ゴーレム・イン・ザ・テンプル
「銃で傷がつかないにしろ弱点は何かしらあるはずだ! ……例えば機動性とか!」
「――――」
しかし、俺の言葉に対抗するように自重を感じさせない動きで猛追する石像。それをなんとか横っ飛びを駆使して回避する。
小回りだけならこちらが上手だが、あちらの体力は恐らく無尽蔵だ。いつまでも不毛な鬼ごっこに興じているわけにはいかない。
「あれって異能だから、で許されるようなスピードなの!?」
「知るかそんなの! 異能自体が反則めいてるのにルール違反なんて概念があるとは思えないぞ!」
ルール違反は無くても使用条件とか長所短所の概念なら流石にあるはずだ。たとえ無かったとしても無理矢理こじつけて上書きする。
それが今できる俺の異能にして勝ち筋だ。
「なら他に何かないか……あ、近づいて殴ることはできても遠距離攻撃はできないんじゃないか? そうなると上手く距離を取ってれば安全ってことに……」
されど石像は意思があるかのようにその推論を跳ね除ける。
「――――」
両腕を地面に食い込ませてからその腕を空へと押し上げる。石像に掬われた泥や砂利、それらは散弾のように辺り一面無差別に飛び跳ねる。
「ユウ、伏せて!」
「言われなくても!」
うつ伏せになった体のすぐ上空や横を弾丸が掠めていく。
当たればどのくらいの怪我をするのかは知らないが、一発たりとも当たりたくないと思わせるほどには物騒なその威力。軍人の銃撃に勝るとも劣らない遠隔攻撃までできるとは流石に想定外だ。
「くそ! 上書きどころか敵がヤバいことしか分からない! 何だこれ!」
「一旦距離を取ろうよ! あそこなら石像も追いかけてこれないかも!」
「……! それだ!」
しのがそう言って御堂へと走り出す。正確には御堂の上、屋根に登ろうと言ったのだ。少し遅れて俺も続く。
「――――」
「ユウ、早く! 追いつかれるよ!」
「何とか跳ぶからその後は頼んだ! ……これだけ助走がつけられるんなら大ジャンプは余裕だろうしな!」
その言葉で身体能力を上書き、同時に跳躍しながらしのへと手を伸ばす。
「……そこだね!」
一足先に登っていた、しのの手が俺の手首をしっかりと掴んでずりずりと屋根の上へと引き上げてくれる。
そして石像はと言うと、
「――――」
一度は屋根を登ろうとしたものの、体が思うように曲げられないのか這い上がることができなかった。
「やったね! 予想通り!」
「高速移動はできても、人間みたいによじ登る動作はできないのか……」
「――――」
それでも地上から監視だけは続けており、このまま逃げ切れるとは思わせてくれない。現況は鮫が周遊する海に囲まれた孤島と何ら変わらないのだ。
「でもまあ《上書き》についても分かったことがあるのは収穫だな」
これまで《上書き》は「不可能なこと」に屁理屈をねじ込むことにより可能にしてきた。教室に劇薬を置き忘れる、みたいな無茶はできなかったが。
そして今回新たに分かったことは生半可な根拠で「相手のできること」を潰すのは難しいということだ。仮にさっきの遠距離攻撃を封じたいのなら思い付きではなく緻密に仕組んだトリックを用意する必要があるのかもしれない。
つまり敵に対するデバフではなく自分に対するバフとして使っていけばいいということか……?
「それで、どう? 新しく分かった能力の詳細で石像を破壊することはできそう?」
「そうだな……俺に対する強力なバフとして使うとすると……俺が超パワーを得て物理的に粉々にするとかか? 無理だな。非現実的すぎる」
「近くのものを強化するにしてもそれに見合う根拠がいるんだよね。……本当に難儀な能力だよね」
ケラケラと笑いながらしのが評する。それには同感だ。最初こそ何でもできると全能感に包まれてはいたが、いざ使うとなると地味に制限が鬱陶しい。
しかし人類に翼が無いのに文句を言っても空を飛べるようにはならないのと同じで、文句を言っても変わらない。どんな屁理屈でも能力の根本は覆せないはずだ。
「かと言ってずっとここで過ごすのもなあ……。もういっそ、ここでしのの能力を考えた方がいいんじゃないのか?」
「それいい! 使いやすい能力が第一希望ね。後は何かと攻撃に使えた方が便利だよね、このコンビだと。どういうのにしようかな……」
「おい待て。今までの行動や趣味からすでに身についてるかもしれない異能を予想するんだぞ。さっき根拠が欲しいって言ったばっかだろ」
「そうは言っても私はしがない女子高生だしね。先生のチョークみたいに直結しそうな要素は……」
そこまで喋ってた時だった。
「――――!」
ガッ、ガリガリと音を立てながら足元が揺れる。瓦礫が何枚か石の海にダイブして粉々に割れる音がする。
「こいつ、本堂叩き壊して俺らを引っ張り出す気かよ!?」
「ここ破壊されたら逃げ場ないよね!? どうしよう!?」
「しのの能力を今すぐ作って撃退するか、もしくは本堂が破壊されないような屁理屈を……! と言ってもな……!」
俺達が逃げたのは本堂の屋根の上。武器になりそうなものも何もない、ただ石像が登れないというだけの場所だ。役に立つ道具なんて落ちていないし、教室の時のように都合よく入手することも期待できない。
「何かないか……都合のいい方法は……!」
倒壊した瓦礫で石像を押し潰す。ダメだ。あの体の耐久性がイマイチ掴めていない。屁理屈も何も希望的観測じゃ不安が残る。なら周囲の状況を……
「……あー! これだよ! ユウ! 決めたよ私の異能!」
などと呟いていた横でしのが大声を上げる。
「難しく考えずに何でもできちゃえばいいんだよ!」
「……!」
そう言い残して石像へと向かって飛び掛かるしの。
俺はそれをただ黙って見ていたわけではない。しのに異能を与えるために《上書き》の力を発動させる。
「しのはまだ異能が使えない! これから異能に目覚めていく! その時、どんな能力になるかは誰も予想がつかないはずだ! だったら――」
決め手の言葉は不思議としのと重なった。
「「――能力に完全に目覚めるその日まで! どんな異能も可能性のひとつになるはずだ!」」
「「そして使えるかもしれないのなら! 今この瞬間たまたま使えたって文句は言えないはずだ!」」
使える可能性があるならば、一時的に発現したって何の問題もない。それが俺達の導き出した結論だった。
「さあ……私の異能の初陣、始めるよ!」
屁理屈で描き出した可能性、それが一体何を見せてくれるのか。自分の異能、そして即席で作り出した異能に祈りを込めながら、俺はしのの戦闘を眺めていたのだった。