避難経路を上書きせよ
「それでユウ、ここからどうしようか?」
「一旦市街地に行って様子見といこうぜ」
《避難訓練》はテロリストの襲撃を想定した自己防衛法を身につける授業だと進藤先生からは聞いた。
ならば隠れるかやられる前にやるかの二択になるのだが、どんな敵がいるのか、攻撃方法は何かなど知らないことが多すぎる。
まずは情報を集めてから方針は決めるべきだろう。
「慎重に動いて警戒すれば早々見つかることは無いと思う。他の連中だっていることだし注意も分散するはず」
その言葉を聞いて、しのがにやりと笑いかける。
「早速《上書き》を使ってるでしょ」
「訓練だかなんだか知らないけど危険地帯に丸腰で突貫する勇気なんかないからな」
「安全策を張り巡らせるスタイルは嫌いじゃないよ」
「どこまで安全なのかテストするってのもあるから期待しすぎるなよな」
本当はどうにかして透明になる状況とか作りたかったが、《上書き》は非現実的なことは実現できない以上、そこは仕方ない。
……空から光学迷彩が降ってくるそれらしい状況を考えておくべきか。もしくは誰かの知恵を借りるとか?
「ねえ、変なこと考えてるでしょ?」
「しのにも想像力を磨いて欲しいと思っただけだぞ」
*
「怯むな! 異能力者だろうが所詮は人だ! 撃て撃て撃て!」
「性懲りも無くそんな銃だけで襲い掛かるなんて学習しないですね! あっ、そっちからも敵が来ますので!」
「了解だ、処理は任せとけ!」
市街地をこそこそと進んで目に入ったのは、迷彩服を着こんでマシンガンらしきものを派手に撃つ集団と制服を着こんで非現実的な異能を振るう集団との戦闘だった。
「うわ、思った以上に……」
「派手にやってるね……」
放たれた弾丸が突然停止し、そのまま地面に落ちる。
と思えば、銃を持った戦闘員の体が宙に浮いて適当な場所へと投げ出されるとか炎に追い回されるとかCGでしかありえないような光景が広がっている。
ぞろぞろとテロリスト役は倒されては現れてを繰り返しているため拮抗しているように見えるが、個々の強さを見ればどう考えても異能力の方が上だ。
指揮を執っているのは俺達と進藤先生との戦闘を見ていた監視能力? 使いの少女だろうか。……名前は忘れてしまった。
「あっ、涼夜君に東雲さん! その様子だと《避難訓練》についてはもう知ってる感じですね?」
「まあ、テロリストの偽者と戦うってくらいは」
「生で見てみたいからここまで来てみたんだよね」
「うん、十分十分です! 見たら分かると思うんですが市街地は私達が有利なんです。それはもう一番安全なのはここじゃないかと思うくらいには」
ふと見るとレストランから出てきた従業員の手には包丁が握られている。それくらいなら一般人と変わらないのだが、その形が異能を物語っている。
刀身が異様に長く、それでいて鞭のようにしなるそれは市販品ではありえない。
「そっか、街の人も異能力者なんだ」
「そういうことです! 自然と戦力が集中するんですよね、ここは」
一騎当千の異能力者が徒党を組めば一体何人を相手にできるのか。それを考えると確かに市街地は難攻不落の要衝だと言える。
「……なら、他の地点は危ないってことか?」
「そうですね、比較的って感じですが。人がいないのが一番の問題です。テロリスト役の人も味方もどっちもいないんじゃないですかね?」
「つまりうっかり鉢合わせるとタイマンみたいになるってことか……」
「ですです。私としてはここで皆で戦う方をおすすめしますが」
「だってさ。ユウ、どうしよう?」
「いや……俺としては一度市街地から出ようかと思うんだけど」
集団行動が安全なのはよく分かる。それでも、もしものことがあったら自分の身を守るのは自分になる。そうなった場合、能力が使えないしのや、まだ能力を熟知してない俺じゃむしろ危険が増す気がする。
屁理屈だけで大人数を相手にするのもはっきり言って自信がない。
それならば。
「あえて人が少ない方へと進めばそれだけ会敵する確率も下がる。潜伏や奇襲のコツさえ掴んでおけば今回に限らず何があっても少しは安心材料にもなると思うんだけど」
「そうだね……その通りに動いたら《上書き》が使えそうだし、悪くないかもね」
俺が放った言葉は筋が通っていれば言霊となり現実を上書きできる。俺の能力を活かすにはこれがベストな選択だ。
その考えを汲んでくれたのだろう。指揮を執る少女はにかっと笑って周囲に呼びかけるように話す。
「そうですかー。じゃあせめて二人のために道を切り開いてみせますね! ……皆ー!」
それを合図にして、よっしゃ任せろ! 派手に行くぞ! などと威勢よく生徒達が飛び出して戦線を押し上げる。
「これで安全に移動できますね。それじゃあ御武運をっ!」
それだけ言い残すと彼女はあっさりと前線に戻って指揮を取り始める。
「ありがとう! ユウ、行こう!」
他にもサムズアップで送り出してくれるクラスメイト達に見守られながら俺達は走り出す。
――こうして《避難訓練》は始まった。
しかし、避難するのは何もテロリストからだけではないということを俺達はこの後すぐに知るところとなるのだった。
人を惑わせる夜はすぐそこまで迫っている。