呪いにかかっている悪役令嬢と、攻略対象の公爵子息
「今日はお散歩日和ね! 行くわよ、ユネ!」
「はい。お嬢様」
私の名前は、ビルネッド・アーカレラ。
今日は侍女の一人を連れて、街を歩いている。街をこうやって自由に見て回れるのは、月に何度かしかない楽しみだ。
普段の私は有名で、目立つ。
私の行動の一つ一つに注目を受けている。
だから、今日みたいな呪いが発動している時の方が動きやすいのだ。
「お嬢ちゃん、これ食べるかい?」
「うん。ありがとう、おじさん」
私が笑みを浮かべて、今の姿に相応しい言動をすればパン屋のおじさんは笑った。
こうやってお忍びで出かける時は、普段とは周りの視線も態度もちがう。私があのビルネッド・アーカイラだとは、誰一人知らない。
――こうやって街を歩き回ることはいつものことだった。
だから、私は油断していた。
「お嬢ちゃん、良い所の子だろう? 俺たちに捕まってくれよ」
誘拐犯にこうして追い詰められることになるなんて全く思ってもいなかった。
少し前、人込みに紛れて一緒にきていた侍女と離れてしまった。しかし護衛がついているはずだし、問題がないと思っていた。……まさか、今日私についていた護衛が、お金に目がくらんで私を裏切るとは思っていなかったのだ。
まぁ、その護衛も私が“ビルネッド・アーカレラ”だとは理解していないだろう。アーカレラ家と少しだけ縁のある少女を、ちょっとお金に目が眩んで差し出した。それだけでも死刑ものだけれども……。
私は路地裏に追い詰められて、魔法を紡ぐ。
でも今の状態だと、魔法を上手く使えない。そのせいで、逆上した誘拐犯に腕を軽く傷つけられてしまった。
――どうしよう、そんな風に思った時に一つの声が聞こえた。
「どこから?」
聞こえてきた不思議な声。
その場違いな声の主は、薄水色の髪と赤い瞳を持つ美青年だった。
……私はその人と挨拶程度しかしたことはなかったけれど、その人、ナルダン・シファレエンを知っていた。それはもう、色んな意味で。
「た、助けて!!」
なんで彼が此処にいるかとか、そういうのはひとまず置いといて。今はこの状況をどうにかすることが先決だった。
だから私は、声をあげた。瞳に涙をためているのは、わざと。だって今の私の姿ならばそうした方が助けてもらいやすいから。
彼は私の腕から流れる血を一瞬見て、そしてすぐに行動をうつした。
私の目の前でびっくりするぐらい簡単に、誘拐を企んだものたちと家を裏切った護衛が切り捨てられた。……死んではなさそうだけど、本当に容赦がない。
立ち尽くす私のことを彼が見下ろす。
「あ、ありがとう」
私の言葉なんて無視して、彼は私の腕を取って……、私の腕から流れる血をなめとった。
「な、なにしているの!?」
声をあげたのは、演技でもなんでもなかった。
私は彼の事情を知っている。でもだからといって、いきなり血を舐められると思っていなかった。
彼は、私が声をあげても笑っている。
な、なんでそんな風に嬉しそうに笑っているの?
「君が僕の――」
彼は笑ったまま何かを告げようとする。だけど、それは最後まで聞けなかった。
「お嬢様!! ご無事ですか!?」
その場に侍女や護衛たちがなだれ込んできたから。
――だから、私は彼が何を言おうとしたのか最後まで聞けなかった。でもバタバタと侍女に抱きかかえられながら、彼を見た時、また会うんだろうなという漠然とした感情が芽生えた。
*
「ビルネッド、本当に心配したんだからな? やはり呪いが発動している時は外に出ない方がいい」
「まぁ、お兄様。今回はたまたまですわよ。このようなことが毎回あるわけではありませんわ。それにあの姿の方が街の本当の姿をよく見れるんですもの」
――屋敷へと帰宅すると、お兄様や両親、そして我が家の呪いの事を知る古株の使用人たちにそれはもう怒られた。
「そうはいっても……、その間は魔法も上手く使えないだろう?」
「それはそうですけれど……」
「やっぱり呪いを中和するためにも王太子殿下と――」
「お兄様! 私は自分で選んだ方と結婚すると言っているでしょう。それに私はこの呪いを案外気に入っていますわ。だからお兄様がそんな提案をする必要はありません」
私がそう言い放ったら、お兄様は折れてくれた。それからお兄様は色々言っていたけれど、「ゆっくり休むんだぞ」と言ってそのまま去って行った。
「ふぅ」
私はお兄様が去った後、一息をつく。
普段とは違う、自分の小さな手を見つめながら私はベッドに寝転がりながらこの世界のことを考えるのであった。
私は前世、日本で暮らしていた普通の社会人だった。
――この世界は、私が前世で遊んだ乙女ゲームの世界である。タイトルは不思議と思い出せないけれども、ゲームの詳細はなぜか詳細に覚えている。
私、ビルネッド・アーカレラはその乙女ゲームの中で王太子と婚約していた悪役令嬢だった。
王太子と結婚することに執着し、ヒロインに対して嫌がらせを続けた悪役令嬢。
……転生して私は初めて、どうして悪役令嬢が王太子に執着していたのかというのを初めて知った。
その理由は、限られたものしか知らないアーカレラ公爵家に引き継がれている呪いにあった。
私はベッドに寝転がりながら、本棚に並べられている『アーカレラの勇者』という背表紙の本を見る。
その本に描かれているのは、我がアーカレラ家から出た英雄の話である。この世界に危険を及ぼす悪しきものが現れた時、アーカレラ家から生まれた英雄がそれを倒した。この家は英雄の一族である。
……しかしその結果、悪しきものが死に際に放った呪いがアーカレラ家に受け継がれていることは限られた者しか知らない事実である。その呪いとは、十歳を超えた後、一定状況下でその身が幼く変化してしまうというもの。
特に私はその呪いを濃く受け継いでおり、それこそ月に何度もその呪いが発動する。呪いの発動の前触れはあるものの、突然、その呪いは発動したりする。
乙女ゲームの中では悪役令嬢はその呪いのことを疎んでいた。だからこそ、呪いに対する耐性と解呪の気質を持つ王家に嫁ぐことを望んでいた。乙女ゲームのビルネッドは王太子と結婚することで、子供がその呪いを受け継がないことを望んだ。だからこそ王太子に執着していたし、その結果、乙女ゲームの世界ではヒロインを排除しようとして破滅していた。
ビルネッドとして生を受けた私は……、その呪いのことを嫌と思っていない。それよりも王太子と縁を結んで、悪役令嬢になる方がよっぽど面倒だと思った。だから王太子と婚約をするのは拒否した。家族は呪いがおさまるのにと言っていたけれどね。
この呪いはアーカレラ家に引き継がれるものだけれども、発現しない人は発現しない。あと呪いがあんまり発現しない人だと、本当に数か月とか数年に一度出るだけである。それを考えると私の呪いの頻度は本当に多い。
ただこの呪いは命に係わるものでもないし、普段はクールでミステリアスな完璧な公爵令嬢と言われている私が自由に動くには幼い姿はぴったりなので全く困ってはない。
あ、ちなみにこの評価は私が自分で言ったものではないからね! 周りからそんな風に言われているのよね……。周りに見くびられないようにって一生懸命過ごしていたらそう呼ばれるようになったのよ。
あと私のお母様やお兄様、お爺様たちたちも呪いは引き継いでいて時折皆幼い姿になっていたりするの。呪いの発動時は皆、本家にいるように基本なっているから全員が幼い姿になっている様子は楽しいわよ。お爺様の小さな頃はこんなに可愛かったのね、とかそんなことが分かるもの。
そうそう、それでナルダン・シファレエンは乙女ゲームにも登場していた人物だったわ。魔族の血を引いている公爵子息か何かの設定だったかしら。
この国って一見すると人族しかいないように見えるけれど呪いにかかっている私たちの一族がいたり、魔族や聖族とか、あとは獣人とか、色んな人ならざるものの血を引いている人って案外多い。
乙女ゲームの本編では人族の、それも聖なる力をふんだんに持っている特別なヒロインがそういう血を引く者たちも含めて様々な攻略対象と仲良くなっていく物語だったのよ。
ナルダン・シファレエンは一見すると優しくて、人当たりがいいけれど実は冷酷な一面も持つみたいな攻略対象で、その彼がヒロインに向かって優しく笑いかける様子がとても素敵だったのよね。
魔族の血を引くことからそれ特有の悩みを抱えている彼にヒロインが包容力を見せていくの。でもどんな魔族の血を引くのか結ばれた後も彼は台詞の中では言わなかったのよね。それだけ周りから忌避されるものだと本人が思っていたのだろうか。
ハッピーエンドのスチルの後に彼がヒロインにその種族を言ったのかどうかとかは私の記憶にはない。ファンブックとか、そういうのをもっと見ていたら分かったかもしれないけれど、そこまでは読んでないもの。
「お礼の手紙はしたためるとして……」
なんで彼は、私のことをあんなにじっと見つめていたのだろうか。それに……と私は思い出して顔を赤くする。
なんで彼は、私の血をなめとったのだろうか。
*
「あの子はどこにいますか? 今すぐ連れてきていただきたいのですが」
「……今は難しいですわ」
どうしてこのようなことになっているのだろう?
目の前には冷たい目つきのナルダン・シファレエンがいる。あの時、私に対して優しい笑みを浮かべていたのに、と驚いてしまう。
――私がお礼の手紙をしたためた後、驚くことに彼はすぐに私の屋敷を訪れた。
それでいてあの子――呪いにかかった状態の私を探しているらしかった。
彼は私が同一人物と知らない。というか、分かるはずもない。皆が知るビルネッド・アーカレラは美しく艶のある漆黒の髪と、黄色の瞳を持つ少女である。目つきも鋭くて、たまに見ていただけで睨んでいると勘違いされる時がある。
対して、幼い姿になった私は自分で言うのもなんだけれどもとても愛くるしい見た目をしている。今とは全く雰囲気は違うし、同一人物だと悟られたくはないので道具を使って髪と目の色も変えている。
「どうしてですか」
「……あの子は今、此処にはおりません」
今は呪いの発動している時期ではない。私は目の前の彼に対して、あの姿を見せることは難しかった。
呪いとは自分で制御できるものでは決してないのだ。
「――嘘をついているな。あの子に何かしたのか? 今すぐにでも連れてきた方が身のためだぞ」
普段の様子からは考えられないような殺気を振りまき、彼は私に近づく。
うん、なんて冷たい瞳だろうか。乙女ゲームをプレイ時もこういう姿を見たことがあったけれど、ヒロインのことではなく、なんで呪いにかかった私のことでこんな殺気を振りまいているのだろうか。
……傍に控えていた侍女がへたりこんで、気を失っている。
魔力が彼の周りを渦巻いていて、今すぐにでも私のことを殺しそうなほどに冷たい。
それにしても乙女ゲームの通り、嘘かどうか見抜くのがお得意らしい。
「あなたこそ、誰にそんなことを言っているのか分かっているの? このビルネッド・アーカレラに対しての無礼はやめなさい」
私も彼に歯向かうようにその身体に魔力を纏った。
「私はあの子を傷つけているわけではありません。あの子は今、あなたの前には出せません。しかしあの子があなたに会える日になったらあなたに手紙を書きましょう。それでいいですか?」
「――その言葉、二言はないな?」
「もちろんです。ただし、いつになるかはわかりませんが」
「ふざけているのか?」
呪いの発動時期は様々なので、そんなことを言われてもいつになるか分からないのは当たり前なのだけど……。しかし我が家の呪いのことを彼に対して説明するわけにもいかないので、私はこちらを睨みつける彼を睨みつける。
基本的にこの呪いについては、きちんとした誓約をもってして信頼できるものにしか告げないように両親からも言われている。幼い姿に陥ったアーカレラ家のものは、その分、弱体化する。そのタイミングで襲い掛かられれば私たちは一たまりもないだろう。
ああ、それにしてもどうしようか。
そう思っていたら近づいてきた彼はため息を吐きながら、私の頬に手をやった。
「――そこまで強情なら、今回はひく。しかし、約束を破ったら許さない」
「離してくださいませ!」
そうしてその手を振り払った時、その爪が私の肌をかすめ、血がつーっと流れる。
最悪。……顔に傷がつくなんて。
そう思ってキッと目の前の男を睨んで、私は驚いた。
なぜなら、彼は先ほどまでの殺気をしまって驚いた顔でこちらを見ていたから。
「なん――」
私が声を上げようとした時、ぺろりっとその血をなめとられた。
……この前は幼い姿だったし、腕だった。でも今回は普段の姿で、それでいて腕ではなく頬。
「なななな、なにを!?」
私がそう声をあげる間も、何故か彼は私の頬をぺろぺろとなめている。
「ややや、やめなさい!!」
思いっきりつき飛ばせば、彼は床にへたり込む。
さぞ怒っているだろうと思ったのに、私のことをどうしてにこにこしながら見ているの? 先ほどまで私のことを脅すように見ていたわよね?
私は頬をなめられたことが恥ずかしくて、扇子で口元を隠しながら彼を睨みつける。
「驚いた。あの子と同じ血の味。あの子は君だったんだね」
「ななな、なにを言って――! そんなわけないでしょう!!」
「ううん。あの子と君は同じだよ。こんなに美味しくて甘い血の味を僕が間違えるはずがない」
私の戸惑いの気持ちなんてそっちのけで、私の手を取り、その手の甲に口づけを落とす。
「ビルネッド・アーカレラ嬢、僕と結婚してください」
そしてそんな訳の分からないことを言うものだから、私は悲鳴をあげてしまった。
「それでビルネッド、どうしてそんなに彼はお前にべったりなんだ?」
「……知りませんわ。あとこれでも離れてくれました。先ほどまで私の手を取ってましたし」
「なんだと!! おい、俺の妹に何をしているんだ!」
今日は両親は出かけている。そういうわけで私の悲鳴をききつけてやってきたのは、先ほど帰ってきたばかりのお兄様だった。
ナルダン・シファレエンは私が離してというまで、私の手を取って、そのままひっついていようとしていた。今は離れてくれているけれど、私の隣に座っている。それでいてにこにこと、満面の笑みでこちらを見ていて……流石攻略対象なだけあって顔が良いわ。思わずときめいてしまいそうになる。いや、しかし彼は攻略対象……。なんで悪役令嬢枠の私にこんな顔をしているのだろうか。
お兄様に睨みつけられても彼はにこにことしていた。
「ナルダン・シファレエン。お前は女性に当たり障りない態度はしていたが、基本的に異性に関心がないだろう。なぜ、俺の妹に求婚なんて真似をした? しかも侍女まで気絶させて!!」
「……そうよ。あなた、私の血をなめていたでしょう。それで私とあの子が同一人物だって。何でそんなことを言って、突然私に求婚なんてしてきたの?」
「なっ、こいつお前の血をなめたのか!? 許せん!!」
「お兄様、一旦、彼から話を聞くので黙ってください」
「ビルネッド、女性の血をなめるなんて変態だぞ! 幾ら顔がいいからとほだされるな!」
「お兄様、とりあえず黙ってください」
いや、まぁ、確かに彼の顔は非常に良いので、頬をなめるなんて真似をされても嫌な気はしなかったけど……って違う違う。私は首を振ってナルダン・シファレエンを見る。
「ビルネッド嬢、僕の顔好きなの? それは良かった」
「……いや、いいからその、話を聞かせてくださる?」
「うん。人払いをしてくれる? そしたら話すよ」
彼がそう言ってにこにこしながら笑うので、私とお兄様は目を合わせて、使用人たちを下がらせた。私とあの子が同一人物というのを何故か確信を持っているみたいだし、呪いの話もするだろうから、これでいい。
「ビルネッド嬢は僕の家が魔族の血を引いていることは知っている?」
……なんでヒロインが仲良くなった後に聞かされることを悪役令嬢とその兄が聞かされているのだろうか?
お兄様はどこかで聞いたことがあったようで頷いている。流石だわ。私は前世の知識でしか知らないので首を振っておく。
「僕の家は吸血鬼の血を引いているんだ。だから僕も血を飲むことがある。っていってもちゃんと正規のルートで手に入れたものだけど」
本当になんでそんな風に簡単に言っているの? 乙女ゲームの中では少なくとも出ていなかった。……というか吸血鬼が過去に起こした事件もあるから、吸血鬼の血を引き、その血を飲むということを神聖なヒロインに知られたくなかったということかしら?
「……ビルネッド嬢、引いた? 怖い?」
私が乙女ゲームのことを考えていたら、何故か泣き出しそうな顔をして彼は私を見ていた。
ナルダン・シファレエンが吸血鬼の血を引くとしって、私が怖がることを恐れている?
私はその情けない表情におかしくて笑ってしまう。
「いいえ。私はその程度で恐怖などしないわ。少し驚いて考え事をしていただけよ」
「本当? 僕のこと、怖くない?」
「ええ。怖くなんかないわ」
私の手を取って目を潤ませていた彼は、私の言葉がお気に召したのか笑みをこぼす。
うっ、なんて綺麗な笑みかしら。美形の笑みは破壊力満点だわ。
「こほんっ。続きを」
お兄様が促すと、彼は私の手を放して続けた。
「ビルネッド嬢、君の血は甘くて美味しい。こんなに素敵な血の持ち主、初めて会ったんだ。僕にとっての運命の人」
……私の血が美味しかったと、そう言って屈託なく笑う。
「あら、私の血だけが目当てなの? そんな人はごめんだわ」
「血がきっかけかもしれないけれど!! 僕は君のことを特別だと思っている。だから、僕に機会をください!!」
「……私とあの子が同一人物だって知るまで殺気向けてたのに?」
「それは……、ごめん!! まさか、ビルネッド嬢が小さくなっているなんて思わなかったから。それだけ君が特別だと思ったから――、君が辛い目にあっているんじゃないかって思って。ごめん……」
しゅんとした表情はまるで捨てられた犬みたいで、庇護欲を誘う。
思わずその頭に手を伸ばして、その頭を撫でてしまった。また笑った。……可愛いじゃないの。
「こほんっ。お前は我が家の秘密を知ってしまったようだな」
またお兄様がそう言って話の続きをするように言う。
「ビルネッド嬢が小さくなってたこと? 結局あれってなんなの?」
「ええっと、あれは……他言無用でお願いします。あと詳しく話す場合は、誓約魔法をかけさせていただきますけれど、いいかしら?」
「君がかけてくれるの? 喜んで」
……なんで私がかけるからと、秘密をばらせなくする誓約魔法をかけられることをこんなに喜んでいるのかしら。
その後何故か、お兄様が誓約魔法をかけようとしてナルダン・シファレエンと喧嘩をしていた。
私に誓約魔法をかけられたい彼と、何故かそれを邪魔するお兄様。
「もうどっちでもいいじゃない!! 私が誓約魔法をかけるから!! 話が進まないでしょ!!」
それから誓約魔法をかけて、私は我が家に伝わる呪いのことを彼に説明した。
「呪い……? ビルネッド嬢、それって身体はなんともないの? 危険だったりしないの? 大丈夫?」
「ふふっ、どうしてあなたがそんな風に心配しているの? 呪いと名はついているけれど何も問題はないわよ。一種の体質みたいなものだと思ってくれればいいわ」
あまりにもうろたえている彼がおかしくてくすくすと笑ってしまう。呪いのことを聞いて怖がったりとか、気味悪がったりなどもせずにただただ私のことを心配しているのは素直に嬉しかった。
「私と結婚したら子供にまでその呪いは受け継がれるわよ? 公の場で突然呪いが発動しないように道具をつけていなければいけなかったりするのよ」
私は特に呪いが発動しやすいから、人前で突然小さくならないように道具を身に付けている。そういう暮らしを子供にまで引き継ぐ可能性があるのだ。
「僕と子を成すことを考えてくれているの? 嬉しい」
「あなた、話聞いてた? 呪いは引き継がれるのよ?」
「命に別状はないんでしょ? なら全然問題ないよ。それに小さなビルネッド嬢は凄く可愛かったから。だから僕と結婚してください」
まっすぐな目で、私の目を見て言われた言葉に顔が赤くなる。だって……本心からその言葉を言っていることが分かったから。
「ふ、ふんっ。結婚以前に付き合ってもないでしょう」
「じゃあ、付き合おう」
「あなた、それでいいの……? 軽すぎない?」
「だって僕が君と結婚したいから」
「私の血目当てなんでしょ」
「血も含めてだよ。言ったでしょ。それはきっかけに過ぎないって。だから僕と付き合って」
「……じゃあ、仮で。あくまで仮だから、あなたは私が許可するまで私に触れたり、血を吸ったりするのは許されないからね」
「もちろん。仮でも付き合ってくれるのならば、全然問題ないよ」
あまりにもまっすぐに伝えられた言葉だったから、私は頷いてしまった。
いずれ彼がヒロインと出会って、惹かれてしまうかもと思っているのに。
だからこそ、仮だ。
私は本当に自分の物になったら、それを誰かに渡すことも誰かに共有することも嫌だ。本当に彼に惹かれて恋人になってしまったら、私はヒロインに彼が心を奪われたらゲームの中と同じように排除しようとするだろう。
私は――それだけ、独占欲が元々強い。
ビルネッド・アーカレラの性質というか、それが私だ。
――彼との関係は、どうせ、ヒロインが現れるまでの間だけ。
*
――そう思っていた時期が私にもあった。
「……ねぇ、ナルはあそこに混ざらなくていいの?」
私やナルダン・シファレエン――ナルの通う学園にヒロインがやってきた。そのヒロインは流石というべきか、攻略対象たちを総なめして、周りに侍らせていた。……ただし、ナルをのぞいて。
私とナルが出会ったのは、学園に入学する前。
攻略対象であるナルはヒロインに惹かれていくだろうと思っていた。なのに、ナルは私の傍に居る。
「どうして? 僕の居場所は君の傍でしょ、ネッド」
……私はそんなに可愛い性格はしていないと思う。前世の記憶もあるし、ヒロインのように天真爛漫とかでもないし。悪役令嬢枠だから、キツイ顔立ちをしている。それでいて転生してお嬢様として甘やかされて生きているから、結構自分勝手な自覚はある。
そんな私だから、ただ血が美味しかったからという理由だけで気に入ったというナルは嫌がるだろうともおもっていた。ゲームの世界でヒロインに惹かれていた様子を知っているからこそ余計に。
だけど、目の前のナルは初めて会った時よりもずっと、熱っぽい視線をこちらに向けているのだ。
「ねぇ、どうしてネッドは僕をあの尻軽女の傍に置こうとするの? 何回か聞いていたけど」
「尻軽女って、そういう言い方はよくないわよ。ナルはあの子と関わりを持っていたでしょう。王太子殿下たちだってあんな風に惹かれている子だから、ナルもその……惹かれているんじゃないかと思っただけよ」
ゲームの世界ではそうだったから。それでいて私はヒロインと正反対の悪役令嬢枠だからというのは流石に言えないので、そう言ってごまかす。まぁ、これも本心だしね。
あのヒロインはナルのイベントも順当にこなしていたのだ。好感度をあげるイベントがそうやって行われていき、彼女は攻略対象たちと親しくなっていった。
私がそもそも王太子の婚約者におさまらなかったという、ゲームの世界から大きく変えたからというのもあるけれど――でもイベントが起きた後もナルはヒロインに惹かれていない。どうでもよさそうにしている。
「僕にはネッドっていう可愛い恋人がいるんだから、惹かれるはずないだろう? ネッドには僕の愛情が伝わってないの?」
ナルの手が、私の頬に添えられる。
私のことを愛おしそうに見つめる瞳が恥ずかしくて、それと同時に嬉しく思っている私がいる。
……私とナルが仮の恋人になって三か月。私は口づけの一つも許していない。どうせ嫌われるだろう、ヒロインに心を奪われるだろうと思って、割と勝手な態度もしてきた。
それなのに、そんな私を彼は可愛いなどという。
ヒロインが彼の前に現れても、その視線が変わらない。
……その事実に、私はすっかりほだされてしまっている。私はナルにすっかり心惹かれてしまっている。
このまま本当に彼が、私の物になるのならば。
その後に彼がヒロインに惹かれることを、私は許せないだろう。
「私を愛しているというのならば、口づけを許すわ。……でもそうなったらあなたは私の物よ」
「キスしていいの? 本当に?」
「ええ。でも私の物になったあなたが、他の女に靡くことは許せないの。だから口づけをするのならば、あなたは私だけの物よ。例えばあなたが他の女に好意を抱いたらその子に何かをするかもしれないわ。それでもいい?」
一度自分の物にしてしまえば、それがどこかに行くことなど私は我慢が出来ないから。
それだけ重い感情を私は彼に感じてしまっていた。
「望むところ。僕も君が他を見たら何をするか分からないよ。――今だって、君が気にしているあの尻軽女を排除したくなっている」
「それはやめなさい。あなたが私だけの物になるというのならば、私もあなただけの物になってあげる」
私が彼の言葉にそう言ったら、彼は笑って、そして私に口づけを落とす。
「んっ……」
初めての口づけだっていうのに、どうして深い方をしているのかしら。
「これで仮が取れたって認識していい?」
息切れしながら私が頷けば、口づけを何度も落とされた。
「帰ったら、血も吸わせてあげる。……私の血だけ、吸いなさい」
そう言ったら、ナルは嬉しそうに満面の笑みで頷いた。
――私はもう、彼を離せないだろうなとそう思った。
……ちなみに中庭でそんなやり取りをしていたのを、一部の生徒に見られていたらしく噂になっていて恥ずかしかった。ナルはにこにこしていたけれど。
「僕の可愛いネッド、卒業したら結婚しようね?」
「ええ。私を幸せにしなさい」
「もちろん」
ヒロインと他の攻略対象たちはゲームの通りの青春を謳歌していたが、それは私とナルには関係のない話だった。
6/16 一か所修正
楽しく書きましたので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
ビルネッド・アーカレラ
乙女ゲームでは悪役令嬢。転生者。アーカレラ家の呪いを色濃く受け継いでいるため、月に数回ほど幼女の姿に変化する(大体五歳ぐらいの姿)。ゲームの世界のビルネッドはそれが嫌で、王太子に執着していた。しかし今は幼女の姿はそれはそれで色々楽しめると、楽しんでいる。
普段は黒髪黄色目の美女。しかし呪いが発動すると愛くるしい少女に変わる。魔法の腕がとてつもなく高いが、呪いが発動している間は弱体化する。
独占欲強めの公爵家令嬢。
ナルダン・シファレエン
乙女ゲームでは攻略対象。吸血鬼の血を引き、時折血を飲んでいる。
呪いにかかった状態のビルネッドの血をなめて以来、夢中。とても好みの血だったのか、においに惹かれて路地にやってきた。血がきっかけだったけれど、すっかりビルネッドに惚れている。近づくと顔を真っ赤にして動揺していたり、気が強いけど可愛いと思っている。
薄水色の髪と赤い瞳の、優し気な雰囲気の美青年。ただし、あくまで表面上なのでどうでもいい相手には冷酷。笑顔の下に恐ろしい一面が隠れている。魔法も剣も優秀。乙女ゲームではヒロインに興味を抱いていたが、今はビルネッドが一番特別なのでヒロインのことはどうでもいい。
お兄様
ビルネッドの兄。シスコン気味。妹が月に数回呪いで小さくなるので、より一層自分が守らなきゃと思っている。呪いで三か月に一度はショタ化する。
ヒロインと他の攻略対象
乙女ゲーム通りのイベントを得て、青春しているがビルネッドたちとは全く関わりがない(なお、ヒロインはナルダンと仲良くしようとしているが相手にされてない)