逃亡という選択肢はない
「ん〜〜! 美味しい! これ美味しいよ! ……はい!」
「サンキュー。あっ、いいなこれ。好きな味だわ。こっちも食べるか?」
「もちろん!」
俺達が本土に密入国して初日の朝。昨日の夜に行こうと決めた喫茶店でのんびり朝食の時間だ。
「相変わらず仲がいいねえ、アンタ達」
「まあ仲良くないと一緒に密入国なんてしないよね」
ところで俺達がやったのは密入国なんだろうか。あの島は多分本土と同じ国だよな。ならば密……密……適切な言葉が出てこないな。
「あの島にいないとダメってルールを無視したんだし、異能力者保護法違反とか言われそうじゃない?」
「そういうのって密猟する奴に使う罪状だと思うけどな?」
俺達異能力者を島に拉致する集団、そのひとりのスーツの男に目を向ける。名前は教えてもらえなかったし、お目つけさんとでも呼ぼうか。
「密猟ではありません。国による保護です。……とにかく、貴方がたのやったことは正式な名称はありませんが問題行動には変わりありません。島に戻ればそれなりの指導があると思ってください」
やれやれといった様子でそう言われる。指導して直るような奴らじゃないと思われているのだろう。実際そうだが。
「ユウって反省文でもろくでもない屁理屈こねてそうだよね」
「別にいいだろ。反省の意を示して異能の鍛錬にもなる。一石二鳥だって」
「もうそれは反省してないでしょ!」
けらけらと笑いながら突っ込まれる。どうせそっちも似たり寄ったりなことするつもりだろうが。
「にしてもだ。まさか本当に入れるとは思わなかったよ。ユウの異能、やるじゃないか!」
ここはガイドブックの見開きを占有する人気店。当然満員御礼はデフォルトであり、予約も何もせずにやってきたグループがそうそう入れるはずがない。
普通であれば。
「平日の朝なら空いてるって話は割とあることだろ?」
もちろん俺が《上書き》を使った。極力使うなとは言われているが禁止とは言われていないし。お金儲けでないなら大目に見てくれるだろう、多分。
で、その結果、いざ店に行くと予約していたかのようにテーブルがひとつ空いていた。不思議な力に守られているかのようだった。
「やっぱり都会の方が《上書き》が活きる場面は多いよな。でかい魚とかロボットと戦うんじゃなくて生活を豊かにするために使ってなんぼだと思うんだよ」
「でも朝の満員電車とかは避けられないでしょ? 本土で暮らすにはまだ力が足りなくない?」
「あー……そうだな。もっと異能を磨くまでは本気で逃げ出すのは止めておくか」
「戻ってもいないのに次の脱出計画を立てるのはやめてください……」
こめかみに手を当てるようにしてうめくお目つけさん。こういう仕事は上の人間からも色々と言われるだろうし大変なんだろうなあ、とか他人事のように思う。
「あっははは! その時はあーしも仲間に入れてもらおうとしようか! もっとも、あーしの異能が何の役に立つか分からないけどね」
レン姉の異能は島に来る直前の俺達と同じで未覚醒らしい。いつ、どんな異能が目覚めるかは不明だそうだ。
「レン姉はどんな異能になるんだろう? 車乗ってたし《逃滅走統》みたいな乗り物系とかかな?」
「その理屈なら免許持ってる奴全員《逃滅走統》になっちゃうぞ」
乗り物が好きだからバイクを出せる、教師だからチョークで戦える、絵が好きだから色を自在に操れる。
そういう異能力者を見てきたから自分に関係のある要素を異能に昇華するケースは割とありふれているような気はする。けれど、
「それならしのの《魔法》とか俺の《上書き》とかはどうだよ? 《消音》とか透明になる奴らもいたけど、そこまで術者と縁のある要素な気はしないぞ」
「言われてみれば私も魔法少女を目指してたわけでもないからね。じゃあどんな異能が芽生えるかは予想できないのかも」
「そうですね。法則と呼べるものはまだ見つけられていません。そういうものの研究も我々の仕事のひとつではあるのですが」
異能の究明、か。ならお目つけさんのいる組織は国の研究機関みたいなものなのだろうか。
こうやってカフェでのんびり過ごすのも実は貴重な観測データだったりするのだろうか。
「ま、モルモットでも何でもいいか。とりあえず出ようぜ。バスももう来るだろうし」
「時刻表を見た限りではたった今出て行ってしまいましたよ?」
席を立つ俺としのに、お目つけさんが口を挟む。聞けば次の目的地に行くバスはしばらく待たないといけないらしい。
「そこは問題ない。異能のサンプルデータ、さらに取らせてあげますから。……交通量の多いここでは渋滞で遅れるなんて普通でしょう?」
にやりと笑う俺を見てため息混じりに席を立つお目つけさん。もう好きにしてくれというメッセージを言われたような気がした。
*
「本当にバスが遅れてきたね。時刻表いらずじゃない? その異能」
「今回はうまくいったけど田舎のバスとかは難しそうなんだよな。渋滞じゃなくて、別の点から攻めないとダメか……?」
「そもそも田舎のバスは遅れてくるもんじゃないのかい?」
てくてくと散歩しながら反省会をする。俺達が歩いているのは巨大ビルにある屋外の通路。
平日の昼間、異能を使わずとも人はおらず、都会の中では珍しく静寂で満たされた場所。そこでのんびりとした時間を楽しむことができる。
「こうやって無駄な時間を過ごすのも楽しいんだよなあ……あの島だと気づいたらバタバタ動いてんだよな」
喧嘩を売ったり売られたり。マグロのように動き続ける怒涛の学生生活があそこにはあった。別にそれも嫌いではないが。
「こういう時間を味わうと帰るの嫌になってくるよね。このまま消息眩ましちゃう?」
「おや、アタシから逃げるつもりかい?」
「ううん、いっそ仲間に引き入れちゃう! 逃避行もきっと退屈しないと思うよ?」
「そうだね……アンタ達なら無茶な方法で逃げ切りそうだ、それを見るのも悪くない」
「レン姉までアホなこと言ってんな……。そうしないのは分かってるくせに」
「そりゃあふたり程じゃないにしろだ、共に過ごした時間は長いつもりだからね」
こういうズルして手に入れた休みや自由には賞味期限があると俺は思っている。それは多分ふたりも同じ。
ならば味わって食べることはしても、何日も何日もかけて食べるものではないのだ。
「そう言ってもらえて一安心ですよ。高校生とはいえ子供に危害は加えたくありませんから……」
胃が痛む、というようなリアクションをとりながらお目つけさんがこぼす。疲れた様子ではあるが、何かあれば取り押さえてみせる、そんな殺気がうっすらと漏れている気がした。
「私はその言葉が本当か試してみたいんだけどな」
「なんでこんな好戦的なんだこいつ……。ま、とりあえずいつ帰るかはざっくり決めようか」
「そうだね。あ、帰る前に行っておきたい場所としては――」
「何を言ってるんですカ? 楽しい修学旅行はもう終わりですヨ? このボクがここまで待ってあげたんデス。楽しい時間は十分でショウ?」
通路脇にある、ビルへ繋がる自動ドア。そこからぬっと人が現れた。
男にしては長く思える、肩までかかったストレートの金髪。青い目に、鼻眼鏡がかかっているのは高い山だ。
「……外国人?」
彼は俺達の進路を防ぐように、悠然と前に立つ。けれども行手を阻むというような覇気は感じられず、この態度はなんというか――。
「ではモルモットの捕獲といきましょうカ。皆さん、お願いしますヨ」
パチンと指を鳴らす。それはしののように。なんて思い至った頃には前に後ろに、銃や盾といった武器を持った男達があっという間に展開していた。
「――――!」
開戦の合図は敵意を込めた発砲音。「位置について」も「用意」もなく、その音のみが俺達を駆り立てた。




