道なき道は進めない
「くっそ、バイク自体が異能製かよ! ダメージ与えるだけ無駄ってことか……!」
バイクのタイヤを損傷させて一網打尽を狙う目論見はソウタロウの弟、ソウジロウによって防がれた。
車体がどんなことになろうとも新品のバイクを出現させ直す異能はシンプル故に厄介だ。
「普通の追いかけっこじゃ勝てないから車体を攻撃しようとしたのに、それが効かないってどうすればいいんだろうね?」
「オイオイ、そんなこと決まってるだろうが……ここで死ねばいいんだよボケがァ!」
叫び声と共に前方でオレンジの火花が一瞬見える。さらに直後にパァンという発砲音。
「っ……あいつ!」
《狙撃》の異能だ。空気やそこに含まれる水分を弾丸として発射できる異能。
チッという音がいくつも響く。弾丸が地面を踊り、抉る音。アスファルトに命中しているが本当の狙いは俺達、もしくは自転車のタイヤであることは明白だ。
「《消音》無しで直接狙いにきたか…! けど! 暗闇の中、動く物体に当たるなんてできないだろ!」
「オイオイ、舐めてくれるなよ……位置はもう把握したッ!」
タン! タン! タン! と迷いなく撃ち込まれる弾丸。どこに撃てばよいかを完全に理解しており、作業のように引き金を引いただけかと思うような三連射。もしこれがゲームならさっさと諦めて直前のセーブデータをロードするようなそんな心境――
「把握したのは私もだよ! どこを狙いたいのかがバレバレだって!」
タイヤの前に風よけのように出現する透明な防壁。弾丸は壁に吸い込まれ、貫通することなくその勢いを失っていく。
「やるじゃないアカリ!」
「オイオイ、《魔女》が邪魔することぐらい読めてんだよ!」
壁にめり込んだ弾丸、それは空気を圧縮した弾丸だ。それが爆ぜて暴風を生み出し空へと俺達を打ち上げる。
「ハハハッ! 妙な自転車に乗ってるみてえだが、空からクラッシュしたら終わりだろうが!」
「まだだよ! 私の《魔法》で制御するから! 着地が勝負になるよね、任せたよふたりとも!」
「オーケー。多分着地と同時に《狙撃》がくるから……いや、これじゃ埒が明かないな……」
あっちに合わせて行動するんじゃだめだ。出し抜く方法を考えないとこのまま終わってしまう。だったら……。
「なあ、《魔法》の使い道なんだけどさ。…………みたいなのはいけるか?」
「へえ……アタシは面白いと思うわよ?」
「私もいいと思うよ。けどさユウ、そこまで大丈夫? ユウの異能だとさ……」
「はん、舐めんな! 全員倒すならいざ知らず、追いかけるくらいはできるに決まってんだろ!」
一呼吸おいて俺は大声で叫ぶ。
「《逃滅走統》! ここからは俺ひとりで相手してやるよ! ライフルなんかじゃ俺は仕留められないからかかってこいよ!」
「ああっ!? 舐めた口聞きやがってこの雑魚が!!」
山田の銃口がこちらを向く。それに意を決して俺は重心を前に傾ける。首をもたげた異能自転車が地面へとぶつかる瞬間に思い切りハンドルを左右に振り回してやる。
「……っ、ハンドルを離したら吹っ飛んでシャレにならないよな……上等!」
力任せに力が加わった異能自転車が右へ左へぐるぐると動く。さながら遊園地にあるコーヒーカップのように不規則な動きを見せる。その周囲を弾丸が散らばっていくが、俺が滑らせた後を正確に追いかけるのみでヒットはしない。
「チッ……ふざけた曲芸しやがって!」
「落ち着きなさい山田。彼だけに注視すべきではないですよ?」
「ふむ……あのふたりは降りてくるどころかどこかへ飛び去ってしまったか……佐藤、どう思う?」
「どう思うも何も待ち伏せでしょう。こんなバレバレの状態で何がしたいのかまでは分かりませんが……」
「……だろうな。だが面白い! 乗ってやるとしよう! 総員、このまま突き進む! 正面から打ち破るぞ! ただし《上書き》はここで潰しても構わん! 聞こえているな、《上書き》!」
「上等! 全部《上書き》の餌食にしてやるっての!」
「だったらこいつはどうだよ!? 連射でぶち抜いてやるぜッ!」
「異能製の自転車が銃弾くらいで壊れるかっての!」
ソウタロウの売り言葉にすぐさま反応する山田、にすぐさま言葉を重ねて、重心を後方へと移動させる。
前方のタイヤが浮きながらワイルドな走りを見せるそれは、その実防御も兼ね備えている。
「ウィリー走行で車体を盾にしますか…!」
「そんならこの俺が倒してやるよ!」
「!? どこから――っ!」
すぐ近くで声がした。これまで戦った者とは違う第三者。そう認識したと同時に左からの衝撃に何度も襲われる。何か大きい鉄の塊にタックルされる感じ……ならば起きていることは明白だ。
「どうだ! 俺の《透明》の異能は!」
横目で見るとゆらあ……っと景色がぼやけてバイクに乗った人間が現れる。考えるまでもなく《逃滅走統》のひとりだろう。
「ここで襲ってくるか……けど、予想通りだ! これくらいで倒せると思ったら大間違いだっての!」
何度目かのタックル、そのタイミングに合わせて仕込んでおいたチェーンを相手のバイクに引っ掛ける。
そのうえで俺は衝撃に任せてバランスを崩す。ギリギリと軋む鎖は、タックルを仕掛けた主を道連れに引き倒そうとしてくれる。
「ひとりじゃどうしようもないからって道連れかよ! だがチームってのを甘く見てないかい? 共倒れしたところで俺は仲間に助けてもらえる、お前は放置! 最後に笑うのはこの俺――」
「共倒れだって誰が言ったよ!」
俺は、俺の左側のコンクリート擁壁――土砂崩れを防ぐコンクリートブロックの集合――それを力強く蹴りつける。そして繋がった鎖を外す。最後のおまけに《上書き》を発動させる。
「俺は傾いたバランスを蹴りつけて元に戻せる! でもお前の周りには蹴りつけられる壁は無い! これでもまだ共倒れになると思うかっての!」
「こ、この野郎! ふざけやがっ……!」
高速で進み続ける俺達と、バランスを崩してその場に倒される《透明》使い。彼の声が遠ざかり、その言葉尻を聞くことはなくそのままレースは続行される。
「誰か助けに行かなくていいのかよ? 《透明》は中々便利な異能だと思うけど」
「ふう……。助けに行こうとした瞬間にまた何か仕掛けるつもりでしょう? 貴方はそういうタイプの異能力者だと思うのですが」
「一回やった相手は本当、やりにくいな……」
「しかし坂島をいなすとはな……。時に《上書き》よ。貴様、奴の登場を予想していたな? 不可視の奴をどこで知った?」
「あの人のことなんて別に知らないぞ。ただ予測しただけだって。絶対に捕まらないなんて言われるくらいだから、姿を消せるような異能力者がいるだろうなって」
多分あいつの本来の役目は《無音》と《透明》による緊急退避だ。それはそれとして、不意打ちにも転用できそうな異能だからどこかで仕掛けてくるだろうとは思っていた。
「こちらの手の内を読んで対策するか、ハハハ! 素晴らしい! 面白いではないか! 貴様が一体後いくつ切り札を隠しているのか、非常に興味深い!」
「そんなに知りたいなら教えてやる! 俺の切り札は後ひとつ! とっておきの舞台装置だ!」
ハンドルのすぐそばについたブレーキを力一杯引き絞る。異能による謎メカニズムが体のブレを抑えつつ停止してくれる。
先程の《透明》使いのように今度は俺が置いていかれる。彼らは道なりに進んで俺を置いていく。彼らのバイクのテールランプが小さくなり消えていく――ことはなかった。
「――待て! この道は右に曲がるはずじゃないのか! おかしい! なぜ左に道が続いている!?」
「気づくのが遅い! 止まろうとしてもターンしようとしても手遅れだっての!」
「兄さん、これは無理だ! 全員まとめて落ちてしまう!」
走り屋だけあって道の異変に気づく速度は流石だった。けれども彼らは道の上。《魔法》でできた偽物の道の上にいる。
空に放り出された《逃滅走統》。着地点にはエマとしのが待機している。ふたりの背後では巨大な岩がしっかりと道を塞いでおり、強引に突破することは不可能だ。
「よし、かかった! ここで決着をつけてやるよ《逃滅走統》!」
俺も自転車の速度を上げ、《逃滅走統》の後を追って空へ飛び出した。奴らの自由は奪った。さあ、勝利は目前だ。




