私の異能、再開と別れ
「私の新しい――違うね。これは最初から持っていた私の異能。名前をつけるならそう、《幻惑》だよ!」
熱を帯びた目が私の命名に応えてくれた気がした。
相手の認識に干渉できる私の異能。自分達は別の場所にいると誤認させそちらに攻撃を逸らしたのも、向かってくる兵士に自分達は味方であると思い込ませたのも全部この異能の力。
「まさか《魔法》の他にこんな異能まで持っているなんて驚いたよ」
「いや……多分もう《魔法》は使えないんじゃないかな」
ここまでありがとう、と力を感じなくなった相棒に心の中で感謝を告げる。
異能に目覚めていない私は、これから先どんな異能を身につけててもおかしくない。身につけてもおかしくないなら、どんな能力を使っても問題はない。
そんな言葉の上書きで生まれたのが私の《魔法》。だから《魔法》はもうその役目を終えたと思う。あの理屈なら今の私は《幻惑》以外の能力が使えるのはおかしいから。
「そもそも私は異能に目覚めていないんじゃなくて《幻惑》のことを忘れていただけだったんだよ。あの屁理屈は土台から間違ってるよ」
あれは私自身も「自分は異能が使えない」と本気で思い込んでいたから叶えられたインチキなんだと思う。
「忘れる? 自分の異能なんて大層なものをどうやって忘れるっていうんだい。そんなこと、それこそ異能でも使わないと――」
そこまで言って私の顔を見る。うん、その通り。
「私は昔、《幻惑》で自分に異能を忘れるように仕向けたの。さっき思い出せたのは偶然かな」
《幻惑》に目覚めたのは進藤先生と最初に戦った時。ユウの時間稼ぎをするつもりで先生と戦ったあの時、初めて発動したんだと思う。
先生は私の動きが武術の経験者みたいだったと言っていた。でも実際はそんなことはなくて。異能を使って動きにキレがあるように見せていただけだった。
私は異能を無意識のうちに発動させていた。それも認識を阻害するタイプのものを。ひとりの時、ふとその可能性を考えた時に私は怖くなった。
自分でも知らないうちに他人を操れてしまう。しかも異能の先生ですらかかったことに気づかないレベルで干渉できる。
捨てようにも捨て方すら分からない自分の才能。考えた結果、私は自分の異能《幻惑》で自分に暗示をかけることにした。
「私は異能に目覚めていない。能力は何も使えない子として生きていく」
――と。
心の底から異能は使えないと思い込めば、万が一の発動もなくなるんじゃないか。もし《幻惑》が発動しても自覚がないから部外者でいられるんじゃないか。
「そんなことを考えて《幻惑》を封印したの。そして代わりに《魔法》を手に入れたんだよ」
まさか土壇場で《幻惑》を思い出すなんて。いや、土壇場だからこそ思い出したのかな?
「身を守るために本能的に《幻惑》を思い出したってわけかい。だとしても……それをそんなに使っていいのかい?」
そう。私は今、いつ破裂するか分からない爆弾を手にしている状態。そんな爆弾をお手玉でもするかのように軽々しく使っている。
多分少し前の私が見たら卒倒するんじゃないかな。
「大丈夫だよ。あのズルい銃弾を先に封じられるのは《幻惑》だけだし。……それに!」
喋りながら目に入った兵士に《幻惑》をかける。
「あ……あ……?」
狙い通り私達を仲間と誤認し、素通りしていくのを横目で見る。
うん。異能は私に応えてくれてる。これならきっと大丈夫。
「私も《魔法》を散々使って、異能の扱いには慣れてきたつもりだからね。きっと《幻惑》はもう怖いだけの異能じゃないよ」
私の意思に応えてくれるなら……そうだ。次の兵士は船の出口に用があると錯覚させようかな。それについていけば迷わずここから出られるし。
「よし……任せてレン姉! こんなとこ、すぐに脱出しちゃうから!」
*
「ついこないだ逃げ出したと思ったのに、もう戻ってきちゃうなんてね」
あれから一度の戦闘行為も許さず、無事に島に上陸した私達。船から降りた先は、最初に連れて来られた港だった。
もう少し懐かしく感じるまで帰ってこないつもりだったから反応に少し困る。
「あーしもまさかこんな形で来るとは思わなかったよ。……しかし、いざ見ると想像していたよりもかなり広いところじゃないか」
「この広い土地からヌトラを探して止めないといけないんだよね」
普通に走り回っても時間の無駄になると思う。探す場所は絞らなきゃ。
「だったら市街地だろうさ。異能力者が狙いなら人の集まるところを探すだろう?」
そうして足は市街地へ向かっていく。行く先で交戦中の兵士を片っ端から止めながら。
それともう一つだけ命令を加えておく。きっと役に立つ私の布石だ。
「東雲さん、島から逃げ出したんじゃないの!? でもとにかくありがとう! やっぱり《魔法》は頼りになるね!」
「今使ってるのは《魔法》じゃないけどね!」
それだけ言ってその場を一気に走り去る。詳しい説明は全部終わったら。
「そう……全部、無事に終わらせないとね!」
「ヤレヤレ……無事に終わらせたイのはこちらなのですがネ」
そう言って走った先に立ち塞がるのはヌトラ。さらにその後ろには複数の兵士と拘束された島民達。
市街地の大通りで探し人は見つかった。
「……探したよ」
「それはこちらの台詞デス。無傷で脱出しタと報告を受けた時は耳を疑いましたガ……どうやら事実のようですネ」
冷たい視線がこちらを値踏みする。私とレン姉の間で交互に揺れる青い瞳。
両方を見ているってことは、私達が何をやったかまでは看破されていないかな。
「まあ、いいでショウ。何かボクらの知らない素晴らしい能力がアルことは確かデス。もう一度捕らえ、念入りに分析するとしまショウ」
兵士を下がらせ一歩前に出るヌトラ。ライフルのような大きい武器を持たず、さらには体を守るのはスーツのみ。軍人というよりはビジネスマンの風貌で私達に迫りくる。
それでも一切油断はできない。
「《中和》で異能を全て無効化できるんなら、武装する必要は無いわけだ」
レン姉が歯噛みする。ヌトラの異能である《中和》、そしてそこから作り出された《異能相殺弾》はあらゆる異能を打ち消せる私達の天敵。
「でも裏を返せば相手を守るのは《中和》だけだよ。ここさえ攻略できれば勝ち目はあるはず」
異能力者が異能を封じられれば普通の人間と変わらない。その事実はヌトラも同じ。弱点があるのは私達だけじゃない。
「攻略、ですカ。《中和》という技術の粋を集め作られタ、ボクの完璧な異能ヲ?」
「完璧な異能? 異能が生まれず、悔しいからと急ぎで作ったアクセサリーの間違いじゃないのかい?」
「異能を満足に使えない雑魚ガ! ボクの異能を馬鹿にするナッ!!」
レン姉の一言で弾かれたようにヌトラが動く。迎え撃つレン姉は異能を使う気なのか、その場から動く気配がない。
「ちょっと!? レン姉!?」
「出来損ないの《反射》では防げナイ!」
ヌトラの言う通り、振り上げられた拳は《反射》を使っても防げない。あれは異能を全て無効化する悪魔の拳。
「そりゃあ《反射》は《魔法》なんかに比べたら生まれたてで不完全な異能さ。……でもね!」
青い光。あれは《反射》の防壁。いつもならレン姉を全方位から守るようにドーム型に展開されるその光はその足元にのみ集中していた。
「不完全でも……だからこそ、成長はできるんだよ!」
足元の光が力を解放する。と同時にレン姉の体が大きく後ろへ跳んだ。必然ヌトラの拳は空を切る。
「速イ!」
異能力者は身体能力も高くなるとは言うけれど、それでも通常ありえない瞬発力だった。それに驚いている間にもレン姉は次のアクションを起こしていた。
「もう一度!」
跳んだ先でもう一度足から光を出して地面を蹴る。その勢いでパンチを振り終わったヌトラの前まで急進するレン姉。
「この速さを力に!」
その勢いを利用して前のめりに。足が鞭のようにしなり、推進力を威力に変えた回し蹴りを直撃させる。
「ヌ……ガアッ……!」
ヌトラは咄嗟に腕でガードするも、2回の《反射》で勢いをつけたレン姉の蹴りは殺しきれない。叩き込まれたエネルギーに負けて膝をつき、そのまま後方へ飛ばされる。
「アカリ! 狙いな!」
「! うん!」
ヌトラの動きが止まった今は千載一遇のチャンス。立て直そうと顔を上げた瞬間のヌトラと目を合わせて《幻惑》に想いを込める。
――お願い。私に、力を貸して!
熱を帯びた私の目がヌトラを捉える。相手の意識を掴むかのような手応えを感じて能力を発動させる。
「このボクを……舐めるナッ!」
反撃に出るヌトラは拳銃を一瞬のうちに引き抜き、数発の弾丸を放つ。命は奪わず無力化するよう手足を狙い、ダメ押しとばかりに蹴り上げる。
私達から見ると誰もいない空間に向かって。
「まずは拳銃!」
「!? 一体どこカラ……!?」
タイミングを見計らってレン姉が飛び込んでいく。握られた拳銃へ手を伸ばし《反射》を発動させる。
「ッ!」
レン姉の指が触れた瞬間、磁力が反発するように拳銃がヌトラの手を離れていく。
「まだまだっ!」
レン姉はそのままターンして裏拳を放つ。その拳にはやはり《反射》のエネルギーが集まっている。
「ガハ……!」
《中和》を使う間も無くその拳を受けるヌトラ。《反射》は無効化できず、レン姉の腕から弾かれるようにして壁に叩きつけられる。
「レン姉凄い! 《反射》を使いこなしてる!」
自分の体を地面から反射させての高速移動や、攻撃と同時に《反射》を発動させて威力を上げたり、今までの防御とは異なるアプローチで異能を使っている。
「あーしだって色々考えるよ。アカリ達には負けてられないからさ」
にかっと笑うレン姉。それとは対照的に顔を歪ませるヌトラ。
「ク……出来損ないだろウと異能は異能……! 一矢報いルくらいはできますカ!」
それでもその目は私とレン姉をしっかりと捉えている。もう、一撃も入れさせないという気迫を伝えるかのような目だった。
「こっちを見てる……《幻惑》が中和された?」
位置を偽装させる《幻惑》を無視してこちらを睨めているヌトラ。これはすなわち《中和》で私の異能を無効化したということ……?
そんな想像をしたところでいや、と思い直す。
《中和》は触れた異能を無効化する……はず。それなら《幻惑》はまだ無効化できていないんじゃないかな。私に触れられたら分からないけれど、今のところ指一本も接触していない。
「じゃあ、《幻惑》が弱まった……?」
私はこの異能をぶっつけ本番で使ってきた。どんな異能かもよく確かめずに。
だから実は《幻惑》には私の知らないデメリットや限界があって、ここにきてそれが表面化したのかもしれない。
「そうだとしても……やることは変わらない! もう一度術にかけるだけ!」
もう一度ヌトラを見つめて力を込める。一瞬、目と目がかち合う。私の瞳が熱を帯びて――
「――あ、熱い……っ!」
想像以上の熱と痛みが目に走る。まずい、目の焦点が定まらない。捉えるべき対象を目で追いきれない。
「ちょっと待って、ここで決めないと……!」
そう思っても私を襲う熱や激痛は収まる気配を見せず、たちまち膝をついて視線は地面へ向かってしまう。
「何をするかと思えバ!」
そんな隙を見せれば狙われるのは当然だ。目で追えなくてもヌトラが私を狙っているのは予想がつく。
「アカリ! そのまま動くんじゃないよ!」
さらに声。と同時に抱き抱えられる感触。レン姉が《反射》による瞬間移動で私を抱え、そのままヌトラの元から一気に離脱――
「予想通りデス!」
「あ……っ――」
「レン姉!!」
まだ少しぼやける視界。急な動きで体が振り回される中、それでもヌトラの蹴りがレン姉を捉えているのが見えた。
「いかに速くとも狙いが分かれバ、対処は容易いのデスよ」
不調の私を狙うように見せかければレン姉はそれを守りにくる。
どれだけ《反射》で速く動こうとも、その最終的なゴールがばれてしまっては狙い撃ちは難しくないということか。
「まだ……! アカリ、ヌトラを倒すためにアンタは不可欠さね……!」
レン姉の震える手が青く光る。その手で私を軽く押すように触れる。
「っつ……!」
その手に反発、反射するように吹き飛ばされ、結果的に私はヌトラから距離を取ることができた。
「こんなこと、時間稼ぎにもなりまセンね」
けれどもそんなことをヌトラは意にも返さない。気力を使い果たしたレン姉を投げ捨ててゆっくりと私の方へ歩いてくる。
ゆっくりとひとりで歩いてくる様子だけ見れば明らかに付け入る隙が見えるのに。
「《魔法》も《幻惑》も……!」
満足に使うことすら難しいと体が訴えてくる。もし使えたとして、どうやって《中和》を出し抜くの?
問題文が何を聞いているのかすら分からない難題を突きつけられた感覚。手も頭も一向に動いてくれない。
「意味のない抵抗をすルだけの力もありませんカ。ならバ――」
「だったらこいつをぶつけてやる! 伏せろ、しの!」
その声と共にヌトラの足元へと瓶が投げ込まれる。オレンジ色をした液体らしきものが入ったその瓶が地面にぶつかり割れると同時に閃光が――
「これハ……!?」
「――《爆破の橙》!!」
強烈な爆風と土煙。それが収まった時には相棒が目の前にいた。
「ごめん、来るの手間取った。それで悪いけど今からのリベンジマッチ、付き合えるよな?」
「私、見ての通りボロボロなんだけど……。でも、うん。そうこなくちゃね」
目はまだ少し眩んでる。だから力を入れるなら目じゃなくて手足。なんとか立ち上がりながらユウの横に並ぶ。
「何回挑もうが同じデス。後のこともありマスし、すぐに片付けなけれバ」
「言っとくけど俺達はリベンジには成功してるし、戦った全員に勝ってきてるんだよ。今回もその例に漏れないから」
「そうですカ。その減らず口もすぐに叩けなクしてあげマスよ」
余裕を見せる口ぶりの裏で、全く気を抜いていない目をしたヌトラ。でもそれは私達だって同じこと。
「私達がふたり揃えば無敵だからね」
ユウの異能に力を乗せるように、私は呟いた。




