監視と対価
前略、俺達は無事に本土へやってくることに成功した。そして身の振り方を考えているところに都合よく送迎車がやってきて――
「その車に揺られてんだけどわけが分かんねえな」
「勢いで乗っちゃったけどさ、これって追っ手に捕まったことにならない? 隙を見て逃げる?」
「あっははは! 別にすぐ島に送り返すつもりはないから逃げてもいいよ。あーしを撒ける自信があるならね」
そう愉快そうに笑ってハンドルを切るのは柊レン。俺達より三つ年上で小さい頃から付き合いのある人だ。
「いやレン姉から逃げるとか絶対無理だろ」
レン姉は付き合いが長い年長者だ。彼女について回ることはあったが主導権を握ったことは記憶にない。
兄弟における上の子のような存在、勝ったり出し抜いたりといったイメージが湧かない相手だ。
「正直、異能があれば……とも思ったけどさ……」
助手席に座るスーツの男に目を向ける。進藤先生の名前を出して俺達を車に乗せたことから異能関係者であることは間違いない。
レン姉がこの男と行動を共にしているのならある程度の事情は聞いていておかしくない、いや当然聞いているはず――。
「聞いているどころか当事者だよ。あーしは異能力者の卵だってさ。……驚きも笑いもしないってことはドッキリじゃないってことかい?」
「ついでに言うとオカルトでもない。マジで不思議な力が使えるようになる」
「レン姉に異能が目覚めるなんて鬼に金棒だよ。脱出どころか島民全員シメれるんじゃない? ……あっ、それじゃあレン姉も島に行くの?」
「ええ、その予定でした。私は柊様を島にお連れするつもりで本土に来ていたのですが……」
助手席のスーツの男が口を開く。それは俺達にも身に覚えのあることだ。しかし言葉の歯切れが悪い。その先を笑いながらレン姉が続ける。
「アンタらの担任から連絡がきたのさ。家出したから気の済むまで遊ばせてやりなってね」
「遊ばせて……って本土に滞在していいんだね」
「私が側についているという条件付きですが。それとこれを渡すように言われています」
俺達ふたりの前に差し出されたのはクレジットカードだ。なんか聞いたことのある有名な会社のロゴが入っている。
「いくら使っても文句は言いません。その代わりに《上書き》や《魔法》でギャンブルするのはやめるように……とのことです」
「「いくら使っても……!?」」
まさかの大盤振る舞いに驚きを隠せない。というか高校生に無尽蔵の金を渡すとは正気の沙汰じゃないだろう。
「あっははは! 異能を本土で使われるよりマシなんだろうさ! 悪い能力を手に入れたみたいだね、アンタ達!」
「進藤先生は何があっても金儲けのために異能を使うなと言っていましたよ。どこで誰が見ているか分からないのが本土の怖さなんだそうです」
「…………」
顔は見えないが、真面目な顔をして先生が注意する姿が目に浮かぶ。異能であるとバレなくても金を荒稼ぎする子供というのは確かに事件に巻き込まれそうではあるよな……。
「それともうひとつ伝言です。極力異能を使わないのであればしばらく本土を楽しむのもいいでしょう。久しぶりに本土に帰るとテンション上がりますよ? とのことです」
「テンション上がるって、なんか帰ってきたことのあるような言い方だな」
「許可が降りれば里帰りができるのかもね」
「いえ、それが……彼も昔、島を抜け出したことがあるんですよ」
「「はあっ!?」」
「進藤先生が島を抜け出したことがあるの!? 後々面倒ごとになりそうだからやりません、とか言いそうなのに……あ、でも」
「どうすれば島を出られるのか、個人的に興味があります、くらいは言うしやってのけそうでもあるな……」
もしかしたら俺達を待ち構えていたのも前科があってなんとなくルートを予想できていたからかもしれないな。
「それならそうと知らないふりで見逃してくれてもよかったのにね。いわば脱法行為の先輩なんだし」
「まあ大人の立場上、止めなきゃダメだったんじゃないか?」
「話の途中で悪いけど着いたよ、アンタ達」
いつの間にか車はビルの立ち並ぶ都市のど真ん中に駐車していた。しばらくこんな高層ビルなんて見ていないうえにここは土地勘もない場所だ。自分達がどこにいるのか全く分からない。
「とりあえずはこのビジネスホテルが拠点でいいだろう? 遊ぶんならここ以上の場所はないね」
そんなことを言われ、あれよあれよという間にチェックインまで済まされて、気がつけばベッドに腰掛けている。演劇のような目まぐるしい場面転換にまだ頭がついていけてない。
横には別室から遊びにきたしのが寝っ転がっている。苦笑しながら彼女は言う。
「思ってた展開とだいぶ違うよね、これ」
「何から何まで世話してもらえるのはありがたいけどな」
正直言うと脱出するところまでは必死に考えたが、その後のことはしっかり考えてはいなかった。異能を使えば死にはしないだろう、後は野となれ山となれだ、くらいの心持ちだった。
「気づけば校外学習とか修学旅行みたいになっちゃったね」
ま、こういうのも悪くないよね、とか言いながらごろごろと人のベッドに皺を作っている。
「だな。島に帰って怒られるのに釣り合うぐらい遊んでやらないとな」
車で渡されたクレジットカードを見やる。冗談半分で魔法のカードだなんだと言われるがそれは今この時には比喩ではない。
「……何に使う?」
「あ! せっかくなら本土じゃないと食べられないもの食べたい!」
「いいじゃん。後はこの辺りも見て回るのもどうよ?」
ごそごそとネット検索をし、やりたいことリストを作っていく。しばらく本土にいられるなら、このリストを全部埋められるかもしれない。
「……こんなとこかな。じゃあ今日は早く寝て、明日思い切り遊びに行こう! おやすみ!」
「早く寝るって言ってももう深夜だけどな……おやすみ」
ぱたぱたと片付けを済ませて部屋に戻っていくしの。久しぶりの都会を楽しむためにも徹夜は良くない。さっと寝ておくが吉だ。
「……というか脱出を決行してからろくに休めてなかったし……」
今更のように疲労感が押し寄せてきてベッドへと吸い込まれる。もう俺の充電は空っぽだ。
「……明日はめいっぱい楽しんで一気に充電するぞ……」
思考がぼんやりしていき、意識が途切れる。
明日のために頭も体もフルに休ませる。全ては明日以降に遊び倒すため。脱出計画を見事達成したご褒美を享受するため。
そう、至福の時間が始まろうとしていた。




