異能試験
「ねえ、起きてる? 新生活が始まるよ!」
ドアに遮られてもなおこちらに響く声はまるで生きた目覚まし時計だ。もしかすると声の増幅が彼女の異能力かもしれない、なんて適当なことを考えながら起床する。
「ああ、生活スタイルが慣れる前に一新されたんだったな……」
生活する場所が変わっても生活リズムはそこまで変わるものではない。パンを焼き、その間に着替えてもろもろの準備をする。そのままささっと朝食を終えて家を出る。
よく分からない島に連れてこられようが異能力が目覚めようがこのルーティーンを変えることはできないのだ。
「おはよう。相変わらず待たせるよね」
「ん、おはよ。そんな簡単に生活リズムは変わらないだろ。……じゃあ、行くか」
そう言ってだらだらと、昨日教えられた学校目指して歩いていく。共に通学するのも習慣となっている。やはりこれもいつも通りだ。
しばらく歩いて大通りに差し掛かると同い年くらいの学生がある方向に向かって流れを作るように歩いている。
言うまでもなく目的地は俺達と同じだ。その流れがまばらで少し弱弱しく見えるのは学生の数が少ないからか。
異能力を持つ学生は何百何千人といるわけではないのか……と分析しながらさらに歩を進めていく。
「私服で学校行くなんて変な感じだよね」
「つい昨日まで制服だったもんな」
学校は服装は特に指定なし、とのことだった。この島唯一の学校となれば連帯感なんぞは制服が無くても勝手に湧いてくるからだろうか。
しのは黒っぽいパーカーを、俺はというと、くすんだ萌黄色の上着をとりあえず適当に羽織るといった感じだ。
黒髪で冴えない印象を与える俺とは対称に、ロングの金髪とパーカーを組み合わせた、しのはかなり目を引くような気がする。
ふたり合わさればちょうどよくなるんじゃない? とは彼女の弁だ。
とにかくおしゃれにはどちらも興味がなく、する理由もないし制服もあるし、とか言いながらここまで生きてきたのだ。
もう少し服装に気を配っても良かったかもしれないとか思いつつも、そこまで真面目に生きるのやはり無理だろうと自己完結しながらこれまでの人生のようにだらだらと歩いていく。
「街並みは孤島とは思えないほど活気があるよね」
「そこそこ大きい島だし国がそれなりにお金をかけてるのかもな」
異能力者は子供だけではない。大人が暮らすとなると当然働き口は必要だし、それ以前に生活基盤としての街も必要になる。
島で異能力を矯正するためにも不自由な暮らしはさせてはならない、みたいなことが決められているのかもしれない。
そんな市街地を通り過ぎて坂を登ると、それらしき建物が目に入る。
「教室から海とか見えそうだよね、ここ」
「孤島の高校も案外よさげだよな」
「君達が転校生ですね。私は担任の進藤です。転校の話は聞いています。早速教室に行きましょう」
校門で好き勝手な感想を並べていたところで若い男教師に声をかけられた。
整った茶色い短髪に細い眼鏡が似合う、線の細いいかにも文系といった風貌の若い教師だった。落ち着いた様子で話すその姿は個人的に好感が持てた。
熱血みたいな教師に当たってひたすらに構われたら不登校になってしまうしな。そもそも逃げ出せない孤島だからそうなってしまえば完全に詰みだ。なんにせよ人間関係はこれまで以上に重要かもしれない……。
*
「東雲アカリです。よろしくお願いします」
「涼夜ユウです。よろしくお願いします」
教壇に立ってふたり揃って同じことを喋り、特に何の問題もなく自己紹介は終わらせた。紹介するような特技とか何かがあるわけでもないからテンプレ通りに済ませた、といった感じだ。
異能力があるらしいんですよ! とか言って自慢することも一瞬考えたが、ここの全員だってそうだろうしアホの子扱いされてしまうのがオチだろうな、と思うとこれ以上何も出てこなかった。
なんにせよまずは学生生活を楽しみつつ、異能力について知っていけばいいだろう……そう考えて席に着こうとした時だった。
「おっと、まだ席には着かないでください。これから特別授業が始まりますから」
進藤先生が手で制しながらそんなことを口にする。その言葉にうずうずした様子を見せるクラスメイトからただならない気配を感じつつも聞き返す。
「特別授業? 学校についての説明とかですか?」
「残念ですが違います。……これから始めるのはふたりの試験です」
「試験って……私達、入学試験を受けたりしないとダメなんですか? 強引に連れてこられたのに?」
「いいえ。試験とは言いましたが、そのようにしっかりとしたものではありませんよ。これはあなた達の異能力を測るための試験です。さあ、私の異能に対処してみせなさい!」
言いながら進藤先生がチョークを掲げる。そのチョークはこの10年間、学校で見てきたチョークとは違う異質さを持ち合わせていた。
たかがチョークごときにそんなものがあるのかどうか分からないが、このチョークは明らかに危険なオーラを纏っている。そう断言しても問題がないくらいだ。
「俺達、どんな異能が使えるのかすら知らないのに無茶だろこれ……!」
つい敬語も忘れて反論するが相対する担任は、生徒に居残りを強制するかのようにこちらの意見を聞き入れない様子で向かってくる。
「無茶も何もいたって普通の教育です。異能力への理解も本学で学ぶべき重要な事柄ですから!」
「うわ、ユウ! どうしようこれ!?」
「どうもこうも逃げる一択だろこんなの!」
バン! と派手にドアを開けて一目散に走り出す。
――どうやら、この学校は無茶な手荒い歓迎を好むらしい。
しかしテストの一夜漬けはもちろん、屁理屈をこねて教師や両親をけむに巻くなんてのはよくやったものだ。
なら今回だって同じように切り抜けられないはずがない。そう思いながら、俺はこの無謀な試験を乗り切る方法を考え始めたのだった。




