訓練が終わる時
「…………」
「涼夜様、これからどのようにされますか?」
なんとか立ち上がったお目つけさんが聞いてくる。肩を貸しながら今考えていることを口にする。
「とにかく島に戻ってヌトラとかいう奴をぶっ倒します。……俺が戻る頃には終わってるかもしれないけど」
ヌトラは島の異能力者に逆襲するとか捕らえるとか勝手なことを言っていたが、それは飛んで火に入る夏の虫だ。
何人異能力者がいると思っている? 一体あの島はいつから異能力者を住まわせていると思っている?
物量と時間の重みはひとりで覆せるものではないだろう。
島に一極集中している異能力者達。それも能力者としてのキャリアは皆俺よりも長い。戦力としては十分だ。……俺がいてもいなくても変わらないくらいに。
「分かりました。私は見ての通り怪我人です。構わずに先に行ってください。その異能ならば船を操って島に戻ることくらい造作もないでしょう」
「そうですね。それくらい、なら……」
それくらいしかできないんだよ、という言葉はすんでのところで飲み込んだ。
*
「何か言うべきことはありますか、空無色さん?」
「それはアタシの台詞ですよ、進藤先生」
アタシ、空無色エマは仲間と一緒に異能力者集まるこの島から逃げ出そうとした。自由を求めて。
それを止めるためにやってきた先生も打ち倒し、いざ脱出というところでアタシだけ拘束された。
アカリ達はアタシを助けようと時間を無駄遣いしようとしてた。
けれども折角の脱出計画を水の泡にするなんて勿体無いじゃない? さっさと割り切って足止めに専念したアタシは無事にアカリ達が島から離れていくのを見届けた。
そのまま暴れているところを十数人に取り押さえられて学校に連行。今はこうして進藤先生と二者面談だ。
「最後に捕縛したの、アタシじゃなくてユウにするのが最善でしたよね」
《魔法》は持続時間的に船の運転には向いていない。《奪色》にはそんな器用な真似ができる色はない。《上書き》だけがそういう小技に特化しているのだ。
ユウを封じ込めればアタシ達が脱出するための道具は無くなるに等しかった。
それに気づかない先生ではないし、捕縛技の狙いを外すような実力じゃない。
「どうしてアタシだけ留守番するように仕向けたんですか?」
この先生はアタシ達の脱出計画を楽しんでいた。アタシ達学生も所詮は子供。あんな企みくらい大人にはお見通しだったに違いない。
動きを読んで待ち伏せして、最後の壁になる。先生なら楽しそうの理由だけでやりかねない、というかやった。
そしてきっちりと倒された。それで話は終わりなはずなのにアタシだけは意地でも連れて行かないという気迫があった。
ユウとアカリは良くて、アタシが島を抜け出してはいけない理由とは――?
「単純です。出席日数が足りません」
「に、日数……」
引きこもりのツケってわけね……。こんなことならもう少し多く出席すべきだったわ……。
「本土に渡って絵を描いて、それで名前を売れば学校も下手な扱いができなかったかもしれないわね……」
「本当はそれを阻止するのが一番の理由なんですけどね。正体不明で絵を出すのはともかく、本気で名前を売られると困ります」
「困る……んですか?」
しばしの沈黙。何かを話すべきか迷っている。そんな様子。そして、ふうと息を吐き授業でもするかのように口を開こうとしたその時だ。
「進藤先生! 《避難訓練》です!」
血相を変えて別の教師が部屋に飛び込んできた。
「……! 君は……!」
駆け込んできた教師がアタシを見てギョッとする。アタシが先生と一緒にいるのは珍しくはあるだろうし悪名もそれなりに高い。警戒するのもしょうがない。
「はあ……そんなに慌てる必要ありますか? アタシと先生ならふたりでも問題ないと思いますけど?」
進藤先生は強い。これは事実。そしてアタシも強い。これもまた事実。《避難訓練》が起きているなんて知らなくても対応は余裕だと思う。
そもそも訓練だし少しくらい気を抜いてたって問題は――
「いえ! その……!」
何かを報告しようとするも、アタシの方をちらちらと見て口籠る。
「……そんなにアタシが怖いわけ?」
小さく呟き、コートの内側に手を伸ばしたアタシを進藤先生が手で制す。
「空無色さん。カッとなって異能を使おうとするのは良くありません。それも外に出さなかった理由のひとつですよ」
「……はい」
コートから手を出して頭の上へ持っていく。何も持っていません、異能は使いませんという意思表示。
……やっぱり拘束されて抜け出せなかったことがストレスになっているのかも。いつかリベンジして鬱憤を晴らすか、それともこの気持ちを絵にぶつけようかしら。
「…………」
なおもアタシのことを見て黙り続ける先生。焦燥も顔に見られ、冷静になるとこちらが気の毒にもなってくる。
「……そうですね。構いませんよ、空無色さんがいますが話してください。彼女は脱出組の仲間です。いずれ知るでしょうし、隠すだけ無駄です」
「わ、分かりました……。そ、その、今回の奴ら、我々を制圧しています! 異能がことこどく効かないんです! 既に拘束された能力者もいて……!」
制圧? 拘束? その口振りは「訓練」として用意した人員による行為だとは到底思えなかった。
「ふむ……生徒の拘束など見過ごせるわけがありません。分かりました、すぐに現場へ向かいます」
眼鏡を直し、立ち上がる。
「空無色さんはここにいてください。ここはじきに避難所になるでしょう。そちらをお願いします!」
「あっ……」
指示を出し、かと思えばスマホを出して連絡を取り始める。てきぱきと物事を進めて最善の道を選んでいるんだろう、きっと。
「…………」
静寂。沈黙。思考。
「最善かしら……?」
けれども疑問を口にした時には教室はもぬけの殻で。答えもヒントも誰も教えてくれない。
ただ知らないところで何かの事態が刻一刻と動いている。実感の湧かない不気味な焦燥感が体にまとわりつき始めた。




