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避難訓練は唐突に

「すげぇ! 進藤先生を倒した奴なんて初めて見たぜ!」


「さっきの《屁理屈》って能力は何なの!? 凄く気になる!」


 抜き打ち試験という名の戦闘が終わって教室に戻ると一瞬のうちにクラスメイトに囲まれ口々に好き放題にコメントをもらう。


 異能力という言葉の持つ可能性は無限だ。自分の想像もつかない能力を目にすることだって多々あるはずだ。


 そんな刺激をずっと受け続けたら好奇心はやっぱり勝手に育っていくのだろうか。そんなことを考えながらおろおろしつつも報道陣に囲まれた政治家のように喋り出す。


「俺の能力が気になるって言われても細かいとこまではまだ分かんないんだよな……。ついさっき大筋に気づいたってだけだし。どうせ誰かが監視能力みたいなの持ってるだろうし、あそこで何が起きたかは言わなくてもいいよな?」


「ふふふ、鋭い! おふたりの雄姿は皆でしかとこの目に焼き付けちゃいましたので!」


 人混みの奥の方からひょっこりと眼鏡をかけた少女が顔を出す。身長がかなり小さく中学生か小学生に間違えてしまいそうだ。


「それと俺の能力は《屁理屈》じゃなくて上書き能力……《上書き(オーバーライト)》なんだよなあ。できれば覚えといて」


「ユウってそういうところ気にするよね」


「当たり前だ。名前とモチベは直結するもんだろ」


 《屁理屈》って呼ぶと弱そうじゃないか。少しくらいは見栄を張ったっていいだろう。


「はい皆さん、続きは休み時間にしてくださいね」


 わいわいと騒いでいると背後から先生がやってくる。気絶させたとはいえ、所詮あんなものは付け焼刃だからすぐに復活してしまったのだろうか。


 毎日練習しておけば、その事実がより高威力の手刀を生み出せるかもしれないな……。


「聞いたかもしれませんが、私を倒した学生は貴方達が初めてです。まさか入学早々ここまでやってのけるとは思いませんでしたよ。これからが楽しみですね」


「ユウはともかく私は異能も何も使えてないんだけどね」


「むしろその状態であそこまで善戦するなら大したものです。それに、当然ですが能力の発現には個人差があります。気にすることはありません」


 恐らくは有事の際の対応能力を見極めるのが一番の狙いだったのだろう。進藤先生が、しのに落ち着いたフォローを入れる。


「とにかく、これで試験は終了です。ここからは通常授業ですので皆さん席に着いてくださいね」


 えー、だとか歓迎会とかでいいじゃん、なんて声がちらほら聞こえるもぞろぞろと着席し、人の波は落ち着いていく。それに流されるように俺としのも大人しく席につく。


 異能を駆使して戦闘があったかと思えば、どこの学校にでもありそうな授業が始まる。異能力者の学校と謳うぐらいなのだからこんなのは日常茶飯事なのだろうが、つい最近まで一般人だった俺からするとまだ環境の変化に振り回されるような心境だ。


 そうは言っても、


「《上書き》で成績を改竄することも不可能ではないんだよな……」


「早速悪用しようとしてるね……」


 こんなことを考えながら授業を聞いてしまうあたり、すぐに慣れてしまうかもしれない。そんな気がしたのだった。



 *



 ――それから数日。


 何だかんだと言いながらもクラスメイトは良くしてくれたし、学校生活、そして孤島での新生活にも慣れてきた。


 新しい学校での生活は誰しもが不安を抱えるが、いざ行ってみれば大抵のことは慣れてくる。御多分に洩れず、俺達も馴染んだのだ。


「周りの学生を見なくても、もう学校までの道のりも分かるようになってきたね」


「寄り道できそうな場所も大体目星がついてきたしなあ。……ところでさ」


「うん」


「異能力の授業、ろくにされないよな」


「マンガなんかで見る特訓も何もないよね」


 あの試験以来、特に能力を使ってどうこうといった授業はない。ただただ教科書を開いて、決められたページ分の授業をして、体育は普通にサッカーなりをやって……というものだった。


 体育の授業でボールが発火するだとか、明らかに空を飛んでるような身のこなしを見せる奴ら――恐らくそういう能力なのだろう――が好き勝手することはあれど、先生から異能について教わるといったことは無い。


 これでは異能に目覚めた人間はそれを伸ばせそうな気がするが、そうでない人間は置いて行かれるだけじゃないのか?


「ま、そんなに急いで身につけるものでもなさそうだし気楽にいくよ。習得が遅いほどこの島に長居できるしね」


「しの、なんだかんだでこの島気に入ってるだろ」


「まあね。いい人ばっかりだし、居心地もいいからね」


「それは分かる。大学もこの島にはひとつしかないし、このまま持ち上がりで居座る方が色々楽ってのもあるとな……」


 何かと暮らす分には苦労のない島だが、島を出る基準などが不透明だ。別に今すぐ出たいとは思わないが、それでも本土に戻る条件はどこかで聞いておきたいが……。


 そんな話をしながら校門を抜けたその時だった。


 ジリリリリリィィィ!!!


「うわっ!? なんなのこの音!?」


「チャイムの故障なんかじゃないよな!? これは……!?」


 明らかに丘の下の街にまで聞こえるチャイム、いや、これはサイレンと言った方が正しいだろう。とにかくその存在をこれでもかと主張する爆音が響き渡る。


「《避難訓練(ひなんくんれん)》が始まったぞ! 全員そのつもりで動け!」


 何やら体育会系の教師が叫び、その怒気にあてられて生徒があちこちへと走り出す。


「避難訓練って言ってたけど……全員バラバラに動いてない?」


「それどころか全員走ってんじゃん」


 走らず騒がす落ち着いて動け。俺達は小さい頃から避難訓練でそう教わってきたし、それが常識だと思う。


 しかし今の状況は、どこをとってもその真逆。何をしているのか、何をすればいいのか、分からないまま立ち尽くす。


「涼夜君、東雲さん! よかった、ここにいましたね」


 そんな俺達を見つけて進藤先生が駆け寄ってくる。


「説明を忘れていました。《避難訓練》は初めてでしたね」


 少し息が乱れているのはそれを説明するためにわざわざ俺達を探していたからだろうか。


「いいですか。この島の《避難訓練》は通常のそれとは違います。私達はテロリストから避難するのです」


「テロリスト……って銃とか持ってる、あれのこと?」


「ええ。その理解で間違いありません」


「嘘だろ……!?」


 学校がテロリストに襲われる。退屈な時にする妄想の鉄板だと思うがまさかそれが現実になるとは。いや、待て。


「訓練って言ってるのに本物のテロリストに襲われる……? それってもう訓練じゃないですよね?下手したら死にますし。となると……」


「ええ。あくまでテロリストという名目の職員です。ただし死なない程度に危害は加えてきますが」


「「ちょっ……!」」


 ほっとしたのも束の間、聞き捨てならないことを教えられる。


「言ったでしょう、訓練だと。貴方達異能力者はいつ、どんな組織に狙われるか分かりません。本土に戻って、ずっと安全に過ごせる保証などどこにもないのです」


「確かにマッドサイエンティストみたいなのに実験台にされるとか、ありそうと言えばありそうですけど……」


 異能力が現実にあるものだと知らされたのだ。今更フィクションじみた秘密結社や科学者が出てこようと驚きはしない。


「だからここで身を守る術を身につけるのです。生徒に限らずこの島の住人全てが参加者です。協力して異能で迎撃するもよし、身を隠すもよし、自分のベストを尽くして身を守ってください」


「なるほど……もしかして、その中で私みたいな人は異能を目覚めさせようってことですか?」


「ええ。生存本能を刺激すれば異能が覚醒する可能性が高いと言われていますからね。涼夜君と共同してなんとか乗り切ってみてください」


「さらっと私に無茶振りされているような……」


「無茶振りだなんてとんでもない。私を倒したそのチームワークならきっと大丈夫です」


「それ、俺達をかなり買いかぶってませんか?」


 たまたま《上書き》が先生の能力と相性が良かっただけなんじゃないか? それだけを信頼されても悲劇しか生まれない気がするが……


「そうは言いながらもふたりとも、」


 眼鏡を直しながら、そのレンズの奥で先生の瞳が笑みを帯びる。


「楽しそうな顔をしていますよ?」


「「当然ですよ!!」」


 無茶かどうかはともかくとして、楽しそうなイベントではあるのだ。命までは取られないというのなら好き勝手に楽しんで、ついでに異能も磨く。これでいいと思う。


 難しいことを考えず、とにかく目の前のものを楽しむ。その方が高校生らしさがあるというものだろう。少し打算的な気もするが。


「あっ、危ない!」


 誰かが叫ぶ。そう思った時には大砲か何かの砲撃だろうか。砲弾が学校の壁に着弾し、破壊された瓦礫が俺達三人を下敷きにしようと降りかかるところだった。


「やっば……!」


 俺の能力の《上書き》は言霊にする必要がある。頭で考えるだけでは現実の事象を上書きできない。しかしそもそも頭でも何も突破口が思いつかない。


 これは、上書きできない。


 しかし俺が目を伏せるよりも速く先生が動き出す。


「《白亜(はくあ)(かべ)》!」


 大きく腕を動かして、三人を覆う壁を描き出す。描かれると同時にそれはシェルターとなり、瓦礫を残らず弾いてしまう。


「……先生もユウみたいに能力名とか気にするタイプなんですね」


「ええ。白亜は文房具のチョークの語源となった岩石です。覚えておいてください」


「あくまで教育は忘れないんですね……」


 先生のそういう部分が《教育》能力を目覚めさせたのかもしれない。となると本人の個性と強くリンクするケースもあるということか? まあ、俺の能力はそれに当てはまらない気がするが。


「さて、助力はここまでです。後は自分達の力で進んでください。テロリストが全員動けなくなるまでこの訓練は続きますからね。徹夜は覚悟しておいた方がいいですよ?」


「ここまで長丁場の避難訓練とか初めてだね! 面白そう!」


「訓練を楽しんでいいのか微妙だけどな……ま、とりあえず行くか!」


「オッケー!」


 騒ぎ出した周囲に合わせるように、しのと共に戦場と化した市街地に向けて走り出す。避難とは名ばかりで自ら危険地帯に向かうのだから少し変な気分になる。


「行きましたか……。少しでも実りある訓練になるといいですね」


 ――こうしてこれまでの人生の中で一番危険な《避難訓練》が始まった。


 この学校にも慣れてきたと思っていたが撤回だ。まだまだ俺達の知らない、異能力者の世界がこの島には広がっていたんだ。


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