使える異能
「まだ終わらないさ……いや、まだ終わらせないさ……こんなところで誰も死なせないし……死にたくなんてないからね!!!」
背中から聞こえるレン姉の声。それに少し遅れるようにして青白い光がドームのように俺やしの達を包んでいく。
「あああああっ!!!」
――それは、新たな異能力者が誕生した瞬間だった。
青白いドームに手榴弾が触れる。一触即発という言葉が力を持ったそれだったが、爆ぜることはなく、そして進行方向を飛んできた方向へと急激に変える。
「ひっ……なっ……うわあああっ!?」
矛先は先ほど手榴弾を投げた男の方へ。彼は飛んで逃げるようにしてその場を離れる。
ドオオオン……!
「これが……あーしの、異能だってのかい……?」
手榴弾はさっきまで男のいた地面を抉り轟音を上げる。その様子を見て男は捨て台詞を吐き、逃走する。
「ひっ……ひっ……何しやがった、クソガキの分際で!! こんなのルール違反だろうが!!」
「フム……ルール違反、ではないですヨこれハ。こういうルールなんでショウ」
値踏みするように青白いドームを眺める金髪の男。あのドームは、しのとの攻防にも変化を与えていた。
「まズ気になるのはボクの弾丸が全て弾かれルというコト。そして貴方の水のカーテンは影響を受けてないというコト」
見ればドームは、しのの《魔法》の水をも包み込み、男の弾丸だけを拒否している。拒否された弾丸は男の元へと帰っていく。
それを避けるようにステップを踏みながらなおも射撃を続ける。
「異能以外は通さなイ? いや、決めつけルのは違イますネ。見たトコロ敵意を持った攻撃を弾ク……反射スル!! それが本質でショウ!! ハハハハハ!! 素晴らシイ!!」
ぶつぶつと喋った後に急に楽しそうに笑う男。納得したという表情で笑い、銃を下ろす。
「グレイト、ワンダフルですヨ!! 《魔法》に《反射》! これは利用価値があル! 我ガ軍に無くてはならナイ!」
「我が軍? 外国の軍人かこいつ……!」
「言わなくても分かるでショウ。……しかし名乗ることを忘れていましたネ。ボクのコードネームはヌトラ。貴方タチとずっと戦争をしている人間ですヨ」
「「戦争……?」」
ヌトラと名乗る男。その取り巻きの装備を見れば軍人なのは察しがつくが俺達が戦争をしている……?
「……? 私達は別に誰かと殺し合いをした経験なんてないと思うけど……」
そう。異能を使った生徒間のいざこざはあれど、全員そのあたりの一線は弁えているように思う。
「そもそも戦争するなら部隊を編成したり、それなりの訓練が必要……っ、まさか……《避難訓練》……?」
「涼夜様!」
ヌトラの話と辻褄が合いそうな要素、それを口にすると同時にお目つけさんが割って入ろうとする。入った矢先にしまったという顔をしているがもう遅い。
その様子はこの場の全員に正解を教えるようなものだった。
「訓練……なるほド、訓練! これはまタ上手い言い訳を用意しましたネ! だから恐怖も感じズに応戦できタわけですカ! ……ふざけるナッ! そんな遊び感覚で我ガ軍を弄んでいたノカ!!!」
これはいいアイディアだ、などと感心しているヌトラだが感情の起伏が一気に変わる。感情をレバーか何かでカチカチと切り替えているような性急さだった。
「……おっト、失礼。冷静さを欠いてしまッタようでス。そうでス、あれは異能力者がそれだけ強力というコトですからネ。我ガ軍に落ち度はありまセン」
口を挟む間もなく怒りを収め、納得したかのように話すヌトラ。自力で考え、導き出された結論は絶対。そう信じているかのような口ぶりだ。
「待ってよ、じゃあ《避難訓練》でやってきてた銃器を持った人達は職員じゃなくて本物の軍人だったの……?」
「間違いなくそうだろうな。積極的に殺そうとしなかったのも捕らえて実験なりに使いたかったからじゃないか?」
生捕り、それも島の人間全てを相手取るのだ。確かに精鋭の軍人だろうとそう簡単にはできないだろう。
「だからある程度は安全だと高を括って、訓練兼撃退要因として駆り出してたんじゃないか?」
その言葉を聞いて目を伏せるお目つけさん。その様子を見るだけで何が正解か一目瞭然だ。
「……それだけではありません。資源、防衛、あらゆる点であの島は重要な場所なんです」
軍や戦闘力をここに集めると仰々しい。だからぱっと見は一般人、しかし量産された兵器よりもある意味強力な異能力者を秘密裏に集め、防衛に利用していたということか。
「脱出するのが難しいのはそもそも脱出させる気がなかったからか……!」
異能力者の利用と監視を両立できたのだ。わざわざ野放しにするはずがない。
「万が一抜け出してしまうような者がいればガス抜きを手伝い、かつ余計なことを喋らないように監視する。それで穏便に秘密を守る……それが私の仕事なのです」
下手に締め付けて裏があると勘繰らせるのではなく、適度に緩めて満足させる。秘密にまで関心が向かないようにする。それを今日まで継続してきたのだろう。
「そうしテ異能は秘匿され続け、ボクらは勝ち目の薄イ戦いを強いられ、そして負け続けてきましタ……。それもこれもこの国の人間にしか異能は芽生えなイからデス。理由は知りまセンが、この世界はずいぶんと不公平デス」
俺達の国の人間にのみ発現する希少現象。ならば一箇所に集め、秘匿し、研究するのも頷ける。当事者としてはたまったものではないけれど。
「しかシ! その時代ももう終わルのデス!! なぜなラ! 我ガ国の技術の粋を集め! これまでの不公平を覆すことに成功したかラです!!」
「それがさっきの現象の正体か……!」
剣も魔法も全てが効かない何か。このカラクリの根っこにあるのは恐らく人工的に発現した異能だ。
「そしテ! ボク達はそれでは満足しなイ!! さらに強ク! 全てを手に入れル!!」
「「!!」」
猛然と突っ込んでくるヌトラ。言いたいことは吐き出したと言わんばかりに。身のこなしは軽く、迅速だった。
「あーしが防ぐ!!」
再び青白いドームが広がっていき、ヌトラと俺達の間に境界面を作り出す。悪意を弾く、聖なる盾。
「目覚めたテの異能に負けル理由はありまセン!!」
ヌトラは手刀を一振り。それだけで手榴弾すら跳ね返したドームはあっけなく消えていく。
「ここまであっけなくやられるものかい……!?」
「目覚めたテで立ち向かウ度胸はグッドですガ、それだけデス!!」
「……っ、ぐ……!」
「「レン姉!」」
「次は貴方デスヨ!!」
レン姉の首を掴んだまましのとの距離を一気に詰めるヌトラ。女子の中では長身であるレン姉を片手で運ぶことができるのか……!
「アカリ! あーしごとやりな! 死にはしないんだろう!? なら遠慮はいらないさ!」
「レン姉の言う通りだ! しのの《魔法》じゃ人殺しはできない!」
「――分かった! それならとっておき、《私の全てを込めた魔法》!!!」
迸る光、圧倒的な魔力の物量。一切の抵抗を許さない勝利の概念。その光がヌトラ達を包み込んで――
「これは申し分なイ威力。切り札といったところでスカ。ンー、しかシ……ただの光でショウ?」
見るとそこには連続で手刀を繰り出し、しのの《魔法》を切り裂きながら進むヌトラの姿が。
「うそ……! なんでそんな苦もなく切り裂けるの!?」
「間違いなく俺達の最高火力だぞ!? そんなはずあるか!」
「ボクの異能は科学力の結晶! 貴方達のように勝手に身についタ粗雑ナものとは根本的に違ウのデス!!」
いっそう強く振り下ろされる手刀。その手は光を裂き。壁を破り。遂にしのの元へ伸びてしまう。
「終わリデス!!」
「――っぅああ!」
しのの伸ばした腕を掴み、張り倒す。地面にヒビが入るほどの衝撃。その一撃だけで決着はついてしまった。
「さテ、残るは貴方……と言いたイところですガ、期待外れの《上書き》には興味がなくなりマシタ」
ハア……と肩をすくめるジェスチャーでヌトラは言う。
「なんだと?」
「不条理な力デ抗うのかと思えバ期待外レ……こんなモノ、あってモなくてモ変わりまセン。それよりも《魔法》と《反射》、このふたつを確実ニ手に入れルことガ最優先でショウ」
ヌトラの合図と共にヘリコプター、そして何人かの兵士が現れて、あっという間にしの達を乗せてしまう。
「待てお前ら……!」
「待っテもいいですガ、武力もなイ、異能も弱イ貴方にできることはありまセン。……さア、島に向かイなさイ。アレよりも強イ能力者がきっといるでしょウ」
俺に対する興味を唐突に失ったのか目すら合わせない。淡々と兵士に指示を出して行動する様は軍人のそれだ。
「島って……こいつ、他の能力者も……!」
「逆襲の時デス。今度こそあの島を我ラの手中ニ!!」
俺の能力を見限ったのか、もう会話をしようともしない。それどころか気にも留めない。
「うぅっ…………」
しのとレン姉が連れ去られていくのを俺はただ眺めることしかできない。
「…………っ!」
――ヘリコプターを墜落させる屁理屈は? 上手くすればヌトラを地面に叩き落として行動不能にできるかもしれない。
けれども。都合のいい結果を思いつきはしても、そこに至る屁理屈が思いつかない。
「……くっそ! しのもレン姉も強い! だから……きっと! すぐに反撃して逃げ出すっての!!」
だからせめて。願掛けくらいは。俺のなけなしの異能力を込めた願掛けを叫ぶ。
ヌトラは人任せだと嘲笑うだろうか。そもそも聞いちゃいないだろうか。
しのやレン姉には届いただろうか。満身創痍で耳に入らないだろうか。
それともバババババと大きな音を立てるヘリコプターに掻き消されただろうか。
誰の、なんの返事もないままヘリコプターは小さくなっていく。向いた方向はきっと俺達が逃げ出したあの島だ。
「………………」
「涼夜様……」
お目つけさんがぽつりとこぼす。
周囲には倒れ伏すヌトラの手下。きっと大した情報も強さも持っていない。
――俺と同じだ。
だからこうして捨て置かれている。
「けれど絶対に次は勝てる……勝ってやる! 意味の分からん人工異能も全部……全部! ねじ伏せてやる!!」
震える声で、それでも叫ぶ。まずは心を強くもたなければ。俺の異能は応えてくれない。
「いきなり出てきたやつにめちゃくちゃにされて終われるかっつーの……! 最強の引きこもりに巨大ロボットに、こっちがどれだけ勝ち星取ってきたと思ってんだ! ……今回だって、今回だけは、負けたままで済ませないからな!!」
俺は叫び続ける。自分の勝ちを信じられるように。自分の弱さを上書きするように。
――俺を見逃したことを後悔させてやる。
その強い気持ちを胸に、俺はヘリコプターが飛び去っていった方角をずっと眺めていた。




