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喜々として危機に飛び込む

 避難訓練で押したり走ったり喋ったりなんてのはご法度だ。だが、避難訓練と《避難訓練》は別物だ。


 《避難訓練》では押し通る必要だってあるだろうし、走らないといけない場面もあるだろう。もちろん喋って意思疎通するのだって欠かせない。


 だから今は走って喋って突き進む。


「林を抜けたら寺があったよな。あそこで身を潜めるって感じでいいか?」


「うん、悪くないと思うよ。ところでさ、さっき別れた時のあれ……本当に屁理屈が上手いよね」


「……やっぱり分かるか」


「このくらい分からなかったらその私は偽者だよ」


 いつものことでしょとばかりに尋ねてくるしの。それくらい相手を理解できる程度には付き合いは長い。


「足並み揃えて色々するより自分勝手にあれこれ試してみたいんでしょ、こういう場合だと。別にクラスメイトが嫌いで離れたいとかじゃなくて」


 そうだ。しのの言う通りクラスメイトが嫌いなわけではない。まだ知り合って間もないが、皆いい人だと思う。


 しかし異能を使って立ち回れと言われたこの状況でずっと一緒にいたいかというと話は別だ。


 自分はこうしたい、この判断が正しい、と思って行動しても集団行動でそれが正解となるとは限らない。誰かに迷惑をかけ続けて我を通すというのも俺のやりたいことではない。


 だから単独行動しても怪しまれないようにそれっぽい理由を作ってみたのだ。まあ、完全なでっち上げじゃなく、本音も混ざってはいると思うが。


「別に『私はうまく立ち回れるよ』とか言ってしのは市街地に残ってもよかったのに」


「まさか。私も好き放題できる方がいいからね。《上書き》もあるんだしこっちの方が何かと楽しそうじゃない?」


「完全に人の能力を当てにしてるな……。進藤先生が言ってたぞ、決闘した時に身体能力が凄い上がってたって。早くその能力を会得しろっての」


「? 私そんなことしてたの? ユウの《上書き》が知らず知らずのうちに発動したんじゃない? あれ、口に出せばいいんだし」


「あー、その可能性もあるのか。なら、しのの異能はまだ芽生えてないってことか……?」


「そのあたりはよく分からないけど……そのうちちゃんと習得できるだろうしいいんじゃないかな? 今は能力無しで戦うことを考えるよ。能力に頼りきりもよくないかもだしね?」


「こっち見てそういうこと言うな」


 別に使いすぎるとおかしくなるような能力でもないんだし別にいいじゃないか。



 *



「暗くなってきたし今夜はこの寺で野宿か。キャンプとか合宿みたいだよな。……これって野宿になるのか?」


「お寺の外だし微妙なラインだよね」


 首尾よく辿り着いた寺を拠点に、暗闇に紛れて御堂の縁側付近でぼんやりと駄弁る。


 えらいお坊さんらしき像や本殿付近など、身を隠す場所には困らない。今日はこのまま交代で寝ながら朝を迎えるつもりだ。


 いきなり単独行動で誰かを仕留めにいくのは無謀な気がする。勝ち筋らしいものも思いつかないし。


 だがそんな無理をしなくても、野外で寝る、同時に警戒する。この経験を積むだけでもかなり変わるんじゃないかと思う。


 睡眠は疎かにはできない。若かろうが何だろうが人間は人間。ちゃんと寝ないと頭はまともに動いてはくれない。


「そんなこと言いながら徹夜で遊んで宿題サボったりとか結構してたよね」


「高校では極力しないように気をつけるつもりだけどな」


 まさか教師が異能で体罰するとは思わないが、なんとなくちゃんとした生活スタイルの方がいい気がする。あくまでなんとなくだが。


「ユウじゃ清く正しくは生きられないだろうけど、それくらいはちゃんと――待って」


 急に声のトーンを落とし、次いで腰も低くする。しのに同調するように反射的に同じ体勢を取ると同時にそうした理由も明らかになった。


 夜闇の向こう側で何かが蠢いている。足音は無く、手がかりはその動く影のみだった。それでも何がいるのかは予想がつく。


「テロリスト、か……」


 正確にはテロリスト役の誰かなのだろうが、それでも緊張は解けない。これは遊びの鬼ごっこではないのだ。無傷で終わる保証はどこにもない。


「どうする? 奇襲する?」


「そうするにしてもタイミングをどうするか……」


 現状見えているのは蠢く何かだ。こちらを向いているのか背を向けているのかも判別できないこの暗闇の中では――


「いや……待てよ」


 見えないから判断に困る。ならば見えてしまえばいいだけの話になる。そのためにはどう世界を捻じ曲げればいいか? 


「――俺達はずっとここにいた。今みたいに暗くなる前からな。だったらさ、この目は暗闇に慣れてて当然なんじゃないのか?」


 そう呟いた瞬間に、視界がクリアに切り替わる。足元の砂利の形、周囲の木々の太さ、あらゆるものが鮮明に映し出される。当然、周囲を警戒しながらゆっくりと進む男の姿もだ。


「凄いね、ライトも無しに昼間と変わらない視界になるなんて……! 目が慣れるってレベルじゃないよねこれ?」


「使った俺が言うのもなんだけど本当にヤバいな。やっぱ何でも言ったもん勝ちじゃないのか……」


 上書きができると言っても実際にどんな規模でできるのかはまだ探り探りだ。どこまで大胆に、そして俺の想像を超えた上書きができてしまうのか……。


「あの人、顔に何かつけてるよね。暗視装置ってやつかな?」


「可能性は高そうだよな。なんにせよ、できるだけ顔は出さない方がいいな」


 横顔しか見えないが、しのの言う通り男の頭部には何やら大仰な装置が付いている。専門家でもないし詳しくは分からないが、視界の補助に使っていそうな雰囲気はある。


 下手に視界に入るような真似は避けるとして、何をすべきか……。


「箒なら近くにあるんだけど、これを《上書き》で必殺の武器に変えられない?」


 そう言って見せたのは掃き掃除に使う箒だ。柄は太い竹製で穂の部分だって長い。学校の掃除で使うものとは違い、丈夫な印象を受ける。


「包丁やナイフじゃないんだからそんな無茶は通らないだろ普通に考えて。ただ……」


 こちらの武器が弱くても相手の武器がもっと弱ければ話は変わってくる気がする。そのための屁理屈は何か思い浮かばないか?


 スタートからゴールまで屁理屈で固めて筋道立てる。荒唐無稽に思えるそれも今の俺なら不可能にはならないはずだ。


「よし。俺があいつの戦闘力を上書きするから、そのうえで箒でボコるって感じでいこう」


「分かったけど……ユウは何するつもりなの?」


 俺を見上げながらしのが聞く。方針を決めるだけ決めて御堂の屋根をよじ登っている俺を見上げながら。


「さっき言ったろ。……あのテロリストを弱体化させるって!」


 屋根に登るやいなや、間髪入れずに走り出す。咄嗟の勢いに全て任せてしまった方がこういうのは上手くいく気がする。


 助走をつけて最高速度に達すると同時に屋根から跳躍。着地点はテロリストが立っている場所だ。


「どんな装備を持ってても暗闇の中、かつ空中からの不意の飛び蹴りなんて避けられないだろ!」


 その言葉を後押し、もしくはダメ押しとして補正をかけた俺の蹴りは目論見通りテロリスト、正確には彼が持っている銃に命中した。


「ぐっ!? テメェは能力者か!?」


 軍人か教職員のどっちがテロリストの真似事をしているのかは知らないが、仮に本物の軍隊の訓練を受けていたとしても異能力に抗えるようなレベルではないはずだ。


「当然! 銃を失ったテロリストと武器持ちの異能力者、どっちが強いか勝負しようぜ!」


「ただしこっちはふたりがかりだけどね!」


 銃を失い、さらに俺としのに挟まれる形となったテロリスト。後はこちらが有利になるような屁理屈を生み出し続ければ……!


「軍人を舐めすぎだぜ兄ちゃんよぉ!」


「っ!?」


 新たな布石を打とうと口と頭を動かそうとした瞬間に掴みかかってくる男。


「おらァ!」


 そのまま目にもとまらぬ速さでしのの方へと投げ飛ばされてしまう。が、いいようにされるだけでは終われない。


「く……受け身くらいなら俺でも取れる! 柔道は必須科目だしな……!」


 ズシャアと音を立てて砂利の絨毯を滑りはするが上手く頭を守ることだけはできた。気絶や脳震盪なんか起こしたら異能が使えなくなってしまう。


「ユウ! 大丈夫!?」


「何とか生きてるし頭も回る……けど、何でも思い通りにはいかないっぽいな……!」


「銃が無けりゃ戦えない弱卒なんざ、どこの軍でもやっていけねえだろうが」


 口振りから察するに軍にいた経験があるらしい男は拳を構え、いつでも戦闘ができるような体勢だ。


 対してこちらはメインウェポンとしては心許ない箒で応戦しなければならない。ただし蹴り飛ばした銃との距離は男よりも近い。駆け寄れば手に入れることはできるだろう。


 接近される前にどこかに命中させて動きを止められるどうかは別問題として。


「くそ、何を使えば勝ち筋があるか考えろ……!」


「異能で襲い掛からねえ……話と違うな。んなら異能が使えねえ一般人か?」


 そうか。冷静に考えれば屁理屈の通りに現実を上書きする能力なんて実際に見ないと信じられるはずがない。


 だから初見の相手に対しては能力を使っていると分からないわけか。


「だったら見逃してくれたりするのかよ?」


「馬鹿か。そんなら人質にすりゃいいだけの話だ。逃がしはしねえよォ!」


「やばっ……!」


 落ちている銃には見向きもせずに軍人は一気に距離を詰める。対して距離を取ろうと逃げようとする俺をあっという間に捕まえて殴打と蹴りの乱れ打ちを放つ。


「がっ……!」


「これで一丁上がりだな」


「させないよ!」


 俺を組み伏せた軍人をさらに組み伏せるように箒を持って襲いかかるしの。


 だが、


「悪いがそいつじゃ脅しの道具にもならねえなァ!」


「……やあっ!?」


 《上書き》で強化されていない箒としのの力では軍人を倒すこともいなすことも敵わない。あっという間に返り討ちにされて、しのも拘束されてしまう。


 進藤先生の言っていた身体能力についても謎まみれの今、有効な手立てなどあるはずもなかった。


「異能力者が集まる島とかいう割には他愛ねえな。こんなら侵略もスムーズに行くだろ」


「ユ、ユウ……どうしよう……?」


「…………」


 勝負はついたはずなのに未だに解放されない俺としの。《避難訓練》が終わるまではこのまま拘束されてしまうということか。


 こいつはここからどう動くのか、せめて誰かに情報を伝える方法がないかを必死に探す。動かない体の代わりに頭を必死にこき使う。


 ――それにしてもまさかこんなに呆気なくやられてしまうとは。やはりクラスメイトと一緒に集団行動していた方が正解だったのか?


「どうしようも何も見捨てられないよう祈っとくこったな。異能力がねえなら最悪切り捨てられること……も……」


「……?」


 何故か尻すぼみしていく男の声。この状況で一体何を考えているのか。


「ユウ、あれ……あれ……!」


 地面に倒れ伏したままのしのが指を指す。指された先は御堂の横。徳の高そうなお坊さんの石像だ。


 それがゆっくりゆっくりと、まるで巨大ロボットのように歩み始めてこちらに向かって……


「な……何なんだ!?」


「チ、テメェら能力を隠していたか!? それとも新手か!? だが何だって構わねえ、壊してやりゃあいいんだろが!」


 呆気に取られたのも束の間、軍人は即座に俺達を打ち捨てて銃を拾いに走り出す。


「ッらァ!」


 拾うと即座に射撃の態勢に入り、一発残らず正確に弾丸を石像に吸い込まれるように吐き出していく。


「――――」


「あァ!? ふざけやがって!?」


 それでも石像は進軍を止めることはない。それどころか弾丸で石の体が削られたような跡さえ見られない。


「こんな無茶ができるのって……異能!?」


「誰がやったかは知らないけどそれしかないだろ! 逃げるぞ!」


 何が起こっているのかは分からないが、このパニックを利用しない手はない。石像と戦う軍人を尻目に一目散に走り出す。


「テメェら! 逃げるつもりか!」


「馬鹿か! こんなとこで大人しくバトルを観てると思うなっての!」


 男の言葉を真似て捨て台詞を作りさっさと林に紛れ込もうとする俺達。そこに入れば《上書き》でどうとでも逃げ仰せられる。


 そのはずだったが、


「ユウ! こっち来るよ!?」


「嘘だろ!? 味方じゃないのかよ!?」


「――――」


 その問いには答えずに石像は飛びかかりながら右フックで俺達を弾き飛ばす。石像らしいぎこちない動きは微塵も感じさせず、まるで人間の皮膚が極度に硬くなったかのようだった。


「っ……! こいつ殺意高いぞ……!」


「仲間割れか? そんなら俺は退かせてもらうとするかね!」


「人質の確保すらできないのは軍人として三流じゃないかな? 逃げるつもり?」


「馬鹿が。仲間と共に石像ごとぶっ潰してやるに決まってんだろうが。それまでせいぜい生き延びるこったな!」


 軍人ひとりでは荷が重いと踏んだのか、しのの挑発にも乗らずにそそくさと退却していく男。


 その判断が正しいのかどうなのかは当人じゃないしなんとも言えない。ただ事実として、


「拘束される無様は晒さなくて済んだな……!」


「テロリスト役の代わりにもっと強い石像に狙われてるしむしろ大変な気がするけどね!」


「いいや! 軍人の弱点を見つけるよりも異能の綻びを探す方が遥かに望みがある! 俺が付け込む隙がある!」


 この石像はどこからどう見ても異能の類だ。だとすればありそうなのは遠隔操作、もしくは自律制御だろう。


 それなら攻撃はある程度単調になるのでは? 戦術だの格闘術だのを叩き込まれた軍人紛いよりはよほどやりやすいだろうし、弱点だってきっとあるはずだ。


「こいつ相手なら《上書き》の出番だ! どうにか破壊しにかかるぞ!」


「よーし、オッケー! 能力は無くても破壊くらいなら任せてよ!」


「大丈夫……俺達は進藤先生の異能も攻略したんだ。チョークも石像も似たような材質だろうし攻略できない理由はない……!」


 乱暴に決めつけて石像を睨む。こんな暴論で石像を弱体化できるかは分からないが、言うだけならばタダだ。


 雨垂れだって石を穿てる。水滴にできて異能力者の卵にできないはずはない。


 ――月明かりが照らす中、二度目の異能力者との戦闘が始まったのだった。

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