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青い空

作者: 泉田清

 ぐずついた空の朝。寝ぼけ眼のまま、車を降りた。すぐそこの、県道向かいの社屋に向かって歩き出した。


 細い路地にはタバコの残り香が漂っていた。今朝は五分遅れて家を出た。いつもなら、この路地で歩きタバコのスーツ姿とすれ違うはずだった。やはり彼は今朝も、五分前にこの路地を通り過ぎたのだろう。路地には新築の家が何軒か並んでいる。そのいずれにも児童がいるようだった。歩きタバコの影響がなければいいのだが。


 もう一つ懸念がある。ちょうど今、背後からやってきた一台の自転車が、自分を追い越し道路を渡っていった。後ろに幼児を乗せて。幼稚園に連れていくと思われる。自転車を漕いでいるのは金髪の若い男だ。一体どういう家庭環境なのか?いくら独身の中年男が邪推したところで、どうにかなるものでもない。見方を変えれば我が生活の方が始末が悪い。社会のために出来る事といえば、労働での貢献ぐらいしかないのだ。 


 朝の、社屋前の県道は車がなかなか切れない。自販機の横で待った。道路の向こうに、メガネをかけた中肉中背のスーツ姿が、折りたたみの傘を持って歩いていた。既視感のある風貌だ。車での通勤に傘は要らない。よほどの土砂降りでもない限り。傘を持っていくのは年に数回だ。そのため、五年前に買ったビニール傘は今でも新品同様である。

 確か、アパートの下駄箱の隅にでも立てかけていただろうか、ビニール傘が今どこにあるか思い出そうとしていたら、メガネの彼が、急に、俊敏な動きを見せた。折り畳み傘をテニスのラケットに見立て、強烈なフォアハンドを繰り出した!返す刀で、豪快なバックハンド!


 見てはいけないものを見てしまった。咄嗟に背を向け、自販機で飲み物を買うフリをした。缶ジュースの端に缶のおでんが並んでいた。こんなもの誰が買うのか?なかなか売れないおでん缶。職場における自分の様だ。それでもそこに並び続けている・・・

 10秒ほどおでん缶を見つめ、振り返ると、メガネのテニスプレイヤーはいなくなっていた。一見して地味ともいるような、メガネの彼が、現役のテニスプレイヤーというのは意外の感がある。が、県道を渡り、思い出した、自分も部活動でテニスをやっていたことを。思わず苦笑した。既視感があるはずである、メガネ氏と自分は、同じような風貌だったのだ。


 「おまえ、フォームはカッコいいな」憧れていた先輩にいわれた事がある。もちろん試合ではサッパリだったが。中高の6年間得たものといえばそれぐらいしかない。事実、素振りの練習が一番好きだった。

 傘は持ってない。手のひらをラケットに見立てフォアハンドをやってみた。何十年かぶりに。どうもしっくり来ない。こうか、いやこうか。こうだな!3度目でようやく納得がいった。あの夏の、太陽がギラギラ輝く下での、素振りが思い出された。

 と、足元に視線を感じた。黄色い帽子を被った児童が、ポカンとこちらをみていた。見られてはいけないもの見られてしまった。フォアハンドのあと、さも練習を続けているかのように、小走りで社屋のドアに向かった・・・


 さあ、今日も労働で社会貢献だ。おでん缶なりの。

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