
すると、品のいい年輩のおばさまが声をかけてきました。
ニコニコした笑顔が暖かい女性です。知的で上品で貴族の方のようです。
ツアーの参加者で、先ほど女性の神像の前で祈りを捧げていました。
「失礼。無邪気で可愛い娘さんね。一緒の席についてもいいかしら? 」
「ええ。どうぞ」
「私はナニーです。よろしくね」
「よろしくお願いします。私はアイラです。この子は姪のリーン」
「どうしてこのツアーに? 若い子達には退屈じゃないかしら。古い所ばかりで」
「リーンは楽しいよ! 初めて見る所ばかりで! ご飯もとっても美味しい!」
「私達は、レイテスト公爵に招待されたんです。それに、この子にとっては初めて行く所ばかりで面白いようです」
「まあ! 私も、公爵様にこのツアーのチケットをいただいたんです。この地は、私にとって思い出深い地なのです……」
アイラは、ピンときた。
(この人は、公爵の用意した事件の手がかりかもしれない。話を聞き出そう!)
「思い出の地とは素晴らしいですね」
「ええ。私はこの地で、あるお方の乳母をしていました。気高く美しくお優しい方でした」
「方でしたとは……お亡くなりになられたのですか?」
「ええ。とても残念なことに酷い亡くなり方でした……。今でも信じられませんわ。海で発見されたのです。殿下の叔父にあたる伯爵様がご確認されました。もうあの美しい金色の瞳と金髪が見られないのは、本当に寂しいことです……」
アイラはそれを聞いて驚いた。
(うん。その特徴は第2王子ラファエル様だね。このご婦人、殺された王子の乳母か)
第2王子は側妃様から産まれた。側妃様はモリア伯爵家のご出身で、すでに亡くなられている。ラファエル様は賢く美しく、王族の祖とされる古代の創造神と同じ金髪金眼だった。穏やかな性格で皆に愛されていたらしい。
第1王子は王妃様の御子だけれど金髪紫眼。学問も武術も魔法も全てにおいて、アンジェリカ様よりも劣っていると不評だった。性格もちょっとお馬鹿らしい。
彼の側近達は、ヨイショトリオの役立たずと呼ばれている。
「その方とは、ラファエル殿下のことですか。素晴らしい王子だったと聞き及んでいます。もう少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ! ええ! もちろんです! あの方はお体が弱くてね。よくモリア伯爵領で療養されていました。あそこはとても美しい所なのです。太古の昔からの自然が、保護されているのです。アンジェリカ様も、よく遊びに来ていましたわ。あの方も大変美しい方です。お2人が仲良く語らっていると、一枚の絵画のようでしたわ」
ナニーからアンジェリカ様の名前が出てきた。
アイラは慎重に情報を引き出そうと会話を続ける。
「アンジェリカ様ですか。亡きレイテスト公爵様のご令嬢の……」
「そうなのです。彼らは、お互いに思いやりをもっていました。彼らはいい影響を与えあっていたのです。殿下は伝統的な文化の良さを伝え、公女様は最新式の知識を教えていましたよ。理想的なお二人に見えました。
公女様と第一王子の婚約が決まってからは、お2人が会うこともなくなりましたがね。お手紙のやりとりはされていました。それがあんなことに……。哀しいことです。とても哀しく苦しい……」
「お気の毒なことです」
ナニーは、深く考え込んでいるようだった。独り言のように呟いている。
「……私はどうしたらいいのかしら。でも……どんなに深い『愛』があったとしても……真実は明かされるべきだと思います。……そうでなければいけません。復讐の女神様がお怒りになるわ……」
「復讐の女神様がお怒りになるんですか?」
「ええ。そうです。正しきことがなされなかった時、復讐の女神がやってきます」
「古代の女神様のお一人でしたね。この神殿に祀られている女神像がありました」
「はい。……失礼しますわ。私はあの方にお会いしなければいけません……」
ナニーさんは、そのままツアーと別れてどこかへ行ってしまった。
リーンは、ナニーさんが去るまで黙っていた。
アイラおばさんが考え込んでいます。何か手がかりを掴んだに違いありません。
腕を組んで考え込んでいます。
「アイラおばさん、何か事件のこと分かった?」
声をかけられて、アイラはリーンを見る。
リーンは海鮮丼を食べていた。炊きたての艶のある白米の上に、獲れたての新鮮な魚介が美しく盛りつけられている。豪華な海鮮が、海の宝石のようにきらめいている。リーンは口の中でとろけていく美味しさに目が潤んでいた。幸せそうだ。
「まだ何も分からないわ。ラファエル殿下とアンジェリカ様が、仲良かったことが分かっただけね。犯人は第一王子の可能性もある」
「第一王子?」
リーンはもぐもぐと一生懸命頬張っている。リスのようだ。可愛らしい。
「第2王子のラファエル様がアンジェリカ様と結婚されたら、強力な後ろ楯になるわ。そうしたら王位継承で不利になる。動機があるわ」
「そっかあ。好きなだけじゃ駄目なんだね。貴族はめんどくさいね」
「そうね。次のお城でもっと情報が欲しいな。リーン。モリア伯爵領の近所の方達に王子達の噂話を聞いてまわってほしい。頼んでいいかな」
「うん! いいよ!」
次の観光地は、第2王子の母君が育ったモリア城だ。
そのお城は海沿いの崖の上に建っていた。古めかしい建物だった。灯りも蝋燭で、住人が着ているものも伝統的なものだった。道具も古く、代々譲り受けて使われてきたと思われた。
なんと古代種といわれる希少なエルフ族や獣人までいる。
城の使用人として働いている。
レイテスト公爵の建物とは、対照的だった。
「とても古風な暮らしをしてるのね」
「古風なの?」
「ええ。暖炉は火魔法でつけるみたいだし、最新式の魔法道具は見当たらないわ。灯りも古代魔法の術式ね」
「スイッチひとつで灯りがついた公爵邸は、凄いよね」
アイラとリーンが話し込んでいると、ジェームズ・モリア伯爵が現れた。
彼は、ラファエル殿下の叔父にあたる。
伯爵は、肩ぐらいまでの黒い髪に赤い瞳の上品な美青年だ。伝統的な白い衣装を着ている。
彼自ら、よく通る低い声でこの城の良さを説明してくれた。
「この城は、創世記から代々受け継がれてきたのです。格式の高さでは随一なのです。創世記からの素晴らしい文化と自然を守り抜いています。古代の神々の教えはとても美しいのです。その素晴らしさは、皆様にも納得していただけることでしょう!」
リーンは、うんうんと感心して頷いている。
アイラは、彼の断定口調に引いてしまった。
(生粋の古代信仰者きたー! 頑固そうだな)
とにかく、アイラは彼に話を聞いてみることにした。
「伝統的な生き方を守っているのですね。この領地は」
「古代の神々を敬っているのです。素晴らしいでしょう? 最近は、異世界転生者どもの便利な知識や力が流行っていますが、嘆かわしいことです。この世界にある美しさを、まるで理解していない連中です」
(うわあ、アンチ異世界転生者か。ラファエル様は、よくアンジェリカ様と仲良くできたな。公爵家は異世界転生者だらけだぞ。アンジェリカ様は、この地では嫌われているかもしれない。あとでリーンに集めた話を聞いてみよう)
リーンは、モリア伯爵の説明が終わった後、城前の街へ飛び出して行った。
そして、大喜びで地元料理を堪能している。
「クロテッドクリームとジャムをぬったスコーンとビスケットが、最高に美味しい!」
「嬉しいねえ! たくさんお食べ! 最近はチョコだのアイスクリームだの、異世界料理ばかりが人気だからね」
「ここのお野菜もお肉もお魚も美味しいよ!」
「これも食べてみな!」
「おばさん達! ありがとう!!」
リーンは、順調に地元に溶け込んで噂話を聞き込み、お腹を満たしていった。
それを見たアイラは、リーンが食べ過ぎてお腹を痛めないように、彼女の元へと走っていく。
モリア伯爵も、その光景を見て満足げだった。
「ご覧なさい。この世界に元々あるものだけで十分なのです! その素晴らしさを伝えるために、私は観光案内をしているのです」
「まあ! なんて貧しくて古くさい場所なのかしら!」
そこへ、騒がしい大きな声が響き渡った。
ローズピンクのふわふわした長い髪、フォレストグリーンの外出着、ギラギラと輝く宝石をたくさんつけた女性が現れたのだ。可愛い顔立ちに、盛り上がった胸、蜂のような腰の華やかな女性が現れた。
彼女は、メリー・マツモミ。この国の第一王子妃であり聖女である。聖女が取り巻きを連れて訪問してきたのだ。
「古くさくて改善点ばかりね。私が来たからには、もう大丈夫よ。私は、ヒロインですから! 全部快適で便利にしてあげます! 」
伯爵の眉間に深い皺がよる。口元は笑っているけれど、とても怒っている。
聖女は気づかない。
リーンは聖女を見て、思わず「うわあ……」と言いかけて、アイラに口をふさがれた。
「肥料を畑にまけば、収穫量もはねあがりますわ!」
「誠に残念ですが、聖女様。この農法はうちの格式高い伝統的なものです。
自然栽培といわれるものです。収穫期間もかかりますが、大変な愛情と手間暇をかけております。それ故、甘味も強く香り高く、栄養価も高いのですよ。腐ることなく自然のままに朽ちて発酵するのです。お客様にも大変喜ばれております」
「で、でも……じゃあ、この地に工場を建てましょう! 雇用が増えて経済も潤います!」
「いいえ。申し訳ありません。うちは美しい自然の景観が売りなのです。工場など建てて、美味しい空気やそのまま飲める川の水を汚すわけにはいきません。
それだからこそ、エルフや獣人が生きていける環境が残っているのですよ!!」
「だって……、それじゃあ私が功績を立てて認められないわ!」
「残念です。お帰りはあちらです」
モリア伯爵は、聖女メリーの手をとり入口へと誘導した。
彼女は、「でも、だって」を繰り返しながら、側近達と帰っていった。
側近達は、こんな辺鄙な所にいるより王都の人気カフェやブティックに行こうと、彼女を説得して連れ帰った。
聖女メリーは異世界転生者だ。しかし彼女はレイテスト公爵家と対立した事で、異世界転生者達に嫌われている。
どんなに優秀でも、彼女1人でできることは限られていた。評価と人気は下がりまくる一方だ。彼女は功績を求めて焦っていた。
モリア伯爵は、手袋を脱ぎ捨てると侍女に渡した。
「捨てておきなさい。まったく……異世界かぶれどもめ! 汚らわしい!」
リーンとアイラは、宿に帰って話し合った。
「あのね、アイラおばさん。ご飯をくれたおば様達が言うにはね。アンジェリカ様はモリア伯爵様に嫌われてたんだって」
「やっぱりね」
「それからね。今日いたメリー様はラファエル様に言い寄ってたそうだよ」
「そうなの!?」
「うん。それで、ラファエル様に滅茶苦茶嫌われてフラれたらしいよ」
「それならメリー様も動機があることになるね。フラれた腹いせで、彼と仲がよかったアンジェリカ様に冤罪をきせたのかもしれない……」
「ううーん。誰が犯人なんだろう。分からない。アンジェリカ様、可哀想だよね。大好きな人と別れて、その人を喪って冤罪かけられて、外国へ行って療養してて、お父さんも亡くなって……」
リーンは、悲しくなって胸が痛んだ。
アイラは、横に並んで座りリーンの肩を優しく抱きしめる。
「そうだね。この調査が終わったら、アンジェリカ様がどう過ごされているか調べてみるよ。私達が、彼女にできることが何かあるかもしれない」
「ありがとう。アイラおばさん。アンジェリカ様、元気に過ごされていたらいいね」
「そうだね。もう少し情報が必要だわ。明日ナニーさんにもっと話を聞こうか」
「うん!」
そして翌朝、ナニーが、高い塔から誰かに突き落とされて重体だと、リーン達はツアーのガイドの女性に教えられたのだ。
(つづく)
読んでくださってありがとうございます。
今日中に後編をアップします。